『山羊の島の幽霊』 ピ−ター・ラフトス:著 甲斐理恵子:訳 (ランダムハウス講談社)

山羊の島の幽霊
山羊の島の幽霊

愛妻を喪い、生きる意欲をなくした主人公シプトン。職も故郷も捨てた彼は、山羊しか住むもののない無人島にやってくる。自ら命を絶つために。だが、いざとなるとなかなか決心がつかない。そんな彼の前に一人の自殺者の幽霊が現れる。フィンチと名乗るその幽霊は、自分を自殺に追い込んだ者への復讐心に燃えていた。シプトンはフィンチの強い意志に押され、気がつくと彼の復讐を請け負っていた。フィンチの復讐相手がいるという巨大な建造物「大学」に辿り着き、大学組織の一員となることに成功するシプトン。大学内部は、そこに蠢く人間たちを含めて極めて複雑で風変わりだ。幽霊は一向に具体的な指示をくれない上、大学の図書館で「暴動」に巻き込まれたシプトンは満身創痍となる。紆余曲折の末、ようやく目指す幽霊の復讐相手を見つけるが……。
冒頭からへたれきった主人公。その思考は自殺願望と延命工作の間を振り子のように揺れ、せわしない。その揺れに共振したように、彼の焚き火の側に出現する幽霊。民話「サトリの化け物」を髣髴とさせるこの秀逸な滑り出しに思わず引き込まれてしまう。
生にも死にも軸足を置けない危うい心理状態を、幽霊につけこまれる弱さとして描いた解釈が古くて新しい。
死ぬに死にきれないならば生を謳歌する者への復讐を、と持ちかける幽霊はさながらキリスト教における「荒野の誘惑」の悪魔だ(そういえば山羊は悪魔を象徴する動物でもあった)。
最初は親しみさえ感じさせる幽霊が徐々に威圧的になり、主人公を支配しようとする過程は不気味。安易に彼に同調した主人公が陥る悲惨と、そこからの急展開は生と死のシーソーゲームを見ているようだ。「大学」の描写や、学者が論じる様々な虚学の理論には読み疲れてしまう部分もあったが、シュルリアリズムの絵画の中に迷い込んだような独特の架空世界はみごとに構築されている。他人の頭の中にある、一つひとつは不条理だが全体としてはよく整理された夢のファイルをのぞかせてもらった、という読後感。エピローグでは、この物語の原題が「THE STONE SHIP」なのも納得な、とんでもない出来事が起こる。一体どういうことだろう、と唖然としている間に、主人公が選ぶ(であろう)、ある結末。ハッピーエンドなのだと思う。



(ウィークリー出版情報’08年11月3週号掲載)