風  流  へ  の  道

       -- 中村幸彦『比ほとり一夜四歌仙評釈』より ----
 

                                                              伊藤 征一
 
 

  本ホームページは、『経済・統計・情報・通信の横断的研究』という名のとう
り、硬い話題を扱っているが、硬い中にも風流心あふれる大人のページをめざし
ている。そこで、ここでは、その風流心について考えてみたい。

  そのため、まず、谷沢永一著『人生の叡智』の中の「俳諧の底の人生絵巻」か
ら一文を引用する。

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              敵陣の和歌の書物を盗み来て      三浦樗良

  この句(「敵陣の和歌の書物を盗み来て」)を『日本古典文学体系』(岩波
書店)の暉峻康隆は、「かねて執心の敵将の所持する歌書を、万難を排して盗み
取り、妄執を晴らしたる体」と、浪花節に出て来るヤクザの出入りまがいに解す
るが、中村幸彦は蕪村俳諧の真骨頂を解明する『比ほとり一夜四歌仙評釈』(角
川書店)に、「敵陣へこっそり盗みに入ったなどと云う無風流なことは、如何に
何が出てもよい連句といえども夢考えるべきではない」と戒める。

  句の情景を詳しく説くなら、「相対していた敵陣へ攻撃をかけた。敵は不意を
打たれて匆々と退却した。その跡の取乱された中に、一冊の書物を見つけた武士
が、とり上げると和歌の書であった。敵軍にも中々しゃれた男がおるものだと思
いつつ、自分も執心の道である。それを拾いかえって、読み出して見ると、殺風
景の陣中を忘れて、風雅の境に、しばし魂を遊ばせる事となった」。樗良が描き
だしたのは「陣中一個風流の武将」であって、それをコソ泥に取り違えられて
は、天明中興俳諧の旗手が泣くであろう。

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  『比ほとり一夜四歌仙』は連句の書であるが、中村幸彦氏は上記の句の評釈の
中で、蕪村の前句「けふや切るべき牡丹二もと」に言及し、次のように述べて
いる。

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  前句(「けふや切るべき牡丹二もと」)との付け方にも、諸注に問題がある
ようだが、ここでは同一人物の異なった場合を詠じたものと見ることにすると、
自然に意は通ずる。この句(「敵陣の和歌の書物を盗み来て」)は前述の如く、
風流な武将の陣中の態である。その武将を前句の主人公とすれば、それは出陣の
態とならないであろうか。前句のいさぎよき決断の気分を、出陣の時と見定めた
のである。風流に庭に愛育した、二本の牡丹がようやく大きくなり、蕾みかかっ
ている。若干の躊躇も今日まではあったが、いよいよ出陣の今日、何時何処で生
命を落とすかもはかり難い。すっぱり切りはらって、思い残すところなく門立と
うと解釈する。その同じ人が、戦場では、敵陣で拾った歌書を読みふける一面を
持つ、やはり風流人なのである。

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  これらの文章を読むと、古典の素養の無い者にもたくまざる風流心が伝わって
くる。しろうとの目から見ても、これを暉峻康隆氏のように解しては、文学とし
ての味わいが感じられないように思われる。

  「いよいよ出陣の今日、何時何処で生命を落とすかもはかり難い。せっか
庭に愛育してきた二本の牡丹もすっぱり切りはらって、思い残すところな
く戦に臨んだ、その同じ人が、戦場では、敵陣で拾った歌書を読みふける一
面を持つ、やはり風流人なのである」

と解する感性こそ、風流心の真髄であると考える。


(引用文献) 谷沢永一「人生の叡智PHP研究所(平成6年)
(引用文献) 中村幸彦「比ほとり一夜四歌仙」
角川書店(昭和55年)

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(注1)暉峻康隆氏は、「女子大生亡国論」という言葉の提唱者として知られて
        いる。かなり以前の話であるが、大学の文学部に花嫁修業の女子大生の
    進出が目立ち始めたころ、大学に残って真剣に学問を志す者がいなくな
    ってしまうという危機感から出た言葉である。

(注2)中村幸彦氏は学者としてのみならず、社会人としても驚くべき筋の通っ
        た人物であったことを、逸話を通じて面白くおかしく語った谷沢永一氏
    の「軍手と浅酌」という文章が、上記「人生の叡智」(谷沢栄一著、P
    HP研究所。平成6年10月刊)に収められている。本書には、他にも
    中村氏に関する文章がいくつか収められており、国文学の門外漢にも、
    同氏の偉大さを納得させてくれる。

(注3)中村幸彦氏については、雑誌『混沌』の第22号が、追悼号として平成
    10年8月に中尾松泉堂書店から発行されている。

(注4)中村幸彦氏は所蔵する全図書資料を関西大学図書館に寄贈された。この
    「中村幸彦文庫」については、関西大学図書館の『「中村幸彦文庫」の
        紹介』に概要が記されている。


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