『だまされた女/すげかえられた首』 トーマス・マン:著 岸美光:訳 (光文社)

だまされた女/すげかえられた首 (光文社古典新訳文庫)
だまされた女/すげかえられた首 (光文社古典新訳文庫)

トーマス・マンには重厚な長編小説作家というイメージがあるが、本文庫収録の『だまされた女』『すげかえられた首』の二作品は短編だ。といっても、登場人物たちの戯曲もかくやの饒舌さ、マン特有の畳み込むような文体は変わらない。
『だまされた女』の主人公・ロザーリエは自然愛好家の未亡人。素朴にして賢明、魅力に溢れた女性だが、閉経期を迎えて気持ちが滅入り気味だ。そんな彼女が、息子につけた若い家庭教師に心惹かれ始める。娘のアンナは母の恋に不吉なものを感じるが、ロザーリエはそれを「魂の春」と呼び、恥じらいながらも尊ぶ。やがてロザーリエの身にある「奇跡」が訪れて、彼女を狂喜させるのだが……。ロザーリエが人好きのする性格に描かれているだけに、物語のタイトルは酷いほど冷静な直球で、読後の胸を抉る。ある種の宗教的恍惚に浸る女性の有り様に、砕けた言い方をすれば「ツッコミを入れた」容赦なさ。ただ、幸福とは何かを問われたとき、それは各自の意識が決めるものだと答えるならば、ロザーリエは真に幸福だった筈だ。
『すげかえられた首』はインドの古い伝説を下敷きにした異色作。二人の男性と一人の美女との三角関係だ。美女は、商人で知性溢れる夫を敬愛しているが、鍛冶屋で牛飼いでもある男性に肉体的関心を抱く。彼女を愛する男性たちは、元来深い絆で結ばれ、互いに憧れあう友人同士だ。それぞれの心を知った三人は三すくみの状態で旅に出、カーリー女神に邂逅する。女神の神助を得たある事件の後、彼らの三角関係は究極の昇華に至る。
切望するものを手に入れる喜びと、それに付随する幻滅。いつの世も変わらない人間のエゴイズムが、神話的世界の舞台で展開する。ラストは、密教で三角形が火を象徴するということも想起させる。多くの腕を持ち、死体や骸骨に飾られたカーリー女神の姿態には、その過剰なエネルギーにおいてマンの文体と響きあうものがある。
カーリー女神の神像は、男神シヴァ像を踏みつけているのが普通らしい。これを、男性原理に対する女性原理の優越、と見ることもできるとか。巻末の解説にある『だまされた女』において「女は舞台、男は道具なのだ」という解釈にも通じる見解だろう。


(ウィークリー出版情報’08年2月3週号掲載)