『デス博士の島その他の物語』
ジーン・ウルフ:著 浅倉久志/伊藤典夫/柳下毅一郎:訳 (国書刊行会)

デス博士の島その他の物語 (未来の文学)

言葉の魔術師と名高いSF作家の、本邦初の中短篇集。『デス博士の島その他の物語』、『アイランド博士の死』、『死の島の博士』。
これら「島三部作」が本書の中心。同じ単語を使ったタイトルでも、単語の位置が変われば意味が変わり、それぞれの物語が立ち上がる。 表題作は、主人公の少年を「きみ」と呼ぶ二人称で綴られる。「きみ」の住む現実世界と「きみ」が読む本の中の世界は時に交錯する。本から抜け出た登場人物の一人・デス博士は、自分と「きみ」は同じだと語り、「きみ」も小説の登場人物であることを示唆する。読者である自分ももしかしたら……と、入れ子構造の深みに引っ張り込まれる。
『アイランド博士の死』は、自ら「アイランド博士」と名乗る人工の島が舞台。手術で脳を二分された情緒不安定の少年が、緊張症の少女や殺人癖のある青年と共に環境セラピーを受けている。住人の感情が天候に反映される島の上で、激情に駆られる少年の運命を描く。目的のために個の生死や人格を調整してためらわない「アイランド博士」には、神や、患者に支配的な精神療法家への皮肉が こめられている。同時に連想されるのは、脊椎動物の膵臓にあると言われる島に似た形状の組織・ランゲルハンス島だ。この「島」は、ホルモン分泌によって、体内の血糖値量を調整する役目を持つという。
『死の島の博士』では人類はDNAを変化させる方法を手に入れ、不死になっている。殺人罪を犯した主人公は、永遠に続くかもしれない刑期を過ごしながら、服役前に発明した「喋る本」の一冊を改造する。その結果、物語が他の本に感染する事態が発生。「喋る本」に依存していた社会は混乱する。死なない人間という存在を、個の生を超越している本になぞらえる件が印象的。ラストは、本には必ず最後のページがあることを暗示しているようだ。
他、人間の奇形化が進むアメリカで現と幻の入り乱れる夜を過ごすイラク人青年の手記『アメリカの七夜』、網膜で個人識別する管理 型社会を、網膜のない少年が彷徨う『眼閃の奇跡』の二篇を収録。どの作品も鳥瞰した視点で書かれているが、根底が温かい。著者が敬愛する作家たち、ウェルズやディケンズらへのオマージュも随所に散りばめられている。読むのを省略しがちなまえがきは、本書では必読。「島三部作」に連なる物語が隠されている。


(ウィークリー出版情報’06年4月3週号掲載)