『地域・アソシエーション』 第12号(2004年11月1日)

「食」を通して消費と生産の場を結び直し文化を守る

―イタリア社会運動訪問・交流報告(1)スローフード運動―

 前号でお知らせしたした通り、今号よりイタリア社会運動訪問・交流の報告を連載します。第1回はスローフード運動。応対してくれたのは、イタリア中部の街ペルージャのスローフード協会の「責任者」(みんなに任されたという意味での責任者なのだそうです)であるサルバトーレ・デ・イヤーコさん。地元のホテルのレストラン長を勤めるサルバトーレさんは、運動的には10月下旬に迫った協会のビッグイベント、トリノでの「見本市」の準備、そしてそれに向けて近くの街で開催中のお祭り、個人的には「奥さんが病気で、16ヵ月の子供の世話をしなければいけない」という超多忙ななか駆けつけ、誇りと情熱を込めてスローフード運動について語って下さいました。

◆アソシエーションではなく運動

まず、イタリアのスローフード協会がどういうふうに誕生したかということですが、一人の人物―カルロ・ペトリーニという協会の創始者で現会長―から始まっています。その人と彼の考えを支持する4人の人たちの支えによって、1985年にこの運動が始まりました。当時がどういう時代だったかというと、特に食品、食べるということに関して味の画一化・平準化が全面化していた時代で、それに危機感を持って、何とかこの状況から失われていく味だとか産品、文化を救いたいと、そういう意思から始まっています。したがって、それは当然のことながら味とか生産システムの画一化・平準化に対抗するものとして、マクドナルドに典型的に象徴されるファーストフードの生産システムとか味のあり方に対抗する運動として、象徴的な形で出発したわけです。(注1)
 私はスローフードの活動を、「アソシエーション」ではなく「運動」と呼びたいと思っています。「アソシエーション」というのは、一つの組織体で、トップがいてある規則があって、それに皆従うような形の組織体のことです。スローフードはそういう形の組織体ではなくて、もっといろいろ各人が、それぞれ自由に行動しながらゆるやかにつながっていくという意味で、「アソシエーション」ではなく「運動」と呼びたいと思うのです。
 イタリアのスローフード運動では、それぞれの地方のそれぞれの町に組織があって、それをコンディデュウムというんですが、その名はイタリア語の一緒に生きるという意味の動詞からきており、一緒に生きる、一緒にいる場所というところから組織の名前がつけられています。
 で、その責任者はフィドゥーチャリオと呼び、もともと「お医者さん」という意味です。医者といっても非常に広い意味での医者で、「その地域のいろんなことを知っていて、面倒を見る人」という意味です。どういう形で面倒を見るかというと、要するに彼はその地域のお医者さんなわけですから、その地域のいいところとか悪いところをよく知っている。例えば、その地域に生きている動物種や植物種とか、チーズはどういうふうに作られているかとか、作っている人はどういう人であるかとか、それがどこのオステリア(庶民的な地元の料理を出す店)とかレストランでどう使われ、どう料理されているかとか、そういうことをよく知っているわけです。

【写真】写真中央がサルバトーレ・デ・イヤーコさん

◆楽しみながらつなぎ合わせる

 スローフード運動は、戦略としてまずオステリアのガイドを作りました。最初の一番具体的な仕事でした。当時、オステリアは時代遅れなものと見なされて、どんどんなくなっていっていました。そこで、あえてオステリアを再評価して、ガイドを出すことによって、口伝てであそこではこういうものが食べられるということが伝わっていくわけです。その時に同時に、そこでどういう生産物がどういうふうに料理され作られているかということを、ガイドを仲介に知ってもらうことによって、消費者と生産者の間の関係を新しく結び直すことが、オステリアガイドを作った一番の眼目でした。
 それから、なくなりつつある食品や食文化、農産品について、「味のノアの方舟」を作りました。ノアの方舟で動物種を救うというのと同じ意味で、動物種ではなくいろんな産品を救おうという趣旨です。救うには、その産品についてより多くの人に知ってもらわなければいけない。どういうふうにして知ってもらうかということで、具体的に三つの実践―「ラボラトーリオ」「マスター」「味の教育プログラム」の三本建てでやっています。
「ラボラトーリオ」は、ある産品について、生産者とかシェフを呼んで、実際に料理するところを見て、それを食べて、みんなでそれについて語り合うということをやっています。「マスター」は、それぞれ一つのテーマのコースが25あって、チーズ、サラミ、肉、オイルなど、それぞれのテーマに従って、どういうふうに作られているかとか、どういう状況にあるかとか、どういう種類があるかとか、実際に講師を呼んで味見とかをしながら学んでいくという内容です。もう一つの「味の教育プログラム」は、子供たちに対する味覚教育プログラムで、小・中・高校生を対象に、学校で味覚教育を行っています。他にも夕食会を企画して、そこにその日に出てくる食材の生産者をみんな一緒に呼んで、生産者と消費者が一緒にお酒を飲んで食べながら語り合うということもやっていて、これは非常に好評で参加者が多いです。
こういう形で、実際にその産品に触れたり食べたりして、それについてみんなでしゃべり合うことによって、味覚というものに対する意識を目覚めさせようと、そういうことです。さらに、それを通じて、しゃべり合うことの中で、生産と消費の場をもう一度つなぎ直していこうという、楽しみながらつなぎ合わせていくことが目的です。
救おうとしている産品をどういう形でより広く知ってもらうかということで、「味の見本市」もトリノで始めました。今年も10月21〜25日までトリノで開催します。世界中の失われつつある産品を、見本市という形でより多くの人々に知らせることによって、その場を通じて新しい流通のネットワークを掘り起こす場として見本市があります。見本市としては他に、これもトリノで開催している「スローチーズ」、ジェノバの「スローフィッシュ」があります。この三つがスローフード運動でやっている大きな見本市です。
見本市に関連して、今年から「母なる土地」という企画を新しく始めました。トリノの見本市の関連イベントとしてやります。世界50ヵ国から5000人の農民が集まって、それぞれの地域の生産物を、その場で新しく市場開発するための機会とし、新しい文化的・経済的交流を創り出そうという趣旨です。

◆生産量を制限して守ることも

こうした様々な活動の結果として、例えば、ウンブリア州のある湖の近く一帯で取れる豆が、非常に生産量が少なくなっていたのが、5倍に増えました。ところが今度は、人気が出てくると売れるからということでどんどん生産量が増えるんです。しかし、この豆はその土地の環境の制約の中でしか生産できないので、ある一定の量になったら、生産量をブロックしてしまいます。そういう形で、知られることによって逆にその生産が潰れてしまうのを救うということも、やっています。
また、生産基準を新たに設けるということもやっています。例えば、産業的に大規模生産されるチ−ズは、全て生乳ではなく加工乳を使って作られているんですけれども、それを生乳で作る場合に当然、発酵とか保存の問題が出てくるわけですが、そこで生産プロセスに対する基準を設けています。それは有機ワインなどでも同じです。
私たちは、そうした救う産品のことを「プレシーディオ」(元々は軍隊用語で守備隊という意味)と呼び、守る、守られるべき産品のカタログを、国際的なレベルでどんどん作っています。例えば日本だと、ある種の黒豚や牛がそれに指定されています。他には「スローシティー」というプロジェクトがあって、ペルージャもそうですが、中心街が昔からの伝統的な街並みを残していて、かつその場所で伝統的に職人的に作られる生産物がある程度保存されている町を「スローシティー」と指定し、その保存活動もしています。
以上が私たちのスローフード運動の活動の概要です。

◆小・中・高校で味覚教育の実践

【Q】「ラボラトーリオ」など三つのプロジェクトは、どれほどの規模や回数でやられているのでしょうか。
【A】スローフード協会の会員はイタリア全部で7万人、ペルージャ地区では180人です。「マスター」はだいたい2ヵ月に1回くらい開かれていて、180人のうちそれぞれのコースに参加したのは、チーズが約60人、オリーブオイルが80人、サラミが55人、肉のコースは100人以上が参加しました。「ラボラトーリオ」は1ヵ月に1回くらい開かれ、これも50〜60人が参加します。参加人数は、どこでどんなテーマでやるかによって異なります。例えば北イタリアだと、ワインのコースをやると人が多く来ます。学校での味覚教育は、ペルージャ地区では最近始まったんですが、フィレンツェにセンターがあって、そこから講師が派遣されて各小学校でやります。ペルージャ地区では五つの小学校で今、実践されています。
【Q】教育プログラムには行政も参加しているのでしょうか。
【A】州とかが参加しているわけではありません。今、イタリアの学校は全部自主運営方式になっていて(注2)、国からの補助金の中で文化的教育とか味覚教育に対してある一定の割合が決められており、それを活用してやっています。具体的には、スローフード協会の方で、例えば野菜とかテーマを決め、それがどういうふうに栽培され、どういうふうに調理され、どういうふうな形で食べられるかというのを、学校に行ってデモンストレーションし、子供と一緒に考えたり食べたりという形でやっています。

◆立ち止まってもう一回考えること

【Q】スローフード運動は一般の人、特に若い人たちからどう受け止められているのでしょうか。日本では、若い人たちは味覚的にも感覚的にも、ほぼ「マクドナルド」に象徴されるシステムに取り込まれてしまっているのですが…。
【A】スローフード協会ができた最初の頃は非常に低い評価で、単なる大食らいとか大酒飲みとか言われていました。でも最近は、とりわけ若い人の間でもスローフード協会に対する評価とか認識が高くなっていて、例えば85年当時、協会の会員の平均年齢は50歳くらいだったのが、今は30歳台にまで下がっています。イタリアでは40〜50%の若者が関心を持っていると言っていいのではないでしょうか。若い世代にとっては、食べることとか味わうことに対する快楽ということも重要なんですが、生物多様性ということが彼らの関心の中で一番大きなものとしてあって、スローフード運動をそういう生物多様性とか文化的多様性の中で捉え、評価しています。
もともとスローフード協会を最初に作った世代は、美味しく食べることに非常に重きをおいていたのですが、それが中心的だった時代は終わっています。若い世代は、味覚ということに関しては、子供の頃から非常に「分かりやすい」食品に慣れていて、味覚に関しては本当に豊かなものの複雑な味が分かるということに全然慣れていなくて、そういう意味では貧困なわけです。しかし、エコロジーとか生物多様性に関する関心から運動に入ってきて、その関心の中から、消費だけじゃなくて生産とか流通に対してどういうふうに働きかけができるかというところで、いろんな新しいプロジェクトが生まれてきています。
 そしてさらに彼らは、改めて味覚の再教育ということにも目覚めていっています。つまり、食べ物の味がちゃんと分からないと、その後ろにあるシステムや問題も評価できないということで、そこから味の再教育ということも再び評価されているのです。全ての産業が工業化していく流れが1960年代にイタリアでもピークを迎える中で、ものを味わうことなく単に口の中に入れるということから、テーブルで時間をかけてものを食べることで、言わば食物そのものが私たちをそこで立ち止まらせて、考えさせる、そういう時間と場所が重要なのだと、私たちは考えています。この近くの町で今やっているスローフードのお祭りの中で、パンの上に豆を乗せたものを皆で食べた時に、パンがものすごく美味しくて、食べた人がみんな感動して沈黙してしまったというエピソードがありましたが、そういう形で、立ち止まってもう一回考えるというような機会です。
私はペルージャにいる日本の若者を何人か知っていますが、彼らはスローフードに興味を持っています。例えば、よつ葉で作っている生産物を使って、大阪の4 〜5 ヵ所で、夕食会を組織して、そこで若い人たちも含めて、みんなで語り合うとか、そういう企画もできると思います。日本でも可能性はあるのではないでしょうか。
良ければ、よつ葉連絡会のグループとして会員になって下さい。いろんな情報が入りますし、イタリアのスローフード運動がやっていることを参考にするだけでなく、実際にそのネットワークを使うことに関してはいつでも歓迎します。(つづく)

------------------------------------------------------------------------------
 注1:設立の際に発せられた「スローフード宣言」。
《悦楽の保持と権利のための国際運動》
 我々の世紀は、工業文明の下に発達し、まず最初に自動車を発明することで、生活の形を作ってきました。我々みんなが、スピードに束縛され、そして、我々の慣習を狂わせ、家庭のプライバシーまで侵害し、“ファーストフード”を食することを強いる“ファーストライフ”という共通のウィルスに感染しているのです。今こそ、ホモ・サピエンスは、この滅亡の危機へ向けて突き進もうとするスピードから、自らを解放しなければなりません。我々の穏やかな悦びを守るための唯一の道は、このファーストライフという全世界的狂気に立ち向かうことです。この狂乱を、効率とはき違える輩に対し、私たちは感性の悦びと、ゆっくりといつまでも持続する楽しみを保証する適量のワクチンを推奨するものであります。我々の反撃は、“スローフードな食卓”から始めるべきでありましょう。ぜひ、郷土料理の風味と豊かさを再発見し、かつファーストフードの没個性化を無効にしようではありませんか。生産性の名の下に、ファーストフードは、私たちの生き方を変え、環境と我々を取り巻く景色を脅かしているのです。ならば、スローフードこそは、今唯一の、そして真の前衛的回答なのです。真の文化は、趣向の貧困化ではなく、成長にこそあり、経験と知識との国際的交流によって推進することができるでしょう。スローフードは、より良い未来を約束します。スローフードは、シンボルであるかたつむりのように、この遅々たる歩みを、国際運動へと推し進めるために、多くの支持者たちを広く募るものであります。

 注2:学校や教師との連携については、次回の「平和のテーブル」でも出てくるので、イタリアの初等・中等教育について簡単に紹介しておく。
「義務教育は5年制の小学校と3年制の中学校。3人の教師が一つの学級を担任するが、小・中学校は1クラス定員25名、障害児のいるクラスは生徒数最高20名。教育内容・方法については、手引き書としての「学習プログラム」はあるが、基本的には教師の工夫次第である。70年の州制度の発足にみられる70年代の『分権化』と『参加』の理念が教育制度にも反映し、74年、市町村・県・国の各レベルに評議会が設けられた。例えば、各学校の学校評議会は、教職員代表、父母代表、生徒代表(高校)からなり、教職員とともに、父母や生徒が学校運営に参加し、予算や行事、校則などを協議する機関である。」(明石書店刊『イタリアを知るための55章』より)