≪報われない小悪魔の誘惑シリーズ≫

マッサージ


残業をして家に帰ると、ドアの前に赤いのが落ちてた。もう21時だっつーに1人で、超ミニのスカートをものともせずに地べたに直接座り込み少し開いた膝の間に頭を挟んでいる女子高生。あのスカートの長さじゃケツは直に地面だろう。俺の部屋は6階だからパンツを誰かに覗かれたりナンパされたりする心配は無いだろうが、それでもご近所さんの俺に対する目がだな。つか、何で連絡もせずにここに座り込んでいるのか。
「パンツ汚れんぞ」
そう言葉をかければ、悟浄はばっと顔をあげて笑った。
「オカエリ!」
「タダイマ。鍵開けるからそこ退け」
「おぅ」
直ぐに立ち上がり悟浄が退いたので、鍵を開けてドアを開く。
「おっ邪魔しまーす」
嬉しそうに俺の後をついて悟浄も部屋に入り、慣れた手つきでドアの鍵を締めてくれた。取り敢えずスーツを脱ごうとそのまま部屋に入りながら、ソファーに座ろうとしている悟浄に声をかける。
「着替えてからメシ作るから、そこで待っとけ。つか、ソファーに座るならちゃんとケツ祓えよ」
「はーい」
地べたに直接座り込んでたのを思い出してガキにするような注意をすると、悟浄もガキみたいな良い返事を返してスカートを捲り、パタパタとケツを祓った。
部屋に入って扉を閉め、鞄を定位置に放るとスーツを脱いでハンガーに吊るす。ワイシャツも脱いで部屋着を着て、洗面所までシャツだけ持って行く。籠にシャツを突っ込んで、手を洗ってダイニングに戻ると、悟浄は何時も通りソファーに転がって携帯を弄っていた。
「ちょい遅いから簡単なモンになるぞ」
「うん」
さて、何にするか。コイツが居るならしっかり目のが良さそうだ。米は時間かかるからパスだな。パスタにでもすっか。トマトかクリームか和か……、温玉食いてぇな。けどカルボナーラな気分でも無いから和にするか。出汁醤油に卵に刻み海苔かな。あとはスープと豆腐サラダと豚+適当な野菜を茹でて……。
「なぁ、けーんれーん。スマホ貸して?」
「んー? またゲームか?」
「うん、そう。ダメ?」
「良いけど金は使うなよ?」
「解ってるって」
「ならヨシ」
ケツポケットに突っ込んであったスマホを出して投げてやれば、危なげ無くそれを受け取り嬉しそうに笑った悟浄は、直ぐにそれを弄り始めた。ちなみに悟浄が俺のスマホを借りるのは初めてじゃない。最近流行ってるゲームなんかをするために良く貸してくれとねだってくる。悟浄の携帯はガラケーでゲームが出来ないからだ。見られて困るモンもねぇし、悟浄もゲームだけしかしないし変な課金をしたりもしないからイイやと貸してやってる。自分のスマホがあればいいんだろうが、さすがに高いからな。コロンとソファーに仰向けに転がった悟浄の脚がこっちに向かってパタパタしてるせいで相変わらずパンツが見えているのに溜め息を吐きつつ、俺は夕メシの支度を始めた。


「メシ出来たぞ。手ェ洗ってこい」
「え、早!」
びっくりした顔で目をしばたたかせた悟浄は、慌ててスマホを操作してゲームを終了させた。今日はパスタにしたから確かに支度早かった。何時もこのくらいだと良いんだが、そうもいかねぇし。テーブルを拭いて出来た料理を並べていると、直ぐに手を洗った悟浄が戻ってきた。
「うわ、旨そ〜♪」
「ホレ、食っていいぞ」
「イッタダキマース」
パンッと手を合わせ、早速フォークを掴むと悟浄は黄身を勢い良く突き刺した。素の醤油味を楽しむ気は無いらしい。子供っぽいその姿に苦笑しながら俺も手を合わせてからフォークを掴む。うん、旨い。バター醤油もイイけど疲れてる時はサッパリしたモンが旨いよな〜。黄身のっけてっから、コクもあるし。茹で豚も良い感じに油が抜けてて胃に優しい。つか、今日は久々に忙しかったな。そろそろ残業週間になりそうだ。締め日と決算と……。基本サービス残業が毎日一時間くらいっつーのが通常で、少し忙しいと二三時間残業で今日くらいになるんだよな。更に忙しいと終電コースで、もうちょいしたら多分コレになる。んで、最終的にタクシーになるわけだ。会社でチケ出るから良いようなものの、家に五時間も居られないのはあまり嬉しくはない。あー……、疲れたなぁ。肩も凝ってるまでは行かないものの少し気持ち悪い気がして、腕は動かさないまま肩を回してみたら、悟浄が少し首を傾げた。
「肩凝ってんの?」
「んや、そこまでじゃねぇけど」
「疲れてんじゃねぇの?」
「まぁ、ソコソコな」
箸を再び動かしつつ答えると、悟浄は行儀悪く箸をくわえたまま何か思案しているようだ。今度は何を考えているのか。
「食い終わったらマッサージしてやろっか?」
「は?」
「疲れてるんだろ? マッサージしてやるよ。結構効くぜ〜」
再び箸を動かし始めた悟浄が豚を摘まみつつそう言った。
「マッサージねぇ……。お前出来んの?」
「失礼な! 得意だっつーの」
「ほー……」
得意ねぇ。なんか意外だ。コイツにそんな特技があったとは。
なんてしみじみ眺めていたら悟浄が拗ねたような顔で俺を見た。
「信じてねーだろ」
「イヤ、ンなことねぇよ。じゃ、お願いしよっかな」
「おぅ! 任せとけ!」
これだけのことで心底嬉しそうに笑う悟浄に、思わず俺も微笑みながら箸を動かすのを再開した。


「お前まだ帰らなくていいの?」
夕飯の後洗い物を終わらせて見るともう22時を回っていた。けど、悟浄は相変わらずソファーに転がって俺のスマホを弄っている。電車って距離じゃねぇから終電を気にしなくても大丈夫ではあるが、それでも女なんだしあんま遅い時間に一人歩きさせるのもなぁ。もう既に結構遅い訳だし。
そんな俺の言葉に不服そうな顔をした悟浄が身体を起こして口を開いた。
「マッサージ! してやるっつったじゃん!」
「あぁ、もしかして待っててくれた?」
「もしかしてじゃねーよ。食って直ぐだと中身出るかと思って気ィ遣ってればさー」
「悪い悪い。サンキュ。んじゃ何処でやるよ? ソコ座れば良い?」
ソファーだと背凭れが厚くてやりにくいか? じゃ、床かなぁ。
歩いてソファーの方へ行こうとした先で、悟浄がソファーから降りて立ち上がった。
「何言ってんだよ。ベッドに決まってるだろ」
「は?」
「ソファーなんかじゃやりにくいっつーの。床も押したとき骨が当たって捲簾が痛いからベッド」
ヤベ、女子高生にベッドに誘われちゃったよ。イヤ、そうでなくて……。
「床でイイよ、床で」
ちょっと、色々ヤバそうなベッドを却下すると、悟浄は心底不思議そうに首を傾げた。
「エロ本転がってても気にしないぜ?」
……誰かコイツに一般常識を教えてやってくれ。
「汚くても気にしねぇケド、捲簾に限ってンなコト無さそうだし? 何かマズイの?」
部屋やベッドの心配をしてる訳じゃ無くてだな……。
「あ! 部屋のモノ触ったり引き出し開けたりもしねぇけど?」
「そんな心配をしているんじゃ無くてな?」
ンな心配してるなら最初から部屋に上げてねぇし、住所も素性も知られてるお前が今更ンな事しでかすとは思ってねぇよ。
「あのな、恋人でもないのに女が男をベッドに誘うんじゃありません」
近寄ってきた悟浄の頭をペシッと叩いてそう言うと、一瞬キョトンとした悟浄がニヤリと笑った。
「エロい気分になっちゃう?」
スッゲ楽しそうな、からかう気満々な顔での言葉に思わず嫌そうに顔をしかめてしまう。
「バァカ。ンなワケねーだろ。ガキ相手にそんな気分になるかよ」
「じゃあイイじゃん。ホラ、早く行こーぜ」
あー……墓穴掘った。
腕を引かれて寝室に引き摺って行かれる。悟浄は俺の寝室に入るのは初めてのハズなのに、普通にドアを開けてズカズカ中に入っていく。
「じゃ、ここに座って」
ベッドの端を示され仕方なくソコに腰かけると、悟浄はベッドに上がって俺の後ろに膝立ちになった。
「まずは肩からな〜」
「ヘイヘイ、ヨロシク」
「任せとけって」
上機嫌でそう言った悟浄の手が肩に触れた。指でぐーっと押されて思わず眉をひそめてしまう。自覚が無いだけで凝ってたのかも。痛ェ。少しずつ位置を探りながら指で肩を押している悟浄の指が良い位置に入る度、痛みに身体が逃げそうになってしまう。
「ん〜、結構凝ってんぜ?」
「みてぇだな……。スゲーイテー」
「え、そんな痛い?」
コイツの指が細いから余計に痛いのかも。ピンポイントで力が入る。そんなことを思っていたら、パッと悟浄の手が離れた。
「ちょい待ってて」
「へ?」
振り向くより早く悟浄がベッドから降り、そのまま寝室を出ていってしまう。なんだ? どした?
「悟浄ー?」
「ちょっと待っててー」
何処からか悟浄の声が聞こえ、プラスしてピッピッと電子音も聞こえる。仕方なく座ったまま大人しく待っていると、少しして悟浄が戻ってきた。手にタオルを持って。
「んじゃ、上脱いで」
「は!?」
脱げってナニ!? つか今Tシャツ1枚だから邪魔にはならないと思うんだけど!? 脱ぐのが嫌だとか恥ずかしいとかじゃなく、ベッドの上で女子高生と二人で服脱ぐとか……アウトに限りなく近いだろ! 上だけだけど! ナニコレ、俺が意識しすぎなの!?
吃驚した顔で固まった俺を見て、悟浄が焦れた様に怒った。
「早く! 冷めちまうだろーが!」
「へ? あ」
その言葉に悟浄の手に持ったタオルを良く見てみると、それはホコホコと湯気をあげていた。
「結構熱いんだよ。あ、ついでにソコに俯せに寝て」
「あ、ああ」
多分凝ってて俺が痛いと言ったから、血行を良くしようと思って蒸しタオルを作ってきてくれたんだろう。折角の蒸しタオルが冷めちまったら悪いし、慌てて上を脱いでベッドに寝そべると、パタパタとタオルの温度を調節する音がしてから肩を中心に背中に熱目のタオルが乗せられた。ちょい熱いけど、直ぐに冷めるんだろうからこのくらいが気持ちイイのかも。なんて、身体の力を抜いてボンヤリしてたら、ベッドの上に上がった悟浄が俺の身体を跨いで太股の上に座った。全体重をかけているワケじゃないようで重くはないが下過ぎやしないだろうか? と、思った瞬間悟浄の手が俺のパンツにかかり、ズルッとそれを下げられた。
「!?」
「ちょ、動くなっつーの!」
吃驚して咄嗟に起き上がろうとした俺から落とされそうになった悟浄が俺のケツにしがみつく。
「あ、悪……じゃなくて! お前、何……!?」
「何って、腰まで暖めたいからパンツ下げただけ。もー、全部脱がしゃしねぇから大人しくしてろって!」
そう言って悟浄がタオルで腰まで被う。まぁ、そりゃ思い切り下まで脱がされた訳じゃねぇけどさ、いきなりンなことされたら吃驚するっつーの。まだ心臓バクバクしてるわ。
ちょっとドキドキしながらもベッドに転がってると、段々血行が良くなっていくのが解る。やっぱ凝ってたんだなぁ。気持ちイイ……。身体から完全に力を抜いて息を吐くと、腿に乗ってた悟浄が身体を浮かせた。そして今度は肩甲骨辺りに指が触れる。肩甲骨の内側を軽く押してスライドしていく指が非常に気持ちイイ。
「痛くね?」
「ん。ちょーどイイー」
「そ? 良かった」
肩甲骨脇を何度か往復した指が、今度は背骨の両脇を押していく。それから背骨を掌で押して、腰辺りの背骨と脇腹の真ん中辺りを押して……。
「マジ気持ちイイー……。お前ホントにマッサージ上手いなぁ」
「だろ?」
笑った悟浄の指が今度は腰を押していく。普段マッサージなんてされないから、余計に気持ちイイわ。なんかスゲーリラックスしてる。腹もいっぱいだし、良い時間だしで段々眠くなってきた。腰から離れた手が冷めてきたタオルを捲り上げても、うとうとしたまま警戒心の欠片もなくベッドに転がっている。そもそも悟浄相手に警戒することなんざねぇから、余計にな。長い付き合いでもある上に良く家に遊びに来ているせいで、コイツの気配は馴染みすぎている。するりと暖かい掌が背中を撫でて肩に辿り着いた。人の体温が暖かくて気持ちイイ。そーいや、最近忙しくてご無沙汰だったもんな。今度誰か掴まえて遊んで貰おうか……などとボンヤリ考えながら寝落ちしそうになった時、背中にぺたりと暖かい体温が乗った。あったけぇなぁ。暖かくてふわふわしてて吸い付くみたいなしっとりとした肌。…………肌? 掌は両方共肩を揉んでいるワケで。つーことは、このデケェ背中に乗ってるのは何だ? 寝かけてた思考が戻ってくるのと同時に両脇を脚で挟み込まれてやっと状況を把握する。背中の上に悟浄が座っているんだ。
ぐっと肩を押す指に力がかかるのと同時に多分少し前屈みになったんだろう身体が押し付けられる。ちょっと待て。マッサージしてるのは解る。上に乗るのも解る。けど、密着しすぎじゃね!? 普通こー、身体を浮かせやしねーか!? しかもコイツスカートしか履いてねーから、柔らかい太股とかケツとか、薄い布1枚の股間とかが押し付けられる感触がモロに背中に来てヤベェんだけど! 最早動くに動けない俺を他所に肩を揉んでた悟浄の手が一旦離れ、今度は両手で右の肩から首の辺りを揉まれる。そっちに重心の移った悟浄の身体が俺の上で身動ぎして、まるで股間を擦り付けられてるようでヤバい。違うのは解ってっし、こんなに無防備になるほど俺を信頼してくれてんのも、一生懸命やってくれてるのも解るんだが、解るんだが!!! 俺に乗ってる悟浄の身体が今度は左に移動する。ムニムニしてる太股が腰を挟み込む感触と言ったらもう……。気のせいだ、これは気のせいに違いない。心頭滅却! 意識したら敗けだ!!! 俯せになってるから勃ったら痛ェし! 手ェ出そうモンなら犯罪者になるのは自分だし!!


「こんなモンか?」
俺の長い妙な自分との戦いを他所に、やっと悟浄はそう言って俺から手を離してくれた。その瞬間俺は心の底から安堵の息を吐いてしまった。溜め息のようなソレに、悟浄が不思議そうに俺の顔を見ようと俺の上に座ったまま屈み込む。
「アンマ気持ち良く無かった?」
耳元で囁くな背中に張り付くな。
「マッサージはスゲー気持ち良かった。つか、もう降りろ」
「えー」
「えーじゃない!」
悟浄を乗せたまま起き上がろうとしてやれば、慌てて悟浄は俺の上から降りた。が、慌てすぎてベッドの上にコケた。顔から。
「パンツ見えてんぞ」
膝立ちしようとしてバランスを崩したせいで、ケツを上げた体勢でベッドに突っ伏し、スカートが盛大に捲れパンツが完全に見えている。というか、パンツだけじゃなくケツから腰へのラインもだ。コイツはどんだけ俺を煽れば気がすむのかと苛ついたので、そのケツを軽く叩いてそう言うと、驚いたように悟浄が飛び起きてベッドに座った。
「ケツ叩いた」
「あ? あぁ、叩いたな。ソレがどうした」
ベッドから降りてシャツを着直せば、悟浄は唇を尖らせて拗ねていた。
「完全に子供と同じ扱いじゃねーか! 無駄に経験値高い捲簾なんて嫌いだっ!」
「はぁ?」
何だ、いきなりどうした。そんな勢い任せの言葉を真に受ける事はねぇが、何がどうしてそうなった。これが女心と秋の空ってヤツか? なんて怪訝そうな顔で悟浄を見てたら、拗ねてた悟浄がハッとした顔をしてから今度は俺に抱きついてきた。
「嘘! 今の嘘だから! ホントは好き! 捲簾大好き!!!」
「解った! つか解ってるから離せ!」
押し倒す勢いでぶつかってこられて、挙げ句絞め殺さんばかりの力で抱きつかれ、思わず悟浄の身体を押し返す。いくら女の力だっつっても苦しいわ! そんな俺の必死さが伝わったのか、渋々ながらも悟浄の身体が少し離れる。
「ホント? 怒ってねぇ?」
「怒ってないし気にもしてない」
やれやれと悟浄をへばりつかせたまま答えてやれば、心配そうな上目遣いだった顔がふわりとほどけた。
「良かったぁ……」
へにゃりと情けない顔で笑って、悟浄はもう一度俺を抱き締めた。……さっきは勢いがあったから気にならなかったけど、これヤバくね? つか、コイツなんかイイ匂いするんだけど。柔らかい身体がぴったりと密着して……。うん、ヤバい。咄嗟に手加減もせずに悟浄の首根っこを掴んで身体を引き剥がし、ソコに立たせると悟浄が物凄く不満そうな顔をした。
「なんで!?」
「何でじゃない! もう遅いんだから早く帰れ!」
「えー!?」
「えーじゃない! もう日付変わるじゃねぇか」
「それは……そうだけど」
「俺も寝たいんだよ」
「う…………解った」
渋々悟浄が承諾する。コイツホント昔から変わらねーな。コイツが心配だからって言うより俺がこうしたいからって言う方がアッサリ言うことを聞いてくれる。
「送れねーから、気ィ付けて帰れよ」
「解ってる。んじゃ、オヤスミ〜」
「お休み」
そう言って悟浄を送り出し玄関のドアを閉めて施錠をしようとしたその瞬間、外から悟浄の呟きが聞こえた。



「もう子供じゃねぇっつの」





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