一月も半ばを過ぎれば日も大分延びてきて、5時でもまだ夜にはならない。 それでも寒さは揺るまず、家路をたどる足取りは速い。 家に帰っても所詮は一人暮らし。 暖房もついてなければ、帰ってからつけたとしても暖まるまでの時間がつらい。 だが、外にいることを思えば天国とも言えるだろう家を想像して、は息を吐いた。 白い息が空気に溶けて消えていく。 「寒……」 まだサラリーマンの帰宅時間には早いせいか、人通りのない住宅街。 ふと、赤い鮮やかな幟(のぼり)が目に入る。 見れば石灯籠の参道の向こうに神社が見えた。 そういえば年末新年にかけてにぎわっていた気がする。 今はがらんと寂しいけれど、広い境内には屋台がひしめき、着物姿の女性たちの姿もあり、とても華やかだった覚えがある。 「そういえば、まだ初詣してないな…」 は呟いて境内へと足を向けた。 鳥居をくぐり、石灯籠を抜けて境内を進む。 お手水は勘弁してもらって、まっすぐに拝殿まで進み小銭を探す。 10円にしようか5円にしようか少しだけ悩んでから、10円玉を賽銭入れに落とした。 がらんがらんと間の抜けた音を立てて鈴を鳴らし、手を合わせる。 「むむ……」 妙に真剣にが手を合わせていると、ふと隣に人が立った気配。 それから賽銭の音に、やっぱり間の抜けた鈴の音。 「……」 舌打ちが聞こえて、再び鈴の音。 が、やっぱり間の抜けた音。 がらがらがらっ! 音が気に入らないらしく何度も何度も鳴らす様子に、は見て良いものか悪いものか悩んでしまう。 目を開けたいがあけられない。 と、ようやくあきらめたように鈴の音が止んだ。 「…んだよ」 ……聞き覚えのある声。 ようやくが目を開いてみれば、そこには見慣れた黒い皮のコート。 「捲簾」 「よ」 見上げるに捲簾が笑って見せた。 「一人寂しく初詣? しかも今更」 そのセリフにちょっとだけ唇を尖らせてがぼやく。 「悪い?」 「悪かないぜ」 即答して捲簾はの肩を抱いた。 「でもよ、二人ならもっと楽しいんじゃねぇかと思っただけ」 さりげなく風の当たらない方へとを抱きながら、歩き出す。 いかにも手慣れたその様子に少しだけ呆れながらも歩き出した。 「どうせ捲簾は真っ先に行ったんでしょ? 彼女と」 じろりと上目使いで見上げてやると、捲簾が嫌そうに顔をしかめた。 「オレ、年末年始は仕事よ? しかも1日の夜勤明けに天蓬のヤツに呼び出されてよ、やれ初詣だのなんだのってつきあわされて、結局徹夜のまんままた仕事」 「ぷっ…」 が吹き出すと、捲簾は盛大にため息をつきながら『勘弁してくれって感じだよなぁ』などとぼやいての頭に頬を擦り寄せる。 「彼女なんて夢のまた夢よ? このオレ様が…」 しくしくと嘘泣きをしながら『がなってくれる?』などと哀れっぽく囁かれてもあんまり本気とは思えない。 「あ、おみくじ引かなきゃ」 思いだしたようにが言うと、捲簾は方向転換しながら聞いた。 「、おみくじとか好きなヒト?」 「ん〜、別に」 「じゃ、なんで引くの?」 素朴な疑問を問われてが少しだけ考える。 「去年、あんまり良いことがない時、今年こそはって希望を持つために……かな?」 「それって凶とかじゃ意味ないんじゃねぇの?」 「……ヤなこと言わないでよ」 顔をしかめながら捲簾の腕をふりほどいてはおみくじを引いた。 番号の書いてある棒が出てくるので売店の巫女さんの所へと引き替えに行く。 後ろで捲簾も楽しそうに引いて着いてきた。 「お、巫女さんじゃんv」 三箇日を過ぎているのに巫女さんがいて、にっこりと笑いながら二人におみくじを手渡してくれた。 「おっ、大吉」 捲簾が後ろで嬉しそうな声を出した。 「すげぇ、良いことづくめ。巫女さんまで見れたしよ、ラッキーかも」 「……でも天蓬には相変わらず振り回される」 ぼそっと正月のことを言ったに捲簾が顔をしかめた。 「ヤなこと言うな……」 上からを見下ろした捲簾が、ふと何かに気が付いたような顔になる。 「いやに絡むじゃねぇか。そういうはどうだったんだよ」 「わ、私は……別に」 「別にじゃねぇだろ? 見せろよ、減るモンじゃなし」 慌てて身体の後ろに隠したごと抱きしめて、捲簾はその手のおみくじを取ってしまう。 「どれどれ?」 ひょいとの手が届かない所へと掲げて、捲簾が興味深そうに見た。 「へぇ〜……」 「………」 「…へぇ」 「笑いたきゃ笑えば」 「や、笑うっつーか」 複雑そうな顔をして捲簾がおみくじをへと返してよこす。 そこに書いてある文字は『凶後吉』。 「オレ、それ初めて見たわ」 「……私も」 妙な沈黙。 「イヤ、でも吉だろ?」 「凶後ね」 「でも吉なんだろ?」 「これ、フォローっぽくない?」 「フォローって」 「凶じゃかわいそうだからって付け足したみたくない?」 「んなことねぇだろ……多分」 「そうかなぁ?」 「多分な」 「でもやっぱりフォローっぽいって!!」 「まあまあ、ほら、木に結べば不幸が落とせるって言うしさ。大丈夫だって」 「うう……」 促されて仕方なくおみくじをこよりにして木の枝へと結ぶ。 「今年もこんな一年なのかなぁ…」 どんよりとがぼやくと、捲簾が苦笑した。 「落ち込むなよ。メシおごってやるから元気だせって」 「いらない」 ぶすっとしながらがすねる。 「そっか」 冬の寒空の下、立っている二人。 そろそろ日も落ちて薄暗い境内には明かりがともり始める。 「なぁ」 「ナニ?」 捲簾の声に返事をすると同時に、彼の腕へと抱きしめられる。 「な、なに!?」 慌ててが聞くと、ぎゅっと抱きしめた姿勢のまま捲簾が笑った。 「やっぱ、寒いときは人肌だろ」 「は?」 「あー、子供はぬくいなぁ」 「へっ?」 スリスリとの頭に頬を寄せながら捲簾がを抱っこする。 「恥ずかしいよぅ」 「大丈夫。の顔は外から見えねぇから」 皮のコートに包まれて初めこそ寒かったものの、だんだん捲簾の体温であたたかくなってくる。 背中で組まれた腕が、なんだか以外と気持ち良い。 「あったかい」 「だろ?」 捲簾が満足そうに笑う。 そしての頭を撫でた。 「寂しかったのか?」 子供に聞くようなその態度に、怒ることも忘れては小さく頷いた。 「そうみたい」 「そっか」 あったかい胸。 捲簾のにおい。 心臓の音が聞こえる。 「いつでも呼べよ」 「……え?」 びっくりしてが顔を上げれば、捲簾の黒い瞳とぶつかる。 「寂しいときとか、呼べよ」 「…………でも」 「迷惑、とか考えんなよ? がどう頑張ったところで天蓬以上に迷惑かけるなんてできねぇから安心しろ」 妙な力説と降ってきたウインクに、の頬も緩む。 「呼んだらなにしてくれるの?」 ぽつりと問うたに、嬉しそうな笑みを向けてから捲簾はもう一度を抱きしめた。 「抱っこしてやる」 びっくりしてが目を瞬かせる。 捲簾とは結びつかないような健全な答え。 思わず聞いてしまう。 「抱っこだけ?」 すると捲簾が笑った。 「人肌恋しいときには、セックスなんかより抱っこのがずっと良いんだぜ?」 『解るだろ?』 囁かれる。 上から降ってくる声と、胸から響く声。 ぽかぽかして。 どきどき聞こえて。 ひどく安らぐ。 そうだね。 とってもあったかいよ。 |