漣(さざなみ)

部屋の中を、声がたゆたう。
言葉、と云うほど明確でない、意味など成さない声。
溢れるさざ波のような、声。
自分も?
ふとした疑問が心に浮かぶ。
自制もためらいもないその瞬間。
理性を手放した自分も同じかもしれない。
ひどく、客観的に思う。
きっと多分何も変わらない。
みんな、その快楽の前では同じ。


八戒が、部屋に戻ったのはいつもよりも早かった。
それは、三蔵との打ち合わせが早く終わったからで、なぜその打ち合わせが早く終わったかというと、明日もこの街に滞在するという結論が彼の中で出ていたからだった。
出発を明後日にするという結論だけを出して、本日の打ち合わせは終了。
だから、夕食後1時間と経たずに部屋へ戻ってきたのだ。
三蔵の部屋に悟浄が居なかったところを見ると、彼はそのことを既に聞いていたのだろう。今夜は遊びに出たままかえらないに違いない。
部屋を見回すと、片方のベッドの上でジープがすやすやと眠っている。
どうやらそちらが今日の八戒の寝床らしい。
てっきり部屋でジープと遊んでいるかと思った悟空は、床に座り込んだままベッドを背もたれにしてビデオを見ていた。
絡み合う男女。
揺れる乳房。
下卑た笑み。
そして秘所へと伸ばされる手。
「……悟空」
「ナニ?」
「それは、何ですか?」
「悟浄に借りたエロビデオ」
つーか押しつけられた? と、画面から視線ははずさず悟空は淡々と言った。
「そうですか……」
ひどく複雑そうに八戒が返答をしたが、悟空が気にした様子はない。
きっとあの赤い髪の友人は悟空が騒ぎ立てると思い、ビデオを貸したに違いない。
その様子が目に浮かぶようだ。
そして彼の望む反応も。
けれど。
ちらりと悟空を見やる。
ひどく淡々と、いかにもつまらなそうにビデオを見ているその様子は、まっとうな18才男子とは思えない。
興味すらないように見える。
嫌悪は見えないけれどそれに近いものを感じる。
そうしてしまったのは自分かもしれない。
ふと、八戒の心に浮かぶ。
いや、多分確実に自分だろう。
何も知らない彼に快楽を教え込んだ。
それに伴う心も思いも教えぬままに、唯快楽だけを教え込んだ自分の。
知らず笑っていた口元を隠すように荷物整理を始める。
足りないものをチェックしながら、あらためて詰め直すだけの作業。
声が、耳をかすめる。
女性の声。
意味を成さない言葉。
少し、彼女を思いだして眉をひそめた。
「八戒」
知らぬ間に悟空が八戒を見ていた。
条件反射で何時もの笑みを張り付かせる。
「なんですか?」
床に座り込んだままベッドに頬杖を付き、何時もの笑みが嘘のように無表情な悟空。
「しよ」
言葉は想像通りだったけれど、甘さとはひどく遠かった。
淫らな雰囲気を微塵もまとわず、けれどためらいも恥ずかしげもなく言葉にして誘う悟空。
意味の取り違えようのない、しかし遙かに硬質な誘い。
重ねた唇は柔らかかった。
数度、触れるだけのキスを落としてから、その唇を舐め上げると彼の背がひくりと震えた。
ビデオを見て、勃ちあがっているかと思われた彼のそれは、そんな気配もなくおとなしい。
彼は何を思って画面を眺めていたのかと、訝しく思うほど変化のない身体。
柔らかい唇の隙間から、忍び込ませた舌を迎える舌は甘く。
甘噛みされて熱を煽られる。
ひどく嬉しそうな顔でキスを受ける彼の、唇の端から唾液が線を描く。
舌の付け根をなぞってやればもっととせがんでくる。
快楽には従順。けれど、その表情は無垢なまま。
溺れる。
キスが、ひどく甘い。
唇を重ね合わせているだけ、なのにめまいを起こしそうな程。
名残惜しくて離す間際もう一度舌で唇を舐めた。
足りなくて、歯をたててからもう一度触れるだけのキスをして。
彼を後ろから抱きしめた。
ベッドを背もたれにして、流されたままのビデオを前に。
扉から隠れるように、そのうなじに口づけた。
「ふ……」
うわずった声。
抱きしめるだけの手に、彼の手が重なる。
「もっと……」
ねだるようにせがんで、手を胸へと導かれる。
洋服の上からでも解る、勃ち上がった突起をかすめるようにひっかいてやると、身体を震わせて快楽を貪る。
布地の滑りを借りて、そこを擦ると背をしならせ眉を寄せた。
「ん……、イイ…」
勃ち上がった突起を擦りつけるように、八戒の指へ押しつける。
にやりと、八戒が笑んだ。
「悪い子ですね」
「はっ…!」
きゅっと、布地越しに二つの突起を摘まれて悟空の身体が跳ねた。
「あ…っ」
いやいやをするように首が振られるが、そのせいで身体が揺れてさらに刺激される事になるのか、身体がびくびくと震えた。
次第に、自分から刺激を求め動き始める。
「もっとぉ…」
二つの突起を摘まれたまま、自ら快楽を求めていく。
こんなにも浅ましいのに、なぜ汚れないのだろう。
少しだけ残虐な心が浮かんだ。
「っ……」
突起を、快楽ではなくただ痛みを与えるためだけにきつく擦り潰す。
形がつぶれるほど強く、ぎりぎりと擦り合わせるように潰す。
「は……ぅ」
きつそうに潜められた眉。
反り返った背。
そのままいたずらするように、つまみ上げた。
彼をその二つの突起で吊り上げるように。
「あ……っ…」
わずかに彼の身体が浮く。
彼が感じているのは痛み。
そのはずなのに。
抵抗の無い身体に焦れて、さらにきつく、そこを擦り潰す。
体重がかかっているその場所を、手加減無しに。
「……っ…」
びくんと悟空の身体が跳ねた。
その衝撃に、きつく摘んでいたその場所が解放される。
手が離されたわけではなく、ずれて引っ張り取られる感触のはずれ方。
一番痛い。
「…っふ……」
浮いていた身体ごとくずおれた悟空が、詰めていた息を吐き出した。
それは痛みをこらえていたと言うよりはむしろ。
ひくひくと震える身体の下肢に手を伸ばすと、じんわりとしめっているのが解る。
「気持ち良かったんですか?」
イってしまうほどに。
「痛いのが好きなんて、才能あるんじゃないですか?」
マゾの。
ニヤリと笑う八戒を、悟空が見た。
澄んだ瞳。
汚れない彼。
こんなに淫らな行為をして、辱めて堕としても、彼は少しも汚れない。
むしろ堕ちていくのは自分。
けれど、彼は、その澄んだ瞳で、汚れていない口で、淫らな願いを言葉にする。
「もっと、して」
僕を、堕としていく。
「足りない」
差し出される子羊の様な純粋無垢な淫らな身体。
「しよ?」
勃ち上がった、僕自身をくつろげたズボンから取り出す。
どうして……。
「四つん這いになって、こちらにお尻を向けてください」
すらすらと、命令が口からでる。
素直に従う悟空。
総ての洋服を脱がせてしまうと、彼のモノはまだ勃ち上がったままだった。
「浅ましいですね」
言葉で辱めても効かないと解っていても、自分を慰めるために言ってしまう。
指を一本舐め、そこに触れた。
「……」
かすかな息をのむ音。
入口をほぐすように触れている八戒の指。
中に入る明確な意志は無く、時折唾液を含ませてはそこを濡らしていく。
ひくひくと、誘うようにうごめくそこを、かすかに触れてはけれど入れることは決してしない。
「八戒……っ」
呼ばれてそちらに視線をやれば、悟空が潤んだ瞳で彼を見ていた。
肘は既に折れて、上半身はほとんど床に沈んだ状態で。
見れば、彼のそれは再び勃ち上がり、既に滴を垂らしている。
「なんですか?」
悟空の言いたいことなど解っている。
けれど、あえて八戒は問うた。
意地悪な笑みを隠すことなく、悟空の下肢を見つめたままで。
「っ…」
吐息がかかるのか、一瞬息を詰めた後、悟空が啼くように言った。
「入れて…っ」
くすりと、八戒が笑う。
「何を、ですか?」
解りきっていること。
「八戒の、……八戒の、…っ!」
言いよどむ悟空の言葉を遮るように、八戒が指を一本差し入れた。
ぐいと、押し込むように入れられた指に、悟空の身体が限界を感じて震える。
「指、ですか?」
白々しく問う。
「ち、ちが……」
弱々しい否定。
けれど、餓えた身体は細い指すらも貪欲にくわえ込む。
ひくひくと、指を貪るそこに、彼が本当に欲しがっているモノも解っていながら、八戒は意地悪く聞いた。
「そうですか?」
弱々しく悟空が首を振る。
くちゅ、と、指を動かすと音がする。
その滑りを確認して、八戒は指をぐいと曲げた。
人差し指の第1間接。
「あ、……っ」
びくんと、身体が跳ねた。
瞬間、なかをきつく締め付けて、一拍遅れて達する。
精液が、ぽたぽたと床に放たれる。
ひくひくと、指を締め付ける内壁のいやらしさに、八戒の笑みが満足そうに歪む。
「やっぱり、指が欲しかったんじゃないですか」
「ち・が…」
否定は最後まで出来ず、息をのむ音に変わる。
八戒が、そこをかすめるようにして指を引き抜いた。
「違うなら、何が欲しかったんですか?」
再び熱を煽られ、けれどそれ以上は何も与えられず、悟空は唇を噛んだ。
「八戒、の、オ○ン○○が、欲しい」
耐えきれず、淫らな言葉が口からこぼれ落ちる。
だが、八戒は許さなかった。
「どこに、欲しいんですか?」
悟空が、目を見開いた。
「……っ、オレの、お尻にっ……」
ふわりと、八戒が笑う。
「何をして欲しいんですか?」
息を呑んで、悟空がきつく目を閉じた。
再びきつく勃ち上がっている自身を感じ、顔が朱に染まる。
「入れて、ぐちゃぐちゃに掻き回して、八戒の精液を、奥にぶちまけて…っ」
「合格です」
「…っあ……」
指が一本しか入ってなかった部位に、いきなり太い八戒のモノを突き入れられて、悟空の眉間が苦しげに寄せられる。
けれど慣れたその部分は、先程濡らされた事と相まって、切れることもなく受け入れた。
それでも圧迫感は残る。
腹を、直腸を押し広げられ、内蔵を圧迫される感触がたまらず悟空が首を振った。
ひくひくと、痙攣するかのようにうごめく内壁が、絡みつくのを待って八戒は動かない。
ふと、彼の手が悟空の腹を撫でた。
なめらかな肌。
なだらかなはずのその部分が、少しだけ、膨らんでいる。
「ここまで、入っているんですね」
耳元でささやくその声に、内壁が収縮する。
八戒の形を感じてしまう。
八戒の大きさ、形、温度。
全てが快楽に直結していく。
さらに降りた手に、悟空の勃ち上がったモノが触れた。
「もう、こんなにしてるんですか」
苦笑混じりの言葉。
耐えきれないといった風に首が振られる。
先端からは先走りの液が、早くもにじみ出している。
「悟空ばっかりって云うのも不公平ですよね」
そういって、八戒は手近にあった紐で悟空自身の根元をきつく結んだ。
「やっ…」
首を振る悟空に、八戒は笑う。
その耳朶を噛みながら囁く。
「僕が、2回イったらはずしてあげます」
おしゃべりは終わりとばかりに、二つの突起をつまみ上げると、八戒自身を少しだけ引き抜き、再び突き入れた。
「っ…」
内壁が、うごめくように八戒を包み込む。
悟空の先端からは、耐えきれないように液がとろとろとこぼれている。
先程擦り潰されるように愛撫された突起は、不自然なほど赤く触れただけでも痛みを感じそうな程なのに、さらにきつく潰されれば、下肢は跳ね、内壁が八戒自身を包み込む。
きつく張りつめた悟空のそれは、耐えきれないほど張りつめ、放てないモノが、漏れるように零れる。
浅ましく、包み込む内壁に自身のモノを突き立てて、悟空の身体をまるで道具のように蹂躙する。
否定はどこにもない。
だからこそ不安になる。
それをうち消すためにひどくする。
それは悪循環。
「も…」
イかせてと、金の瞳が八戒を見た。
まさか本当に2度イくまで彼をつきあわせる気はないし、八戒自身の限界も近かった。
片方の突起を解放すると、その手で、動きは止めないままに彼の戒めを解いてやり、それに指を絡めてやる。
きゅうと、突然そこがしまった。
「……っ」
吐息を吐き出して、声も上げずに達する悟空。
きつく締め上げてくる内壁に、八戒も精をぶちまけた。


映像はとおの昔に終わり、停止し、砂嵐だけを映していた画面を消すと、悟空がゆるゆると視線を上げた。
「大丈夫ですか?」
した後で後悔したって遅いのに、いつも悔いる行為を強いてしまう。
「うん、平気」
だるそうに身体を起こすと、悟空は一つあくびをした。
その様子に苦笑しながら悟空をベッドへ促した。
「後始末は僕がしますから、もう寝てください」
「ん、……八戒」
「何ですか?」
言いかけた悟空に問い返す。
悟空は、八戒を見てからぼそりと呟いた。
「何でもない」
「そうですか?」
怪訝そうに見やりながらも、深く追求せずに八戒は悟空をベッドに促す。
愛も好意もない、快楽だけの行為。
お互いの心に踏み込むことなど出来るはずがない。
今日も悟空が汚れないことに、救いと同時に絶望を感じる。
きれいな貴方を僕の所まで堕として汚したい。
そして手折ったその後で。
貴方だけは汚れることのないように祈っている僕がいる。
矛盾している。
けれど、どちらの望みも真実。
笑った八戒を悟空が見つめる。
「八戒」
「なんですか?」
「お休み」
「お休みなさい」
本当のことは、貴方には云えない。
だって僕らは始まり方を間違えてしまったから。

花吹雪 二次創作 最遊記