嫉妬


宿のシャワーを浴びて、すっきりした気分で風呂場から出れば、部屋には誰もいなかった。
「あれ…?」
確か今日は三蔵と一緒の部屋だったはず…。
は髪を拭きながらテーブルの方へと歩く。
部屋には法衣が脱いである。
「珍しいな、コレまで脱いだまま出かけるなんて」
きっと八戒の所へルートの打ち合わせなんだろう。
は浴衣の襟を崩すと、空気を入れながら冷蔵庫を開けた。
「ビール無いじゃん」
口を尖らせて、仕方ないからミネラルを手に取る。
ペットボトルの口を開けて窓に寄れば、すぐ下に通りが見えた。
人が多くてざわざわしている、結構大きな通り。
街の大きさにしては夜も賑やかで、悟浄はきっと喜んでるんじゃないかなぁ…などと思いながら一気にミネラルを半分ほど飲みほしてしまった。
「あー、美味しい」
満足げにサイドボードにそれを置いて、はベッドに腰掛けた。
「あーあ、脱ぎ散らかしちゃって」
皺になると八戒がまた何か言うだろうと思って、は三蔵の法衣を取る。
そこからするりと巻物が落ちた。
「あ」
慌てて拾い上げて見れば、経文……三蔵のいつも肩に掛けている経文だ。
それが彼にとって大切なモノだってことは知っている。
静かにサイドボードに置くと、は法衣を簡単に畳んだ。
なんだか違和感があった。
大切な経文を、例え隣の部屋に行くのであっても彼が手放すなんて。
ぱさりと法衣を椅子にかけると、は経文を手に取った。
肩に掛けているときとは全然違うそのカタチ。
どういう原理でカタチが変わるのかなんてわからないけど、やっぱり『三蔵』の力なのかな。
「私には、出来ないよね」
が小さく唇を歪める。
と、巻物がゆらりと光った。
「え…?」
ふわりとの肩に降りた光が、いつものカタチを取っていく。
三蔵の肩に掛かっていたときと同じカタチ。
「……なんで…?」
びっくりして経文の端をつまんでみるけど、カタチは変わらない。
窓ガラスに映った自分をみれば、浴衣の肩に経文がのっている。
「へぇ…」
何とはなしにポーズを取ってみたり…。
くるりと一回転しても経文はの肩から落ちもせず、そこが定位置であるかのように、浴衣にぴたりとくっついている。
「すごーい…」
まじまじと経文を見つめたその時、なんの前触れもなく部屋の扉が開いた。
「あ」
部屋に入ってきた三蔵は、いつもの仏頂面で。
振り返ったの肩の経文を見た瞬間、少しだけ目を見開いた。
「何してやがる」
その声に苛立ちの色を感じては慌てて経文を肩から引き剥がす。
経文はすぐにの手の中で巻物のカタチに変わって静かにしている。
はおずおずとそれを三蔵へと差し出した。
「ご、ごめん」
扉の前で立ちつくしている三蔵に、怪訝そうに声をかけたとたん、彼はつかつかと歩み寄り、の手から経文を奪うべく手を伸ばす。
「っ!」
あまりの勢いにが怯えて手を引けば、掴み損なった経文がカタンと床に落ちた。
「てめぇ…」
低い声で睨まれて、がびくりと硬直する。
そんなの足下へ跪くと、三蔵は無造作に経文を掴んだ。
「………」
無言のままじろりとを一瞥すると、三蔵はふいと背を向けた。
「あ、の…、ごめんなさい」
怒ってる空気を感じておずおずとが謝罪する。
けれどその背は振り向かない。
怒ってるんだ、私が大切な経文で遊んでたりしたから…。
きゅっと下唇を噛んでうつむいたその時、三蔵が深く息を付いたのが聞こえた。
「悪い」
ぽつりと耳に届いた謝罪の言葉。
言葉だけだ…。
まだ怒りの解けていない背が、そう示している。
は少しだけ地面を睨んでから、自分の布団に潜り込んだ。
背を向けてしまった三蔵の怒りを解く術をは知らない。
ただ出来ることはおとなしくすることだけ。
ひどく消極的な方法だということは解っていても、いつものじゃれ合いに怒るのとは何か違う気がして声をかけることができなかった。
向けられた背中は多分拒絶。
それが向けられるのは、他人に対して?
それとも私?
じっと見つめる視線の先で、三蔵が静かにサイドボードへ経文を置いた。
紫水晶の瞳が、じっと経文を見つめている。
その瞳にうつる不思議な色に、はぼんやりと見入ってしまう。
ふと緩やかに浮かぶ自嘲の笑み。
三蔵が酷薄に笑う。
胸が、軋むように痛んだ。
「三蔵……?」
思わず口にした言葉に、三蔵が僅かに視線を流す。
目が合った。
ひたりと、視線が合致して、逸らすことができないくらい。

囁く声。
低い声。
音も立てずに、その距離が詰まった。
「……ん」
触れる寸前、二人の目蓋が閉じて視線がはずれる。
舌をからめ取られながら、浴衣の帯を引かれた。
キスの合間に目を開けば、三蔵の瞳がを見つめていた。
その表情は穏やかだけれど、瞳は、不穏な空気を醸し出している。
「……三蔵?」
が伺うように呼べば、もう一度キスが降ってきた。
ついばむように触れる唇と舌。
くすぐったいようなむずがゆいような感触に肩をすくめれば、ふいに腕を取られて身体をひっくり返された。
シュル…という音と共に腕に絡むざらついた感触。
浴衣の帯だと悟るよりも早く、両手首を固定されてしまう。
「……?」
言葉は、発せなかった。
身体をひねると三蔵の紫暗の瞳とぶつかった。
腕にまとわりつく浴衣が邪魔だった。
「お前は、誰かのモノになるのか?」
三蔵が、静かに問う。
の顎を掬うように上げさせると、いつもの不機嫌そうな顔のままを見つめている。
「悟空が、好きなのか?」
どうしてそこに悟空の名前が出てくるのか一瞬わからなくて、は瞬きをした。
そして、この間のコトを思い出す。
野営の最中、悟空としたときのこと。
知られていなかったとは思わなかったけれど、気にされているとも思わなかった。
「どうして…?」
三蔵が何を気にしているのかわからなくて、が不思議そうな顔をする。
少しだけ、三蔵の指に力がこもる。
怒りと、諦めの色が彼の瞳に浮かぶ。
それが泣きそうな顔に見えて、の胸がまた痛んだ。
「俺のモノにはならねぇんだろ」
問いではなかった。
自分に言いきかせているようなその言葉。
「誰のモノにもならない」
が続けた言葉に、三蔵が唇を笑みのカタチに無理に歪めた。
「そのわりに悟空には素直にねだるんだな」
「………」
掴まれた顎が痛かった。
三蔵の笑みが怖かった。
無防備に晒されている裸体が自分の心すら隠せないことを表しているようで、今すぐ浴衣の合わせを掻き抱きたいのに戒められた腕ではそれすらできない。
拘束されていることをまざまざと思い知らされ、は三蔵を睨んだ。
「だったら初めから悟空に触れさせなければよかったのに」
「…………」
の精一杯の反撃は、三蔵の眉一つ動かすことは無かった。
ただ、その瞳の色が少しだけ変わっただけ。
怒りが消えて、諦めに。
三蔵の指がの顎から離れて、代わりに降ってきたのは優しいキス。
「そうだな」
話は終わりだとも言いたげに胸へと滑る手のひらに、が身を捩る。
「ほどいて」
手首を戒めている帯を示すが、三蔵は意に介さず胸の飾りを口に含んだ。
「…あ」
片方を口に含まれもう片方を指でこねるように愛撫されれば、言葉はだんだん意味を成さなくなっていく。
「や…、さんぞ…」
カリ…と甘く噛まれての背がのけぞる。
手首を後ろで戒められているせいで、仰向けにもなれない不安定な姿勢のまま三蔵に触れられる。
胸を、腹を、背を、脇腹を探るように触れていく指先。
普段銃なんて使っているくせに、こういうときだけ嫌に繊細な動きをするその指。
「……っん」
抵抗すらままならないの下肢に、三蔵の指が滑り込む。
くちゅ…と音を立てて触れた指に、羞恥がこみ上げが足を閉じようとすると、三蔵が片膝を掴んでおもむろに高く持ち上げる。
「やっ!!」
の足を限界まで開かせたまま、帯の余りで膝をベッドの足に固定してしまう。
「………っ」
三蔵へさらけ出すコトになってしまった秘処に、がきつく目を閉じて耐える。
部屋の電気はもちろん落とされていなくて、明るい室内で三蔵に触れられてもいないまま彼の視線のまえに、自らの身体を曝す羞恥。
半泣きになりながらうっすらと目を開いたの視線の先で、三蔵がゆっくりと自分のズボンをくつろげる。
ジ…。
ジッパーの下ろされる音がひどく卑猥に聞こえて耳を塞ぎたくなる。

三蔵が半勃ちの自分自身をの顔へ寄せた。
舐めろと、視線で命じられ唇にそれをあてがわれる。
「……」
ゆっくりとは口を開くと、三蔵を口に含んだ。
まだ大きくなりきっていないそれは、簡単に口内に含むことができる。
口内で舌を絡めながら軽く吸えば、三蔵の身体が震えた。
「……う」
喘ぎともつかない三蔵の吐息。
ひくひくと痙攣しながら体積を増していくソレに、の身体は淫らにねだり始める。
とろとろとこぼれ始めた愛液はシーツに落ちてシミを作っていく。
「んぅ……」
喉の奥まで届きそうなほど大きくそそり立ったソレに、苦しげに眉を顰めながらはねだるように三蔵を見上げた。
「欲しいか?」
頬を指先でなぞるように愛撫されて、は頷くように目を伏せた。
ずるりと大きくなったソレを口中から出され、代わりに指を含まされる。
なぞるようにあてがわれたソレに、は涙をにじませた瞳で三蔵を見た。
「コレ、ほどいて」
体勢に無理があって、苦しい。
けれど三蔵は視線すら動かさずにの内部へと腰を進める。
「必要ねぇだろ」
言い捨てるとの片足をまたいだまま、もう片足を抱えるように腰を送り込む。
「……っあ、あっ」
普段とは違う角度で貫かれ、ついていけない身体が苦痛を拾う。
「やっ、それ……」
身体を揺さぶられて下敷きになりかけている腕が痛い。
「コレ、解いてよぉ」
三蔵が相手のことをかまわないのはいつものコトだけれど、今日は何かが違う。
何がしたいのか解らなくて怖い。
「必要ねぇだろ」
黙れといわんばかりに肩を掴まれ身体ごとシーツに押さえつけられる。
「こんな…、一方的なの……っ」
ぐちゅぐちゅと音を立てて馴染む秘処とは対照的に、押さえつけられた身体。
苦痛もいつからか快楽にすり替わり、押さえつけられた肩さえ揺さぶられるたびに軋んで快感に直結する。
それでもこんな一方的なセックスは、身体だけの快楽で、心までは気持ちよくなれない。
せめて。
せめてこの腕を解放して欲しい。
そしたら。
「貴方を抱きしめられるのに……」
こぼれた言葉に、三蔵が少しだけ目を見開いて、そして笑った。
「それこそ、必要ねぇだろ?」
言葉と同時に抉るように激しくなった動きに、の身体がのけぞる。
ナカを犯していく肉棒と、押さえつけられる身体と、痛む胸と。
何が快楽で何が痛みなのかも、全部溶けていく。
キュウと絡みついた内壁に気付いて三蔵がの腰を持ち上げた。
「やっああっ……」
僅かに浮いた腰を戒められた腕と三蔵の腕に支えられ、浮いた腰を最奥まで犯していく肉棒。
「っあ、やぁ……」
規則的なベッドの軋みと、呼び覚まされていく快楽に、が絶頂へと追い上げられていく。
「あっ、ああっ」
「イイだろ?」
肩を解放され囁きとともに降ってきた唇。
耳朶を含まれればひくりとナカが震えてしまう。
「やッ…、あ……、イくっ……、イッちゃ……」
揺れる胸を摘まれた瞬間、の背が跳ねた。
「あっ、ああっ……!!」
「くっ……」
同時に内部に注ぎ込まれた熱い滴に、内部を犯された感触が増して、それを喜ぶように内壁がわなないた。



ともすれば力の抜けそうな膝を叱咤して、は蛇口をひねった。
シャワーを浴びながら見れば、の両手首と膝は赤くなっていた。
明日には多分あざになるだろう。
今着ている服じゃ隠れない。
少しだけ嫌な気持ちになって、はため息をつく。
とろりと秘処から流れ落ちる精液と愛液がひどく不快に感じる。
「三蔵は」
の言葉はシャワーの音に消された。
お湯が少しだけしみる。


三蔵は、何をしたかったんだろう……?


END
花吹雪 二次創作 最遊記