たとえば。
たとえばの話。
もしもオレが女だったら、この恋はもっと障害がなかったのか?
もっとすんなり告白できただろうか。
けれどそれはたとえ話。
現実はオレは男で、アイツも男。
こんな恋、叶うわけねぇだろ。


変わらないモノ


「ねえ、金蝉。聞いてます?」
ひょいと顔を覗かれようやく、彼の視線が天蓬に合った。
考えに沈んでいた金蝉は、密かに驚くがいつもの無表情は張り付いていて、天蓬は少々不満げだった。
「なんの話だ?」
問うと、さも不満そうに天蓬は眉を顰めた。
「この距離だとキスしたくなりますねって話ですよ」
「……嘘だろう」
「バレました?」
覗き込んでいた姿勢を正すと、天蓬は改めて金蝉の机に腰掛ける。
止めても聞かないことは百も承知なので、金蝉も敢えて何も言わない。
書類を踏みさえしなければどうでもいい。
「でもね、思ったことは本気ですよ」
「馬鹿言え」
オレは男でお前も男だと続けると、天蓬がきょとんと金蝉を見つめた。
「僕、言ってませんでしたっけ?」
「何をだ?」
顔を上げて天蓬を見ると、天蓬はくすりと笑った。
「僕、男も女もおっけーですよv」
意外な事実を知らされ、金蝉が目を見開いたまま固まった。
「知らなかったんですか?」
「…し、知らん」
押し殺された声に、天蓬があきれた顔を見せる。
「結構有名ですよ?」
固まったままの金蝉の手から筆が転がり落ちたのを見て、それを拾う。
墨が付いたら大変だ。
金蝉の手に返そうと、筆を差し出すと彼がびくっと身構えた。
その思わぬ反応に、天蓬も目を丸くする。
そして苦笑した。
「スミマセン」
筆を硯に置く。と、立ち上がり扉へ向かう。
「天蓬?」
「帰ります」
突然帰ろうとした友人に金蝉がさらに戸惑う。
振り返って天蓬が笑った。
「気持ち悪いでしょ? 言わなかった方が良かったみたいですね。スミマセン」
不快な思いをさせて…。
ぱたんと扉が閉まる。
止めることすらできず、金蝉は扉を見つめていた。
気持ちが悪かった訳じゃない。
ただ、驚いただけで。
本当は。
本当はオレだって。
金蝉は慌てて部屋を飛び出した。

「しまったなぁ…」
自室で天蓬は唸っていた。
金蝉はとっくに知っているものだと思っていた。
まさか、自分の性癖を知らずにいたなんて。
失敗した。
もう、彼は自分を傍には近寄らせないかもしれない。
ため息をついて、煙草を取り出すと大きく吸い込む。
そこへ丁度ノックの音が響いた。
イライラしていた天蓬は始めその音を無視していたが、再び響いたその音に我慢できず扉を開いた。
「どなたです?」
不機嫌そうにそう問われて、金蝉が驚いた。
「あ、いや、忙しいならいい」
「金蝉!?」
訪れた人物に驚き、天蓬の眼鏡がずり落ちた。
「邪魔したな」
そういって帰ろうとする彼の手を引き留める。
「そ、そんなことありません! それより、どうかしたんですか?」
ずり落ちた眼鏡をかけ直すと、にっこり微笑んで金蝉に問う。
すると、金蝉はおずおずと呟いた。
「てめえが、突然帰るから…」
「……気持ち悪いと思ったかと」
そう言うと、金蝉は少し傷ついたような顔をした。
天蓬を押しのけ、彼の部屋に入る。
遅れて天蓬も部屋へ入ると扉を閉めた。
「気持ち悪いなんて、言ってねぇ」
金蝉が、ソファに腰掛けそう言った。
その様子が、あまりに辛そうに見えると同時に、ひどく色っぽくうつり天蓬は迷った。
「そういうこと言われると、期待しちゃいますよ?」
言外に、忠告を含ませる。
金蝉が、天蓬を見た。
「期待?」
鈍い金蝉には伝わらないのだろう。
天蓬の唇が、金蝉のそれに重ねられた。
「僕が好かれているのかって、勘違いしちゃうでしょ」
抵抗するなら今だと、重ねて忠告する。
けれど、金蝉は身じろぎせず、目を閉じた。
なぜ、金蝉がこんな行為を許すのかわからない。
彼にとってはどうでもいいことなのか?
わからないまま深く口付ける。
「…っ」
唇が少しだけ離れた瞬間。
「スキだ」
金蝉の、かすれた声が耳に届いた。
みれば、彼は真っ赤になって手で顔を隠している。
「金蝉」
「……なんだ?」
不機嫌そうなその声に、少しだけ意地悪な問いをする。
「しても、いいですか?」
びくっと、金蝉の身体が硬直する。
そして沈黙。
けれど天蓬は身動きせずに彼の返答を待った。
やがて、耳に届くかすかな声。
「しろ……」
「はい」
笑顔でそう答えると、天蓬は金蝉に口づけを落とした。




花吹雪 二次創作 最遊記