柔らかな太陽が少年と少女を照らしていた。

「いいわね、こんな時間も」

ねそべる紅茶色の髪の少女‥‥アスカ‥‥は、同じように隣でねそべっている少年‥‥シンジに話しかけた。

「うん、いいよね」

ひなたぼっこ

written by 怪作


「最近、季節が戻ってきたみたいで暑いばかりじゃなくなってきたからね。春の陽気ってこんななのかな?」

ぽかぽかとした陽気。シンジの手がその暖かい空気に触れるように動く。

「甘いわね。春ってもっと寒いわよ?寒い冬から抜けでる季節だから暖かく感じるだけで。セカンドインパクト前の記録と比較してみると、まだまだずっと暖か いわよ」

「そうなんだ‥‥来年のこの日はこんなふうにひなたぼっこはできないのかな」

かすかにそよ風がふいた。
ややあって、アスカが答えた。

「そうね‥‥来年は‥‥きっと‥‥‥」

何かをいいかけて、彼女は止めた。
彼女の表情は、一瞬心が何かを思ってさまよったようだった。

だがアスカには、心が現世を離れてさまようことなど似合わないのだ。
すぐ心はシンジの横の自分の体に戻ってきた。

「昔はこんなふうにひなたぼっこすることなんて、考えられなかった」

「使徒がやってきたからかな?」

「エヴァがあったからだと思うわ」

「それって、その‥‥同じじゃないんだね。アスカにとって」

「そう、いえ、同じじゃ『なかった』のね」

ふたたび、二人の言葉が途切れた。

「以前は‥‥時間に、追われていた、っていうか、その、それとも自分に」

自分でもよくわからない思いを無理に言葉にしようとしている時のように、シンジはもどかしげに言葉を探した。

「あのときは、自分の価値を示そうとして必死だったもの。エヴァに乗れる自分シンジ、アンタも自分の居場所を探していたんじゃないの?」

「そうだね」
「エヴァに乗って、訓練して、使徒と戦って、実験して」

「ずいぶん忙しくしてたものよね?」

「うーん、でも今もすることはあるんじゃないかな、その‥はひゃふ?!」

突然シンジは奇妙な声を出した。
アスカがシンジの口の両端をつかみ、隣からひっぱったのだ。
突然のことのシンジはなすすべもない。

「ええい、それ以上言うんじゃない!」

「はふはふ‥‥ふぁい」

「今なんて"釣り"をやっているようなものじゃないの!そんなのとやかく言うような大変なことじゃない!だからシンジ、アンタもせっかく人が気持ちよくし ているときにいうもんじゃない!」

「わ、わかったよ。ごめん」

鈍感なシンジもアスカの目の剣呑な光に気がついたようで、その話題には『今は』触れないのが得だとわかったようだ。

「ママがいなくなっちゃったからね。アタシ。それでママに見て欲しくても見てもらえなくなって」

「替わりになるものを探してたのね」

日の光をまぶしく見上げながらアスカはつぶやいた。

それにしても‥‥。
こいつ、サングラスなんかかけてるのよね‥‥。いつのまにかけたのかしら?

アスカは隣を横目で見ながら自分に対してうなっていた。

シンジのパパの司令のとも違うし、おしゃれのつもりかしら。
お洒落するなんて、なんか生意気な気がするわ‥‥。

「そろそろだと思うんだけどな‥っ‥」

コイツ、アタシに何か隠し事してる?シンジの癖に生意気な!
バカシンジが隠し事をするとは、無敵(?)のアスカ様にとってはやや腹立たしい、いや実はとても腹立たしいことだった。

「何を隠しているのよ?さっさと白状しなさい!」

「いひゃい、いひゃいよあしゅか」


「日食だよ」

「日食?」

「そうだよ。本で見たんだけど、今日は日本で日食が見られる日だっていうんだ。だから今日は昼一緒にひなたぼっこしようって思って‥‥」

アスカはまだ不機嫌そうな顔をしたままだった。
もう機嫌はほとんど直っていたのだが、なんとなく簡単に許してやるのはしゃくだった。

「ほら、このサングラスで太陽を見て」

「そう簡単にごまかされないわよ」

「ごめん」

「ほら、ね。見てみてよ。アスカ」

これ以上のアスカの不興を買わないように、恐る恐るサングラスを差し出すシンジを見て、アスカ様も少し機嫌をなおしてやる気分になった。

黒いガラス越しに太陽を見る。
確かにそこには、円弧で影に切り取られた白い円盤‥太陽‥があった。

ふうん。確かに日食になっているわね。

「もっとあたりが暗くなったら話そうと思ってたんだよ」
「そろそろ全部欠けるかな?全部隠れるのにどのくらいかかるんだろう?」

「まったくバカシンジは‥‥
日食って太陽が全部隠れる『皆既日食』ばかりじゃないのよ?
部分日食っていって途中まで隠れたら、また見え出して終わっちゃうのもあるんだから」

二人はしばらくサングラスを交換しながら、太陽を見ていた。




「うーん、やっぱり 部分日食だったみたいね」

「うん、そうだね‥‥もう影になった部分が少なくなってるね」





「‥‥‥なんとなくわかったわ」

「わかったって何が?」

「シンジ、アンタよ」

「え?」

「アンタが全部が消えた世界でもいたから、アタシは一番じゃなくても良かったってことよ」

「アスカ、僕のことが嫌いなんじゃなかったの?」

「ふふん、嫌いよ‥‥でも、他のモノにかえられないモノよ。アンタは」

なんで大事なモノだって思うんだろう?
ええとアスカはいやな話をするっていって怒って、叩いて、僕が秘密にしているって怒って、叩いて、日食を見て‥‥。
シンジにはアスカが理解できないと思った。所詮、シンジにとっても女は向こう岸の存在だった。


「そろそろ戻ろうか、アスカ」

シンジはそういうと少し離れたところに控えている、彼らの護衛を見やった。
護衛というか、二人の気分にとっては、むしろ監視か取立て人か両者をあわせたものであったが。


サードインパクト発生の後、シンジとアスカは神と女神になった。
アスカにとって、シンジのほうが主神でアスカは半神くらいの神であることは、最初の頃は大変なアスカの不興の元であり、したがってシンジの頭痛とストレス の元であったが、
なぜか時が経過するにつれとくに気にしなくなったいったようで、それはそれはシンジにとって不可解(そう、シンジにとって女性すなわちアスカは常に向こう岸の不可解な存在なのだった)にして安堵させられることであった。

さて、神と女神(半神だが)になったシンジとアスカだが、サードインパクト後の無人の世界を復旧するために、赤い海から人間を呼び戻すことをはじめた。
海を見つめ、神の視力で観える人影に呼びかけ、光る魂が地球を取り囲む霊の雲から戻ってきて海へと入ってくるのを見つめ、「釣りあげる」
その仕事は、興奮をそそらないことまるで魚釣りのようであったが、これからの地球の未来にとってはたぶん重要で、それと既に釣った人々にとっては、家族や恋人、友人に再会するための唯一の手段であり、

いつも二人が帰還者たちから強くせがまれ迫られる仕事でもあった。

「そうね、そろそろ仕事に戻らなくちゃね。みんなも待っているし」

シンジとアスカは重い腰をあげ、サードインパクトの日から日常となった作業へと戻っていった。



太陽の光はおだやかに、二人のいなくなった草地の上を照らしていた。



fin.

怪作であります。

最後にエヴァ小説を執筆してから何年になるでしょうか‥‥もう数えられません(^^;;

たまたま近頃はぽかぽかと暖かく、今日からちょうど11年後の2016年3月9日は日本で部分日食の見られる日だと知ったので、それを元に何かエヴァ小説でも書いてみようかなぁ、突発的に思っただけなのですよ。

それではまた、ネットのどこかでおあいしましょう。

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