papillon−pre− 心の欲するまま、本を読んで、読んで、読んで。 意識を失って、目を覚ましたらまた読んで…。 果てしなく続くかと思われた幸福な時間は、ふいに途切れた。 積まれていた本が雪崩たのだ。 その雪崩に巻き込まれて意識を失いかけたが、何とか痛みで持ちこらえた。 身体の上に散らばった本を無造作に退けると、あたりを見渡して天蓬は呟いた。 「やっぱりこの部屋、狭いですねぇ」 誰かが聞いていたら「誰のせいだよ?」と突っ込みたくなるような台詞。 けれどこの部屋に今いるのは幸いにも天蓬元帥一人だった。 吸い殻が山になった灰皿には目もくれず、煙草だけを取り、火を付ける。 深く吸い込み吐き出したその煙が解らないほど部屋の空気が白くなっていることに不満を感じ、天蓬は窓を開けた。 「ああ、いい陽気ですね」 実際天界はいつでもいい陽気なのだが、天蓬にしてみれば何日かぶりの外界である。 晴れわたった空を見つつ、桜を愛でつつ、しばらく窓の桟に腰掛け外をぼんやりと見ていた。 この退屈な、なにも変わらない世界を良い気分で眺められるのも、こうしてトリップして戻ってきたときだけだ。 その他ではなにも感じることすらできない世界。 なにも変わらず、ただそこに存在しているだけのモノ。 移り変わる下界のなんとすばらしいことか。 「悲しみがなければ、幸せもないんですよ」 ふ…と、言葉がこぼれた。 そして自分に言えた義理ではないと自嘲する。 その行為に、ふと、彼を思いだした。 いつも不機嫌な顔をして、つまらなそうにしている彼。 彼は今、どうしているのだろう。 考えて目に浮かんだ彼の顔に思わず笑ってしまった。 きっと相変わらず不機嫌そうにしているのだろう。 そういえば計らずしもご無沙汰してしまったような気もする。 「せっかくお天気なんですから」 天蓬はそこにあった読みかけの本を手にしてふらりと部屋を出た。 久しぶりに彼に会うために。 あの、金色に会うために。 |