東北のカレイ・アイナメ

平成13年11月15日〜19日 鶴田 


11月15日 渡波
 「タモ−!」「でかいわ、これ」「うわー、やったー」当然ように釣れた全国優勝のカレイ。歓喜の輪の中に横たわる巨大な魚体。すぐ横で、その光景をなすすべなく見ながらも、必至で打ち返しを続ける私。時刻は13時、そして14時。タイムオーバー。人影が消えたポイントで、もう真っ直ぐキャストすることさえできないほど襲いかかってくる落胆、疲労。そして落陽。昨年の全日本カレイ選手権大会は、私にとって非常に厳しい結果となった。しかし、同時に心の中にくすぶる火の温もりを感じていた。「来年もここへ来る。そして次こそは自分が・・・」
 早いもので、あれから一年である。今年も年に一度の全日本カレイがやってきた。エントリーは微塵の迷いも無く牡鹿雄勝。職場でも春の超繁忙期からこの時期の休暇を申し出ていた。「今は仕事で大会に出られなくても我慢します。でもこの大会だけは何があっても行きます。これだけは絶対にゆずりませんから」この思い入れが今年こそは通じるのだろうか。
 単身、仙台空港へ。今日はまず本命ポイントである渡波の状況把握が目的だ。さっそく津田釣具店を訪れる。予約しておいた小物を購入するとともに、近況を取材。しかし、全くといっていい話は聞けなかった。ここ2年間、50cmオーバーのカレイに沸きかえった渡波も、この秋に確認されている大物は一匹だけ。「鮎川で30cmクラスが上がっているようだけど・・・」そのクラスのカレイがトピックスにあがるということは渡波だけではなく、この一帯が不調の波に飲み込まれているようだ。大いに不安である。
 約半年振りの渡波。長らく続いていた防波堤の補修工事は終わったと聞いていたので、今まで竿出ししたことのない場所を試してみるつもりで波止へ入っていく。何せ全長1キロはあろうかというポイントだ。内外をひっくるめるとまだまだ見逃されている好ポイントがあるかもしれない。しかし、着いてみてその光景に唖然とする。ちょうど、先端部分で灯台設置の工事が行われており、狭い波止を巨大な重機が往来している。ポイントはがら空きであるが、竿出し出来る場所はほとんどない。仕方なく、昨年の全カレイで入ったのと同じ場所で荷をほどく。新たなポイントを探れないのは残念であるが、実績ポイントで魚の活性を確かめるのも一手であろうと考え直す。
 一投目。潮は既に満ちにかかっており、万石浦に向かって適度に流れている。いきなりチャンスである。しかし、エサはそのままで反応なし。カレイがいれば勝負は早いはずなんだけどなぁ・・・。打ち返しの後、土曜日に合流する予定になっているつっじい氏に電話をかける。実は彼に頼んでおきたいことがあった。今回、勝負を期して大量に取り寄せたエサが使い物にならない状態になっていたのだ。昨晩我が家に到着した時には既に瀕死の状態で嫌な予感がしたのだが、それが現実のものになった。これでは、たとえ塩で締めても日曜までは保たないだろう。彼への用事は、急遽であるがサワムラでエサを調達してきて欲しいということだった。エサ対策が済んで、少し安堵した。さぁ、釣るぞ。
 順番に誘いをかけていくと一本の竿が少し重い。ゴミが掛かったようである。ここ渡波では激しい潮流はもちろん、仕掛けにまとわりつく大量のゴミとも戦わなくてはいけない。やれやれ。しかも横の竿と絡んでいる。生体反応が感じ取れないままにリールを巻いてくると、水面を茶色の物体がペタペタ走ってくるのが見えた。「なんや、雑巾か。えっ。違うなぁ、あっ、カレイや」えいっと抜き上げたのは46cmのイシガレイ。おっ、カレイおるやん。
 それからしばらくは沈黙の時間が続いたが、15時過ぎの満潮潮止まりになるとアタリが連続しはじめた。29cm、23cmのイシガレイ、31cmのアイナメ、39pのマゴチ・・・。釣ってはリリースの繰り返しではあるが、竿を出す前に覚悟した修行モードとは正反対の展開に頬がほころぶ。さぁ、ここでもう一発大きなカレイが来てくれたら言う事なしや・・・と思っていたら、本当に竿尻が浮いた。合わせると先程のカレイより数段いい手ごたえだ。50cmオーバーの登場かと期待が膨らんだが、サイズは少し小さめの42cm。それでもまぁ、初日としてはいい方でしょう。逆にこれだけ釣れると本番が心配だ。東北の夕暮れはつるべ落としの高速スライダー。一気に暗くなるとともに強烈に寒くなってきたので竿をたたんだ。

1日目の釣果
イシガレイ4匹、46cm、42cm、30cm以下2匹
マゴチ39p、アイナメ31cm
 
11月16日 立浜、長面漁港

 一日目の好釣果でほっとしたのか、車中泊を決行したにもかかわらず朝までぐっすり眠ってしまった。気が付くと6時を回ってあたりはすっかり明るくなっている。あわてて身支度をして、昨年一文字に渡してくれた漁師の姿を探す。しかしホタテの水揚げ作業の真っ最中で殺気立った雰囲気であり、こちらの話もまともに聞いてもらえない状態。7時近くになり他の場所への移動も考え始めた頃、ようやくその人を発見。さっそく交渉して渡してもらうことにする。ここ立浜では昨年45cm近いアイナメを釣っており、今回は念願の50cm超アイナメを狙う。当然のごとく、波止は貸切状態。遠近、内外、左右、あらゆる方向に投げ分けて狙い打つ。潮は底石の隙間までくっきり見えるほど澄み切っており、ウミタナゴやメバルが無数に泳いでいる。エサトリは激しく、たっぷり付けた青イソメは、打ち返しの度に綺麗に掃除されて上がってくる。時折上がるアイナメは20pぐらいのものばかり。どうやらエサトリの正体はこいつらしい。
 小アイナメを釣ってはリリースの繰り返しにうんざりしていた時、びっくりするようなことが起こった。足元にリリースした小アイナメに向かって、どこからやって来たのか40cmは優に越えるアイナメがアタックしてきたのだ。これはチャンスと仕掛けを足元に入れるが反応なし。うーん、惜しかった。試しにもう一匹リリースしてみるとまたもや猛烈なアタック。仕掛けを入れるとシーン。完全に遊ばれている感じだ。結局、昼までがんばってみるが、ここではチャンス無しとみて転進を決意。新規開拓となる長面漁港へと向かう。
 長面漁港は北上川と長面浦の河口に面した長大な砂浜の外れに位置する。前々からイシガレイにいいのではと目をつけていた場所である。まずはいろいろと見て回り、ポイントの絞り込み。港内で投げている先客がいたので情報収集を試みる。狙いはイシガレイとハゼとのこと。しかもイシガレイは大きいのが出ると聞いているとのこと。
 さっそく波止の先端から内外に投げ分けて狙ってみるが、反応は鈍い。予想していた通り、水深は無く、底はきれいな砂底のようだ。夕方に満潮があるのであわてず騒がずじっくり粘ることにする。波止の外側は広大な砂浜に面しており、いかにもイシガレイが出そうだ。気がかりは砂浜と平行に入れられた網と思われるブイだ。
 14時を過ぎた頃、ブイの入った方向に投げていた竿に20pぐらいのカレイがヒット。ひらひらと舞った魚体は、口の位置が通常と逆なのでヌマガレイかと思ったが、体表に独特のイボイボが無く、かなり目の粗い鱗がびっしりとついている。ホシガレイの幼魚か何かだろうか。やっぱりここは東北なんだと妙な感心をしてしまう。
 15時が迫り、だんだん我慢ができなくなってきた。これまでの状況から日曜の本番は渡波で釣ることは確定だし、それなら昨日の勢いを大事にする意味でもこれといった魚を釣っておいた方がいいのではないか。そうなると長面漁港の外れにある磯場が気になる。小場所だが、アイナメの雰囲気がぷんぷんするポイントだ。時間的にもこれから動くにはそこしかないだろう。急いで荷物をまとめ、距離にして300メートルほどの移動。3本竿で1時間1本勝負だ。根掛かり覚悟で足元から10メートルラインまでのシモリにピンポイント攻撃をかける。あたりに夕暮れの気配が漂い始めた頃、竿先に怪しい動きが出た。すかさず大きく合わせると、根に擦れる感覚とともに強烈に頭を振るアイナメ特有の感触。「ほら、やっぱりおったで」力ずくのファイトで浮かしたのは42cmのアイナメ。産卵間近なのかでっぷりとした魚体。よし、これで勢いを切らずに本番を迎えられるぞ。夕闇にせかされるように魚の写真を撮り、長面を後にした。

二日目の釣果
立浜
小アイナメ 多数

長面漁港
アイナメ42cm、カレイ、ハゼ各1匹
 

11月17日 規定により釣り禁止

 この日は全カレイの前日にあたり、大会参加者の釣りは禁止されている。土曜日ということで関西から仲間が続々と東北入り。ばんち氏、伝説の釣り師たちのグループは車で入ってくるので到着は夜の予定。そして、今回私と行動を共にするつっじい氏は飛行機で入ってくる。
 予定どおり、9時過ぎに到着したつっじい氏の顔は、はじめての東北への期待に満ち溢れていた。途中、食事をしたり、釣具屋に寄ったりしながら夕刻に渡波へ到着。そして入念に下見。明日は多くのキャスターが流れ込んでくるので、隣り合わせで竿を振れるとは限らない。万が一、離れて釣ることになった場合でもつっじい氏が困らないように、今までの経験で得た「渡波で釣る術」をじっくりとレクチャー。気が付くとあたりは真っ暗になっていた。
 昨年は先着順で受付会場を出発ということだったので、宿をとらずに早めに並んだのだが、今年の出発順はくじ引きになるとのことなので、時間に余裕がある。少しでも体を休めたほうが得策と、石巻のサウナで風呂に入り、仮眠をとることにする。

11月18日 渡波 全日本カレイ当日
 さぁ、いよいよ待ちに待った全カレイの本番である。1時に起床し受付会場へ向かう。ばんちさんたちも既に到着、車で仮眠中だ。つっじい氏のクラブの会長さんたちも同乗されている。いよいよ役者が揃って気合が乗ってくる。早くも集まってきた地元のキャスターたちも眠れない様子で熱気がムンムンしている。この夜はしし座流星群が接近中ということもあり、ときおり大きな流れ星が夜空を駈けていく。その度に出発クジの幸運を、そして大きなカレイの登場を願った。問題は私とつっじい氏のどちらがクジを引くか。iモードの占いまで駆使して、今日はどちらがツイているかを協議した結果、つっじい氏に引いてもらうことにした。もちろん恨みっこなしの一発勝負。荷物をコンパクトにまとめてその時を待つ。
 いよいよ運命のクジ引き、まずはばんちさんたちの車から。あれっ17番のクジだ。これではかなりの後手である。ご愁傷さまなことだと思っていると、つっじい氏が引いた我々のクジは18番。あらら、偶然にも関西組は後方から並んでのスタートということになった。それにしても、遠路はるばるやってきて、このクジの結果とは・・・あまりにダサダサで笑えてくる。まあ、いい場所に入ったからといって必ず釣れるものでもないし、なるようになるでしょう・・・と口では言いながら密かに足の柔軟体操を開始する。去年は1番で波止に入ったが、100メートル位で失速、何人かに抜かれてしまった。今年は抜かれないようにしないと本当にポイントが無くなるかもしれない。出発前のミーティングで集合した時、ばんちさんの足元を見てびっくり。ブーツではなくスニーカーを履いている。既にやる気満々だ。当然、私の足元もスニーカーである。
 4時30分、運命のスタートが切られた。車の列が一糸乱れず渡波へと向かっていく。港近くに車を止め大急ぎでドアをロック。車の後ろへ回ると、既につっじい氏が手際よく荷物を下ろしてくれていた。「先に行ってください」ここはつっじい氏の言葉に甘えることにして波止へと急ぐ。前には30人ほどのキャスターがいるはずだ。急がねば。真っ暗な波止の上を小走りに進んでいく。あまりペースを上げると昨年のようにバテて足が止まるかもしれない。でも行けるところまで行ってみるしかない。ときおり、後ろから来る人のライトが足元を照らす。その度に足を速める。半端じゃなくしんどい。もう、止まりたい。少しペースを緩めたい。その度にもうひとりの自分が叱咤する「おまえ、今年こそ釣りたいんやろ、上位に入りたいんやろ」
 波止のカーブが近づいてきた。問題はその先どこまで進むかだ。カーブの先は見えないので、どの程度人が入っているか分からない。すべて埋まっていれば万事休すである。戻っても場所が無いだろうから、足場の悪い外向きのテトラから釣るしかない。最後の力を振り絞って足を進める。あと少し。あと少し!あれっ。誰もいない。とうてい確保できないだろうと最初からあきらめていたポイントが空いている。まさか。狐につままれたような気持ちで荷物を下ろす。どうやら無我夢中で駈けているうちにほとんどの人を抜いてしまったらしい。自分でも感心するほどのクソ力。普段は100メートル走るのもやっとなのに・・・。結局ばんち氏、つっじい氏が私の左に、伝説師たちが右に入ることになった。左右が顔見知りというのも、潮の速いオマツリ必至のポイントではありがたい展開。まだまだツキはあるぞ。早くも、まわりではケミホタルをセットされた竿が三脚に立てかけられている。しかし、私は息が上がってしまい呼吸もできない状態。なんとか竿はセットしたが、そのまま朝まで体のダメージを回復することに専念する。
 正面の空が白みはじめたので、私も釣りを開始。潮はすでにかなり満ちてきており、万石浦へ向かってとろとろ流れている。これから満潮の潮止まりがくる7時ごろまでが最大のチャンスだ。たぶん、その間に誰かが待望のビッグワンを釣り上げるに違いない。できるなら、私の竿に、そして仲間の竿に釣れて欲しい。
 しかし、どれだけ打ち返しを続けても釣れる気配が全く無い。まわりも同じような状況。長い波止のどこからも歓声は聞かれない。どうなっているんだ。7時、8時、そして9時。とうとう潮が引き始めた。外海に向かって川のごとく流れはじめるのも時間の問題だ。そうなれば釣りの続行はもはや不可能である。次の潮止まりまで待たなければならない。このまま第一ラウンドは終了するのか・・・そう考えていると小さいながら待望のアタリが出た。そしてもう一度。はやる気持ちを抑えて待つこと1分。大きく合わせる。何かが乗ったようだ。あと20メートルぐらいのところで、茶色の物体が水面に出た。と同時に竿先が戻った。あっ。バレた。魚種までは確認できなかったが、何かが掛かっていたのは間違いない。カレイだったのだろうか。このポイントではチャンスは一日に一度あるかどうかである。もし、これがカレイだったらもうチャンスはこないかもしれない。もっと丁寧にやりとりをすべきだった。急いで打ち返すがさっきの魚信が頭から離れない。せめて正体を見たかった。
 潮が徐々に勢いを増しはじめた。潮上に投入しても、すぐにポイントを外れていく。流された仕掛けを回収しようと巻くと、先程と同じような手ごたえが伝わってきた。今度はゆっくりとリールを巻く。やはり20メートル先で茶色の物体が浮き上がってきた。カレイではないが魚のようだ。丁寧に寄せてみると正体はマゴチだった。やれやれ、さっきのもこいつだわ。がっかりして抜き上げようとしていると、横で見ていたつっじい氏のクラブの会長が「待て、タモですくわなあかん」と叫んだ。確かに冷静に見てみると、このマゴチ少々型がいい。さっそく、つっじい氏がタモを持って駆けつけてくれる。つっじい氏の華麗なタモさばきに、魚は一直線に吸い込まれるように入り・・・のはずが・・・あれっ、魚をすくう前につっじい氏がバランスを崩して海に落ちそうになっているではないか。後ろにいた人がとっさにベルトをつかんでつっじい氏を助ける。危ない、危ない。代わりに会長氏がタモを手に取りすくってくれる。53cmのマゴチ。これで他魚での審査資格をゲットだ。おもえば全日本カレイ、全日本キスを通じて過去4大会、魚を提出できていない。「これがカレイやったらなぁ」と言いつつも、うれしさがこみ上げてくる。さぁ、次はカレイだ。
 しかし、この頃から潮は激流と化した。オマツリと根掛かりが連発して超近投でもきつい状態になってきた。そんな時、テトラ越しに外側へ向かって投げていたばんち氏の竿に待望のカレイがヒット。31cmではあるがこの日はじめて見るカレイにみんなが色めき立つ。瞬く間に多くの竿が外側へ放り込まれ、当然のごとく私も追随する。しかし、後が続かない。内側の潮が予想外に早く収まってきたので、すべての竿を内側に戻す。最初は、この潮の緩みをラッキーと感じていたが、これが大きな間違いだった。その後、右に行ったり左に行ったりという掴み様のない潮に変わっていく。流れが緩く、釣り易いのは事実だが、このような抑揚のない潮になると、アタリが遠のくのがこれまでのパターンなのだ。悪い予感は的中し、昼前に底を打って満ちに転じたあともほとんど潮は止まったまま。当然のごとくアタリも出ない。
 14時の審査時間ぎりぎりまで粘ってみたが、とうとうカレイは釣れなかった。渡波は完全に撃沈。過去数年に渡って獲得してきた王座を明け渡すことになった。マゴチを持って検寸会場へ向かう。今年の牡鹿雄勝会場は絶不調。長浜で46cmのカレイは出たものの、40cmオーバーも数えるほどしか出ていなかった。
 15時過ぎに渡波へ舞い戻る。潮は一転していい感じに万石浦方向へ流れている。ようやく好転したようだ。思い起こせば3日前も15時頃に時合があった。ということは、これから夕方までにチャンスがあるかもしれない。でもそんなことはどうでもいい。既に今年の全日本カレイは終了したのだ。落胆と疲れが一気に襲ってくる。ポイントまでの1キロがとてつもなく遠い。
 私のいない間にばんち氏が30cmぐらいのカレイを釣ったとのこと。潮の好転とともに釣れるあたり、やはりここのカレイは正直だ。とりあえず仕掛けだけは投入しておこう。3本の竿を再びセットしてキャスト。そして波止に腰をおろす。頭を垂れて考えるのはすでに来年のこと。今年の状況を見ているとわざわざ東北までくる価値があるのかどうか。事実、今年は福井、境水道、淡路といったなじみのポイントでクラブメートが40cmオーバーをマークして上位につけそうである。それにひきかえ、ここまで来ながら自分はどうだ。だいたい渡波自体リスキーな場所なのだ。釣れればでかいが、その一匹になかなか手が届かない。それを決められた10時間の間に釣ろうというのだから、それこそ至難の業だ。ビックかボウズか。そんな難関に来年もトライするモチベーションを持ちつづけることができるのかどうか。少なくとも、今、この一瞬の自分には無いな。
 その時「この竿アタってるで」という伝説師の声が聞こえた。頭を上げると、彼が指を指しているのは私の竿である。「一直線に竿先が入った。間違いないで」興奮気味に続ける。しばらく竿先を凝視するが変化は無い。眠りのふちまであと1cmぐらいのところまで近づいていた気だるい体をやっとのことで起こし、竿を手に取る。そして次の瞬間、私の体に張り巡らされた神経は一気に目を覚まし、戦闘態勢に入った。来たっ。瞬間的にカレイと分かる突っ込みと重量感。これは大きい。必死でリールを巻くが、ときおりとてつもなく強い締め込みが襲ってくる。「すごい、すごい」と思わず声が出る。それでも力糸が見えるところまで巻き上げることができ、あと一息。しかし、ここで奴は最後の抵抗に出る。。リールを巻く手は止めていないのに、糸が真横へ流れていく。大カレイが渾身の力で真横へ疾走を始めたのだ。その様はまるでコロダイがみせる最後の抵抗そのもの。その先にあるテトラ帯へ突っ込むつもりのようだ。「竿を立てろ」「巻け巻け」「ああっ、テトラに潜るぞ」仲間たちから悲鳴が上がる。でも、ここで躊躇すれば負けだ。こちらも渾身の力でリールを巻く。そして、ついにカレイが姿を見せた。テトラまであと数10cm。ぎりぎり間に合った。しかし、浮き上がったのは海面から頭を突き出した牡蠣ガラだらけのテトラの向こう側。足元まで寄せようとすれば、また暴れだすかもしれない。8号ハリスといえども、一瞬の隙も与えるわけにいかない。「でかい」「うわぁーっ」「テトラに巻かれるぞ」みんなが口々に叫ぶなか、ばんち氏が冷静にこちらの意図をくみとってくれた。「向こう側からいく?」その声にうなづき、そのままの体勢で待つ。ばんち氏がテトラの向こう側へ回り、タモを差し出す。距離がある難しいタモ入れだったが、一発で決めてくれた。
 あわててメジャーを取りに走る。おそるおそる計測。珍しく足が震えている。実寸63cm(拓寸66cm)。東北サーフ・菅野氏の日本記録には及ばないが、兵庫協会記録には手が届くサイズ。あと一時間早ければ、全日本カレイでの優勝は確実だっただろう。信じられないほどのビッグワンである。全身の力が抜けていく。「何で今ごろになって釣れんねん」そう叫ぶとその場にへなへなと座り込んでしまった。みんなの口が開いている。こいつ何をすんねんという表情だ。まさか、こんな展開になるとは誰が考えただろう。まるで下手な作家が書いた出来すぎた小説のようだ。こんなシナリオ誰が書いたんや!
 複雑な心境ではあっても、魚を持ってカメラに向かえば自然と笑みがこぼれてくる。生涯でいちばん喜べないビッグワンになるだろうイシガレイは、私にとって日本記録になったマコガレイ以上に印象深い一匹になるかもしれない。とにかく、これでイシ・マコ両方で60cm突破という目標をクリアすることになった。
 
四日目の釣果
イシガレイ 66cm(拓寸)
マゴチ   55cm(拓寸)

11月18日 寄磯 

 波乱万丈の東北遠征もいよいよ最終日。しし座流星群が雨のように降り注ぐなか、思い出の地・寄磯で最後の勝負に出る。私はアイナメに狙いを絞って近投で攻める。他のメンバーはカレイ狙いだ。しかし、どうしたことか魚の反応が鈍い。小針で挑んだのが良かったのか、私にはアイナメが次々にヒットしてくるが型がイマイチ。カレイ狙いに徹した他のメンバーは苦戦している。結局、最後まで状況は好転せずタイムアップ。ついにここではカレイの姿を見ることはできなかった。
 5日間に渡る遠征もこれにて終了。つっじい氏にはじめての東北について感想を聞くと「釣れるまで通います」どうやら、またひとり東北中毒が増えそうである。しかし、東北には捨てがたい魅力がある。そこに仲間の笑顔があればなおさら良し。楽しい遠征となったことを仲間たちに、そして東北の芳醇な海に感謝しながら、帰路についた。


五日目の釣果
アイナメ 35cm〜30cm 4匹、その他小型は多数