『愛しのグレンダ』 フリオ・コルタサル:著 野谷文昭:訳 (岩波文庫)

愛しのグレンダ
愛しのグレンダ

短篇の名手として知られるアルゼンチンの作家、コルタサル。彼の作品では「幻想」は装置のように機能し、人間の偏執狂的情念や暴力といった問題をあぶり出し、普遍化する。
本書に収められたのは彼の晩年の作品十篇。いずれも緻密な構造を持ち、磁器のように硬質な印象を残す短篇だ。
一篇めは『猫の視線』。アート鑑賞している際の愛妻は次々と別の顔になっていく、と語る「ぼく」。妻の真の姿を?んだと思ったとき、乖離が訪れる。「ぼく」の一方通行の思いに乗せて、アートとその鑑賞者の間に横たわる断絶を描く。続く表題作『愛しのグレンダ』は、女優グレンダに心酔するファン集団が彼女の過去の出演作や人生にまで割り込む話。偶像化されるほど愛されることが果たして幸せなのか、疑問を投げかける一篇だ。『トリクイグモのいる話』は、さびれたバンガローの薄闇の中で隣客の気配をじっと窺う、蜘蛛のような「わたしたち」の独白。時折混じる謎めいた断片的な追憶。種明かしはなく、すべてが曖昧模糊として不気味な余韻を残す。
『ノートへの書付』は、地下鉄を生活拠点とする集団による電車乗っ取り計画を摘発する内容。書き手の正気を疑いつつも、地下鉄という日常に潜む幽霊のような青白い人間たちのイメージにぞっとさせられる。『ふたつの切り抜き』では、 暴力反対の立場を取る女性作家が、ふと踏み込んだ不思議な領域で自ら加害者となってしまう皮肉が薄ら寒い。『帰還のタンゴ』は重婚したことへの罪悪感から心理的に追い詰められ、更に重い罪を犯す女の悲劇。
『クローン』は、息の合った八人の合唱団員が分裂していく様をクラシックの楽器と楽章に重ねて展開した実験的作品。
『グラフィティ』の舞台は落書きすら罪に問われる圧政下の街。落書きを通して心を通わせた男女が悲しい結末を迎える。
夜毎、自分が主役の物語を夢想する男の話『自分に話す物語』。ある夜、彼の物語に意図せぬ登場人物が参入し……。夢想が現実化し、現実が幻滅を呼ぶラストには微苦笑だ。最後の『メビウスの輪』では、強姦・扼殺された女性が概念的な存在と化し、加害者男性を求めるに至る。設定を生理的に受け入れられるかどうかはさておき、死後の人間の意識が様々な形態に変異する描写がユニークだ。
                        

(ウィークリー出版情報’08年4月3週号掲載)