書評「次代のIT戦略」

星城大学経営学部 
教授 伊藤征一

 本書は、総合研究開発機構(NIRA)の自主研究「e-ASIA構想の基礎としてのサイバー・ガバナンス」の研究成果を、これからの日本のIT戦略の視座から整理し、報告書として編集したものである。

 全体の構成は、第1章『「社会活力の喪失」を招いた日本のIT戦略』、第2章『IT革命と日本』、第3章『ECビジネスとインターネットの現在』、第4章『社会の柔軟な変化をもたらす情報システム技術』、第5章『社会のガバナンスと電子政府』、第6章『住民発意を基本とする自治体IT戦略』、第7章『コンテンツ流通を支える情報通信技術』、第8章『ブロードバンド技術・インフラの影響と課題』、第9章『サイバースペース六法の時代』、第10章『ビジネスモデル特許』、第11章『インターネットの生い立ちと今後』、第12章『インターネットのグローバル・ガバナンス』、第13章『「21世紀はアジアの時代」を演出するIT戦略』となっており、各章を上記研究に参加した当該分野の第1人者が執筆している。

 この構成を見ると、広範な分野の盛り沢山の話題を寄せ集めたもののように見えるが、はしがきに述べられているように、本書の意義は、「各論文の中にそれぞれ本質を突いた主張があり、それらを一冊の書籍として提供すること」にある。実際、そのねらいは成功している。読者を強制的に一つの結論に向けて引っ張っていくのではなく、読者が独自の視点をもって読み進むうちに、分野の違う個々の論文の底流にある思想が読者に訴えかけ、読者自らに考えさせるようになっている。

 例えば、第4章「社会の柔軟な変化をもたらす情報システム技術」では、ネットワーク化の進展による、グローバル化や、企業の機能ごとに組織を分割する「アンバンドリング」、分割された組織が組み直される「リバンドリング」などの動向を背景として、分社化、スピンオフ、事業部の再編、合併など、さまざまな組織形態の変化が論じられているが、このような議論が読者の立場に応じた思考を誘発してくれる。企業の経営者は自社の企業組織のあり方を、また、中国進出に関心のある企業経営者は国際分業や世界最適地生産などの戦略について、さらに、自治体関係者は、行政の企画機能と執行機能の役割分担や自治体の中核的サービス領域について等々、自らの関心に従って思考をめぐらすことができる。

 また、いくつかの章において、同じ考え方に基づいて議論が展開されている部分があるが、それらを繰り返し読んでいるうちに情報革命の本質が身にしみてわかってくる。例えば、「インターネットの普及により、企業や政府などの組織と個人の間の情報格差・非対称性が解消され、個人の力が増大する」というインターネット革命の本質論が、各章毎に独自の事例を用いて展開されている。 

 具体的には、第3章で、販売代理店のような生産者側の事業者とは逆の、需要者向けの購買代行業者が紹介されている。また、第4章では、需要者がネットワーク上で複数の企業や職能を動かして、求める製品やサービスを最適な形で調達する仕組みが議論されている。さらに、第5章、6章では、個人が、従来の官主導の政策決定やサービスを受容するのではなく、主体的活動者として政治や行政の諸領域で意思決定プロセスに参加するような新たな関係を築くべきであるとしている。このほか、第7章、8章では、ブロードバンド時代には個人でも放送局ができるようになるという指摘がなされている。

  本書は、民間企業や中央政府、地方自治体、研究機関などで、インターネット革命の本質と今後の戦略について、自らじっくり考えてみたいと思っている方々にぜひ一読をお勧めしたい書物である。