優しい嘘

 久しぶりの街へは昼前に着いた。
 前の街からは離れていたため、と言うよりは敵襲に継ぐ敵襲で予定が一日遅れたためだ。
 それでも久しぶりの街という事実には変わりなく、一行は早々と宿を決めると昼食後のまどろみの時間をそこで過ごすことに決めた。
 静かに新聞を読む三蔵、街に繰り出すには早い時間をもてあましている悟浄、満腹で機嫌のよい悟空とその相手をする八戒。
 ひとしきりジープの尾で遊んでいた悟空が、ふとコーヒーを飲む八戒に聞いた。
「なあ、八戒の誕生日ってそういえば今日だっけ?」
 突然のその言葉に驚いたのは三蔵も悟浄も同じだったが、誰よりも八戒自身が一番驚いた。
「覚えてたんですか」
 思わず本音が漏れる。
 一度なにかで言ったことがある気はするが、食べ物以外の話だったのでてっきり悟空は忘れていると思っていた。そもそもこのメンバーでそんなことを気にする人間がいるとは……。
 その八戒の考えを肯定するかのように悟浄が呟いた。
「へー、今日なんだ」
「ですよねぇ」
 思わず苦笑が漏れる。
「なんだよ、悟浄。知らねぇの?」
 思い切り馬鹿にしたように悟空が告げた。
「イイ女のなら覚えとくけどなぁ。野郎じゃな」
「三年も一緒に暮らしてたくせに。やっぱエロガッパだな」
「てめぇこそ、よく覚えてたじゃねぇか。馬鹿ザルのくせによ」
「サルって言うな! この赤ゴキブリガッパ!」
「あんだと〜、この脳味噌胃袋ザル!」
 いつものやりとりが繰り広げられる中、三蔵の眉間にしわが寄ってきたのをみて八戒が苦笑した。
「平和ですねぇ」
「てめぇの頭がな」
「コーヒーでも飲みますか?」
 押し殺した声で告げられるその言葉に応えた様子もなく笑顔で問う。
 その問答にさらにしわが深く刻み込まれると、突然三蔵は立ち上がった。
「てめぇら! うるせえんだよ!!」
 ガウンッ!
「…っぶねーな! この生臭坊主!」
「永遠に眠らせてやるからおとなしくしていろ!」
「うわぁ!! 待てよ、三蔵!」
 ガウンッ! ガウンッ!
 連射される標的に自分が含まれていないのを良いことに、八戒はのんびりとコーヒーを啜った。
「平和ですねぇ、ジープ」
「キュー」
 主人に忠実なペットは一声鳴くと頷いた。


 そもそも、今日の部屋割りは一人部屋四つである。
 それがいつの間にか三蔵の部屋に集まっていたのだから、追い出されても文句は無い。
「さんぞー…」
 閉じられた部屋の前で悟空が未練がましく呟いた。
「自業自得ってね」
 悟浄のからかいに、悟空がキッと彼を睨み付ける。
「元はといえば悟浄のせいだろ!」
「ああ? どこをどうしたらそんな結論になるんだよ!」
「どこをどうしたってそうなるだろ! このエロゴキブリガッパ!」
「あんだと〜?」
「まあまあ、二人とも落ち着いてください。こんなところで騒いだら、今度こそ三蔵に殺されますよ」
 八戒の言葉に悟空が大人しくなる。
「さんぞー…」
 しっぽと耳があったらきっとこれ以上ないくらい垂れ下がっているに違いない。
 とぼとぼと自分の部屋に行く悟空をそれ以上からかうこともなく見送ると、悟浄はハイライトをくわえた。
「つーか、なんであのサルがお前の誕生日知ってんのよ?」
「やきもちですか?」
 面白そうな笑みを浮かべる八戒に、悟浄は煙草をふかすとにやりと笑う。
「まあ、ちーっとばかしね」
 確かに、悟浄と八戒の間ではそんな話をしたこともなかった。
 だいたい、成人男子が話題にするような内容でもない。
 悟空との話にしても何かのついでに出てきただけのような気がする。
「悟空に当たっちゃ駄目ですよ。三蔵にまで追い出されて珍しく落ち込んでたじゃないですか」
 お前のそのコメントもどーよ…? と問いたいのを今までの経験で堪え、悟浄は煙草を足でもみ消した。
「じゃ、ちょっくら仲直りでもしてくるわ」
 手を振りながら廊下を去っていく。
 その背中を見送っていた八戒の後ろで気配が動いた。
 やっと静かになったかと言いたげな気配が、扉付近から消える。
「三蔵、入ってもいいですか?」
 八戒の問いに、答えはない。
 それを気にした様子もなく、八戒は扉を開いた。
「入っていいと言った覚えはないがな」
「いけないとも言われませんでしたから」
 にっこりと、非の打ち所のない笑みで答える。
「コーヒーでも飲みますか?」
 まるで今までのことが無かったかのようにさわやかに問う八戒相手に、無駄な押し問答を続ける気もなく三蔵は椅子に腰掛け再び新聞を広げた。
 ことりと銃の隣にカップが置かれる。
 なにをするでもなくベッドに腰掛けた八戒を横目でみながらコーヒーを一口飲む。
 そして、おもむろに口を開いた。
「誕生日か」
 まさか三蔵まで気にしているとは思わなくて、八戒は目を見開いた。
「なんだその顔は」
「いえ、あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思いませんでした」
「てめぇ……」
 八戒を睨み付けるその頬が赤い気がすることは、機嫌を損ねても仕方ないので黙っておくことにする。
「で、それが何か? まさかプレゼントでもくださるんですか?」
「そうだ」
 とりあえず話題が変えられれば良かっただけの問いに、意外な返事が返ってきて八戒が思わず笑った。
「……なんだ?」
「い、いえ…」
 似合わないなぁと思ってという言葉はかろうじで飲み込んだものの、雰囲気でそれは伝わったらしく三蔵がじろりと八戒を睨む。
「すみません」
 それを察して八戒が謝ると、ふいと視線を再び新聞へ戻した。
「なにかあるか?」
 問われて、八戒がほほえむ。
「特にありません」
 その気持ちだけで十分です。
 言葉にならない声も確かに伝わったけれど、三蔵は重ねて問うた。
「ホントにねぇのか? たまにはお前にもなにかくれてやる」
 そもそもそのお金は三仏神の懐から出ていることはおいておくとして、普段から悟浄は煙草、悟空は食べ物をそこから買っているが、八戒だけはなにも買わない。
「そうですねぇ」
 八戒は少し考え込むそぶりを見せたが、それはあくまでそぶりだけで欲しいものが無いものは仕方がない。もともと物に執着する方でもなければ、物欲も薄かった。
 三蔵をみると、いつもの無表情で新聞を読んでいる。
「欲しいものなら、あるんですけどね」
 少しだけ縋るような気持ちで言ってみた。
 三蔵があまりに自分のことに無頓着なのが気に障ったのかもしれない。
「なんだ?」
 視線を上げもしない彼に、少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべて八戒は言った。
「あなたが好きです」
 何度も告げられた言葉。
 ため息をつくと三蔵は顔を上げて八戒を見た。
「何度も言っているだろう。そればっかりはやれん」
 きっぱりとした、常と変わらぬその否定。
「今日だけでいいんです」
 一歩だけ食い下がってみた。
 一歩だけのつもりで、その寸断されるであろう望みを少しだけ強く望んでみた。
 肯定されるはずのないことは、誰より自分が知っている。
「まがい物は、まがい物にしかなれない」
 新聞を閉じて三蔵が言う。
「そんな物が欲しいのか?」
 投げ捨てられた新聞のように、僕も明日には捨てられてしまう。
 けれど。
「まがい物でもいいから欲しいって気持ち、在りませんか?」
 少しの本音。
 三蔵の手が、八戒の耳朶に触れた。
 笑う、その唇を奪われる。
 そして離れ、再び深く重なっていく口づけ。
 シーツへと縫い止められる身体。
「いきなり、ですか?」
 あがっていく狭間の問いかけは、一笑に伏された。
「恋人同士、なんだろ?」
 カフスごと耳朶を愛撫されて、八戒の身体がはねた。
「……即物的だなぁ」
 呟く八戒に、三蔵がその手を止める。
 改めて視線を合わせ、何事か問おうとその唇が開かれる。
 本当はやめてなど欲しくない。
 けれど、改めて問われたときにその答えを告げられるかは自信がない。
 聞かないで。
 思わず身体を堅くした八戒に、三蔵が笑った。
「八戒」
 囁き。そしてキス。
「愛してる」


 それは優しい嘘。


 涙がひとすじこぼれ落ちた。

ハッピーでは無いにしろなんだか甘い…。これって三蔵鬼畜になるのかしら? 私的にはオッケーなのよ。つーか、このサイトこんなんばっかですね。久しぶりに満足いくお話がかけて満足! ご感想等いただけたら幸いです。

花吹雪 二次創作 最遊記