『ピエールとリュース』 ロマン・ロラン:著 宮本正清:訳 (みすず書房)

ピエールとリュース

舞台は第一次世界大戦下のパリ。ドイツ軍の空爆でごった返す地下鉄の中、十八歳のピエールは一人の娘に出会う。二人はその後も度々行き会い、恋を語らうようになる。娘の名はリュース。彼女は貧しい絵描きで、ピエールは良家の子息。加えて半年後には戦争に行かねばならない。未来に希望を持てない二人だが、一緒にいられる今現在を精一杯楽しもうとする。しかし戦争は、若い恋人たちに、皮肉なやり方で牙を剥く。
おやつを交換したり、散歩したりして互いへの思いを育む二人の姿は初々しい。ボーイ・ミーツ・ア・ガール。少年と少女が出会い、恋が生まれる。二人の背景に戦争が影を落としてさえいなければ、これほど単純で、微笑ましい構図はない。
ピエールにはフィリップという兄がいる。良き兄だったフィリップは出征してから心が荒んでいる。だが帰省した折に弟の恋を知ってからは、彼らの幸せを願う気持ちになる。ピエールと同年代のシニカルな学友が、飛び蟻の結婚飛翔を例にとってピエールの束の間の幸福を揶揄するのとは対照的だ。登場回数は少ないながら、フィリップは作中で唯一、戦場を知る人間として描かれる。
彼が再び弟への愛情を表す場面は、戦争に奪われた人間性が甦る瞬間でもある。ひとつの愛が別の愛を呼び起こす様子が、短い中にも鮮やかに描かれて印象深い。この兄との逸話は、ピエールとリュースの若い感傷に溢れた恋物語に崇高さを付与する一因となっている。
物語の終盤では復活祭が重要な意味を帯びる。復活祭は、死の三日後に甦ったとされるキリストを記念するキリスト教の宗教行事。復活祭を前に、人々は祈りと音楽のために教会に集う。ピエールは厭世から、リュースは現実主義から、宗教に深く肩入れしていないが、人類を愛する友としてのキリストに共感、教会へ行く。二人の恋の終焉は、死を超えて甦るものと有限の命のものがひとつになることでもあった。
著者ロマン・ロランは『ジャン・クリストフ』や『魅せられたる魂』を著したノーベル文学賞作家。民族に捉われない立場から世界に反戦と平和を訴え続けた。今井正監督による映画『また逢う日まで』は、この『ピエールとリュース』の翻案である。


(ウィークリー出版情報’06年8月3週号掲載)