「怪しい都市」東京 〜新時代のSOHOを育む都市空間〜 (株)セゾン情報システムズ 常務取締役 伊藤 征一 |
地方の大手企業から東京の業界団体に出向してきたある課長が、昼間からぶらぶらしている人の多さに驚いたという話が、竹村健一氏の『シンボル・アナリストの時代』という本に載っている。身なりのいいエグゼクティブ風の若者や髭をはやした新しいタイプの人たちが、勤務時間帯に喫茶店やホテルのラウンジで、お茶を飲みながら何やら話し込んでいるのを見て、当初は彼もかなり怪しさを感じたようだ。しかし、しばらく東京にいるうちに、「彼らはコンサルタントやデザイナーなどといった先進的な仕事をやっているまともな自営業者で、収入も多い」ということが分かってきたという。 私の周辺にも「怪しい人間」がいる。ある友人は、海外の金融データベース会社の東京支社長を依頼されたが、サラリーマンはいやだということで、コンサルタントとして東京支社長の仕事を代行している。社長業のアウトソーシングである。そして毎週水曜日は碁会所で一日碁を打って、週末は熱海の別荘で過ごしている。 こんな生活を外から見ていると、なにやら怪しげな感じがするが、実は、彼はたいへんなハードワーカーなのである。週末は熱海で英文のレポートを書いて電子メールで欧米の関係者と打ち合わせをし、水曜日以外のウイークデーは東京で、ホテルのOAルームなどを使って大企業の要人たちと商談を行う。事務所には留守番の秘書がいるだけである。独立自営業者として、世界中の関係者と共同で仕事をしているのである。まさに新時代のSOHOであり、ヴァーチャル・コーポレーションである。 今後、東京にはこのような人間が増えてくるだろう。企業内の優秀なスペシャリストが独立してSOHOを起こすようになる。それも、サラリーマンの在宅勤務などというものではなく、エリートによる独立自営業であることに意義がある。このような動きは、情報サービス業のSE、マルチメディアやゲームのクリエーターなど、これからの日本を担う先端的職種を中心に広がっていくと思われる。 このように一見怪しげで、実はたいへんな実力を持った個性ある人たちが、思う存分活動できるような機能と雰囲気を有する都市空間こそ、東京の特質ではないだろうか。情報通信の急激な進歩によって、東京のかなりの機能は地方に分散すると考えられているが、このような都市の空気だけは移転できないだろう。従来のサラリーマンとは異なる種類の人たちが、新しいやり方でクリエイティブな仕事を展開していくために、「怪しい都市」東京の役割は今後ますます重要になると思われる。 (注)「SOHO」 「Small Office Home Office」の略。 転じて、コンピューターネットワークを駆使した在宅勤務のこと。
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