登校時。
(あ、碇君・・・)
レイは向こうの方から走ってくるシンジに気がついた。
「碇君、おはよ・・・」
「ほらほらぁ! 早くしないと遅刻しちゃうじゃないの!!」
「ま、待ってよアスカぁ!」
タッタッタッタ・・・・・・
「・・・・・・・・・」
教室にて。
「あれ、筆箱忘れちゃった」
鞄から教科書を取り出して机にしまっていたレイは、背中の方からそんなシンジの言葉を聞いた。
レイは素早く予備のシャープペンと消しゴムを取り出し、席を立つ。
「碇君、わた・・・」
「まったく、しょうがないわねぇ。 アタシのを貸してあげるから感謝しなさいよ!」
「あ、ありがと、アスカ」
「・・・・・・・・・」
無言で消しゴムを握りつぶしながら立ちつくす、そんなレイの姿から異様な雰囲気を感じたのか、ヒカリがレイに声を掛けた。
「ね、ねえ綾波さん、どうかしたの?」
「・・・・・・・・・問題ないわ」
放課後。
ピピピピ・・・
(非常招集・・・使徒が現れたの?)
レイは中庭にシンジの姿を見つけ、近づいていった。
「いかりく・・・」
「シンジッ! 使徒が接近中よッ、急いで!!」
「う、うん!」
タッタッタッタ・・・・・・
「・・・・・・・・・」
無言でシンジたちが走っていった方角を見ているレイに、黒服の男が走り寄ってくる。
「ファーストチルドレン、非常招集が聞こえなかったのか・・・ひ、ひぃっ!」
黒服はレイの顔を見た途端、金縛りにあったように体を硬直させ、ガタガタと震えだした。
そんな男には一瞥もくれずに、レイはぽつりと呟いた。
「二号機パイロット・・・あなた、邪魔」
「猫も杓子も、アスカ、アスカ、アスカかぁ」
「写真にゃ、あの性格は写らんからのぉ」
トウジとケンスケは相変わらず、隠し撮りしたアスカの写真を密売して小銭を稼いでいる。
そこに珍しい客が現れた。
「ん、綾波やないか。 何か用かぁ?」
「ははぁん、さてはシンジの写真が欲しいんだろう。 いいぜ、特別に安くしとくよ」
ケンスケはごそごそとバッグを探った。
シンジの写真は一部女子生徒に人気があるため、常に何枚かキープしてある。
だが今日のレイの目的は違っていた。
「・・・二号機パイロット」
「え?」
「惣流・アスカ・ラングレーの写真を頂戴」
「惣流の写真をか? そりゃ構わないけど・・・」
ケンスケはしげしげとレイの顔を見た。
(綾波にそっちの趣味があったとはね・・・知らなかった・・・しかしシンジの事はどうなんだ。 まさか女装でもさせるつもりだったのか・・・)
「・・・早くして」
「あ? あ、ああ。 はいよ」
考えに耽っていたケンスケはレイの声で正気に戻り、慌てて数枚の写真をレイに手渡した。
レイは代金を払うと、さっさと教室に帰っていった。
「なんや、けったいな奴やのぉ。 女の写真なんぞ何に使うつもりやろ」
ケンスケはトウジの言葉には応えず、なにやら考えに沈んでいた。
「おいケンスケ、どうかしたんか?」
ケンスケは尚も黙っていたが、やがて重々しい口調で呟いた。
「・・・なあトウジ・・・シンジってスカート似合う、かな」
「・・・ぁあ?」
アォーン・・・
その夜の綾波宅。
「・・・ふふ・・・ふ・・・ふふふふふふふ」
レイの部屋からは、終始不気味な笑い声が聞こえてきた、と保安部の人間は語る。
そして夜は明けて、次の日。
HR前の朝の教室。
いつもなら生徒たちは適当な席に座り、友人同士で雑談をしているはずだった。
だが今日はほとんどの生徒が黒板の前に集まり、そこに張り出された物を凝視していた。
「いや・・・こりゃまた」
「なんちゅうか・・・」
「いやっ! 不潔よっ! 信じられないわっ!!」
ケンスケ、トウジ、ヒカリの三人は、それぞれ独特のポーズで驚きを表現していた。
その他大勢の生徒も、似たり寄ったりの様相を示している。
「こんな・・・アスカがこんな事するなんて・・・」
ヒカリはがっくりと膝を落として顔を覆った。
それを横目で見たケンスケは呆れたように言った。
「・・・おい委員長、本気で言ってるのか?」
「・・・え?」
「あんなぁイインチョ、ワシはケンスケみたい詳しくないがのぉ、それでもこのインチキさ加減は分かるでぇ・・・」
「インチキ・・・って」
だがヒカリはまだ全然分からないといった風で首を傾げた。
「そんなことより、さっさとコレをどうにかした方が良いんじゃないのか? もし惣流がこんな物を見たら・・・」
「・・・アタシが何を見たらだって?」
お約束というか、ちょうどアスカとシンジが教室に入ってきた。
「みんなして一体何を見て・・・・・・なぁによこれぇえええええっ!!」
「あ〜あ、だから言ったろ・・・」
アスカの悲鳴が教室内に響いた。
そのあまりの声の大きさに、それを見物していた生徒たちは全員、ぎょっとなって振り向いた。
いや、一人だけアスカの方を見なかった生徒がいる。
アスカと一緒に教室に入ってきたシンジは、食い入るように黒板に張り出されたそれを凝視していた。
シンジが見ていた物、それはA4サイズに引き延ばされた写真のカラープリントだった。
そこに写っていたのはアスカとゲンドウ。
二人は裸で抱き合っていて、何故かアスカが妙に爆乳気味である。
もちろん修正など掛かっているはずも無く、中学生には大分刺激の強すぎる物だった
ともあれシンジはその写真を、石化したように身じろぎ一つせずに、じっと睨み付けていたのだった。
キラーン!
そんなシンジの様子を密かに窺っていたレイは、会心の笑みを浮かべた。
(フフ・・・計画は滞り無く進行中・・・これで碇君も、あんな汚れた女に気を掛けることは無くなるわ)
そう! なんと黒板に貼ってあった写真は、レイの作品だったのだ!!
こんな事もあろうかと、密かに隠し撮りしてあったゲンドウとリツコのベッドシーン。
それと先日ケンスケから購入したアスカの写真を使い、昨晩夜なべをして制作していたのである。
むろんシンジとアスカの仲を裂くことが最大の狙いだ。
他にもアスカのイメージダウンを期待したり、あの写真を見た男子生徒が、いいじゃねえかあんただってあそんでるんだろう ふざけんじゃないわよだれがあんたなんかとなんだとこらぁどすっはぐっへっへっへおとなしくしてればいたいめにあわずにすんだのによだめぇ的な事になり、身も心もボロボロになったアスカが自ら死を選んでくれればいいのに等々、様々な付随作用も見込んでいるのであった。
アスカが亡き今、これから訪れるだろうバラ色の未来がレイの胸中を駆けずり回ったが、それは実際にはほんの一瞬のことだった。
「・・・・・・っ!」
シンジが弾かれたように生徒達を掻き分けて黒板の前に進み、勢いよく写真を引き剥がした。
ありったけの力を込めてシンジは写真を握りつぶし、床に叩きつけて踏みにじった。
アスカ当人でさえ呆気に取られたようにシンジの行動を見守ることしかできなかった。
よほど気が高ぶっているのか荒い呼吸を繰り返すシンジは、じろりと黒板の前に集まっていた生徒達を睨み付けると、再び彼らを掻き分けるようにして突破して、そのまま教室から走り出た。
「ちょ、ちょっとシンジ! どこ行くのよ!!」
あまりに普段とかけ離れたシンジの様子に、毒気を抜かれたようになっていたアスカはようやく我に返り、シンジを追って教室を駆け出ていった。
(だ、だいぶシナリオと違ってしまった・・・誤差修正範囲内・・・かしら)
レイは巨大な汗を背中に背負いつつ、必死に冷静さを装おうとしていた。
(な、何でシンジがこんなに速いのよ・・・っ!)
アスカは全力でシンジを追いかけたが、予想に反してなかなか二人の距離は縮まらなかった。
「・・・いっつもすぐにバテるくせに・・・なんなのよ、もうっ!」
廊下を走り抜け、上履きのまま外に飛び出し、通用門の寸前まで追いかけて、ようやくアスカはシンジに追いつき、抱きつくようにしてシンジの暴走を止めた。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ! 本来逃げ出したいのはアタシの方なんだからね!」
「・・・逃げてなんか・・・いないっ!」
アスカの腕を振りほどいたシンジは、荒い息を吐きながら喘ぐようにして言った。
「・・・僕は、父さんを・・・父さんが許せない! ・・・だから!」
アスカは僅かに不審そうな顔をしたが、シンジの口から父親と言う単語がでると、それで全てに納得がいったように溜め息を吐いた。
「だからって今から本部に殴り込みでもするつもり? まったく、たまに本気になったかと思えば、ろくな事しないんだから・・・」
「・・・僕はっ!」
「アタシのことはどうでもいいの?」
アスカはシンジの顔を覗き込むように、ぐっと体を近づけた。
激昂しかけたシンジは、アスカの言葉と、自分を真っ直ぐに見つめる青い瞳とに、ぐっと言葉を詰まらせる。
「・・・そんなわけ、無いじゃないか! 僕はアスカが・・・アスカだったから・・・だから・・・・・・っ」
「・・・つくづく大馬鹿ね、あんなの合成に決まってんじゃない」
「え?」
「合成よ合成! 合成写真だって言ってんの! 大体なんでアタシがアンタのパパと、あんな事しなくちゃなんないのよ」
アスカは呆れ果てた様子でぶちぶちと呟いた。
「合成写真って・・・あの写真が?」
「そーよ! そもそも人間の首があんな角度で曲がるわけないでしょ、普通気が付きそうなもんだわ」
言われてみれば、骨格が異常だったような気がする。
「なんだよそれぇ・・・」
シンジは急に力が抜けたように、くたくたとへたり込んだ。
それに付き合うように、アスカもシンジの前にしゃがみ込む。
「ねぇシンジぃ・・・」
「・・・なに?」
「僕はアスカだったから・・・どう思ったのかなぁ?」
アスカは悪戯っぽく微笑んだ。
「な・・・! 何でもないよっ!」
シンジは今更のように顔を真っ赤にする。
「写真、剥がした後で踏みつぶすし・・・それにクラスメートを睨み付けたりして。 あんまり普段のシンジと違うからびっくりしちゃったわよ」
「僕はただ・・・あの写真見て、凄く嫌な気分になったから・・・」
「・・・アタシの代わりに怒ってくれたの?」
「そうなの、かな?」
「そうよ!」
「う、うん・・・」
「ハン! アタシも落ちぶれたもんよねぇ。 馬鹿シンジなんかに同情して貰うなんてさ!」
「・・・・・・」
いつもとまったく同じ調子のアスカの言動に、シンジもいつものように暗い顔になって目を逸らした。
「でもまぁ・・・今回はちょっと嬉しかったかな」
「え?」
天地がひっくり返るほど意外な言葉を聞いて、シンジは弾かれたように顔を上げた。
ちゅ・・・。
その唇に、何か暖かい、柔らかい物が押し当てられる。
何が起きたのかまったく理解できないシンジは、ただ体を硬直させることしかできなかった。
(ぁ・・・なんだか、いい匂いがする)
そう思った途端シンジの視界が開けて、アスカの顔が鮮明に写った。
「・・・・・・あ、れ」
「ま、まあ、ごほうびね。 その代わり、これからもアタシのために身を粉にして尽くすのよっ!」
アスカは真っ赤になった顔を隠すように勢いよく立ち上がると、さっさと教室へ向かって歩き出した。
「あっ、まっ、待ってよ、アスカぁ・・・」
シンジがぱたぱたとアスカの後を追いかける。
「大体さぁ・・・アンタ、アタシのスタイル憶えてないわけ? バストもヒップもあんなに垂れてないし、ウエストだってずっと細いんだからね!」
「そ、そんなぁ・・・無理だよ、そんなにじろじろ見たこと無いもん・・・」
「あ、そ・・・だったら今日、家に帰ってからじっくり見てみる?」
「え・・・そ、それって」
「じょ〜だんよ! まったくスケベなんだから!!」
「そんなこと言ったって・・・酷いよぉ」
「・・・あ〜もうからかわないから、そんな泣きそうな顔しないでよね」
「泣いてなんかいないよっ」
「はいはい、分かったから、そんなムキになんないの・・・」
「む、ムキになんか・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
ばきっ!
「ひっ! ・・・・・・あ、綾波さん、どうかしたの?」
突然シャープペンを握りつぶしたレイに驚いたヒカリが声を掛けた。
「・・・・・・・・・いえ・・・・・・何も・・・問題ないわ」
「そ、そう」
ちょっと怖くなったヒカリは、早々にレイとの会話を打ち切った。
(二号機パイロット・・・惣流・アスカ・ラングレー・・・あくまで私と碇君の仲を引き裂こうとするのね)
窓際にあるレイの席からは、通用門付近の様子がよく見えていのだ。
「・・・・・・いいわ、そちらがその気なら・・・次は確実に、斬る!」
どがんっ!!
レイは自分の机に向かい、まるでそれがアスカ本人であるかのように睨み付けた後、深紅の光を帯びた右腕を振り上げ、それを真っ二つに叩き斬った。
「あ・・・綾波君、どうかしたのかね?」
「先生・・・私、体調が悪いので早退します・・・」
「そ、そうか、気をつけてな」
レイは鞄も持たずに教室を出ていった。
「な、なんだったんだ」
「・・・さあ?」
綾波レイ・・・彼女の熱い想いがシンジに届く日は果てしなく遠い。
完
どうも今晩は。
八代という者です。
ついにストーキングレイちゃんを書いてしまいました(涙)
おかしいなぁ・・・レイは好きなのに、何でこんな扱いなんだろ。
何となく続きそうな終わり方ですが、構想はまったくありません。
もし何か思いついたら、また続きを投稿するかも・・・。
と、言うわけで、ご意見・ご感想などありましたら、ぜひともメールか 掲示板にてお知らせ下さい。
ではこれにて。
八代さんから壊レイちゃん話を頂戴しました。
すばらしひ‥‥。
写真をネタにアスカを脅かそうとするなんて‥。
本物とシンジちゃうシンジ君がまた、いいですな。
ケンスケの勘違いもいいですなぁ。ぜひ彼にはこれからシンジに女装をさせるべく暗躍してほしいところです‥。
スバラシヒ話を送って下さった八代さんにみなさんもぜひ感想を送ってください。