若者への遺言
瀬戸内 寂聴 2000.03.05 第12回朝日セッションより

1. 義理= 授業中におしゃべりする学生にも言い分がある

 親の顔を立てて学校に来てやっているのだから、講義まで聴く義理はないだろう。本当に大学に入りたい、勉強したいという人はほっておいてもやります。そう言うことを考えないで、親たちはただ見栄だけで受験させるんです。

2. = いつの世でも年寄りは「昔は良かった」と言うものです

 申し渡しの順繰りでして、そういうことを言うのは、その人が年をとったという事なんです。いつでも、人間は過去が良かったという風に思います。過去の悪かった事は忘れてしまうんです。今が悪いと言うんです。これは、年寄りのひがみでして決して今が悪いわけではないんです。「今時の若い人たち」には、私達の若い頃になかった若者の良さが沢山あります。

3. 知識、知恵= 知識があっても知恵がなければ、人間としては完全でない

 学校ではいろいろな知識を習いますね。知識というのは、習えば習うほど人間が豊かになって良いことなんです。その知識をどこにどのように使ったら良いかの判断をするのが知恵なのです。知識と知恵とは違うんです。

 人生をどう生きるとか、人生とは何か、我々はどうしてこの世に生まれて来ているのか。あるいは、どこから来てどこへ行くのか。そういうことを考えるのが知恵です。また何故お金持ちがいたり、貧しい人がいたり、丈夫な人がいたり、五体が不満足な人がいたりするんだろう。その不公平さはどこから来ているのかとか、そういうことをじっと考えるのも知恵です。

 しかし、今の教育は、知識偏重の詰め込み式で、知恵を教えません。だから、いさ何かが起こると、どうして良いか考える事が出来ないんです。身の振り方がわからず、ただただ自分の心を痛めて、ノイローゼになって病気になる。あるいは、もっと気の弱い人は自殺してしまう。

 仏教は知恵を大切にします。お釈迦様の教えというのは、最後は知恵を持ちなさいということなんです。いろんな事を勉強するけれども、最後は正しい知恵を持ちなさいということなんです。
 知恵さえ持てば、どんな世の中が来ても正しく判断する力が出来るんです。これを身につけることが教育なんです。

4. 生きること、命、若さ= ただ一つしかない命だから磨かねば損ですよ

 お釈迦様は生まれるとすぐ、七歩あるいて止まると、右手を天に上げ、左手で地を指して、「天上天下唯我独尊」といったという。

 これは、「天にも地にもこの宇宙の中で、自分の命はただ一つだ」ということをおっしゃったのだと思います。あなた達の生まれた瞬間から、あなた達の命は天にも地にもただ一つ、自分だけのものなんです。

 そのただ一つの命には、他人にはない、あなただけの独特の才能が込められているんです。そういうものが自分というものなんです。

 その自分の天にも地にもただ一つかけがえのない尊い命、あらゆる才能の芽を持った命、それをどうやって育て、どうやって生かし、そして自分だけにしかない特別な才能を世の中に引き出して、他の人のために役立たせるか。

 これが、人間の生きることだというふうに考えています。

 よく、両親に向かって「自分は頼んで産んでもらったのではない」と偉そうなことをいう人がいる。

 確かに頼んで生まれたわけではないけれども、人間として生まれることは「アリガタイ」ことなんです。この、アリガタイということは有り難い=滅多にない、ということなんです。滅多にないことだから結構だということです。
 
 もしかしたら、ノミやダニ、ゴキブリに生まれて来たかもしれません。それがたまたま人間に生まれた。他のものに生まれたかもしれないのに、こうして人間に生まれた。これは非常に有り難いことなんです。命は頂いたものなんです。

 ですから、このただ一つしかない命を磨かなければならない。磨かなければ損ですよ。自分がいったい何者なのかという事を自覚して確かめることです。

 私はこれが出来るのが若さだと思います。

5. 個性= 私達の命はこの世にただ一つしかない、人それぞれ違うのが当たり前なんです。

多くの若い人が集まっても一人として同じ人はいないし、頭の程度も好みもみんな違うんです。これを個性といいます。

 ところが、現在の教育はその個性を一緒こたにして、トコロテンみたいにして、弁当箱に詰め込んだ風に、同じ事を教えているんですね。この教育の仕方はちょっとおかしいと以前から私は思っていました。

 教育は、子供の能力に応じて違う教え方をした方がいいのではないか。今の教育はあまりにも一律過ぎて、それでだんだん個性というものが無くなっているのだと思う。

 今のあなた方は「変わったこと」を嫌がりますね。たとえばいじめです。何故いじめるのかというと、「あの子は私達と違うから」という。

 でも、それはおかしいんです。人間は一人ひとり違うことこそ良いんです。私達の命というのは、この世にただ一つなんです。二つと無いんです。
 ただ一つの命を持っているあなた達が、個性が無くて何があるというのですか。

6. 才能= 自分の才能を発見するまで、試行錯誤を続けてください

 子供にゆとりなんか入らない。むしろ、子供の時からうんと勉強させたらいいんです。本当に自分のやりたい事、やりたい勉強、それが出来るようにした方がいいと思います。

 そして、いったい自分は何が好きなのか、何になりたいのかこれをしっかり考えていただきたい。

 なりたいと思っても、だいだいはなれないのが普通です。でも、なれるかもしれないものもあります。

 それは、自分の才能が自分の希望と見合ったときになれるんです。

 それを見つけた人は幸せですね。一生見つけられない人もいる。しかし、それを見つけて、そのなりたいものになる努力をして欲しいんです。

 あらゆる才能に意味があるんです。何でもいいんです。そういうものを自分で見つけて、自分で磨きをかけていただきたい。学校の成績だけに汲々としないでください。

 自分に対して、自分の命に対して、自分の才能に対して誇りを持ってください。

7. 幸福= ただ一人の恋人や、ただ一つの家族のためだけに人は生きているのではない

 人間は何故生まれて来たのか、ということを考えてください。何のために自分が生きているのかということを考えてください。

 あなた達の才能のすべては、世の中のために、人のためになるように生きているのだと思う。

 あなた達がそこにいるだけで周りの人たちの心がなごみ、楽しくなり、そして慰められる。そういう人になるために、男も女も生きているんだと思う。ただ一人の恋人や、ただ一つの家族のためだけに人は生きているのではないんですよね。そういう風に考えてください。

 自分だけが良くても、自分だけが幸せでも、それは本当の幸せではないんです。

8. = 日本人は目に見えない大事なものを見失ってしまいました

 日本は戦後、本当に物質万能になってしまいました。戦争で全部焼かれて無くしてしまい、一生懸命に子供たちを食べさせることをしてきました。
 同時に、物さえあればいいと誇りもなくしてしまいました。

 本当の人間の偉さとか豊かさというものは、目に見えないものが大事なんです。心は見えません。しかし、心があってすべてのものが始まっているんです。好きも嫌いも心があるからです。

 もう一つ目に見えないものがあります。それは、宇宙の生命といいます。
仏教者は仏といい、キリスト教では神といいます。神や仏というものは私達の目には見えません。しかし、存在するんです。

 神や仏を--目に見えないものを信じない人は、悪いことをしても、嘘をついても、人に見つからなければいいと思うんです。だから悪いことをするんです。

 目に見えないものに畏怖を感じるとともに、自分の目に見えない心を見つめて、自分の心が何を欲しているかを見つめる。その心に従って良いことをし、悪いことをしない。これが本当の人間の生き方なんです。

9. 、本と想像力= 本を読まない青春なんて青春じゃありません

 相手のして欲しくないことはしない。相手のして欲しいことをして上げる。そして、相手が何をして欲しいか、何を今欲しているかという事を想像する。考えてあげる。

 これは想像力です。この想像力がないと人間は人間じゃないんですね。

 相手が今何をしてもらいたいかを想像する。この想像力があることが、愛であり、思いやりです。

 愛のない生活は、これはやはり人間ではないです。愛があって初めて人間になるのです。

 しかし、位にも間違った愛があります。ただただ自分の欲望を満たすことにかまけた愛は、煩悩と言います。仏教では渇愛と申します。「もっとちょうだいもっとちょうだい」という愛です。

 いくらもらっても足りないので、これが人間を苦しめます。したがって、この世の苦の根元は喝愛だと仏教では教えています。

 この想像力は、放っておくとすぐ鈍磨してしまう。駄目になってしまうんです。想像力は常に鍛えなければなりません。

 想像力は常に鍛えなければなりません。それには何よりも本を読むことです。とにかくいい本を読むことです。本を読まない青春なんて、それは青春じゃありません。

 本にはいろいろな人生が描かれています。自分一人では一つの人生しか味わえませんが、本を読めば、そういういろいろな人生が味わえます。そして多くの人生を知ることで、想像力が養われるんです。

 10. 友情= 人に愛を感じて優しくする

 世の中にはいろいろな人間関係があります。たとえば恋人同士とか、夫婦とか、あるいは親子とかというように。

 しかし、一番最後に残る大切なものは、友情です。お友達なんですよ。

 ですから、どうか若い時に本当の友情、本当の友達を見つけてください。これは非常に大事なことです。

 11. 人生は無常= 悪い時があれば、必ずいい時があります

 人生は何が起こるかわからない。これが、無常ということなんです。しかし、同じ状態が続かないということは、なごやかな状態も続かない代わりに、どん底の状態も続かないということなんです。

 どん底になれば、あとは上がるしかない。だから、いまうんざりしていても、必ず変わりますから、「やがていいときが来る」と希望を持っていただきたい。

 たくさんの苦しみに耐えてきた人は、想像力が働いて、「私もつらかった」、「あなたも辛いですね」という、そういう気持ちが起こってきます。

 これが、他人に対する救いになり、癒しになり、愛になるわけです。ですから、たくさん苦しんだ人程、深い愛をもつて、たくさんの人を愛せます。これは絶対言えます。

12. 人生の岐路= 危険だけれども自分の好きな道を選ぶ

 どんな時代どんな状況にも順応できる自信をつけること。

 自分の進みたい方向が、芸術家だと思うなら、あるいは宗教家だと思うなら、安穏な生活を選ばずにあえて危険な道を選んで苦労してください。そうすると、思いがけない答えが返ってくると思います。

 とにかく、人間は目に見えないものに憧れて、目に見えないものに畏怖を感じて、それを畏れて自分の身を慎んでいくこと、これが一番いい生き方だと思います。