『ぼくを創るすべての要素のほんの一部』 スティーヴ・トルツ:著 宇丹貴代実:訳(ランダムハウス講談社)

ぼくを創るすべての要素のほんの一部
ぼくを創るすべての要素のほんの一部

どんな家業にせよ、二代目というのはとかく葛藤の多いものだ。親がすぐれておればプレッシャーがかかる。逆に昨今の二世議員のように、悪癖の因習を行えば、親以上に憎まれたりもする。『ぼくを創るすべての要素のほんの一部』……この長い長い邦題を持つ長い長い物語も、そんな父子の葛藤を扱っている。ただし引き継がれているのは家業ではなく、性格と、思索し、それを書きつけることへのこだわりだ。
父の名はマーティン。幼い頃、病気で四年余に亘る昏睡状態に陥った彼は、母親が読み聞かせる数多の本に睡眠学習を施され、該博な知識を得て目覚める。だが彼の存在は、カリスマ的悪党である弟テリーの華やぎの前には格段に影が薄かった。弟への嫉妬と劣等感に苛まれつつ、自らの知性に恃むところも大きいマーティン。彼は計らずも設けることになった一人息子・ジャスパーを、徹底的に自分の影響下で育てようと目論む。成長したジャスパーはこれに反発。互いに根深い近親憎悪を抱きながらも隔絶されることはない父子に、様々な珍妙な人間関係が絡み、壮大にして卑小な物語が綴られていく。
そしてすべては終盤に現れる、ある仏陀的人物の掌の上の出来事だった……と見せかけて、物語はその掌の上をさえするりと滑りぬける。ラストでジャスパーの長年の葛藤を和めるひとつの「気づき」は、考えてみれば至極当たり前のことだ。しかし、偏屈で、やることなすこと裏目に出る父親の遺伝子に呪縛されている……という強迫観念の中で生きてきた者にとり、これに勝る救いはないだろう。
主人公父子が行動より思索が得意であるだけに、数々の文学作品や哲学書からの引用、それに関する知的な(時にはおちょくった)考察、時間差で「なるほど」とわかる暗喩や皮肉な言い回しなど、言葉の豊かさ、楽しさにたくさん出会えるのも醍醐味だ。ジャスパーの回顧録にマーティンの手記や遺稿が挟み込まれ、息子と父の視点と声とが螺旋を成して響き合う物語。己を表現し、また遺す為に、書くという行為に二代に亘って依存する様を愛情深く揶揄するふうでもある。登場人物たちの奇矯なふるまいがきわめて特異であるために小説として面白く、それでいて彼らの関係性が実にありふれた親子兄弟のそれであるために、読む者の共感を呼ぶ話でもある。


(ウィークリー出版情報’09年9月3・4週号掲載)