MoonlightParty



11月29日が近くなると、三蔵はゆっくりと壊れていく。

それは去年も一昨年もその前も、そして今年も同じ。


カタッと静かに箸が下ろされる。
ほとんど手を付けられていない料理。
「部屋に戻っている」
無愛想に吐き出されたその言葉。
返事を聞くことなく立ち上がった三蔵に、八戒が心配そうな目を向ける。
体調が悪いわけでは無さそうだ。
それが返って不審だけれど。
言葉にすることができないのは、静かな食卓が原因。
いつもならば騒いでいる二人が、静かなのだ。
それに。
三蔵を横目で見送る悟空へと視線を流す。
いつもとは明らかに違う、おとなしい態度。
食事の仕方がそもそも違う。
静かなのだ。
人と同じように食べ物を口に運び、人と同じような速度で食べる。
上品と言うわけではないが、明らかにいつもの彼とは違う。
三蔵の背中が廊下の角を曲がるのを見てから、悟空が小さなため息とともにテーブルへと視線を戻す。
と、八戒の不審気な瞳とぶつかる。
「何かありました?」
遠回しな八戒の言葉。
悟浄が間を持たせるように煙草の煙を吐き出した。
「……別に」
悟空がテーブルへと視線を落として、箸を皿へと向ける。
その仕草を見つめる二人の視線に耐えきれなくなったのか、悟空がちらりと二人を見上げた。
「ただ、さ」
言葉を句切る悟空に、無言で先を促す八戒。
それに覚悟を決めたかのように彼が口を開いた。
「誕生日、明日なだけ」
誰の…とは言わずにそれだけ告げると、悟空はカタンと音を立てて立ち上がる。
「オレも、部屋に帰る」
「あ……」
八戒が、身を翻した悟空に手を伸ばしかけた。
けれど、その手を悟浄に制止される。
「悟浄」
咎めを含んだその声に、悟浄がゆっくりと首を振った。
パラパラと髪の音が響いて、悟浄の赤い瞳が八戒を映す。
「サルは、例外だと思うぜ」
「でも」
反論は、強く握られたその手に防がれた。
物言いたげな翡翠が悟浄を映すが、やがてあきらめたように瞳を閉じる。
小さなため息を聞いて、悟浄が掴んでいた手を離した。
かすかに痛みを覚える手を自分の身に引き寄せてから、少しだけ寂しげに八戒が呟いた。
「うらやましいと思ってしまうのは、間違っているんでしょうね」
自嘲的な微笑。
それを目の端に映して悟浄は煙草を灰皿に押しつけた。
「それもアリじゃねぇの」
うつむいたままくすくす笑う八戒に、悟浄は片眉だけつり上げる。
どうせまた変な思考にはまっているのだろう。
「あのクソ坊主」
呟きに八戒の笑いが少しだけ変化した気がした。


静かな部屋へとその身を滑り込ませた悟空は、窓辺でぼんやりしている三蔵のそばへと進む。
視線すら動かさない。
気配すら向けない。
いつもの彼からは考えられない姿。
悟空は少しだけ床を見つめた後、三蔵の座る椅子の足の脇へと腰を下ろした。
肌寒いはずなのに、身にまとわりつくような空気。
月が眩しいせいかくっきりと自己主張をする闇。
世界に色が存在しないかのような錯覚。
何かが、三蔵を連れ去ってしまいそうな感触。
このまま、全てが終わるのかもしれない。
息をのんで、悟空が手を伸ばす。
視界に入ったはずだ。
なのに。
彼は身じろぎひとつせずに、ただその瞳を閉じた。
全てをここにいない誰かに預けるように。
連れて行かないで。
唇を噛んで悟空は三蔵を抱きしめた。
幻影すら見える気がする月の光。
三蔵の大切だった人。
守ったんだろ?
オレにとっての三蔵みたいに、三蔵の光だった人。
置いていったんだろ?
一番残酷なやり方で。
心に、抉るような傷を付けて。
信じてたなんて言わせない。
傷つかない訳無い。
静かに、全てを晒すように目を閉じる三蔵。
それは誰の腕の中にいるときに見せる顔?
庇護される子供のような緩い微笑。
「三蔵……?」
ひくりと、まつげが震えた。
けれど、それは決して開かれることはなく。
オレじゃないんだね。
緩く、悟空が微笑した。
ここにいない誰か、二度と来ない過去にのめり込むように、いまを見ないように。
そして幸せな嘘から醒めないように、開かれることが無いのだと。
壊れないはず無いだろ。
ギリ…と歯を食いしばる。
それでも優しく彼を抱く腕はそのままに。
親鳥が、雛を守るように。
捨てるくらいなら、拾わなければいい。
なくすくらいなら、最初から無い方がいい。
三蔵がこんな思いをしないなら、オレと出合わなくてもよかったと思うくらい。
オレはその人が大嫌いだ。



END

三蔵お誕生日企画で期間限定で表においてあったモノです。 暗くてかなり祝い話とは程遠い話でゴメンナサイ。私は三蔵の誕生日って光明三蔵に拾われた日では無いかと思うのです。そうすると、彼にとっての誕生日ってこの世に生を受けた日と言うよりは、光明三蔵と出会った日であり、一年で一番あの人のコトを思い出す日ではないかと思います。甘いお祝い話もいいとは思ったんですが、いま私の書きたいモノがこれだったので。不快な思いをされた方がいらっしゃいましたらゴメンナサイ。
このお話はもともとマンガ用の物でしたので、いろんな思いを抜いてあります。わかりにくい話になってしまったのはわかるのですが、一から全部書くと変になる上に、書ききれないのはわかり切っているのでやめました。尚、この話のマンガverの通販は終了しました。

花吹雪 二次創作 最遊記