松くい虫防除と「沈黙の春」


[はじめに]

   レーチェル・カーソンは「環境問題の聖人かつパトロン」として知られているが、 優れた自然科学者であり また稀に見る文筆家でもあった。1962年「沈黙の春」発表が引き金となって、 殺虫剤空中撒布の停止、米国環境省(EPA)の設立(1970年)、世界環境会議開催 (Rio宣言、1992年)等が行われた。

   「沈黙の春」において、カーソンはすでに半世紀前に「ケミカル利用による生態系破壊と 種の相互依存バランス崩壊の危険性」を警告したが、 松くい虫空中防除に見る千葉県2006年の現実は、カーソンの警告がそのまま当て嵌まるという 先見性には驚嘆する他ない。カーソンの論述は、今日本の行政が行うべき 解決手段として、そのまま採用できるし、またそうすべきものである。

   本稿では、「沈黙の春」からの記述抜粋と、千葉県知事及びいすみ市長に贈呈した "Silent Spring"初版本刊行年原書(古書)の添付文書と「謹呈の言葉」、 カーソンが結語で念頭においていたロバート・フローストの詩"The Road Not Taken" 等について紹介する。

Rachel Carson (1907-1964)
the summer of 1960
(Courtesy: Eric Hartmann)

[「沈黙の春」の代表的な指摘]

* 殺虫剤は、駆逐対象以外のたくさんの生物を殺してしまう。DDT空中散布によって 水生昆虫が死んだため、鮭などの幼魚が死んでしまった。
* 農薬や殺虫剤が人体へ及ぼす影響についての研究が殆ど行われていない。 ケミカルが周辺環境に用いられたら、住民は注意を払うべきだ。 ケミカルが生体組織に蓄積すれば、長期にわたり人や他の生物に遺伝性および発癌性の危険 をもたらす。
* 殺虫剤などのケミカルに頼らずに、自然や生態学的な方法を活かして、昆虫や害虫をコントロール する方がよい。そして、昆虫は殺虫剤に抵抗力を持つようになるので、抵抗力を備えた 昆虫を殺すためには、一層毒性が高い殺虫剤を開発しなければならなくなってくる。
* 殺虫剤などのケミカルを使うよりは、ケミカルを使わない生物学的なコントロールで害虫を殺せば、 ケミカル使用とは異なり毒性物質が周辺環境を汚染したり、害悪を及ぼすことがない。 生物学的な研究を進めることを奨励すべきだ。

[「沈黙の春」最終章(The Other Road)から] * 註1

カーソンは「沈黙の春」最終章全体を、米国を代表する詩人Robert Frostの "The Road Not Taken"を踏まえて執筆している。本稿終結部で紹介する フロ−ストの「辿らなかった道」の詩を、教養あるカーソンが「沈黙の春」全体の結語として 引用したことは明白である。

* 私たちは二つの道の分かれ道にきています。 しかし、ロバート・フローストの馴染みの詩にある道とは違って、二つの道は フェアなものではありません。 今まで旅してきた道は 騙される位に容易で、猛スピードで突っ走れるスムースなスパーハイウェイですが、 その終点には不幸が待っています。もうひとつの道は、余り利用されてきませんでしたが、 私どもが目的の場所に辿り着けるチャンスがある最後で唯一の道で、私どもの地球 の保全を約束してくれます。

* ケミカルを手軽に使ってしまう昨今の風潮は、人間が他の生物と地球上で共存し合っていると いう基本的な命題を無視してしまっている。洞窟原生人の斧と同じくらい に荒々しいケミカルの弾幕は、片や微妙で壊れやすく他方ミラクル的に頑健で回復力ある 生命の綾織(あやおり)に対して、浴びせられている。
* 生命に備わった包容力が計り知れず大きいということが、ケミカル・コントロール利用の 防除専門家達によって無視されてきたが、彼等は「高潔な精神で方向付けする」 (high-minded orientation)こともなく、 自分達が干渉しようとしている巨大な力に謙虚になることもなかった。
* 「自然のコントロール」(control of nature)とは傲慢な言葉であるが、 それはネアンデルタール人の時代の生物学と哲学の産物であり、彼らは自然は人間の 便宜のために存在すると勝手に思い込んでいた。昆虫学応用の考え方や実践の殆どは、 石器時代の科学によってもたらされたものだ。この原始的な科学が実は近代的かつ 恐るべき武器で武装されており、それらの武器が昆虫に対して不利に作用すれば 地球に対しても不利な結果を招くのは、われわれにとって実に驚くべき不幸である。



わが家の所蔵
"Silent Spring"表紙
初版本刊行年(1962年)古書
同裏表紙
A Fawcett Crest Book刊行


わが家の所蔵
"Silent Spring"内扉


   [千葉県知事文書宛(2006年6月17日付)]

     カーソン「沈黙の春」謹呈によせて

  松くい虫防除のあり方について県知事宛に質問文書を送付したところ、 5月31日急遽わが家に県防除担当課長一行がやってきました。 空中散布についての毒性評価に関する質問をはぐらかして、 数十年も前の役に立たないデータを持って来て、誤魔化そうとするだけでした。 人を馬鹿にするにも程があると、怒りを感じています。

  私どもが、警世の書として今でも世界中で読み継がれているカーソン 「沈黙の春」登場時(約半世紀前)より事態は悪化していると話したところ、 県空中防除担当室長が「古い本ですからね」と言い放った不遜な態度には唖然としました。 この古い本の警告が、今も活かされていない人類の悲劇の現実を見ようとしない傲慢さが県職員の姿です。

  初版本刊行年の原書を米国から取り寄せましたので、知事に贈呈いたします。 知事もご存知のように、ダーウィン「種の起源」と並ぶ革命的な啓蒙書です。 この本を古いといって一笑に付した県職員は、環境に関わる担当として相応しくありません。
 知事宛の謹呈の言葉を表紙裏扉に書いておきました。精読していただき、 知事から指導していただきたく、お願いします。

趣旨は、『松くい虫も人間も一緒に殺す気ですか』ということです。

                 健康に留意され、ご活躍ください。

千葉県知事へ謹呈した
"Silent Spring"表紙
初版本刊行年(1962年)古書
同裏表紙
Fawcett World Library刊行


『謹呈
千葉県知事様

   この本を是非、県職員に読ませてくださ い。半世紀前に書かれたレーチェル・カー ソンによる「沈黙の春」の警告が、21世紀 の今もなお問われている悲しむべき現実が 千葉県にあります。
私どもが住んでいるいすみ市の海岸地帯 は、国定公園と鳥獣保護区の二重規制地域 です。それにもかかわらず、私どもの上に、 今も毎年6月には松くい虫防除のため 濃度の高い殺虫剤がヘリコプターにより空 中撒布されています。
他の地域は、すでに十数年前から濃度の 低い殺虫剤による地上撒布になっているに もかかわらずです。松くい虫が死ぬ前に、 人間と保護されるべき生き物が死にます。
担当職員にとって、馬の耳に念仏となら ぬよう、知事よりよくご指導ください。

  事は重大です。  

         2006年6月17日』

千葉県知事へ謹呈
"Silent Spring"内扉


   [いすみ市長宛文書(2006年6月17日付)]

     カーソン「沈黙の春」謹呈によせて

  初版本刊行年の原書を米国から取り寄せましたので、 市長に贈呈いたします。市長もご存知のように、ダーウィン「種の起源」と並ぶ革命的な啓蒙書です。
市長宛の謹呈の言葉を表紙裏扉に書いておきました。精読していただき、 千葉県に対して早急かつ厳重に申し入れ、来年からは松くい虫空中防除は行わないことを 担保してもらうよう、お願いいたします。

  県松くい虫防除主管課長らの説明では、日在浦海岸9ヘクタールの松林の 空中撒布費用は50万円、地上撒布は70万円とのことでした。県提出資料に基づけば、 僅か20万円のコスト増で、人体への経口摂取被害が百分の1以下に軽減されると評価できます。
松くい虫防除の人体等への被害が軽減できれば、市長提唱のごとく、 来年以降ゴールデンウィーク中に都会から観光客を誘致する形で、 日在浦松林内で森林浴と松林整備ボランティア活動を兼ねたイベント等を計画・実施できます。

  どうぞよろしくお願いいたします。

                 健康に留意され、ご活躍ください。

いすみ市長へ謹呈した
"Silent Spring"表紙
初版本刊行年(1962年)古書
同裏表紙
Fawcett Publications刊行


『謹呈
いすみ市長様   

  この本を是非、一読の上、市役所職員に 教え諭(さと)してください。半世紀前に書かれた レーチェル・カーソンによる「沈黙の春」 の警告が、21世紀の今もなお問われてい る悲しむべき現実が本市にあります。
日在浦海岸地帯は、国定公園と鳥獣保護 区の二重規制地域にもかかわらず、私ども の上に、今も毎年6月には松くい虫防除 のため濃度の高い殺虫剤がヘリコプターに より空中撒布されています。
他の地域は、すでに十数年前から濃度の 低い殺虫剤による地上撒布になっているに もかかわらずです。松くい虫が死ぬ前に、 人間と保護されるべき生き物が死にます。 県担当課長は現地を5月31日見ています。
市長からも県知事に対し、市民や保護 されるべき生き物を守るため、県に対して 早急かつ断固申し入れ、来年以降このような ことがないようにしてください。

         2006年6月17日』

いすみ市長へ謹呈
"Silent Spring"内扉


[平易で詩的な自然科学書]

   カーソンの名が一躍世に知られたのは、1951年に"The Sea Around Us"を出版した時で、 Time誌によって「科学的な事実を平易で叙情的な言葉に変容する類(たぐい)稀な才能」と絶賛され、 ミリオン・セール・ブックとなり28ヶ国語に翻訳された。1989年の再販に際して、 Jeffery S. Levingtonにより「あとがき」が加えられたが、その中で プレート・テクトニクス、長周期気候変動、地球温暖化、水俣病の悲劇、 海洋汚染等、地球科学分野において果たしたカーソンの先駆的役割を極めて高く評価している。

   "The Sense of Wonder"は甥のRogerを引き取り育て始めた1956年に書かれたものだが、 幼い甥との親密な自然の冒険余禄となっている。Carsonの死後30年余を経た1998年に、 Nick KelshがMaine州で写した美しい写真入りの豪華本として復刻された。 海辺の暮らしを心豊かに過ごせる愛蔵書。


"The Sea Around Us"表紙
Special Edition(1989年)
Jeffery S. Levingtonのあとがき付
"The Sense of Wonder"表紙
Nick Kelsh写真入改定版(1998年)

"The Sence of Wonder" からの一節。
   "If a child is to keep alive his inborn sense of wonder - - - he needs the companionship of at least one adult who can share it, rediscovering with him the joy, excitement and mystery of the world we live in.
   子供が生れつきの不思議な感覚をいつまでも活き活きとさせておくためには、 - - - 誰か少なくともひとりの大人と交わって、われわれが住んでいる世界の喜び、 興奮、神秘を一緒に再発見することが必要だ。(訳出 森谷 渕)


[ * 註 1 : Rober Frostの詩"The Road Not Taken"について ]


Robert Lee Frost
(1874 - 1963)
(Courtesy: C.S.Sipprell )

THE ROAD NOT TAKEN

Two roads diverged in a yellow wood,
And sorry I could not travel both
And be one traveller, long I stood
And looked down one as far as I could
To where it bent in the undergrowth;

Then took the other, as just as fair,
And perhaps the better claim,
Bacause it was grassy and wanted wear;
Though as for that, the passing there
Had worn them really about the same,

And both that morning equally lay,
In leaves no step had trodden black.
Oh, I kept the first for another day!
yet knowing how way leads on to way,
I doubted if I should ever come back.

I shall be telling this with a sigh
Somewhere ages and ages hence;
Two roads diverged in a wood, and I ---
I took the one less travelled by,
And that has made all the difference.

          (詩集 "Mountain Interval" (1916) から採録)

Robet Frost全詩集_ 表紙カバー
1969年刊行の完全収録版
11の詩集と戯曲断片も収録
同_ 裏カバー
「あとがき」はJohn F. Kennedyが寄稿

『森の中の分かれ道で選ぶ 人が余り通っていない道とは、手付かずの自然が残されている道であり、 その道を選べば結果は全く違ったものになる』とフローストは詠っています。 カーソンはその結語に共感していたのです。
そこでカーソンは、「沈黙の春」の最終章において、 『今まで多くの人に利用されてきたスーパーハイウェイ の行く先には、不幸が待っている。だから、 今まで人が余り通っていない"別の道"を選ばない限り、 人類が地球上で生き残れる途はない』と結論付けているのです。


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