『本泥棒』 マークース・ズーサック:著 入江真佐子:訳 (早川書房)

本泥棒
本泥棒

語り手が異色だ。人格化された「死」、死神なのだ。死神は人の魂を運び去るという己の務めに倦みつつ、世界の時々刻々を彩る印象的な色の数々に心慰めている。色の他にも死神の気を晴らしてくれるいくつかの物語がある。そのひとつとして、 「本泥棒」だった一人の少女の話が語られる。それは白・黒・赤の三色に象徴される物語だ。
舞台はナチ政権下のドイツ。「本泥棒」の名前はリーゼルという。彼女は弟と一緒に里子に出されるが、途上で弟が亡くなる。
墓地に落ちていた本をリーゼルは拾い、自分のものにする。それは家族を思い出すためのよすがだった。里親の「父さん」ハンス・フーバーマンに読み書きを習い、リーゼルは言葉への扉を開かれる。彼女は憑かれたように本を求め始める。時には盗んででも。死神は、リーゼルと彼女を取り巻く人間たちを温かく描き出す。溌剌とした親友ルディ。怖いが根は優しい「母さん」ローザ。フーバーマン家に匿われるユダヤ人マックスとリーゼルの共鳴、いつも悲しげな町長夫人との友情。登場人物はみな魅力的だが、中でもリーゼルを心底慈しむ「父さん」ハンスが素晴らしい。音楽と煙草を愛し、約束を必ず守る、著者の人間賛歌が結晶したような人物。彼の目に湛えられた「とろけるようなやわらかい銀」は読む者すべての心に残るだろう。
白・黒・赤はナチスの党旗の色であると同時に、リーゼルの弟が眠る墓地を包む雪、鉤十字の署名、人々が絨毯爆撃に曝された日の空の色でもある。赤い色の空の日の件では、溢れる涙を禁じえない。
段落の合間には多くの断章が挿入され、登場人物の運命について種明かししてしまうことも。物語の筋が分断されるように思えるが、それらは語り手の性質を反映した、シニカルながら優しい配慮のある予備知識なのだ。
人情味溢れるこの死神、世間一般に知られる「大鎌を持った髑髏の姿」はしていない。その姿についてのヒントは作品中にわかりやすく記されている。
著者は一九七五年生まれ。ナチス政権下に生きていたわけではない。戦後世代が想像力と資料を基に戦禍を描いた作品としては、こうの史代の漫画『夕凪の街 桜の国』が記憶に新しい。こうした書き手と、読み手の想像力がひとつになったとき、真の戦争抑止力が生まれるのだろう。


(ウィークリー出版情報’07年8月3週号掲載)