私はここにいてもいいの?


この人たちと旅を初めて、時々いたたまれない気持ちになるときがある。
それは、普段は全く感じないけれど、ふとした拍子に私の心を支配する。
たとえば今みたいに。
「二人部屋がひとつと、一人部屋が2つしか取れなかったんです」
いつもの笑顔で八戒が言う。
つまり4人分。
微妙な数だ。
以前ならばちょうどいい数。
けれど今は違う。
のせいで、一人分どうしたって多く必要になる。
ああ、また……。
は少しだけうつむいた。
彼らの迷惑になるのは嫌だった。
それがどんなことでも、自分の中で許せなかった。
だって、彼らの足手まといにはならないと、この旅についていくと決めたときに心の中で決めたから。
けれど、一人の違いは以外と大きいと旅を初めてからは知った。
迷惑を全く掛けないなんてできるわけがない。
それでも、それを少しでも減らすことはできるはずだと。
なのにこうして現実は容赦ない。
私さえいなければなんて、思うことが無いわけ、ない。
「とりあえず、が一部屋は決定しているとして」
三蔵がこともなげに告げる。
その言葉にが驚いて顔を上げると、誰も異存はないらしく何の否定も見せない。
「オレ、八戒と一人部屋同室でいいぜ。どうせ今夜は戻らねぇし?」
悟浄がニヤリと笑った。
「ああ、それならちょうどいいですね」
八戒もにこやかに笑う。
「そんなっ」
が思わず言った。
「みんなで部屋、使ってよ。私が一番何もしてなくて疲れていないんだし」
今日だって敵の来襲があった。
その時だって、はひとり、邪魔にならないようにジープに隠れている事しかできなかった。
運転していた八戒を始め、全員疲れていないわけがない。
一番疲れていないのも、一番扱いが悪くていいのも私以外考えられない。
だから、せめてみんなに部屋を使ってゆっくり休んで欲しい。
八戒が少し困ったような笑みを浮かべた。
の気持ちは嬉しいですが、やっぱり女性が一人部屋を使うのは当然だと思うんです」
「でも、私ただでさえ役に立ってないのに、そんな資格ないよ」
断固として鍵を受け取らない姿勢のに、八戒が苦笑した。
「僕らが、に部屋を使って欲しいんです」
の手を取り、鍵を握らせる。
「でも…」
まだ何か言いたげなに、三蔵が言った。
「資格なんて必要ねぇだろ」
はじかれたようにそちらをみると、紫暗の瞳がを見ている。
射るようなその視線に、心の中まで見透かされた気がしては唇を噛んだ。
迷惑をかけてる。
本当はこの人たちを大切にしたいだけなのに、気を遣わせてそれにだだをこねて、迷惑をかけてる。
「ごめんなさい」
シュンとなってしまったに、悟浄が笑った。
「なんならオレと同室になる? あつ〜い一夜を過ごそうぜ」
するりと肩に回る腕に、慰めようとしている悟浄の気遣いを感じる。
くすっと笑ったを見て、悟浄が笑った。
「そうそう、イイ女は笑ってる方がいいぜ」
くしゃりとの髪を混ぜて悟浄の手が離れた。
その様子は子供にしてるんじゃなかろうかというようなものだったけれど、の笑顔を取り戻すには十分で、胸が少しあったかくなった。
「相変わらず、手が早いんですから」
にこやかに八戒が悟浄に釘を刺す。
「専売特許でしょう?」
荷物おいてくるわ、と、廊下を歩いていく悟浄を見送ると八戒がを振り返った。
「僕らも部屋に行きましょうか」
「うん」

ご飯を食べて、シャワーを浴びると何もすることがない。
着の身着のままでついてきたわけだから、こんなときの時間のつぶし方を私は知らない。
本もテレビもないし。
「ジープでも借りとけばよかったかなぁ」
一人ごちてはベッドに腰を下ろした。
隣は悟浄と八戒の部屋らしく、先ほどまで話し声が聞こえていた。
それも聞こえなくなったところを見ると、予告通り悟浄は夜の街に出かけていったのだろう。
「タフだよねぇ」
しみじみと呟く。
まだ夜も早くて眠くないし、一人で暇だし、かといって彼らの部屋に遊びに行く勇気なんてない。
本当は、旅に誘われたのは私。
が勝手についてきたわけじゃなく、彼らがを誘ったのだ。
危険な旅だと、しかも男4人と一緒で気は使えないけれど、でも来て欲しいと。
に誰でもないだけに、自分たちと一緒に来て欲しいと、手をさしのべてくれた。
だからついてきた。
一緒に行きたかったけれど、自分には資格がないと思い口に出すことすら出来ないとあきらめたを、彼らは選んでくれた。
あの時の事は忘れない。
でも、人の心なんていつまでも同じじゃない。
一緒に旅をし始めて、嫌なところも見えたかもしれない。
だって私は、我が儘だし、お荷物だし、可愛くもないし、何の役にも立たなくて、結局迷惑ばかりかけている。
おいてくれば良かったなんて、思っているかもしれない。
ああ言って連れて来た手前、言えないだけで。
どうして私を連れてきてくれたのかも解らないのに。
滅入りかけてきたを見透かすようにコンコンと、ノックの音が響いた。
、起きてますか?」
控えめな問いに、は慌ててドアを開けた。
「ああ、良かった。起きてたんですね」
にこっと、八戒が笑う。
その笑顔に少しだけ胸が痛んだのに気付かなかった振りをして、も少しだけ笑った。
「何か、用?」
「はい。今日も一日ジープで移動しっぱなしだったから、も疲れたんじゃないかと思いまして」
それを言うなら八戒だと、は思ったけれど口には出せなかった。
すると、八戒はに小さな包みを差し出した。
「プレゼントです」
目を見開いて驚いているに、八戒が優しく微笑む。
「開けてもいい?」
「どうぞ」
小さな包みを開くと、中には小さなケーキが入っていた。
「疲れたときには甘いものって、単純な発想ですみません。が嫌いでなければですけど」
嬉しかった。
すごくすごく嬉しかった。
でも、同時に自分には何も出来ないのだと思い知らされた気がした。
「ありがとう、すごく嬉しい」
笑ったつもりだったけれど、次の瞬間は八戒の腕の中にいた。
「八戒?」
きょとんとしてが問うと、八戒は後ろ手にドアを閉めて、を強く抱きしめた。
「泣かないでください」
言葉に、初めて自分が泣いていたことに気付く。
暖かい八戒の腕の中に巻き込まれると、彼の匂いがして、は目を閉じた。
「僕らと来たこと、後悔してますか?」
八戒の切なげな声に、思わず嘘をつこうかと思った。
後悔していると、だから旅へもうついていかないと。
そうしたら、彼らの足手まといにはならないし、迷惑にもならないから。
でも、私は。
「後悔なんて、してないよ」
本当。
だって私はあなた達と出会えて本当の自分をやっと見つけた気がする。
「ただ、不安だっただけ」
本当に必要とされているのか。私でいいのか。
今までの現実と違いすぎて、自由になるには古い鎖がそこここにつながっていて。
「どうして、連れてきてくれたの?」
私を。
私だけを、選んで。
八戒がの身体をすこし離した。
と一緒にいたかったんです」
驚きに目を見開くと、八戒が少しだけ笑った。
「誰かを好きになることは、もう出来ないと思ってたんです。でも、と出逢って僕は変われた。となら、今まで失った沢山の物を、もう一度手にすることができる気がするんです」
ふわりと、重なるだけのキスが降ってきた。
「こんなに曖昧で、依存している好きは迷惑ですか?」
迷惑なわけない。
どんなに曖昧でも、それが好意であるなら、それだけで。
でも、私にそんなたいそうなことができるわけない。
「八戒、私のこと買いかぶってる」
もう一度降ってきたキスを、手で止める。
「私にそんな価値なんてない」
我慢していた涙がこぼれた。
あわてて手で顔を隠す。

名を呼ばれて少しだけ顔を上げると、八戒の手に顎を取られて深いキスが降ってきた。
「どうして、価値がないと思うんですか?」
合間に、囁くように問われる。
「だって」
ずっとずっと心にわだかまっていたこと。
「私はなんにもできない」
「でも生きているでしょう? 生きることができれば、それだけで成し遂げていますよ」
「それじゃ、役に立ってない」
のまま、生きているだけで役に立ってますよ」
「嘘」
「本当です。の存在がここにあるだけで、僕は救われるんです」
八戒がきつくを抱きしめた。
本当の私は貴方の思う物とは違うかもしれない。
きっとものすごくちっぽけで、役になんて立たなくて、ただ迷惑かけて、ホント、ただ生きてるだけの、すごく期待はずれながっかりするような私だと思う。
それでも、そんな私でも。
「私は、私にしかなれないけど、……それでもいいの?」
顔を見れなくて、八戒の背中におずおずと腕を回して胸に顔を押しつけた。
八戒の鼓動が、聞こえる。
「いいですよ」
八戒が何でもないことのように言った。
「だってでしょう?」
の背中に回る腕に力がこもる。
だから、いいんですよ」
私だから?
だから」
それでいいの?
「だから、いいんですよ」
いいのかぁ…と、その結論はなんだかすとんと落ちてきた。
私が私なら、それだけで良いのだと、本能のすぐ傍で納得した。
なぜだか納得できた。
「ねぇ、
八戒が腕の力を緩めての顔を覗き込む。
「本当は悟浄も三蔵も悟空も、の存在に救われているんですよ」
「うそ」
が少しだけ笑う。
つられて八戒もふわりと微笑した。
「本当は独り占めしたいんですけどね」


END


花吹雪 二次創作 最遊記