FAKE


助けて欲しい、誰か。
嘘でもいいから抱きしめて欲しい。
それが本物かどうかなんてどうでもいいんです。
ただ、嘘だという証明さえなければ。
お願いです。
僕を抱いてください。
寂しくてたまらない。


雨が降り続いて鬱々とした日。
離れに用意されたその部屋へと向かう小さな人影があった。
その離れはつい最近まで封鎖されていたのだが、大量虐殺犯を僧侶と同じ並びに配置するわけにもいかず、仕方なしに現在は使用されている。
離れは部屋も多く一人で使うような物ではないが、彼と同じ屋根の下に住むことを良しとする者がいない以上仕方がなかった。
そんな離れにいくような人間はごく僅か。
それが雨の夜更けともなれば。
ひたひたと鳴る足音。
寺院に住んで長い悟空は薄気味悪さすら感じず、その部屋を目指す。
雨の夜は三蔵の機嫌が悪い。
それが一日ならばまだいい。
だが、一週間も続くとなると考え物だ。
毎晩寝台の上で身体を起こし虚空を見ている三蔵に気付かぬフリをするのも、限界。
俺だけ寝ている訳にはいかない。
かといって起きているわけにもいかず、寝たふりを続けるしかない自分が情けなかった。
だから逃げた。
「三蔵も、一人の方がいいんだ」
人と居たい雰囲気ではなかった。
毎晩悟空に向けられる気配は、決して拒絶ではなかったけれど。
ようやく見えたドアをノックする。
部屋に明かりは点いていないようで、ひょっとして寝ているのかと訝しむ。
「悟能?」
最近覚えた名を呼べば、部屋の中で気配が動く。
「こんばんは。こんな時間にどうしたんですか?」
扉が開いて悟能が顔を出した。
驚いた顔をしている。
「今晩、泊めて」
端的に用件を述べるとさらに驚いた顔をして、そして少し笑った。
「ダメです」
告げられた言葉は以外なもので、悟空は思わずぽかんと口を開けてしまった。
まさか、このいかにも人の良さそうな男が否定するとは思っていなかったのである。
唖然としている悟空の前で、悟能が悲しそうに笑った。
「今晩はお帰りなさい。明日になったら、また遊びましょう?」
やんわりと話す。
「なんで?」
悟空が慌てて問う。
悟能が自分を追い返す理由が見つからない。
自分のことが嫌いだから?
そうとは思えない。
単に人と居るのが嫌だから?
でもだったら普段からそうあってもいいはず。
人と眠るのが嫌だから?
だったら…。
「部屋の隅でもいいんだ。お願い」
押し掛けておいてベッドまで占領しようとは思っていない。
おいてくれるだけで、それだけでいい。
「……」
悟能が眉を顰めた。
「すみません。悟空の期待には僕は添えられません」
神妙に告げられた言葉に、さすがの悟空も悟る。
迷惑なんだ。
当たり前だよね。
雨の夜更けに、そう親しくもない人間を部屋に入れるなんて、迷惑に決まっている。
悟能は優しいから、悟空を傷つけぬよう気を遣いはっきり言えないに違いない。
そして、そこで無理を押し通すほど子供でも世間知らずでもない。
悟空がにこりと笑った。
「そっか、ゴメン。無理言って」
その様子に少しだけホッとしたように悟能が笑う。
「いえ、僕の方こそすみませんでした」
「ううん、気にしないでよ。無茶言ったのはオレのほうだしさ」
悟空は笑顔を見せると歩き出した。
それは出口とは逆の方向。
訝しげに悟能が問えば、悟空は少しだけ不安そうに聞いた。
「ひょっとして、離れに居るだけで迷惑?」
離れの隅でいいから、廊下かどこかに居させてもらおうと思ったのだ。
だって、三蔵のトコへは今晩は戻れない。
かといって外は雨が降っている。
本当はそれでもかまわないのだけれど。
笑って、悟空は走り出した。
「迷惑かけてゴメン、オレ帰るね」
そう言って外へ飛び出していく背が、寺院の方へ向かわないのを見て悟能が慌てて後を追った。
「ちょっと、悟空!?」
離れを出てすぐのところで悟空の手を取ると、彼は不思議そうな顔で振り向いた。
「ナニ?」
あまりに簡単にそう問われ、悟能が言葉に詰まる。
「こんな雨の日に外でたら、濡れちゃうよ?」
「悟空は、どこへ行くつもりなんですか?」
「オレは平気」
訳もなくそう言われ、手を解かれる。
「じゃ、おやすみ」
はいそうですかと、言えるはずがなかった。
もう一度悟空の手を掴み、再び問う。
「部屋に戻らないんですか?」
その言葉に、悟空の表情が少しだけ暗くなる。
悟能に心配をかけないように、笑う。
その様子が読みとれて、悟能が唇を噛んだ。
「僕の部屋に来てください。泊まるつもりだったんでしょ?」
「え、いいの?」
「はい。かまいません」
「無理…しなくていいよ?」
「無理なんてしてませんよ」
悟能が、悟空の手を引く。
その手を拒みきれず後に従うが、突然のその行動が悟空には理解できなかった。

いつ来ても悟能の部屋は物が少ない。
夜になればなおさら。
「ベッドは貴方が使ってください」
意外な言葉に、悟空が慌てた。
「そんなわけにいかないよ! 悟能の部屋なんだから悟能が使ってよ」
「いえ、いいんです。使ってください」
「でもっ、そんな…」
戸惑う悟空をベッドに座らせると、悟能は背を向け歩き出そうとする。
悟空が慌ててその手を掴んだ。
「…っ!」
慌てすぎて力加減を忘れ、悟能を引き倒してしまう。
幸いベッドの上に倒れ込んだから良かったようなものの、多少の痛みは伴ったらしく悟能の口からうめきが漏れた。
「ゴ、ゴメン!」
謝って悟能の顔を覗き込むと、彼が悟空を見た。
「だ、大丈夫?」
「……」
答えはなかった。
不安になって悟空が悟能へと手を伸ばす。
「触らないで!」
鋭い声が飛び、悟空がびくっと身体をかたくした。
悟能の肩が震えている。
迷惑なんだ。
自分は、どうやっても、誰の役にも立つことすらできない。
それをまざまざと見せつけられた気がして、悟空はのばしかけた手を握りしめた。
「ごめん。やっぱオレ帰るね」
上手く笑えなかったけど、悟能は見ていないからいいや。
ベッドを軋ませ立ち上がりかけた悟空は、後ろから引っ張られて再びベッドに座り込んでしまった。
見れば悟能の手が、洋服の裾を掴んでいる。
「悟能?」
「……ぃで」
「え?」
小さい声で聞き取れなかった。
「行かないで」
悟能が、顔を上げて悟空を見た。
その手が、悟空の背に回る。
「少しだけ、このままで」
きつく、抱きしめられた。
雨の夜、薄暗い部屋の中で震える身体。
悟空はその身体を抱きしめかえす。
どのくらいそうしていただろうか。
長かったような気もするし短かった気もする。
悟能の手から力が抜け、そして悟空の胸を押し返した。
ふわりと笑い、身体をはなす。
「すみませんでした」
その落ち着いた笑みに、少しだけ寂しくなって悟空は手を離した。
「別に」
ぶっきらぼうな答え。
本当は他に言いたいことがあるのに。
「びっくりしました?」
「少し」
「気色悪かったでしょ」
そう答えてもかまわないと促す。
その様子が、ひどく悲しげに見えた。
「オレはさ、なんにもできねーけど、けど」
上手く言葉にできなくて、悟空は悟能の身体を無理矢理抱きしめた。
「こうしてることくらい、できる」
それだけ告げる。
目を見開いて身体をかたくしていた悟能の身体から力が抜けた。
「気色悪くないんですか?」
「なんで?」
問われる意味がよくわからない。
本当に純粋に慰めている悟空を感じ、悟能が笑った。
「貴方は男で、僕も男ですよ」
「そう言う意味で抱いてるんじゃないから」
言い切った悟空の言葉に、悟能が笑った。
「でも、僕はそう取っちゃいますよ?」
優しくされるのに慣れていないから。
言葉は殺され、代わりに悟空の手が悟能の中心へと導かれる。
手に触れた半ば勃ち上がったモノの存在に、不思議と嫌悪はわかなかった。
「軽蔑しますか?」
悟能の笑顔はひどくきれいだ。
なのに、すごく胸が痛くて悲しい。
それ以上聞きたくない。
悟空の唇が彼のそれに重ねられた。
悟能は、悟空がその行為を知っていることに驚いたようだったけれど、ここまで来てやめるつもりはなかった。
だからといって、無理矢理するつもりもなくて。
「ね、イイ?」
彼の耳元で許可を求める。
くすぐったいのか、首を竦めて悟能が悟空を見た。
そして頷く。
「今だけでいいんです。今だけでいいから」
僕を好きになってください。
本当でなくていいから。
嘘でかまわない。
今だけ。
今だけでいいから。
「お願いです」
返答の代わりに悟能の背を強く抱きしめる。
悟能が誰のぬくもりでもいいこともわかっている。
悟空が慰められない誰かの代わりに彼を抱きしめていることもわかっている。
嘘でいいから。
嘘でもいいから。
言葉にしなければ、それは真実にもならないかわり嘘にもならない。
今だけの幻。
「……好き……」
どちらともない呟き。
それが示すのは行為なのか相手なのか嘘なのか真実なのか。
わからない。
だから成り立つ。

嘘でいいから。
今だけでいいから。
何も言わないで。
そしてオレを受け入れて。
嘘も真実も幻も現実も、目を閉じれば全て同じ。

花吹雪 二次創作 最遊記