『氷』 アンナ・カヴァン:著 山田和子:訳 (バジリコ)

氷


あるとき、世界規模の異常気象が起き、かつてない寒波が人々を襲う。氷の力に屈して滅びてゆく国々。生き残った人々の絶え間ない抗争。主人公の「私」は、とある国の重要機密に携わる身だ。しかし迫り来る人類の終末を目前に任務を離れ、己の心の欲するままに旅を始める。その旅とは、かつて愛した一人の少女を追い求める旅だった。白銀の髪と華奢な肢体。か弱く孤独な彼女は、男から男へと流れ流されて生きている。
虐待されて育った少女の犠牲者のような表情がそうさせるのか、少女の庇護者は常に彼女の加虐者でもある。少女が「私」を捨てて夫に選んだ男性も、少女を拉致した「長官」も、暴力と高圧的な態度で少女を支配する。
「私」は「長官」の支配力に魅了されつつ、彼の手から少女を助け出そうと奮闘する。そんな「私」の中にもまた、少女へのサディスティックな欲望は潜んでいる。男たちの少女への執着は、愛情というよりむしろ強迫観念的なもので、その点についてだけは支配関係が逆転していると言える。特に「私」の少女への執着心は病的なほどだ。男たちと少女、加虐と被虐の危うい関係が燠火のように行間を焦がす。そしてその火をも消し去ろうと忍び寄ってくる氷の存在感が寒々しい。
苛烈に凍てついてゆく現実世界と、「私」が頻繁に陥る退廃した幻視の世界。交互に現れる二つの世界が織り成す物語は氷雪のタペストリであり、倒錯した愛のファンタジーでもある。無国籍で綴られる上、主人公たちに名前も個性も付与されていないため、寓話としても読める。奔放に行動する「私」の資金や移動手段が決して尽きないのは、現実にしてはあまりにご都合主義。
しかし、この物語の真の主人公は世界を覆う氷であり、リアルであるべきは氷がもたらす終末のヴィジョンだけなのだと、読後に納得した。
翻って私たちの現実世界を眺めれば、温暖化が叫ばれる昨今だ。しかし映画『デイ・アフター・トゥモロー』で描かれたように、温暖化の後に氷河期がやってくるという学説もあるという。学説が正しければ本書は予言書ともなるだろう。終末が迫るとき、人は最も自分の心に忠実になる。そんなシンプルな真実も、再認識させられる。
      

(ウィークリー出版情報’08年8月2・3週号掲載)