夷隅地方の水域管理の進め方
       - 夷隅川エスチュアリー管理手法 -


はじめに

千葉県夷隅地方における水域管理のあり方については、すでに筆者が2003年に 「エステュアリー概念導入が決め手 _ _ 夷隅川河口周辺水域」で提言しているところです。 この度、その具体的な展開について、この地域のエステュアリーを(1)夷隅川水系水域、 (2)日在-和泉潟・入江水域、(3)日在-和泉浦・海洋性水域に分類して、 現時点におけるそれぞれの主要課題と対策を検討しましたので、その概要を示します。

夷隅川エスチュアリーの代表的景観
日在-和泉浦海岸、夷隅川及び河口入江
太東崎灯台から俯瞰(2004.1.28 撮影)


1. 夷隅川水系水域

夷隅川の本流と落合川を始めとする支流を含めた夷隅川水系については、 かねがね洪水時における河川氾濫被害対策の必要性が指摘されてきたところですが、2004年10月には 22号台風の際多くの住宅が冠水、氾濫地域で多くの住民が避難したのに加え、 水死者1名発生するなど たくさんの被害がもたらされました。強力な洪水対策の実施が急がれます。
また、夷隅川上流域の河川周辺では、竹藪が繁茂し、岸辺の堰堤付近に廃棄物や家屋廃材等が放置されている ケースが目撃され、それらが夷隅川流域の洪水で流出し、河口域のラグーン内および日在-和泉浦海岸に 大量に漂着しています。このため、河川上流域でそれらを川に流失させないよう流域住民に周知すると共に、 夷隅川河口域を中心に、従来行われていた夷隅川等浄化対策協議会の枠組みによる清掃作業を 今後も積極的に続行してゆく必要があります。

[国土交通省の社会資本整備重点計画]

国土交通省のホームページに掲載された平成16年度河川局所管予算概要によれば、社会資本整備重点計画を踏まえ、 成果重視の施策を展開することにしており、水害対策、土砂災害対策、海岸保全対策などを鋭意進めることを 中心に据え、次いで生活環境整備、自然環境保全・整備を行うことにしています。

この事業展開指標を当地の場合に当て嵌めてみると、国土交通省の社会資本整備重点計画でトップに挙げられている (1) 水害対策で洪水による氾濫から守られる区域の割合増加(全国大でH14の58% → H19 の62%)、 (2) 床上浸水を緊急に解消すべき戸数減少(同H14の9万戸 → H19の6万戸 )の実施がまさしく該当します。 今こそ千葉県・県土整備部門は、夷隅地方について、洪水氾濫被害から住民を守るための 施策(洪水被害地域にある住宅の移転、移転に際して代替地斡旋等の検討も含め)を最重点課題として実施すべき と考えます。


佐室地区1995年9月17日の洪水被害
今回もまた同様の被害にあった
(Courtesy: TBS)
2004年22号台風被害の影響
落合川氾濫による冠水の跡
奥の杉林が根元から2-3m高さ迄冠水
(2004.10.15 撮影)

[佐室地区や正立寺地区の洪水被害の解消を]

夷隅地方では 今年台風22号の襲来の際、大原町佐室地区や夷隅町正立寺地区などにおいて、 夷隅川やその支流域が氾濫して大きな水害被害をもたらし、床上浸水や地元公共施設への緊急避難 が行われたことが、連日全国ネットのメディアで報道されたのは、まだ記憶に新しいところです。
特に今年1月18日にTBS「噂の現場・大原町の洪水被害」、2月22日にはTV 朝日「史上最悪欠陥住宅ワースト10」 で放映されていた大原町佐室地区の被災者( 地元町長宛の文書(2004.2.24)参照) については、落合川の9年ぶりの洪水氾濫で多数の住宅が床上浸水したり、 避難所へ緊急避難を余儀なくされたのは、大変気の毒なことでした。 佐室地区については、かねがね大原町と洪水被害に遭っている地元住民の間 で洪水災害対策についての話合いの席で、 「次の洪水被害に遭った場合には、必ず河川審議会の答申に沿った洪水被害解消対策を進めます。」 と地元町長が回答していると聞いており、今 それを実施する絶好の機会 を迎えています。災難に遭遇し難儀を重ねてきた被災地の町民たちが、洪水の氾濫被害から脱却できるような 施策を、是非強力に実行して貰いたいものです。


2. 日在-和泉潟・入江水域

夷隅川河口には、南北の両岸に二つの入江(合計40ヘクタールの広さで、海岸に平行に位置している)がありますが、 何れも数十年前まで夷隅川が流れていた川床の跡です。今、千葉県に僅か3箇所 だけに残されている河口ラグーンの一つで、規模がもっとも大きいものです。 過去十数年来国道128号線より東側地域(大原町・岬町)からの下水流入等により、 汽水域の機能が減殺されてきたため、数年前には入江の一部 で悪臭がしたりヘドロ化したりして、底生生物が死に絶えそうになっていました。今後とも、 2003年度から開始された海水と淡水が混ざる汽水域の特性を活かし、 自然環境の保全・野生生物の保護を更に進めてゆくべきです。

[河口入江の汽水域は天然の下水浄化プラント]

ラグーンでは、海水と淡水が混じり岸辺にはアシがたくさん生え、プランクトンや底生生物の働き に水生植物の根の働きが加わり、いつも水が浄化されています。かように、 汽水域は天然の下水浄化プラントと言われており、愛知県一色干潟1千haは10万人分の下水浄化能力があり、 活性汚泥処理で880億円の価値がると評価されており、これを夷隅川河口にある二つの入江 合計40 haに当て嵌めると、 1万人の下水浄化能力で50億円の価値があると評価できます。

水門近くの漂着流竹木
(2枚とも2004年10月24日 撮影)
サイクリング道路近くの
漂着流竹木

日在潟浄化施策については、すでに2003年度に入江と夷隅川河口合流点三角州の堆積砂泥 約3千m3を海岸寄りに移設する作業が実行されましたが、早速その成果が現れ 水門付近で汽水の流入水量が前年比3倍程度 まで増加すようになっています。最近水門付近ではヘドロの浄化も進み、釣り人が 魚の餌にするワームをスコップで採取する姿も見かけるようになっています。 入江一帯は水生生物等を餌とするカモ、サギなど野鳥の宝庫となっていますが、 この水域では従来にも増してボラ、ハゼ、鯉等の魚がたくさん見られるようになりました。
県出先機関との間では、入江の浄化対策は2004年度も継続事業とする約束となっており、 日在潟入江の水の浄化機能保持・向上施策の具体的展開としては、当面(1) 水門周辺の流竹木と堆積土の撤去 及び(2) 夷隅川河口-水門間東側入江の流竹木と堆積土の撤去を最優先で行うのが、 適切であると考えます。その際、撤去した堆積土等は隣接するサイクリング道路脇の浜辺の砂の下に埋設処分 することができ、乾燥した流竹木は(河川管理者として)焼却処分することが可能です。


3. 日在-和泉浦・海洋性水域

日在-和泉浦は、房総半島全体を通じてみても手付かずの自然がそのまま豊かに残っている貴重な海岸です。 この太東岬沖の海岸は夷隅川河口に臨んでおり、勾配1000分の1の緩やかな傾斜で沖合い20kmまで磯根が発達しています。 この海岸に寄せてくる波は、葛飾北斎が「神奈川沖浪裏」で富士山を飲み込む構図で描き、 またサーファーたちが「ドカリの波」と呼び親しんでいる荒波です。
鮑やイセエビの生息地として古くから知られており、水産資源に恵まれているばかりでなく、 銚子犬吠崎と並んで本州で一番早く「初日の出」を拝むことができる地でもあります。 このような地勢上の特徴と「ありのままの自然」を活かして、農漁業に加えて、 観光、マリーンスポーツ、フィッシング等で地域の振興を図ってゆくことができると期待されます。

日在浦海岸 和泉浦海岸
(2枚とも2004年8月9日 撮影)

[計画倒れで終焉迎えたCCZ計画]

国土交通省が旧建設省時代に始めた 「コースタル・コミュニティー・ゾーン」(CCZ)計画は、 当初、海岸に遊歩道や公園を作ってホテルやレジャー施設を呼び込もうという触れ込みで、 1987年に始められ、1996年までに42地域が認定されていました。建設省が2000年度に 集約した際、同省が全国で800億円以上投じた整備事業のうち、構想どおりに民間施設が進出して 計画が完了したのは、 CCZ計画42地域のうち沖縄県北谷(ちゃたん)地域ただひとつだけでした。
そして、「看板むなしき海岸リゾート」と題された 朝日新聞2000年11月16日号の記事において、「民間の進出を期待せず、あるいは断念した 計3地域は計画が完了できたが、残る地域の殆どは構想実現が無理と分かっていながら 中止に踏み切れずに、その後も細々と工事を続けられて」おり、CCZ計画整備期間が 2000年度末で終了すると報じられました。

[日在浦海岸におけるCCZ計画の結末]

千葉県大原町の日在浦海岸の場合、当初1.5kmの海岸に公園や道路などが整備され、 民間のホテル、レストランやテニスコートが並ぶ一大リゾート地構想で描かれていましたが、 民間企業が進出してくることはありませんでした。
前記朝日紙の記事によれば、「堤防・離岸堤工事などに約22億円、公園に2.8億円、 道路・橋に8.4億円、駐車場・シャワー施設整備(当初民間に任せる予定だったもの)に1億6500万円 の経費が費やされた。」それにも拘らず、海岸整備をしてもライフスタイルの多様化や少子化 の影響で、「工事が長引く間に海水浴客が激減して、1986年の47万人が、1999年には20分の1以下の 1.8万人まで落ち込んでしまった。」と大原 日在浦海岸CCZ計画の記事を結んでいます。

大原海水浴場北側のCCZ追加工事
2000-2001年度緩傾斜護岸施工状況
二重の鋼矢板柵で海水を遮断して
6列に組み上げたブロック
ブロック大きさ1m x 1.2m x 0.5m
(2枚とも2001年3月 撮影)

その後、2000-2001年度にかけて大原海水浴場北寄りの砂浜に、延べ200数十メートル長さの緩傾斜護岸 が2億円の追加工事費を投入して建設されましたが、その際地元NGOは 当時の大原土木事務所職員 から、当該緩傾斜護岸の追加工事が当地のCCZ計画の最後のものになる旨の説明を受けたと聞き及んでいます。

[環境影響評価を忘れていたCCZ計画]

前記緩傾斜護岸の追加工事は、地元識者やNGOの反対を無視して強行されたために、 日在浦一帯でアカウミガメが産卵・孵化する割合が一番高かった 大原海水浴場前から北寄り突堤迄の5百メートル区間では、ここ数年来ウミガメの産卵が 毎年1 - 2回見られながらも、産卵巣が高潮などで全て喪失するようになっています。 この際、2億年前から地球上で生息を続け 北米大陸から繁殖に帰ってきているアカウミガメが この地で産卵できなくなれば、いずれ人もこの地で生き永らえることはできなくなることに思い至るべきです。
環境影響評価を行わず、環境地質学的な検討を欠いたCCZ計画によって、計画実施前には 手付かずの自然が残されていた海岸が、人工構築物の建設によって自然環境が損なわれ、地元住民へ被害が及んでいる 報告例はたくさんあります。(註 1)
また、2003年3月19日 千葉県海岸保全基本計画策定委員会における各委員たちの大原町日在浦CCZ計画に関する 評価については、 「日在通信2003年6月号」に掲載している通りです。

富山湾越しに立山連峰を遠望できる
能登半島_ 氷見市海岸の景観
(Courtesy; Himi City)

* 註 1:氷見市・小境海岸の場合

平成4年に完成した人工ビーチをもつ富山県氷見市・小境海岸海水浴場では、 CCZ計画による突堤と離岸堤建設に伴って、大量のゴミが漂着し悩まされています。 夏場多くの海水浴客で賑わいますが、 突堤が2本張り出した間に全長150メートルの離岸堤が築かれているため、 ゴミや流木、海藻などが一度入り込むと、そのまま溜まってしまうそうです。 北日本新聞(2004年7月3日)によれば、 「今年は6月下旬から大量のゴミや海藻が漂着し、7月5日から8日にかけて住民の有志が清掃活動を実施したものの、 市が用意したゴミ袋約180枚分では追いつかなかった。」とのことですが、突堤と離岸堤に囲まれた構造といい、 ゴミが溜まり易いこといい、大原海水浴場との類似点が多い。

[定期的GPS測量による砂浜インベントリーの把握]

日在-和泉浦海岸の保全と利用を検討するに当たっては、先ず海岸一帯の浜辺、松林、入江等についての 自然の観察と記録が重要です。筆者は、6年前から、海岸の砂浜を中心とする自然環境とウミガメの上陸・産卵 状況について観察と分析を続けてきました。
従来の観察手法を更に向上させるため、筆者は2004年6月と10月にGPS計測を行い、「日在-和泉浦 GPS測定地図」(平成15年発行の国土地理院2万5千分の1数値地図を利用)を作成しましたが、 今後とも定期的にGPS 測量を継続してゆく予定です。 これにより、日在-和泉浦一帯について海岸線の変化をフォローし、砂のインベントリー量を 把握してゆくことができます。併せて全てのウミガメ産卵巣について、その位置を正確に測定できます。 なお、GPS測量の踏破線(朱腺)等の詳細については、 「日在-和泉浦2004年度ウミガメ産卵・孵化状況」を参照されたい。

なお今年は、台風の来襲が多かったため、測量したほぼ全域にわたって6月から10月の間に 海岸線が平均して幅30-40メートル程後退(砂浜が減少)しています。また10月時点で、大原海水浴場北寄りの 突堤から北へ約1キロメートルの長さにわたり、満潮時にサイクリング道路の堰堤壁面まで 海水が押し寄せるようになっています。


GPS測量地図(北側)
夷隅川北岸・和泉浦海岸
GPS測量地図(南側)
日在浦海岸・大原海水浴場


まとめ

海も入江も川も、水域は水で繋がっており、それぞれを単独で評価・検討しても不十分で 整合性を欠くことになります。夷隅地方は、地質年代も若く、夷隅川が流域面積が広いにも かかわらず勾配が少ないので、河川被害が多発しかつ大きな洪水氾濫を招く地勢に留意しなければ なりません。
夷隅川河口域では、海に平行して40ヘクタールのラグーンが横たわっており、その汽水域は数十年前までは 底生生物や小さな魚や貝が豊富で、シジミ漁で生計を立てたり、シラス(ウナギの幼生) を捕獲することができたと聞いています。国道128号線から東よりに住んでいる地元住民の下水 が流入してくる場所でもあり、その浄化に汽水域の存在は非常に大きく貢献しています。今こそ、 入江が有する固有の汽水域浄化機能を最大限に活かしてゆく途を定着させるべきで、そのためには 入江内に堆積している 砂泥や漂着流竹木を計画的に撤去してゆかねばなりません。
日在-和泉浦については、離岸堤の設置も済み、一連の護岸工事も終結しているところから、 台風来襲の際変動が激しい砂浜の状態(砂のインベントリー)について定期的な観察を行い、 海岸の景観保全と野生生物保護を基本にすることを確認すべきです。 わが国でも稀な、辛うじて手付かずの自然が残るこの地の環境を、私たちの愛する子孫に継承してゆくことのは われわれの世代の義務です。 鳥も魚も海亀もこの地に棲めなくなれば、人間も生きてゆけなくなるのです。


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