魅力ある夷隅川船下りを観光に  
森谷 渕               


[はじめに]

2004年3月21日午後、夷隅郡大多喜町中央公民館で地域政策フォーラム (副題:ローカル線と地域資源の果たす役割)が開催され、いすみ鉄道の 役割、運営を巡って行われた講演やパネル討論を関心を持って傍聴しました。 フォーラムで話し合われた内容等を検討した結果、 私共は「夷隅川船下り」で観光開発することを提案致します。

堂本知事が、基調講演の中で、「皆さんが感動する ヨーロッパの観光地の例でも分かる通り、 人に来てもらうためには、ゴミ一つないことが重要です。 観光客は、花を見に来るというより、ゴミがない自然本来の風景を見に来たいのです。」という趣旨の話がありましたが、 全くその通りだと思います。

大原八幡岬
手前に海水浴場と漁港
(2004.3.22 撮影)
太東岬と和泉浦海岸
正面奥に夷隅川河口護岸横たわる
(2004.3.3 撮影)


[夷隅川船下りで地域の活性を]

私共の提案は、「夷隅川船下り」(大多喜町-岬町夷隅川河口 間)と夷隅鉄道利用を結びつけた 観光のスキームです。 現在進められている夷隅地方の広域合併を先取りする形で、「夷隅川船下り」を実現して、 この地域の活性化に役立てようというものです。
夷隅川は、房総半島随一の大きな河川で、豊富な水量、変化に富んだ流域の景観、 河口域の入江、豪快な太平洋の荒波など、たくさんの見所があります。埼玉 秩父長瀞船下り、 京都 保津川の船下りに匹敵する観光資源になり得るものと考えます。

日在-和泉浦海岸_ 夷隅川及び河口の入江
太東崎灯台から俯瞰(2004.1.28 撮影)


[船下り 魅力のポイントとは]

夷隅川船下りの魅力について、夷隅川河口域から上流へ遡上する形で、紹介します。
日在-和泉浦の浜辺は約5kmにも及び、「アカウミガメ」 (「日在通信」第9号_ 2004.1.18発行参照) の北太平洋における産卵北限域であります。8月下旬から11月始めにかけて、 孵ったばかりの子ガメたちが 北米大陸を目指して浜辺から旅立ってゆくのを ごく普通に見ることができます。


ドカリの波_ 太東岬付近
(2004.2.23 撮影)
カモメが集う夷隅川河口
(2004.1.5 撮影)


[ドカリの波]

太東岬沖はでは、「ドカリの波」 ( 「さとのかぜ」No.89_ 2002年10月号参照)が立ちますが、当地 太平洋の荒波は 「波の伊八」が行元寺の欄間彫刻に彫り、昔からよく知られています。 それをヒントに、葛飾北斎も当地でドカリの波を見て、 「神奈川沖浪浦」で富士の上に大きく覆うよう波を描いたというのが、最近の 学説となっています。
当地の浜辺は有名なサーフポイントで、豪快な波乗りを楽しむため一年中大勢のサーファーの姿が見られます。




ウグイスが一年中見られ、早春から秋までの間美しい鳴き声を聴けるのは、 都会暮らしを長く経験した身には驚きです。
入江にはアシが密生し、ウグイスが鳴き競っています。「鳥獣保護区」なので、すぐ傍で 鳴く姿が見られます。 ホトトギスもたくさん託卵にやってきます。
ウグイスの鳴き声を聴くと実に爽快で、いつも陶然とした気分で満たされます。 (Courtesy: M.Dazenbaker)



 


[野鳥の楽園]

夷隅川河口の入江周辺は、「南房総国定公園内」にあり、野鳥の楽園となっています。 ウグイスは周年当地に定住 入江周辺で鳴き続け、 4-6月には入江を中心に数百羽規模で繁殖します。 アオサギ・ダイサギのコロニーが少なくとも2ヶ所はあり、カルガモも百羽弱が周年定住しています。
夏季はコアジサシが夷隅川左岸(北側)で繁殖し、冬季はヒドリガモ、コガモ、オオセグロカモメ、 ウミネコなどが訪れます。
他にも、入江周辺では、周年で雉が群れて(ハーレム)歩き・飛び回り、野ウサギが林から草むらに 飛び出してくる姿を、日常見ることができます。

ヒドリガモ_ 12-3月に見られる
(Courtesy: Neyagawa BG)
水仙の花_ 12-4月に見られる
(2004.1.12 撮影)


[四季を通じて咲く野生の花]

野生の花が、四季を通じて咲きます。日在浦周辺にはツバキの群生が随所にあり、又昔ながらの 家々は周年緑のマキの生垣に囲まれています。 夷隅地方では、春先は水仙、菜の花、レンゲ、夏はアジサイ、ヤマユリ、スカシユリ、秋にはハギ、コスモス、 冬にはローズマリー、ガザ二ア(匍匐タイプ)などの花が見られます。
夷隅地方では又、海辺で年間を通してサーフィン、ボディーボードやフィッシングが盛んであり、 里山では初夏にホタルが見られます。そして、山地では春にタケノコ狩が楽しめ、 秋には養老渓谷の紅葉が眺められます。

「鳥獣保護区」の看板_ 水門付近
芝蝦、蜆、鰻シラス、ハゼ等が生息
(2004.1.28 撮影)
日在潟入江_ 奥の風景
森鴎外が愛した景観美残る
(2004.2.23 撮影)


[河口入江は貴重な汽水域]

夷隅川河口には、南北の両岸に二つの入江(面積合わせて40ヘクタール)がありますが、 何れも数十年前まで夷隅川が流れていた跡です。今、千葉県に僅か3箇所 だけ残されている河口ラグーンの一つで、規模がもっとも大きいものです。
ラグーンでは、海水と淡水が混じるため、プランクトンや底生生物の働きで、水が浄化されます。 もっとも入江の水際では、夷隅川上流から流竹木がたくさん漂着し、砂泥も堆積してしまったため、 汽水域面積を減らしてきました。 しかし、最近では夷隅川河口に堆積したきれいな砂は 隣接した浜辺に移設するようになり、 「汽水域回復と入江保全活動」 ( 「さとのかぜ」No.106_ 2004年3月号参照)が今後進むものと期待されます。

夷隅川河口左岸の入江
写真右側がコアジサシ営巣地
(2004.1.15 撮影)
太東岬灯台と水仙
灯台からは富士山も見える
(2004.1.28 撮影)


[入江には文学散歩コースも]

日在潟の入江 水門付近には、「森鴎外」( 「さとのかぜ」No.83_ 2002円4月号参照) の別荘跡があり、かって欧外が楽しんだ旧夷隅川(現在は入江)・松林・海の景観を断崖の上から俯瞰することができます。 林芙美子が宿泊した船宿跡や、梅屋庄吉別荘跡(孫文、蒋介石、白蓮が滞在した)などもあります。
少し足を伸ばせば、日在・玉前神社や深堀・滝口神社などで、珍しい地引絵馬を見る (予め関係者への手配が必要)ことができます。



夷隅地方は、漁業が盛んであるため、江戸・明治・大正時代の地引網や八手網絵馬が、 大原町・岬町を中心にたくさん残されています。
その筆頭が、大原町日在玉前神社に嘉永2年(1849年)奉納された地引網絵馬です。 砂浜に男衆が群がり、海面に船を浮かべ、浜辺が干鰯で埋め尽くされた様子が 色彩鮮やかに描かれています。 (Courtesy: Ohara Town)



[河口にはマリナーが]

夷隅川河口には、江東橋近くの両岸に二つのマリナーがあり、レジャーボートの 基地になっています。太東岬沖合磯根を中心とするフィッシングが中心ですが、 水上バイクもあり、時折モーターボートが夷隅川本流を遡上っているようです。
またこの河口の沖合いでは、小さなクジラの仲間スナメリが泳ぐ姿が時折見られます (ホエール・ウオッチング)。 2004年3月には、大原町岩船の海岸で小型のマッコウクジラ(10m、10トン)のストランディングが 発見され、県博物館職員らによって解剖調査が行われました。

ボートがゆく_ 夷隅川河口付近
(2枚とも2004.1.3 撮影)
夷隅川河口付近のマリナー
左右両岸に2箇所ある


[桑田の潮止堰]

河口から約6km上流 岬町桑田には、夷隅川本流に潮止堰があります。今から90年前、大正時代に竣工したもので、 当初は右岸下流域 田圃灌漑用水供給の目的で建設されたと聞いています。
堰堤の高さは約2mで、右岸には魚道も設けられています。地元マリナーの オーナーの話では、満潮時にはレジャーボートで堰を上ってゆくことができるそうです。

潮止堰_ 岬町桑田地区
(2枚とも2003.3.11 撮影)
大正時代に竣工_ 90年の歴史
当初目的は下流地域への灌漑用


[変化に富む船下り]

夷隅川の流れの最大の特徴は、川の屈曲が多く、川の両岸の景観が変化に富んでいることでしょう。 桑田の潮止堰から刈谷橋近くまでは川幅も広く流れもゆったり(つまり勾配が緩い)しています。 それは、河口から夷隅町国吉地区付近までは、海寄りの土地が 縄文海進で隆起したものなので、 地質年代的にはごく新しいことに起因しています。

音羽橋から上流を見る
(2枚とも2004.3.19 撮影)
夷隅学園付近の夷隅川本流
落合川への分岐近く


[国吉の可動堰]

夷隅町国吉地区には、刈谷橋と夷隅鉄道鉄橋との間に可動堰があります。 春から秋まで 米の栽培期間には、灌漑用水を取水するため堰が閉められ、 夷隅川本流の落差が約2.5メートルになります。 従って、船下りできるのは、稲の刈入れが終わってから春先水田に水を 入れるまで、冬の期間に限定されることでしょう。もっとも農家にとっては農閑期に 観光シーズンを迎えるわけで、地域住民の協力が得られやすいと考えます。
筆者が現地で堰周辺の整備事業を行っていた工事責任者に質したところ、 2003年秋から2004年春先までの間、堰を開いていた時の夷隅川本流の落差は50cm程度だったそうです。 船下りの堰越えでは、ちょっとしたアドベンチャー気分が味わえそうです。
国吉可動堰上流域の夷隅川の流れについては、今回 ルポは割愛します。


国吉可動堰_ 閉鎖状態
左岸側に魚道がある
(2枚とも2004.3.25 撮影)
可動堰の下流側の流れ
船下りは冬季に限られよう


[センター地区の大賀ハス]

「いすみ環境と文化のさと」センター地区が、夷隅町万木城近くにあります。 わが国でたった2ヶ所しかない公立の自然観察施設で、いろいろな学習器材や 体験プログラムが整っています。
夏には縄文時代のロマンを秘めた大賀ハスが咲き、冬のシーズンに訪れるカモの仲間 には、オシドリも混じっています。近くの清水寺周辺は原始林と 野鳥が多く、トンボ沼には各種のトンボに混じってバンなどの水鳥も訪れます。 またホタルの里では、ゲンジボタルの乱舞が見られます。

大賀ハス_ 7-8月に見られる
(2003.8.7 撮影)
オシドリの番(ツガイ)_ 12-3月に見られる
(Courtesy: M.Takamura)



和泉浦海岸のクリーンアップ作戦
すでに平成15年度から、海岸付近では共同清掃作業の成果が現れています。 筆者からの要請に応え、夷隅支庁県民環境課が地元自治体などに呼びかけて、夷隅川河口と和泉浦海岸 で、1年間で3回にわたって共同清掃作業が行われました。
参考記事は、 「さとのかぜ」No.98_ 2003年7月号に所載。(2003.6.17 撮影)



[川をきれいに]

夷隅川の河口周辺では、入江や浜辺に漂着した流竹木の撤去が、計画的・組織的に 行われるようになりました。しかし、上・中流域を訪れてみると、川の表面数メートル 上に伸びている竹や樹の枝に、白い紙やプラスッチク類が引懸かっており、自然景観を 損なっています。筆者の観察では、夷隅学園周辺、落合川との分岐点、刈谷橋周辺で とても ゴミが気になってしまいました。ゴミ片付けは、それ程難しいものとは思われず、 この際官民協力して何とか除去すべきです。

淀みの水面には流竹木や枝葉が漂う
落合川への分岐付近で
(2004.3.19 撮影)
竹に引っ掛ったたくさんの白いゴミ
刈谷橋のすぐ下流にある岩場
(2004.3.25 撮影)


[いすみ鉄道との組合せ]

夷隅川の船下りにいすみ鉄道利用を組み合わせた観光計画を組めば、 夷隅川の川辺のクリーンアップが必要になります。 船下りの準備を進めてゆくことで、観光と清掃の一石二鳥の役目を果たさせることができ、 この地域で自然の美しさを取り戻す絶好のチャンスになるものと考えます。


刈谷橋からの眺め
(2枚とも2004.3.19 撮影)
流れは急で、谷底まで高い
上流側中州にカルガモ約20羽いた


[治水事業を最優先で]

土木事業の進め方をこの際見直したらどうでしょうか。地方分権時代の地域づくりでは、 治山治水を基本に据えるべきでしょう。夷隅地方にあっては、夷隅川と落合川の河川管理を先ず 徹底させ、この地域の住民が洪水氾濫による災害の心配がないようにすべきと思います。
一方 交通事故が、全国ワースト上位からなかなか脱却できない千葉県の現況から見て、 今直ちに房総半島横断の高速道路整備を進めることは、 交通事故犠牲者を増やすだけではないでしょうか。交通対策で、この地域において先ず必要なことは、 道路交通法遵守を徹底させることです。無謀運転している自覚がない地域住民に対して、 「再教育」が緊急の課題です。観光客に来てもらうためには、 先ず交通事故に会わせないよう「命の安全」確保が第一です。



夷隅鉄道の沿線では、観光誘致のため「菜の花」の種まきをして、 車窓からの景観を美しく見せる努力をしてきたという。それも大変よいことですが - - -
しかし、 2/21のフォーラムで一番印象に残ったのは、堂本知事が基調講演の中で 「花をわざわざ植えて咲かせなくとも、 ゴミをなくして 自然本来の美しい風景を見せることの方がもっと大切です。」 と語った言葉だった。 (「菜の花」_ 2004.3.26撮影)



[昔ながらの自然が貴重]

日本中で、土地乱開発が蔓延してしまった結果、今夷隅郡内に残されている昔ながらの自然こそが、 誇りを持って環境客を呼べる資産です。施設いわゆる箱物はもう要りません。 誇るべきかけがえのない「既存の自然維持保全」に投資すべきです。
21世紀における旅とは、スピード任せの駆け足の旅ではなく、 夷隅川船下りのように「ゆとりとロマン」あるいは「アドベンチャー」を感じさせるもの であるべきです。



日在潟周辺にある昔ながらの家々は、周年緑のマキの生垣に囲まれています。 ところどころ椿も混栽されており、咲く花が彩りを添えてくれます。
東京なら庭の主景木(松の枝ぶり)に仕立上げるイヌマキをずらり並べ 生垣で楽しむ贅沢を味わえるのは、 この地が海辺に近く温暖な気候の土地柄だからです。
冬季ウグイスが、寒さを凌ぐため 垣根のマキの枝の間を跳ね回わっています。マキも椿も台風の潮風で枯れることなく、 家を火事の類焼から守ってくれます。
狭い旧道の道は、散歩していて いつも清々しく気持ちいいです。 (マキの生垣 2003.5.25撮影)



[まとめ]

夷隅地方において千葉県が進める「変革と創造」を展開するにあたっては、 「夷隅川船下り観光」が夷隅鉄道保全と地域住民の啓発に欠かせません。早期に具体化することが肝要です。 それは 地域の活性化に結びつき、波及効果もいろいろ期待できます。 この際、船下りの旅を軌道敷もしくはデュアルモード交通機関の整備とリンクさせて、 新しい時代のニーズにマッチしたツーリズムを開発する勇気を、是非この地域の人々に持って欲しいと思います。



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