日在-和泉浦・環境ルネッサンス  
森谷 渕           
[まえがき]

「文芸復興」の名で知識人の憧憬を集める"Renaissance"は、15世紀 フィレンツエを中心に 古代ギリシャ・ローマ への回帰・人間性回復を目指し、美術・文芸などの分野で人類史上輝かしい数々の成果をもたらしました。 今わが国において、エスチュアリー利用の視点を欠いていた東京湾埋立の行き過ぎを是正し、 国土無秩序乱開発を終焉させるため、千葉県外房の中でも自然が豊かに残る日在(ひあり)の地にあって、 自然環境保全を中心に据えた 地質資源・水産資源の利用・保全を図り、人間性回復と総合的文化活動の展開を提唱します。

[はじめに]

房総半島太平洋沿岸の大原町日在浦-岬町和泉浦5キロメートルにわたる海岸は、昔ながらの 自然が辛うじて手付かずに残されている景勝地です。岬町太東岬沖は、遠浅の岩礁が長々と続き、 大きな飛沫を上げる太平洋の荒波はサーファーに「ドカリ」の波として 知られています。毎年この海岸には、アカウミガメが産卵に戻ってきています。この 海岸に平行するラグーンは40ヘクタールにも及び、 淡水と海水が混じる入江には底生生物が豊富で、野鳥の楽園となっています。

コスモス咲く太東岬灯台
(2枚とも2004.9.16 撮影)
灯台からの俯瞰
日在浦-和泉浦海岸、夷隅川
河口入江_日在潟と和泉潟(手前)

大原町日在浦海岸では、海水浴客は1986年の47万人からここ数年来50分の1以下に数を減らしていますが、 海水浴客に代わりこのところ サーフィンが盛んになっており、日在浦-和泉浦一帯の浜辺は 一年中首都圏からのサーファーやボディボーダーで賑わっています。

1. 辛うじて手付かずの自然残る 由緒ある土地

1200年以上前の平城宮址から発見された木簡に、「上総国夷隅郡蘆道郷戸主若00000人部味酒凡鮑調陸斤條三十一」 とあるのは、宝亀五年(774)に蘆道郷(現在の大原町大原地区)から鮑が平城宮に送られた 歴然とした記録であり、この 奈良朝廷に献上された珍品(干し鮑)が、太東岬沖の機械根を有する 日在-和泉浦海岸で獲られたことは、戦前40年にも及んだ当地 鮑潜水夫捕獲漁の歴史から推して、 疑いのないところです。
この海岸地帯は 、沖合い20kmまで1000分の1緩勾配で発達した岩礁が広大で良好な漁場を提供しており、 イセエビ、サザエ、タコ、マダイ、ヒラメなどの高級魚介類が漁獲できます。 中でもイセエビの水揚げは、年間約50〜100トンに達し日本一です。 今 地元では、水産資源管理の一環として、稚貝や稚魚の再放流を行っています。

日在浦_水門南側のラグーン
一年中カルガモやサギが居着く
(2004.10.15 撮影)
日在浦_水門北寄り
緑の樹林に止まりサギたちが憩う
(2004.10.25 撮影)

日在浦・水門近くの住宅地は、明治・大正時代に文豪森鴎外や、野間清治(講談社創業者)、 梅屋庄吉(事業家であり、孫文・蒋介石・白蓮をこの地に招聘)などが滞在したり住んでいた由緒ある土地であり、 外房線三門駅を起点に文学散歩する人たちをしばしば見かけます。

2. 入江の佇まい

夷隅川河口にある二つの入江(地元では南側を日在潟、北側を和泉潟と呼んでいる)は、 ウグイス、カルガモ、ダイサギ、アオサギなど が繁殖する野鳥の宝庫となっています。冬にはカモの仲間たちが、夏には各種のシギやチドリが 渡りの途中で立ち寄ったり、長期間滞在したりします。そして、日在-和泉浦海岸は 「東アジア-オーストリア渡りルート」(East Asian-Australasian Flyway)の真下 に位置するところから、春・秋渡りのシーズンにミズナギドリの仲間が渡ってゆく ことが知られています。この地は、格好のバードウオッチング・サイトとなっているのです。

入江に一年中定住しているダイサギ
繁殖期には婚姻色の青い口元が美麗
(出典:「高村真夫のバードウォッチング」)
東アジア-オーストラリア 渡りルート
(Courtesy: tasweb.com.au)

[入江は天然の下水浄化プラント]

夷隅川河口にある入江は干潟・湿地となっており、これは天然の下水浄化プラントとなっています。 夷隅川河口ラグーン40 ヘクタールは、1万人の下水浄化能力を有し、 活性汚泥処理換算50億円の価値があるといえます。 2004年2-3月に、夷隅川河口三角州の堆積砂泥3千m3を海寄りへ移設する工事が千葉県出先機関によって 実施され、入江内に滞っていた汽水が入江の奥・水門付近までよく流れてゆくようになりました。 筆者と千葉県出先機関との話合で、今後とも入江の浄化を継続事業として推進してゆく約束になっています。 かように汽水域を持続的に確保し、入江周辺から流入する生活排水を浄化してゆくことで、 魚・鳥などが今まで通り棲息し続けるならば、人もこの地で生き長らえることができるのです。

3. 日在-和泉浦海岸がもつ多様性

葛飾北斎が富岳三十六景シリーズ「神奈川沖浪裏」 ( 「さとのかぜ」No.89_ 2002年10月号参照) において、富士の上に大きく覆うような荒波 を描き、印象派の画家たちを驚嘆させたことは広く知られています。 その荒波こそが、サーファーたちによって 「ドカリの波」と呼ばれている、 日在-和泉浦海岸に寄せてくる波です。北斎はこの絵の意表を突く構図は、 行元寺(夷隅町)本堂にある武志伊八郎信由(波の伊八)によって彫られた波の欄間彫刻 をヒントに描いたというのが、最近の学説となっています。

チューブの波に乗るサーファー
離岸堤設置前「ドカリの波」はこのよう
だっだ(Courtesy: Greg Bert)
北斎は印象派画家を驚かせた
富嶽三十六景 神奈川沖浪裏
(Courtesy: Metropolitan Museum)

[アカウミガメの産卵北限域]

日在-和泉浦海岸は、北太平洋域で繁殖するアカウミガメの産卵北限域です。 この地で生まれた子ガメは、北米大陸に渡りバヤ半島付近で成長し、再び帰ってきて産卵します。 現在、地元ウミガメを守る連絡会のメンバーが保護活動に取り組み、 海岸を歩いて産卵、孵化をチェックし、巣を発見した場合には柵を作って囲い込み、 プレートをつけて注意を促す等しています。
過去数年来、毎年10-20回位の上陸があり その過半で産卵が見られてきました。 2004年度には、黒潮大蛇行の影響等で上陸・産卵回数は半減しましたが、 孵化した産卵巣では孵化率は72%でした。 (詳細は、 「2004年度のウミガメ産卵。孵化状況」を参照されたい)

[今やサーフィンのメッカに]

年々海水浴客が激減しているのとは対照的に、当地では「ドカリの波」に惹かれて、 首都圏全域からサーファーやボディボーダーが一年中訪れています。 岬町から一宮町にかけてはサーフショップがわが国随一の規模で幹線道路沿いに並んでいます。 そして、岬町では毎年数回 和泉浦海岸を中心に色々なサーフィン大会や イベントが開催されており、全国レベルの大会もあります。この地で近い将来 世界レベルの サーフィン大会を開催することができるでしょう。
今年外房では勝浦市部原(へばら)海岸で、サーフィン世界ツアー Quiksilver Pro日本大会が開催されたので、 筆者も会場を訪れたところ、たくさんの観衆が熱戦のヒートに声援を送り、 人気ライダーにサインをねだったり、水着ファッションショーに歓声を上げたりと、 とても賑やかで活気ある雰囲気を楽しめました。 サーフィン大会の開催で地域の活性化が図れることを、肌で感じることができました。

和泉浦海岸でのサーフィン大会風景
三軒屋駐車場前では毎年数回イベント開催
(2004年5月9日 撮影)
外房では世界プロ選手権の大会も開催
勝浦市部原海岸にたくさんの人が
(2004年9月4日 撮影)

4. 夷隅川とのよき共存を目指して

夷隅川は、房総半島きっての大河であり、支流域を含めた夷隅川水系は 開発を免れた自然がそのまま残る 夷隅地方全体を流域としています。この地に住む人たちは、夷隅川とよき関係を保ってゆくことで、 自然の恩恵を受けながら安定した日常生活を持続してゆくことができるのです。 夷隅川と人との共存が不可欠となっています。
夷隅川流域は豊富な水量、変化に富んだ流域の景観、 河口域の二つの入江、 豪快な太平洋の荒波など、たくさんの見所がありますから、 「夷隅川船下り」と夷隅鉄道利用を結びつけて観光客を誘致できれば、 地域の活性化を図ることができるでしょう。 夷隅川観光開発計画の概要は 「魅力ある夷隅川船下りを観光に」 に掲載しています。

[夷隅川水系から洪水被害の解消を]

夷隅地方では 今年台風22号の襲来の際、大原町佐室地区や夷隅町正立寺地区などにおいて、 夷隅川とその支流域が氾濫して大きな洪水被害をもたらし、床上浸水や地元公共施設への緊急避難 が行われ、連日全国ネットでTV報道されました。 特に佐室地区については、かねがね洪水被害に遭っている地元町民に対して、地元町長が 「次の洪水被害に遭った場合には、必ず河川審議会の答申に沿った洪水被害解消対策を進めます。」 と回答しており、これまで難儀を重ねてきた被災地住民が洪水被害から脱却できる施策を、 この際強力に実行して貰いたいものです。
洪水氾濫対策が、夷隅地方の観光誘致に役立つのは勿論です。

潮止堰堰堤から下流を見る
堰周辺は淀み、景観美を誇っている
桑田地区(2003.11.3 撮影)
夷隅川河口寄りにある江東橋
往時秋にハゼ釣り船で賑わった水域
(2004.10.28 撮影)

5. 観光誘致へ向けて

観光客に、夷隅地方に足を運んで貰うためには、先ず第一に海岸、川辺、道路、鉄道沿線等がきれいになっていなければ なりません。豊かな自然を堪能できるよう、紙屑などのゴミ が観光客の目に留まらない環境整備が何よりも肝要です。 また、夷隅川流域においては、台風や大雨が来る度に大量の流竹木が夷隅川に押し流され、 それが太平洋へ流出して、日在-和泉浦はもとより、かなり離れた御宿海岸まで漂着しています。 流竹木が浜辺に堆積すれば、産卵に訪れてきたアカウミガメが上陸することができなくなるので、 当地ではいろいろな枠組みのボランティアたちが、 浜辺に漂着した流竹木を片付けた上 河川管理者としての焼却処分する等の活動を続けています。

[道交法遵守の徹底が不可欠]

交通事故が、全国ワースト上位からなかなか脱却できないでいる千葉県の現況から見て、今すぐ 房総半島横断の高速道路や大原町海水浴場周辺で道路整備を進めることは、 交通事故犠牲者を増やすだけではないでしょうか。 今年地元警察署管内の交通事故は最悪で、昨年ゼロだった交通事故死が4人にも達しています。 交通対策で、この地域において先ず必要なことは、 道路交通法遵守を徹底させることです。車の発進時に合図をせず、右折・左折で方向指示器を出さない等、 無謀運転している自覚がない地域住民に対して、交通ルールと交通マナーの徹底「再教育」が緊急の課題です。
観光客に来てもらうためには、 先ず交通事故に会わせないよう「命の安全」確保が第一です。

[海岸観測と砂浜インベントリー把握が重要]

日在-和泉浦については、離岸堤設置・一連の護岸工事が終結しているところから、 これからは自然環境保全と野生生物保護を根幹にすることを確認すべきです。
観光、サーフィン、フィッシング等で地域振興を図ってゆく前提として、台風襲来時等に変動激しい砂浜の インベントリー観測等が極めて重要です。 筆者は今年から海岸線GPS測量を定期的に行っていますが、 今後は官民協力して海岸の観測・分析を行ってゆく必要があると考えます。 なお、GPS測量の踏破線(朱腺)等の詳細については、 「日在-和泉浦2004年度ウミガメ産卵・孵化状況」を参照されたい。


入江景観のシンボル
ラムサール条約記念看板
(2005.4.22 撮影)
ハマヒルガオの大群落
水門前の海浜一帯に花の絨毯が出現
(2005.5.13 撮影)

日在潟水門前 看板掲示内容(一部欠落)

「ワイズユース 国定公園鳥獣保護区の二重指定地域です この入江湿地は、海洋の干満潮汐と共に、生物群集が多様に関り合って 生きる、地球の偉大な摂理の大循環が素晴らしく調和を保ち、かつ素晴 らしい生産工場です。地域群生生物の宝庫です。

ラムサール条約 環境月間'93記念
日本鳥類保護連名、千葉野鳥の会、釣糸から野鳥を守る会」


この看板は、12年間風雨に曝されて、文字の判読が困難になっているので、 看板の立替について現在地元町役場と協議・検討を進めているところです。


[まとめ]

日本中で土地乱開発が蔓延してしまった結果、今夷隅地方に残されている 乱開発を免れた手付かずの自然こそが、誇りを持って環境客を呼べる資産なのです。 施設いわゆる箱物はもう要りません。 自然と野生が豊かに残っているこの日在-和泉浦地帯から、 世界へ向けて新たに「環境ルネッサンス」運動として発信してゆくゆえんです。 地元の有識者が声を合わせ、ウミガメを守る連絡会会員など自然を愛する人たちが連帯の輪を広げ、 自然環境保全と野生生物保護の活動を更に拡充してゆこうではありませんか。

和泉浦海岸_三軒屋護岸上から
砂浜は沿岸流の上手に溜まり、下手で痩せる
(2004.10.29 撮影)
日在浦南寄りは砂浜が激減
サイクリング道路脇堰堤まで波が
夏季シーズンには砂浜が回復する
(2004.10.10 撮影)

その際、先祖代々昔から地元に住み着き、豊かな自然は当たり前でその有難さが 理解できず、海も川も他人の土地もゴミ捨て場と心得ている多くの原住民に対して、 啓蒙と教育を徹底させなければなりません。
更に、いつまで経っても「交通事故ワースト上位」の不名誉な地位から脱却できないでいる千葉県では、 交通事故防止のため、先ず地元住民に道交法遵守を徹底させる「大人の教育」が不可欠です。 観光客に外房の地を訪れてもらうためにも、その前提となる「命の安全」確保が先決です。
房総横断高速道路や大原海水浴場隣接の海沿い道路整備は、ただ重大交通事故を増やすだけであり、 地元住民が交通法規を遵守できるようになるまでは不要です。


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