≪2017三蔵誕生日小説≫


「やっと終わった……」
大きな溜め息とともに言葉にすると、執務から解放された事をより自覚するのか、どっと疲れが襲ってくる。
そもそも今日は朝から酷かった。普段よりも早くから次から次へとやってくる来訪者の対応。その合間を縫うように式典やら祝宴やらで煙草を吸う時間すら無い。それも全て自分で望んだ訳でもなく坊主達が勝手に決めた都合だ。普段からお世辞にも良いとは言えない機嫌は最低最悪で、朝は食事の豪華さに喜んでいた悟空さえ、昼頃には此方を伺うような顔になり、夕方には姿を消していた。大方悟浄と八戒のところにでも避難したのだろう。
廊下を歩きながら煙草に火を点け煙を吐き出す。今坊主に煙草についてとやかく言われたらキレる自信すらある。幸いにも足早に部屋へ向かう間誰にも会うことなく、無事部屋に辿り着けたが。
今日はもう寝てしまおう。そして明日は公務を全てサボってやる。不機嫌さそのままに自室の扉を荒々しく開くと、誰も居ないと思っていた室内に見慣れた人物を見つけ、驚いた。
「御公務お疲れ様です。三蔵」
「八戒……」
室内に居たのは悟空の面倒を現在進行形で見ていると思われた八戒だった。コイツがここに居るということは、悟空は寺院内に居たのか?それとも帰ってきたのか?帰ってきたなら悟空もここに居そうなものだが。その思考が顔に出ていたのか、人の機敏に悟い八戒はやんわりと微笑みながら肩を竦めた。
「悟空なら僕らの家ですよ。今何時だと思ってるんです」
言われて時計を見れば既に23時を回っていた。
「夕食を終えてからジープで来たんですけど、まさかまだ仕事中だとは思いませんでした」
「うるせぇ」
吐き捨てるように言って袈裟を椅子に放るとすかさず八戒がそれを取り、折りたたむ。
なんだ。コイツは嫌みの一つも言いに来たのか?こんな遅くにのこのこ一人で来やがって。脱いだそばから畳んでいく八戒は至って普段通りだ。それがまた腹立たしい。
思わず手を伸ばしていた。
着物を置いた手を掴み、そのまま寝台へと投げつけるように押し倒すと、八戒は驚いたように目を丸くした。
「一人でこんな時間に部屋に来るなんざ、危機感が足りないんじゃねぇか?」
「危機感……ですか?」
「言っただろう。俺はお前が好きだと」
以前告げた言葉を八戒は忘れていないだろう。その時コイツはそれについて良しとも悪しとも言わなかったが。その上でこんな夜更けに一人で来訪するなんざ、危機感が足りない以外の何物でもない。または俺を無害だと侮っているかのどちらかだ。
焦りもせずに俺にのし掛かられた体勢のままベッドに横たわる八戒はひたりと此方を見つめ、そしてふわりと微笑んだ。
「実は、今日は貴方に言いたい事があって来たんです」
「……?」
無言で続きを促すと、八戒はそっと手をあげ俺の唇を撫でた。
「誕生日おめでとうございます」
「……」
……確かに今日は俺の誕生日だ。そのせいで一日大変だった。やれめでたいだの、御利益に預かりたいだの、果てはうちの娘をなどという話まで出る始末。もはや、三蔵の地位に目が眩んで坊主だというのもお構い無しだ。いや、それは今はどうでもいい。
好きだと言った人間に押し倒されて、もったいつけた上に、果ては唇に指で触れて言うことがそれかと。
それは余りにも。
「馬鹿にするな……」
怒りに脳内が沸騰して白くなる。唇を開き触れていた指を口内へと誘い込むとその指にきつく歯をたてた。
もとより沸点が高いわけでも無ければ、一日苛立ちを耐えた後だ。それが全て八戒のせいではないが、荒れ狂う奔流を決壊させたのは八戒だ。
「俺に出来ないとでも思ってんのか?だとしたらとんだ勘違いだ」
八戒をベッドへと押し付けていた手を滑らせてその腹へと触れる。そして服の裾から滑らかな肌を上へと辿る。
「残念だったな。恨むならテメェの読み違いを恨め」
服を捲り上げ大きな傷跡の残る腹へと唇を落とすと、ピクリとも動かない八戒が小さく呟いた。
「恨むわけが無い」
その言葉に怪訝な視線を向けると、ぼんやり天井を見つめたまま八戒は告げた。
「読み違いなんて、してませんよ」
「……なに?」
「僕は貴方に触れられたくて此処へ来たんです」
何やら自分に都合の良い事を八戒が言っているような気がして、少し身体を起こし八戒の目を見た。すると、深い湖面の色を湛えた瞳がゆっくりと此方へと向けられる。その眼差しはただただ穏やかだった。
「貴方が好きです」
はっきりと、八戒はそう言った。
「……嘘だ」
思わず口をついた否定の言葉に少しだけ八戒は情けない顔をした。
「嘘なんか言いませんよ」
「なら何故あの時返事をしなかった?」
それは率直な疑問だった。そして八戒も聞かれると思っていたのだろう。苦笑すると、此方にもう一度手を伸ばしてきた。
「僕が、貴方に触れる資格なんてあるのかと……」
「くだらねぇ。誰かが決めた資格なんざ価値は無ぇよ」
「……貴方なら、そう言うと思いました」
微笑んだ八戒の指がもう一度唇に触れる。
「だから僕も、それに倣おうかと。誕生日でベタになってしまったのは偶然ですが」
「嘘つけ」
勝手に自分から枷をつけて動けなくなるコイツの事だ。ベタでも、そんな言い訳が無ければ告げることも出来なかったに違いない。
そう解ればあながち誕生日も悪いものでもねぇな。
そっと唇を八戒の唇へと押し付ければ、その腕が俺の背に回された。その温もりと強さは決して幻などでない。
この俺を待たせたんだ。残り僅かな誕生日と言う大義名分の元に、どんな無理難題をけしかけてやろうか。
そして誕生日が過ぎても、もう逃がしてやらねぇよ。




花吹雪 二次創作 最遊記