通信ネットワークによる北東アジアの企業連携
伊藤でございます。ただ今、お二人から繊維産業に関する具体的で実際的ないいお話をお聞きしましたが、私の方は繊維産業については全くの素人ですので、今日は、私が(財)環日本海経済研究所で行った調査をベースにお話をさせていただくことにいたします。標題は『通信ネットワークによる北東アジアの企業連携』ということで、「ボーダレス・コラボレーションの展開」という副題をつけてあります。ボーダレス・コラボレーションによる企業連携というのは、通信ネットワークによって日本の企業と北東アジアの企業がうまい形でつながり、日本や中国で働いている人たちがあたかも一つの会社の中で一緒に働いているような環境を作ってしまおうということです。
資料6に『対中国脅威より利用』という言葉を書きました。これはソニーの出井会長の新聞の談話から取ったものです。ITは産業の再編成やグローバル化といった色々な動きとからんでくるのですが、先ほど蛯名先生から、こういったものに受身的に対応していくのでなくて、むしろそれらを積極的に活用していくべきだというお話がございました。中国についても、それを恐れるのではなく、むしろ利用すべきだということです。
実は1年ほど前に、中国のソフトウェア会社で日本と連携できる相手を見つけるため、中国に調査に行こうということになり、業界の方をお誘いしたのですが、お誘いした方々からは、全く相反する反応がありました。一つの反応は、中国がWTOに加盟して市場が大きくなることを見越して積極的に調査に参加し、さらに帰国後、自分の息子さんを訓練のために訪問先のソフトウェア会社に預けてしまったというような、前向きなものでした。もう一つは、競争相手になるような中国の会社となぜ提携しなければならないのか、そんなことをすれば敵に塩を送ることになるのではないかという、全く拒否的なものでした。これらは、先ほどの蛯名先生のお話の、「グローバル化に対して受身的に逃げるのか、それとも積極的に乗り出して利用していくのか」という問いかけにつながる話であると思うわけです。
ソニーの出井さんも、「日本は製造業から知的製造業へ転換すべきだった」、「にもかかわらず単純製造業として日本に残っていた部分が今もろに中国の影響を受けている図式だ」といっておられます(資料6参照)。製造業はこれまでどんどん高度化していかなければならなかったのに、単純製造業のままで日本に残っていた部分がいま中国の安い労働力にやられている。しかも、「仮に日本の賃金がただになっても単純な組立作業は中国にはかなわない。インフラコストが異常に高いためだ」ということなのです。
そこで、そのような単純製造業については無駄な抵抗はやめて中国にお任せし、日本はそれを利用してより高度な知的製造業に専念すべきであるということになるのです。すなわち、「日本はいかに中国を利用すべきかを考えるべきだ」ということであり、「『中国の脅威』という文脈で考えるのはおかしい」ということなのです。
以上のような問題意識でこれからの中国との付き合い方を考えると、「補完関係」、「相互利用」という言葉がキーワードになります(資料7参照)。補完、相互利用すべきものとしては、「日本の大きな市場」と「中国の安価で良質な労働力」ということが挙げられます。具体的に言うと、通信ネットワークを利用して、日本人と中国人が国境を越えてボーダレスにコラボレーション(協働と訳していますが)を行うということです。これにより、日本に居ながら、中国の労働力を利用する事ができるようになります。これを中国からみると、日本の大きな市場から仕事をもらってあり余る労働者を働かせることができるようになるということです。このような相互補完的なコラボレーションは、ネットワークがあるからこそできるようになったわけです。
もう一つのキーワードとして、「バーチャル・コーポレーション」というものがあります。これは、「日中両国の企業がコラボレーションによって、あたかも同一企業内の部門同士のように機能する」ということです。ネットワークでつないでやりとりをすること自体は、物理的なネットワークがあれば簡単にできるわけですが、それがうまく機能するためには、つながっているところ同士が、あたかも一つの会社の隣の部門同士であるかのように有機的に連携し合うことが必要です。
このように、全く組織体の違うもの同士がネットワークでつながって、あたかも一企業内の部門同士のように機能するような状況を、バーチャル・コーポレーション的な状況ということができます。それぞれの会社自体は独立しているのですが、それらがネットワークでつながって、トータル的な機能としてみると、バーチャルな一つの会社のようになるというところに意味があるのです。そのように有機的につながった企業や組織の総体を、バーチャル・カンパニーとかバーチャル・コーポレーションなどと呼んでいます。以下では、その具体例をご説明します。
資料8に、ボーダレス・コラボレーションがどのような分野で行われているかを記してみました。ボーダレス・コラボレーションのやり易いものとして、情報だけしか動かないソフトウェア開発があり、日中間でもこれが進展しています。2番目は製造業です。これは物が動きますから、情報のやり取りだけですむソフトウェア開発とは違った難しさがあります。しかし、物を作る産業でも情報のやり取りはありますから、そこをネットワーク化することによってコラボレーションができるのです。たとえば、製造業の中でも、新潟の主要な産業である金型産業や、本日の主題であるアパレル産業、さらには製材産業などでもボーダレス・コラボレーションが可能です。
3番目に、サービス業、あるいはコールセンターなどの間接業務の分野があげられます。コールセンターとは、電気製品などを買った顧客が、使い方がわからない場合や問題が起きたときに電話をかけると、オペレーターが相談に乗ってくれるような部署のことです。このコールセンターでは、受けた電話の内容をその場でデータベースに書き込んでおいて、2回目、3回目の問い合わせ対しては、電話を受けると同時にナンバーディスプレイの番号によってデータベースからその人の過去の情報が引き出され、端末画面に書き出されるようになっています。そのため、オペレーターは何も聞かないうちに、前回までの質問を知ることができ、適切な応対ができるというような、ITをうまく使った仕組みになっています。
そのセンターでは当然、日本人が日本語で応対しているわけです。最近、これを賃金の安い中国に持っていってしまおうというようなことが、行われ始めているのです。言葉についても、中国人に日本語を教えこんで応対させるといったことが現実になっているのです。このほか、中国人に入出金管理やデータの入力をさせるといったことも可能です。これらの分野は、アメリカやヨーロッパが、以前からネットワークを使ってインド人にやらせていたことです。日本では日本語の問題のために、外国人にやらせるのは無理だと思い込んでいたのですが、これが瀋陽などで現に動き出しているということです。以下においては、これまで述べたボーダレス・コラボレーションについて、いくつかの具体例を見ていきたいと思います。
最初に、ソフトウェア開発の話をさせていただきます(資料9参照)。まず発注者である日本のソフトウェア会社がeメールで中国のソフトウェア会社に指示を出し、その指示に基づいて中国の会社が実際に開発した結果を日本の会社に返します。それを受けた日本の会社が、修正箇所を中国の会社に送るといったやりとりを繰り返しながらソフトウェアを作り上げていきます。このようにインタラクティブ(双方向的)に情報のやり取りをしながら一緒に働くという形のコラボレーションが、国境を越えて行われているのです。
最近インドのバンガロールがソフトウェア開発で有名になっていますが、これはシリコンバレーとの間でコラボレーションを行った結果なのです。この場合、インドとアメリカは同じ英語圏であるという利点があります。また、もう一つの利点として、時差があります。夕方にシリコンバレーからバンガロールに指示を出しておけば、アメリカ人が寝ている間にインド人が作業をしてアメリカに返すことができます。翌日アメリカ人が出勤してみるとインドから情報が入っている。それを見て帰るまでにまた指示を出すという繰り返しで仕事を進めることができるわけです。時差がない場合は寝ている時間が無駄になるわけですが、インドとシリコンバレーの場合は24時間丸々使えることになるので、納期が非常に短縮されることになります。このように、英語が通じる、時差が使えるという利点を生かしてシリコンバレーとの間でボーダレスコラボレーションを行ってきた結果、バンガロールがソフトウェアの輸出基地として注目を浴びるようになったわけです。
それに比べると日中の間には、特に日本語を使わなければならないという不利な点があるのですが、そうした困難を乗り越えて、コラボレーションが現実に動き出しているのです。中国の東北地方では、熱心に日本語を勉強して日本の仕事を行っているソフトウェア会社がたくさんあります。我々も中国の東北地方に行った時に、そのような会社をいくつか見学してきたところです。中国の会社が日本語を勉強するのは、日本から仕事をもらおうとするからです。仕事をもらうほうが仕事を出す方に合わせるという経済原則に則った行動をしているだけなのです。
このようなソフトウェア開発のボーダレス・コラボレーションの実態をもう少し詳しくみてみると、バンガロールとシリコンバレーの関係も日本と中国との関係も、まず垂直分業から始まったということがわかります(資料10参照)。これは、分かり易い言葉で言えば、元請・下請関係ということです。例えば、インドのバンガロールはシリコンバレーの下請だったというわけです。バンガロールのように牛が横を歩いているようなところが、どうしてソフトウェアの大輸出基地になったのでしょうか。それは、シリコンバレーから仕事をもらってシリコンバレーの言う通りに仕事をしていたからなのです。このように、国内需要がなくても、外国から仕事をもらう下請という立場に徹することが重要なのです。中国の瀋陽にも東大アルパインというすごい会社がありますが、この会社は日本のアルパインという会社の仕事(カーナビゲーションソフトの開発)を請け負ってきました。まさに、親会社丸抱えだったのですが、今では中国全土でも有数の優良企業になっています。このようにソフトウェア開発のボーダレスコラボレーションは、垂直分業から始めるということが重要です。
この話を別の側面から見ると、バンガロールでも中国東北地方でも、ソフトウェア会社ははじめから輸出企業だったということです。通常の産業の発展段階は、輸入からはじまり、輸入しているうちに国内で作れるようになり(これを輸入代替といいます)、そのうちに競争力がついてきて、輸出できるようになるという順番になっています。しかしソフトウェア会社の場合は逆で、国内産業として力を付けてから輸出産業になるのではなく、初めから日本向けの輸出しかしてこなかったということです。日本の親会社から日本向の仕事を丸抱えでもらって言うとおりにやっていて、力が付いたら国内の売り先を自分で探してくるように突き放されるという順番で、通常とは逆の流れになっているわけです。
中国の場合、使用言語は日本語になります。日本から仕事をもらうのだから日本語を使うということで、あくまでも経済原則にのっとった話であります。ところが、インドのソフトウェア会社は日本語を使わないのです。以前、コンピュータの2000年対応が騒がれたとき、ある日本のソフトウェア会社がインドの会社と契約をして、2000年対応の仕事をインドに頼むことになっていたのですが、いっこうに仕事が進まなかったという話があります。というのは、最初の発注段階で、インドの会社が英語で指示をしてくれと言い、日本側はそれでは嫌だということで仕事が進まなかったからです。インドの会社に日本語を勉強しろというと、それなら仕事はいらない、アメリカからいくらでも仕事がくるのだからということになってしまうのです。
インドのソフトウェア会社も日本に色々とアプローチしていますが、ソフトウェア開発におけるコラボレーションの成功例として引き合いに出すのは、インドのバンガロールよりは、東大アルパインの方がいいと思っています。日本語を使える中国東北地方の方がいいと言いたいわけです。以上がソフトウェア開発のボーダレス・コラボレーションです。
次に製造業のボーダレス・コラボレーションですが、製造業の場合、情報のやり取りだけではなく、物が動きますので、ソフトウェア開発よりは難いのです。しかしこれも、現実に、金型産業のコラボレーションなどが動いております(資料11参照)。具体例としては、韓国の自動車会社が3次元CADで自動車の設計を行い、そのCADデータをインターネットで新潟の金型会社に送る。これを受け取った金型会社がそのデータに基づいて3次元CADを使って金型の設計をする。さらに、その金型の設計にもとづいてCAMによって実際に金型を作るといったような流れでコラボレーションが行なわれています。この場合、自動車会社と金型会社との間で、CADソフトの互換性がないと困るので、互換性問題の解消のために色々な工夫がされています。
ここでやっと「アパレル・繊維」に話がきたわけです(資料12参照)。このケースは、日本のアパレル会社がCADを使って型紙データを作る。その型紙データや縫製の仕様書をインターネットで中国の縫製会社に送り、それを受け取った中国側でそのデータに基づいて衣料品を生産する、といった流れのコラボレーションです。先ほどの無縫製機械を使えれば、このようなことはいらなくなるのですが、現状ではこういうコラボレーションがあり得るということです。
ところで、先ほどの2つの例は同じモデルであるといえます(資料13参照)。どちらも、「CADによる設計」、「インターネットによる伝送」、「CADデータに基づく現地生産」といった要素から成り立っています。このモデルは、更に、製材の場合にも当てはまります。日本でCADによって家具などの設計を行って、その情報を木材生産地に送って自動製材機に入力すると製材ができる、というようなことも考えられるのです。
CADのデータは量が多いので、従来、インターネットで送るときには非常に苦労しており、うまく送るためのソフトもいろいろ出ているようです。このような大量データの送信も、ブロードバンドが普及してくるとスムーズにいくようになるでしょう。後ほどブロードバンドのお話があるということなので、そういったことも教えていただきたいと思っております。ブロードバンドというと、映像を送って映画を楽しむという話ばかりですが、こういった実業の世界、製造業の世界で色々活用できると思います。
最後に、間接業務のボーダレス・コラボレーションの例をお話します(資料14参照)。これは、先ほどのコールセンターなどのように、日本の顧客が顧客対応窓口に電話すると、自動的に中国においてあるコールセンターにつながって、中国人が日本語で応対するというようなことです。ITとネットワークを活用することによって、人件費の安い中国人を使ってコールセンターの運営ができるのです。これを大前研一氏は「電話線を通じた雇用の輸入」という言い方をしています。
中国人に日本語を教え込むのは大変だと思うのですが、現実にこれが大連で動きだそうとしているのです。アメリカやヨーロッパでは、このようなことが以前から同じ英語圏のアイルランドやインドで行われていたのですが、日本の場合もいよいよ大連と瀋陽あたりで動き出そうとしているのです。日本では、花王などが顧客対応をきめ細かくやっているのですが、このような日本企業の顧客対応ノウハウをコールセンター業務を通じて習得すれば、中国企業の意識改革や体質改善にもつながることになり、非常に良いことだと思います。
以上、ボーダレス・コラボレーションについて、最もやりやすいソフトウェア開発から始まって、製造業、更にはかなり難しいと思われていたコールセンターのような間接業務までのお話をしました。このボーダレス・コラボレーションは、結局のところ、労働力の輸入であるということになります。日中のボーダレス・コラボレーションは、安価で良質の中国の労働者を現地に置いたまま活用する仕組みということができます。日本に中国人を連れてきてしまうと、生活費が日本人と同じだけかかってしまいます。労働者を現地においておけば安い生活費で済むので、コスト・メリットが出てくるというわけです。
最近は中国人技術者を直接日本に連れてきて雇用しようという動きがありますが、これはコスト面を考えるとメリットが少ないので、ボーダレス・コラボレーションによって、労働者を現地に置いたまま活用した方がいいと思います。ただ、本当に優秀な技術者であれば日本人を押しのけてでも中国人を雇うということも必要になると思いますが、コスト面から考えた場合には、ボーダレス・コラボレーションの方がいいだろうということです。
結論として、中国やその他の人件費の安い国と競合するのではなく、ボーダレス・コラボレーションによって、中国を使っていく、活用していくという姿勢が必要であるということを申し上げて、私の話を終わりにいたします。なお、参考資料の1、2に私が今申し上げたことが文章で書いてあります。また、参考資料3に先ほど申し上げた大前研一氏の面白い論文がありますので、ご覧いただければと思います(資料15参照)。