渡波のイシガレイ

平成21年11月15日

 

 

 全国に散らばる全日本サーフの会員が年に一日、一匹のカレイに一喜一憂する大イベント。それが全日本カレイ投げ釣り選手権だ。ルールは単純明快。1ミリでも大きなカレイを釣った者が勝利者になる。全日本キスと並んで、大物志向の会員には最大の目標となる大会だ。その全日本カレイで数多くの優勝魚を輩出しているスーパーポイントが宮城県石巻市の渡波。さすがに最近は魚影が薄くなった感があるが、それでも上位入賞の可能性では全国屈指の存在であるのは間違いない。
 そんな渡波への挑戦も今年で10回目。どんなに撥ね返されようとも懲りずに、全日本カレイは牡鹿雄勝会場にエントリーし、渡波で竿を振ってきた。過去には、となりで優勝魚を釣られたこともあるし、競技時間終了後に優勝サイズを大きく超える60cmオーバーのカレイを釣ってしまうという悲劇とも喜劇ともつかない展開に呆然としたこともある。私の全日本カレイは、まさに「全日本カレイの神様」の悪戯に翻弄され続けた歴史だった。
 今年も大会前夜に石巻に入った。相次いで低気圧が通過したこともあり、外洋は大荒れ。渡波港内にもウネリが入っている。濁りが回って魚の活性が上がることに期待したいところだが、過去にはひどい底ウネリで仕掛けがからみ、手も足も出せなかった経験もある。とりあえず一投してみるまではなんとも言えない。
 午前4時半、大会参加者はいっせいに受付会場を出発。幸運にも出発順を決めるクジで4番を引けたこともあり、狙っていたポイント、通称「鉄板」に陣取ることができた。最近では波止の先端付近に良績が偏っているようだが、とにかく私と鉄板は相性がいい。ウネリの影響で魚が港の奥まで入ってくることにも期待だ。
 夜明けを待ちきれずに投入を開始。引き潮の真っ只中なので覚悟はしていたが、いつもにも増して潮流が激しい。根掛かりが連発し、オモリをバチバチ切られる。これはたまらないと小休止。潮の影響が小さい足元や波止の外側へ投げ込んで潮が緩むのをひたすら待つ。
 すっかり顔なじみになった地元キャスターと雑談をしながら海面をみていると、なんとなく潮の感じが変わったような気がした。試しに1本の竿を遠投に切り替えてみる。やはり流れは一気に弱まっている。いよいよチャンスタイムの到来か。ここですべての竿を内側に戻すことにする。2本の竿は、ホンコウジを新しいものに付け替えてフルキャスト。そして1本は飛距離を稼ぐために、空気抵抗の少ない塩コガネを付け、一時的に強まった追い風にのせてぶん投げた。
 やがて潮は完全に止まったようだ。あれほど潮に持っていかれていた道糸が糸ふけを出しはじめた。これまでの経験からしてこの後、潮が再度動き始める瞬間がチャンスとなるはずだ。
 塩コガネを付けた竿の糸ふけが大きくなったので、投入し直すためにリールを巻く。「ん?微妙に違和感があるぞ」念のため大きくアワセを入れてさらに巻き続ける。その直後、竿先へと一気に重みが加わった。「え、まさか」さらに巻き続けるとぐんぐんと締め込む感じが伝わり始めた。「カレイであってくれ」
 残り20メートルぐらいまで巻き取ったところで魚が水面に浮いた。ここで比較的おとなしくしていた魚が釣られたことに気がついたようだ。右手にせり出した牡蠣殻だらけのテトラ帯へと強烈な横走りをはじめた。竿を精一杯に溜めてこらえる。それに対抗して魚がぐいぐいと突っ込む。魚は水没したテトラの向こう側に回りこんでいる。躊躇したら負けだ。「これ以上そっちにはやらんぞ。こっちへ来んかい!」渾身の力でリールを巻く。
 ようやく魚が足元に寄った。その姿、紛れもない大カレイだ。足元に転がしてあったタモを左手に取り、片手でスルスルと伸ばす。数々の敗北の末、ついに訪れようとしている歓喜の瞬間を前にして、不思議なくらいに冷静な自分がいる。狙い済まして差し出したタモに、カレイはまるでスローモーションのように吸い込まれ、その魚体を大きくくねらせた。
 「よっしゃーーーーっ!!!」「やった!釣ったぞ!」「うぉー」跳ね返され続けた日々が長く辛かった分、大爆発する喜びを止められない。様子をみて駆け寄ってきたキャスターの祝福に、これまでのいろんな場面が頭をよぎって涙が出そうになった。ずっと投げ釣りをやっていてよかった、心からそう思える瞬間だった。
 午後2時、いよいよ運命の検寸である。牡鹿雄勝会場では他にも50cmクラスが出ているとの情報がある。あとは「全日本カレイの神様」頼み、気まぐれな意地悪神が今年こそ微笑んでくれるか。
 プロジェクトの方が念入りに検寸してくださる。「うーん、やっぱり50.7cmだな」なにやら複雑な空気が流れている。「ということは同寸ですね」えっ、同寸!「全部でカレイは何匹釣れましたか?」って、これ以外のカレイは小さかったのですべてリリースしましたけど・・・。
 全日本カレイのもうひとつのルール。そう、長寸で並んだ場合は匹数で上回った方が上位となるのだ。こんな展開になるとは夢にも考えていなかった私は、今日に限って順調に釣れた小さなカレイをすべてリリースしていたのだ。なんたる愚行。悔やむに悔やみきれないが、これもまた勝負。すべては私の甘さ。夢にまで見た全日本カレイの優勝を自らせっせと海にリリースしてしまったというわけだ。これもまた「全日本カレイの神様」の悪戯だろうか。いくらなんでもそりゃないでしょ()
 全国的に荒天だったこともあり、この日に釣れた50cmオーバーのカレイは牡鹿雄勝会場の2匹のみ。全国集計の結果、私のカレイは同寸で準優勝となった。またまた思いもよらぬ結末となってしまったが、私はこの結果に胸を張りたい。そして、また10年かかるかもしれないが、渡波の海に放してきた全国制覇の夢を、これからも追いかけていきたいと思う。

最後になりましたが、これまで私の挑戦を受け入れてくださった東北協会の皆さん、挑戦することを許してくれたクラブの仲間、そして家族や仕事を代わってくれた職場の仲間たちに感謝したいと思います。

釣果 イシガレイ50.7p(実寸)