今年も寂しくクリスマス。 アルバイトを終えたが空を見上げると、星がきらきら瞬いている。 「寒……」 日が落ちるのも早くなった。 年末だというのに帰省することもなく、アパートで一人寂しくクリスマスを迎えることになってしまい、は思わずため息をつく。 本当は大学の友達とにぎやかにクリスマスパーティーをするつもりだった。 けれど、彼女らは一人、また一人と彼氏を見つけ……。 アスファルトを撫でていく風がひどく冷たく感じる。 こんなことなら実家に帰るんだった。 そう後悔しても、バイトを入れてしまった後では後の祭りだ。 手に提げたクリスマスケーキも、街に流れるジングルベルも、今のには関係ない。 「だいたい、ホールケーキなんて一人じゃ食べられないよ」 やっぱり買うんじゃなかったと、後悔が押し寄せる。 すれ違う家族連れに押しつけてしまおうかなんてことまで浮かんでくる。 それでもせっかくお金を出して買った物をあげてしまうのも、なんだか「負け」という気がして……。 悔しさを元気に変えて、はのしのしと家路を急いだ。 の入っているマンションは、一人用からファミリータイプまで入っている、まあ上等なものであったが、学園都市という土地柄大学生やその関係者が多くこの時期は閑散としていた。 そのエレベーターホールに小さな人影がある。 「あ、。こんばんは!」 にこりと笑って見せた少年は孫悟空。 このマンションの7階に住んでいる三蔵さんとこの高校生。 ちなみに三蔵さんはとゼミが一緒である。 それと住んでいるところが同じということもあって、比較的彼とも親しくしていた。 「こんな所でどうしたの?」 いくらエレベーターホールとは言え、外とあまり気温は変わりない。 すると彼は照れくさそうに頭をかいた。 「実は、家の鍵忘れちゃってさぁ…」 ははは…と笑いながら三蔵を待っているのだと告げる。 少しでも風がよけられる場所で、ここにいたんだろう。 はちょっとあきれながらも悟空らしいと笑う。 まるで弟みたいな感じ。 「よかったら家で待ってる?」 「え、いいの?」 「うん。今日予定もなくて…、悟空さえ良ければ遊びに来てよ」 「やったあ! お邪魔しまーす」 嬉しそうに笑う悟空をみて、は少しだけ今日彼氏どもと逃げた友達に感謝した。 の部屋のこたつに二人で入りながら、紅茶を飲んでいると、悟空がケーキの箱に目を留めた。 「それ、ケーキ?」 「そう。ホントは友達とパーティーするつもりで予約したんだけど、みんな彼氏と逃げてさ」 「あはは。じゃ今夜一人なんだ」 「そう。よかったら食べる?」 「え、いいの?」 「うん。一人じゃ食べきれないし」 「うわぁ…。あ、でもなぁ、今食べると三蔵に殺されそうだし」 と、いいつつも気になる様子でケーキの包みに視線が止まったまま動かない。 「ね、どこの?」 「けやき通りのアンベリー」 「……あそこのおいしいんだよねぇ」 「しかもクリスマス限定、クラシックショコラ・クリスマスデコレーション・生チョコ風」 「マジで!?」 こくり。 「あれって、予約当日に完売したやつでしょ!?」 「だってみんながさ…」 ちょっと愚痴ってみる。 「食べたいっていうからさ、朝からならんで…。しかも特注気味でお願いした20号よ」 「すげェ!!」 「でしょう!」 悟空はぽかんと口を開けて、驚いている。 エヘンと胸を張って、少しだけ満足した。 まあね、別に彼氏とデートが悪い訳じゃないのよ。 私だってさ、彼氏がいたらそうしてるし。 「ね、みてもイイ?」 「いいよ〜」 心を満足させる悟空の反応に気をよくして、は包みを開いた。 「うわぁ〜〜〜…」 大きな丸いケーキの外側を薄い板状のチョコで覆うように包み、それを白いホワイトチョコのテープでキレイにラッピングしてある。前にはリボンがつき、クラシックショコラの上には生クリームがたっぷりと乗せてあり、最初に聞いていなければショートケーキかチョコケーキだと誤解しそうだ。そして真っ白なクリームの上にはちょっと大人っぽく、もみの木が数本チョコ細工で乗っている。 「しかも生チョコ風かぁ……」 下地のショコラからしみ出て来るであろうチョコを想像して、悟空がのどを鳴らした。 その様子に苦笑して、は悟空に聞いた。 「食べる?」 「んんーっ、でもなぁ……」 以外と飼い主のしつけは行き届いているらしい。 ケーキを前に苦悩する悟空をみて、とうとうは吹き出してした。 「ん、じゃあコレあげる」 かぽっとふたをしてがそう言うと、悟空が目を丸くする。 「……え?」 「悟空にプレゼントv メリークリスマス!」 手早くラッピングし直すと包みごと悟空にわたす。 「ええ?」 「三蔵たちとクリスマスパーティーするんでしょ? ケーキのひとつくらい多くても大丈夫でしょ」 「でもっ!」 悟空が戸惑う。 「そりゃ確かに食べたいけどさ、でもこれ、のじゃん。しかもこんな大きいの、悪いよ」 「悟空の気持ちはありがたいけど、それ、いくらなんでも一人じゃ食べられないから。それに、悟空が喜んでくれて嬉しかったから、そのお礼。もらって」 「でも……」 悟空がうつむく。 そしてしばらく戸惑っていたようだったが、突然顔を上げた。 「ちょっと待って!」 ぐいっと、ケーキをの手へ戻すと慌てて玄関の方へ向かう。 「ね、ちょっと待っててよ!」 ばたばたと部屋を出ていく悟空を、はぽかんと見送った。 ……数十秒後、再びばたばたという足音。 その主は、鍵をかけていなかったの部屋へと飛び込んでくると、満面の笑みでの手を引いた。 「えっ!?」 「、今日暇なんだろ?」 「う、うん」 「じゃあさ、今日うちでクリスマスパーティーするんだけど、いっしょにやろ!」 「えっ!」 「そしたら一緒にケーキ食べられるしさ、人数多い方が楽しいだろ?」 悟空がケーキとを一緒に部屋へとお持ち帰りしようとする。 その満面の笑みに流されそうになりながらも、は一応確認だけしてみる。 「それって、三蔵はいいって言ったの?」 「ん。が良ければかまわんってさ」 「他に、誰か来るんでしょ?」 「うん。えーと、オレと三蔵と、金蝉は今日は出かけるからいなくて、あと八戒と悟浄と花喃だよ?」 何を気にしているのか全くわからないと言った顔で悟空が答える。 しかしクリスマスの友達同士の中にいきなり飛び込むには勇気がいるような気がする…。 しかも後の3人は知らない人のような…。 「ね、私行ってもいいのかな?」 「だーいじょうぶだって! 大歓迎だよ!」 悟空の満面の笑みとケーキの誘惑と、何より一人でないクリスマス。 は勇気を出してこくりと頷いた。 7階にある三蔵の家へは初めて入った。 が、普段の参考にはならない気がする。 部屋はすでにクリスマス風に飾られ、広いリビングには大きなテーブルと椅子。 そしてすばらしい料理の数々…。 「すご……」 「コレ、八戒が作ったんだよ」 「え、注文とかじゃなくて!?」 てっきりホテルのケータリングサービスか何かかと思ってしまったが、驚愕する。 コレを作る…しかも男がいるなんて。 「八戒ー!」 悟空がキッチンに向かって呼びかけると、そこからほっそりとした男が現れた。 どこかでみたことがある。 がきょとんとして彼をみると、彼もピンと来たらしくキッチンの方へ声をかけている。 続いて現れた女性。 「猪さん」 「あ、ちゃん」 花喃がふんわり笑っての名を呼んだ。 「え、、花喃と知り合い?」 「あ、前に一般教養で一緒だったことが…」 「ん、その節はありがとうv」 びっくりした顔の悟空にそう答えるが、何よりびっくりしているのは本人である。 大学1年で入ったばかりの一般教養では、学科学部入り交じっての授業で、顔見知りのないその授業でちょっとだけ親しくなったのが彼女だった。 けれど、それも半期だけで、その授業以外では構内でもあまり合うことはなかった。 以外と大学は広いのだ。 「猪さん、ここのマンションだったんだ」 「うん、5階なの。八戒と一緒に住んでいるのよ」 そう言えば双子の弟がいると言っていた気がする。 改めてみれば、彼女によく似た面差しの青年が、へと微笑んだ。 「初めまして、猪八戒と言います。その節は姉がお世話になりまして」 「いえ、そんな。 私なにもしてません」 「そんなことないわよ。が代返してくれなきゃ私あの単位取れてなかったもの」 出席日数が足りなくて、と、彼女が笑う。 黙っていれば美少女なのに…と、確か前にも思った気がした。 「ね、。私のことは花喃でいいから。同じマンションなのも何かの縁ね。これからもよろしくv」 ふわふわと笑って花喃がきゅ…とを抱いた。 「え。あ、あの、こちらこそ…よろしく」 「ふふ」 「オレも、ヨロシク」 不意に後ろから声をかけられてがびっくりして振り向くと、そこには赤毛の長身の男性が立っていた。 「貴方もうちょっと普通に登場できないんですか?」 呆れたように言う八戒に片手だけ振って、花喃から解放されたの手を取ると彼はその手へキスをした。 「初めまして、お嬢さん。オレは沙悟浄。クリスマスに野郎だけでむさ苦しく過ごさなきゃ行けないのかと思っていたケド、みたいないい女と一緒に過ごせるなんて、運命感じちゃうぜ?」 「は!?」 たじろぐの後ろで八戒がひんやりと微笑んだ。 「そうですか」 「だってお前のねーちゃんに手ェ出したら、お前に殺されそうだもん」 悪びれもせずに悟浄がそう言う。 「駄目ですよ、。あの人にあんまり近づいちゃ。子供ができちゃいますからね」 「ひでっ」 なんだか悟空や花喃と同じで独特のペースを持った人たちだと、は思って笑った。 「それでは」 嬉しそうなのを必死で押し殺したもったい付けたような言い回しで、悟空がシャンパンをかざす。 みんなでテーブルを囲んで彼を見つめる。 「かんぱーい!」 高らかに悟空がそう宣言すると、グラスが触れていい音を立てた。 口にしてはじめて気が付いた上等なシャンパン。 そして食べきれないほどの料理。 実際それは6人でも食べきれないほどの量があった。 ケーキにしたって4個もある。 「おかわりもたくさんありますからね、いっぱい食べてください」 八戒の言葉にがさらに驚くと、悟浄が取り皿と箸を渡しながら笑った。 「あの馬鹿ざる、すげェ食うんだって」 「そうなんだ」 「そ、早く食べねぇとなくなっちまうぜ」 言うが早いか取り箸を手に、の皿へと食べ物をひょいひょいと入れていく。 「女の子には優しいじゃねぇか、エロガッパ」 「誰かさんのせいで、必要にせまられてな。サル」 「んだとぉっ!」 「やるかっ!?」 「……お預け、しちゃおうかな」 ぼそっと花喃が呟くと、ぴたりと二人の動きが止まる。 「おいしい?」 花のような微笑みに、こくこくと二人が慌てて頷く。 それを確認してから花喃がをみる。 「ね、。おいしい?」 「あ、ゴメン。まだ食べてない」 慌てて悟浄が取ってくれた中から適当に食べようとする。 けれど、適当といってもどれも普段食べたことがないような物ばかりで…、とりあえず箸をつけてみる。 「……! おいしい!」 お値段の高い料理店でもここまでの物は食べたことがない。 口の中でふわっと溶けて、素材の味が最大限引き出されるソース。 それが絶妙に絡み合って……ものすごくおいしい。 「よかった」 花喃が嬉しそうに笑う。 「実はちょっと自慢なの」 「弟さん、好きなんですね」 他意のないセリフに、花喃も笑う。 「うん。他に肉親がいないからね。大好きよ」 「あ、ごめん」 「ううん、気にしないで。もうそういう歳でもないから」 笑ってシャンパンのグラスを傾けた花喃。 そこに寄り添うように、弟さんが現れた。 「ワインもありますよ?」 赤い液体の入ったボトルを八戒が傾ける。 「コレって三蔵のとっておきじゃない!?」 「ええ、せっかくですから開けさせていただきました」 「うわぁ。ね、注いで。もどう?」 「あ、いただきます」 花喃に促されるままグラスを差し出すと、八戒が丁寧な仕草でワインを注ぐ。 「いい色でしょ? きゃっ、おいしいv」 浮かれた花喃がにこにこしながらグラスを空けると、すかさず八戒がグラスに注ぎ足す。 さながらわんこそばのようである。 花喃、強いのかな…。 「いかがですか?」 不意に八戒に声をかけられはあわててグラスに口を付ける。 と、悟空が花喃を呼んだ。 「花喃、ターキー切ってよ!」 「はーい」 それを見送りながら、ワインを一口。 「おいしい…!」 「でしょ? 気に入っていただけました?」 「うん。それにすごく飲みやすい」 「こういうの、独り占めしておく人なんですよ。三蔵って」 八戒がさらりと笑顔でそういったとき、三蔵が憮然とした顔で八戒を睨む。 「だから提供してやってるだろーが」 「ええ。でないともったいないですもんね」 「てめぇ…」 「三蔵もいかがですか?」 にこやかな笑みに、あきらめたように三蔵がグラスを差し出すと、八戒が優雅な仕草でワインを注いだ。 「いい色だな」 「ええ、本当に」 くるりと回して色を楽しんだ後、香りを楽しむ。 そしてゆっくりと唇を寄せた。 「ん…、美味い」 満足そうなその顔に、八戒も笑う。 「開けてよかったでしょう?」 「まあな」 くすくすいながら、八戒が二人から離れる。 と、は今日のお礼をまだ言っていないことに気が付いた。 「三蔵、今日はお招きありがとう」 「いや」 言葉は少なかったけれど、珍しく彼の機嫌は良いようだ。 「どうせサルが強引に誘ったんじゃねぇのか? 良かったのか?」 「良かった。実は今日の予定、ゼロで…」 苦笑したをちらりと見下ろし、三蔵も少しだけ笑った。 「サルもたまにはイイコトするじゃねぇか」 「……?」 「ま、楽しんでいけ」 「うん、ありがとう」 空いてしまったグラスに酒を求めて三蔵が視線をさまよわせると、悟浄が皿に乗った料理をへと差し出した。 「食ってる? せっかくイロイロあんだから、一通り食べなきゃ損よ?」 に取ってきてくれたらしい皿の上にはさっきとは違う料理と、花喃が切り分けたターキーが入っている。 みればテーブルの上の料理はかなり片付いている。 「早く食べねぇとなくなっちゃうぜ?」 「ホント」 悟空が食べるとは聞いていたけれど、ここまで食べるとは。 三蔵が前にぼやいていた理由がわかった気がする。 おいしい料理においしいお酒、それからキレイな女性とハンサムな男性たち。 降って湧いたような幸福なクリスマスに、は真剣に友達に感謝した。 「ケーキ、切り分けましたけど食べますか?」 八戒がへと聞いてくる。 「食べる」 「じゃ、取りますね」 大きな皿に4種のケーキをキレイに並べてくれる。 普通の半分ほどの大きさにキレイにカットしてある。 「お代わり、たくさんありますから」 「ね、。の持ってきたケーキ、メチャウマ!」 悟空が興奮してそういった。 「ええ、本当に美味しいですよ。あの店、時々うなるようなもの作りますよね」 「八戒のケーキも美味しいぜ!」 「ありがとうございます。も食べてみてください」 促されて、まずは八戒のケーキを口にしてみる。 「……!」 「な、な、美味いよな!?」 「美味しい!」 手作りケーキというよりは、コレはもうプロの域だってくらい美味しい。 オレンジのタルトも、リンゴのシブーストも、ブッシュドノエルもすごく美味しい。 しかもどれも別路線の味で…。 「すごくおいしいです!」 感動のあまり悟空と一緒に叫ぶと、八戒は少しだけ頬を赤くして笑った。 その八戒に大きめのケーキをもう一つとワインのお代わりをもらって椅子に落ち着くと、悟空が寄ってきた。 「な、の持ってきたケーキ食べた?」 「そういえばまだだ」 「美味いんだぜ、食べてみてよ」 まるで自分のことのように胸を張る悟空に、笑いがこぼれる。 切り分けたケーキは上のクリームが少しだけこぼれ落ちて、いい感じになっている。 ぱくっと、勢いよく口に運ぶと、口の中で生チョコとクリームがほろけて…。 「美味しい……」 「だろ!?」 「すごーい…、こんなケーキあるんだ…」 「な! 感動もんだろ!」 悟空がにこにこしながら自分のケーキを頬張る。 「今日、とあそこで会えて良かったよ。ケーキも美味いしさ、パーティーも楽しいしさ」 「私も、今日悟空が鍵を忘れてくれて良かった」 ふふ…と笑うと、悟空も笑い返す。 「も、楽しい?」 「うん、すごく楽しい」 仲間と騒ぐクリスマス。 「本当にありがとう」 最高のクリスマスだよ。 メリークリスマスv |