≪2017悟浄誕生日小説≫


「あ、やべ」
夕飯食ってたら不意に捲簾がそう言って箸を止めた。
「どした?」
「明日会議なの忘れてた〜……」
「会議?」
「うん。開始が17時のヤツで残業なんだけど、明日時計も取りに行くことになっててさぁ」
「ああ、この間修理に出したとか言ってたっけ」
少し前に調子が悪いとかってぼやいてて、結局修理に出したって言ってたな。
「アレが無いと不便だから至急で頼んだのになぁ。しかも明後日は定休日だし」
捲簾はいつも同じ時計をしてる。お気に入りにってのもあるみたいだけど、使い勝手が良いらしく、代わりに他のをっつーこともしない。一応ケータイは持ってるから時間解るっちゃ解るけど、不便だろう事は想像つく。てか、明日捲簾残業なのか。俺誕生日なんだけどな。まぁ仕事じゃしかたねーし、誰か掴まえて飲んでこようかなぁ。
「悟浄、悪ィんだけど、明日代わりに時計取り行ってくんね?」
「え」
「この通り!頼む!他に何か欲しいモンあったら買って良いから!」
捲簾の行き付けの時計店は俺もたまに連れてって貰うから知ってる。時計だけじゃなくジュエリーも扱ってて、指輪とかピアスとか買って貰った事もある。ちょっと高いのが難点だけどそれだけに商品のレベルが高い。ちなみに綺麗な女性の店長は捲簾の顔馴染みだ。多分昔の遊び相手なんじゃねぇかなとは思ってる。そんな距離感の二人。でも今は捲簾は俺の恋人で、全くそんな気配は無いからただの遊び相手以上では無かったんだろう。捲簾にも俺にもそんな相手は腐るほど居るからあんま気にしていない。まぁ、多少はな……仕方ねーよなそんな仲だからツケもきく。んで、そこで何でも好きなモノ買っていいって言うし、捲簾の頼みだし。
「しゃーねーなぁ」
「サンキュ!マジ助かる!」
……捲簾は俺の誕生日忘れてるっぽいし、勝手にプレゼントを何か買ってこようかな。それもむなしいかな?ま、イイモノあったら後で捲簾におねだりするのもいいし、久々にのんびり見てこよう。



仕事を定時で上がれたのでのんびりと時計店へ。俺の仕事場は9時30から18時だから仕事終わって片付けてってしてると店に着くのは19時くらいになる。店は20時までだからそこまで余裕は無いけどキツくもない。
店の扉を開くとベルがカランと心地好い音を立てた。この店は古い喫茶店を改装しているので扉は昔のまま。最初は俺も時計店だとは思わなかったくらいだ。店内には数人の女性客とカップルが一組いたが、俺に気付いた店長はすぐに笑顔で俺に声をかけてくれた。
「いらっしゃい、悟浄。捲簾から聞いてるわよ」
「ちわー」
捲簾、電話でもしてくれたのか。つか、預り証も受け取ってるから連絡しなくても平気なのに。
「今商品を取ってくるから、そっちの部屋行っててくれる?」
「え?」
別室?なんで?修理出してた時計を受けとるだけなのに。あの時計そんなに高かったっけ?安くは無いハズだけどそこまで高くも無かったような。てか、俺指輪とか見たかったんだけど。なんて思ってたら叱られた。
「早く。イイ子で待ってなさい」
捲簾の遊び相手ということは捲簾と歳が近いということで、つまりは俺の事は子供扱いだと言うことだ。仕方がないので店内は後で見ることにして別室へ。どうせ時計なんざそうデカくもねぇし。
別室はカウンターではなくテーブルと簡素な椅子だけだ。その椅子に座って煙草を我慢して待ってると、すぐに店長がプレートに箱と包装用の袋を乗せて来た。
「お待たせ。預り証持ってるかしら?」
「ああ、コレ」
財布から預り証を出してテーブルに置けば、彼女はそれを確かめてから箱を開けた。
「じゃ、これね。特に悪いところは無し。ピカピカに磨いておいたわ」
「え?修理じゃなかったの?」
「定期メンテナンスよ」
なんだそれ、聞いてないぞ。つか、そのために俺ここに来させられたのかよ。定期メンテナンスなら受け取りいつでもいいんじゃん。
憮然とした俺を眺めていた店長は、最初いつもの笑顔でいたが、だんだん耐えきれない本気の笑みが零れ始め、ついには吹き出した。
「貴方本当に可愛いわねー!捲簾が貴方を気に入るのも解るわ!」
別に怒ったワケじゃないが、それでも不機嫌にはなっていたところを笑われて、思わず彼女を睨んでしまうと、店長は笑いながら捲簾の時計を箱に仕舞い、袋に入れてくれた。
「実はね、捲簾が今日貴方をここに来させたのには理由があるの」
「理由?」
時計が早く欲しいとかそういえば言ってたな。なんて思ってる俺の前に、彼女はさっきのとは違う箱を差し出した。さっきの箱より一回り大きくて、黒い包装紙に赤いリボンで綺麗にラッピングされている箱、と小さなカード。
「はい、これが理由よ」
微笑んでそう告げる彼女に首を傾げつつ、俺は箱に添えるように置かれたカードを開いた。そこには見慣れた捲簾の文字。
『Dear 悟浄
誕生日おめでとう
この先のお前の時間の全てを俺のものにしたいよ
愛してる
捲簾』
「………………」
一気に顔が熱くなった。良かった!ここ別室でホンット良かった!絶対今顔真っ赤だ!
「誕生日おめでとう。貴方がこのカードを見るまで言っちゃダメって言われてたの。貴方の誕生日を一番に祝うのは俺だとか言っちゃって。馬鹿よねぇ」
「…………」
そう微笑む彼女は、すごくいとおしそうな、なんだろ、母性っつーか、優しい微笑みを浮かべていて。やっぱり男は女に勝てないんだななんて思った。
「捲簾の前で開けたいのならそれでもいいんだけど、もし構わないのなら開けてみてくれる?出来ればチェックしたいの」
「あ……うん」
捲簾の前で開けたい気持ちもあるけど、それまで我慢なんか出来ない。中を見たくて堪らない。捲簾が、俺のために選んでくれたプレゼントが何か知りたい。
慌てて、それでも普段より慎重にラッピングを開いていく。その下にある白い箱を開くと木製の滑らかな光沢の茶色の箱。そしてその箱を開けるとそこには腕時計が入っていた。
レットブラウンの革ベルトにローズゴールド?のフレーム。文字盤は濃いシルバーで規則的なパターンが刻まれ更に反射を押さえる加工をされているようでマットな質感が重厚さを醸し出している。あちこちに丸いゼンマイが配置されていて好奇心を刺激される。止める部分の見えるパーツはネジと赤い石。左下には黒いフレーム型の文字盤にサブの時計が、中央上にはメインの時計なんだろう白い文字盤があり、シリアルナンバーと『BREGUET』の文字が。
「これ……メッチャ高いよな……」
「わかっちゃった?」
そりゃ解るよ。伊達に女遊びやアクセ集めをしてない。女にも人気のあるスイスの超高級時計ブランド。
「本当はこの店では扱ってないんだけどね。捲簾がどうしてもこれがいいって無理言ってくれて。でね、私も他でもない捲簾の頼みだからってのもあったけど、悟浄のためだから頑張っちゃった」
「……俺の?」
「悟浄の誕生日プレゼントだなんて聞いたら頑張らないわけにいかないじゃない!」
なんか、やばい。泣きそう。
「……いい恋人ね」
微笑んだ彼女に俺は頷く事しか出来なかった。



家へ帰ると、もう家の明かりが点いていた。時計貰ってすぐに店から速攻帰ってきたから、まだ20時になってもいないのに。てか、さっきの時計のことと言い、残業はもしかして嘘だったのかもしれない。
玄関を開けてとりあえず台所にダッシュすると、いつも通り捲簾はそこで料理の最中だった。
「おー、おかえ…」
「捲簾捲簾捲簾捲簾捲簾ッ!!!」
「うぉ!あぶね!」
体当たりする勢いで捲簾の背中に突っ込むと捲簾の慌てたような声がして、一瞬冷静になったけど、一瞬だけだった。
「捲簾!時計!」
「お、貰えた?」
「貰えた。ありがとう」
「ならよし。悟浄、誕生日おめでとう」
「…………アリガト」
ぎゅーっと後から強く捲簾を抱きしめると、捲簾は俺の腕にはまっている腕時計に気付いたらしく優しく手を撫でてくれた。
「うん。やっぱこれ似合うなお前」
「スッゲ嬉しい」
「サイズデカいけど、女物なのかなって悩んだんだけどさ、お前ならこのくらいのフェミニンさはイけると思って。気に入った?」
「気に入った。毎日着ける」
「そうしてくれると嬉しいわ。お前の時間全部に俺が居ればいいなと思ってそれにしたからな」
そういう意味だったのか、あのメッセージは。
この先の俺の時間、全部捲簾に……か。
うん。あげてもいい。あげてもいいけど、だったら。
「俺の時間全部捲簾にやるから、捲簾の時間は全部俺にチョーダイ?」
そういうと捲簾はびっくりした顔で振り向いた。そしてそれはゆっくりといつもの、悪ガキみたいな笑みに変わって。
「とーぜん」
その答えに俺は捲簾の頭を掴んで唇を押し付けた。




花吹雪 二次創作 最遊記