結婚式は誰のもの?

筆者:銀狼王・A.J.Wolfさん


 激しい愛の交歓の余韻を楽しみながら、アスカは口を開いた。
「ねえ」
 シンジは左腕をアスカの枕にしながら、その左手でアスカの髪をいじっていた。愛を交わしたあと、細くてつややかなアスカの髪の感触を楽しむのがシンジの習慣だった。
 半ば眠りかけていたシンジは、アスカの呼びかけに現実へと引き戻される。
「ん?」
 寝ぼけたような返事にアスカの顔は少し不機嫌なものとなった。もっとも、昔の彼女に比べたら多分に甘えを含んだ表情だったが。
「ちょっと、なに寝てんのよ!」
「ごめん。ここのところ忙しくてさ、ちょっと疲れてるみたいだ。もう一回?」
 シンジは左手をアスカの頭の下から抜こうとした。アスカはその手を押さえて。
「そうじゃなくって。あのね、いつになったら申し込んでくれるの?」
「その話か」
 シンジはため息をついた。左手を抜いて体を起こすと、右手をアスカのほほに添えて顔を近づけていく。
「もう少し先じゃためかな?」
 アスカはキスまであと5センチとなったシンジの鼻を、左手の人差し指で押さえた。右手は胸元でしっかりとタオルケットを押さえている。
「あたし、もう待てないわよ」
 シンジはアスカの指をよけて彼女の首筋を吸い上げた。右手はそっと下げて胸を愛撫している。首筋にくっきりとキスマークが残った。
 キスマークをつけるとシンジはアスカの瞳を覗き込んだ。アスカはこれ以上待たせるなら別れると、言外に言っているのだ。アスカが本気であることを悟ると、そっとため息をついてベッドから降りた。
 シンジはいつも持っているかばんの中をなにやらごそごそと捜している。アスカはその様子を、胸元でタオルケットを押さえながら、体を起こして見ていた。
 今、アスカの胸の中は不安でいっぱいだ。同棲しているとはいえ、お互いはっきりと告白はしていない。アスカはシンジ以外の男を近づけなかったが、シンジの周りには女の影が絶えなかった。もっとも、それはアスカがそう思っているだけで、シンジはアスカ以外の女性と付き合っているつもりはまったくなかったのだが。
 シンジはかばんの中から写真のようなものを取り出して持ってきた。左手に何か握って隠していることにアスカは気がつかなかった。
 ベッドに腰掛けると、シンジはその写真を見せた。黒髪の、いかにも日本女性という感じのきれいな女性とシンジのツーショットだった。女性の名前は篠原サユリ、アスカの同僚で一番積極的にシンジにアタックしている。
「サユリじゃない」
 アスカは泣きたいのをこらえて平静を装って言った。不安に押しつぶされそうで、きりきりと胸が痛んだ。
「うん。実は僕この人と」
「殺す!」
 アスカはこらえきれなくなって大粒の涙をぽろぽろと流し、シンジの首を締め上げた。押さえていたタオルケットが落ちて、キスマークのいっぱいついた美しいバストがあらわになる。
「ご、ごめん! 冗談だよ! く、くるし!」
 アスカはシンジの首を開放すると、ぐしぐしと涙をぬぐった。
「あ、あんた馬鹿!? こんなときにこんな冗談言うなんて最低よ!」
「ごめん。これで許してくれないかな」
 シンジは左手に隠し持っていたものをアスカに差し出した。それはいつも持っていたのか薄汚れてだいぶくたびれた白い紙の箱だった。
「なによこれぇ?」
 ぐしぐしと泣きながら箱を見て、シンジを見た。シンジはまさか気丈なアスカが泣くとは思わなかったので、決まり悪そうにしていた。
 アスカはシンジが何も答えないので、箱を手に取るとあけてみた。中には緋色の宝石箱が入っていた。
 宝石箱を開けると、透明な宝石のついた指輪が入っていた。宝石は1カラットぐらいだろうか。
「ジルコニアじゃない。こんなんじゃ許さないんだからぁ!」
 えぐえぐと泣いているアスカにシンジは鼻を掻きながら言った。
「一応ダイヤなんだけど」
 ダイヤといわれてアスカはきょとんとした。このサイズのダイヤの指輪を女性に贈るということはつまり……。
「ばかぁ!!」
 アスカはシンジに抱きついて大声で泣き出した。そんなアスカをシンジは優しく抱きしめ、髪をなでるのだった。
 しばらくして、落ち着いたアスカがシンジと抱き合ったまま口を開いた。
「ねえ、こんな指輪、いつ買ったの?」
 アスカはここ数年、シンジの行動を逐一チェックしている。ミサト経由で諜報部を動員しているから間違いないはずだが、シンジがダイヤの指輪を買ったという報告は聞いていない。
「4年前、二十歳の誕生日に、アスカにプレゼントをもらった次の日に」
 二十歳の誕生日に、アスカはシンジに自分の純潔をプレゼントした。同棲をはじめて4年目のことだ。
「だったら何で四年も待たせたの?」
「自分に……、自分に自信がもてなかったから。今でも自信はないけど……、でもアスカを失いたくないから」
「ほんとぐずなんだから」
「ごめん」
 アスカは身体を離すと、シンジと額を引っ付けてその目を覗き込んだ。シンジはアスカの左手を取ると、その薬指に指輪をはめた。指輪は少し大きめだった。
「反省してる?」
「うん」
「じゃあ」
 そこでアスカは何をさせようか考えた。
「明日いっしょに休暇を取って、式場の予約と入籍を済ませること。そしたら許してあげる」
「明日は無理だよ。今とっても忙しいから僕だけ休暇なんて」
「じゃあ、いつならいいのよ?」
 アスカは少しすねながら聞いた。シンジは少し考えてから答えた。
「来月半ばぐらいなら多分。でも入籍は式のあとにしようよ。まずアスカのご両親に挨拶とかしなくちゃいけないし」
「そんなのどうだっていいじゃない」
「そうはいかないよ」
「日本人てどうしてこう形にこだわるのかしら」
 ため息をつくアスカ。
「形とかそういうんじゃなくて、社会人としての常識だと思うけど。僕はアスカのご両親に常識のない人間だとは思われたくないんだ」
「どうせあたしは常識ないわよ」
 そういってアスカはすねてベッドに横になってしまった。シンジに背を向ける。
「ほんと女心がわからないんだから」
 小声でぶつぶつ言ってるとシンジが肩をつかんで自分のほうに向かせた。
「そんなにあせらなくても僕の気持ちは変わらないよ。だからちゃんと手順を踏んで、みんなに祝福されて結婚しよう。それじゃ、だめ?」
 アスカは少しほほを膨らませて返事をしない。シンジはアスカに覆い被さり、優しく口付けながら胸を愛撫し始める。
 最初は知らん顔をしていたアスカも、シンジのつぼを心得た愛撫に表情を崩していく。アスカが熱い吐息をつき始めると、彼女の体を覆っていたタオルケットを剥ぎ取った。
 シンジはアスカの身体に舌を這わせながら再び聞く。
「いいよね?」
 愛撫を止めてアスカの顔をのぞき見る。アスカは我に返って赤くなった。
「し、しかたないわね」
「わかってくれて嬉しいよ」
 そういうとシンジはアスカにタオルケットをかけてから口付けて隣に横になってしまう。肩透かしを食ったアスカは熱くなった身体をもてあましていた。一線を越えてから4年も経つのに、自分から求めるのは恥ずかしくてできない初々しいアスカだった。
 腹立ち紛れにアスカは隣で寝ているシンジの耳に噛み付いた。
「いたい」
「お、男なら一度はじめたことには責任持ちなさいよね」
 何のことかシンジは思い至ると、ため息をついた。
「素直にしてほしいって言えばいいのに」
「なんか言った!?」
「別に」
 シンジはかなり疲れているが仕方なしに先ほどの続きをはじめる。なんせ今日はこれで4回目だ。
 アスカが熱い吐息をつき始め、シンジがタオルケットを取り去ると、アスカが聞いた。
「ピル飲むの、やめていい?」
 愛撫を続けながら、少し考えてからシンジは答えた。
「ウエディングドレスをおっきいお腹で着てもいいなら」
 言われてアスカは自分のその姿を想像した。晴れの舞台にそれはちょっといやかなと思った。子供は早くほしいけど。
「もうしばらく続けるわ」
 その後アスカはシンジの愛撫に何も考えられなくなった。終わった後にシンジはほほに口付けてから、二人は眠りについたのだった。
 次の朝、シンジが目を覚ますと珍しくアスカの方が先に起きていた。アスカはすでに服を着ていて、ベッドに腰掛けて左手を光にかざし幸せそうに指輪を見ていた。
 シンジが目覚めたことに気づくとアスカは髪の毛を押さえながら口付けた。
「おはよ」
「おはよう」
「朝ご飯できてるわよ」
「珍しいね」
「こんな日ぐらいはね」
 アスカは上機嫌で部屋から出て行った。シンジも起きて、シャワーを浴びにいく。
 着替えて席につくと、アスカが味噌汁とご飯をよそってくれる。アスカが席につくのを待ってから、二人して手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
 食事が終わるとアスカが渋めのお茶をいれた。アスカが早く起きたので今朝は時間に余裕がある。
「ごちそうさま」
「お粗末さまでした」
 お茶を飲み終えるとシンジが後片付けをはじめた。アスカは作るほうはたまにやるようになったが、片付けのほうはめったにやらない。
 アスカが再び指輪を眺めて幸せに浸っていると、玄関の呼び鈴がなった。
「悪い、出てよ」
 洗い物で手の離せないシンジが頼んだ。アスカは立ち上がって玄関ののぞき穴をのぞく。
「司令!?」
 アスカは慌ててかぎを開けると扉を開けた。表にはゲンドウがミサトと加持を引き連れて立っていた。
「おはよう」
「お、おはようございます」
「あがらせてもらう」
「は、はい、どうぞ」
 アスカは慌ててスリッパを並べ、三人を招きいれた。ゲンドウはずんずん奥に行ってしまう。シンジが驚いて「と、父さん!?」というのが聞こえた。後に続くミサトを捕まえ、アスカは小声で問いただした。
「ちょっと、なんなのよ!?」
「さあ、あたしにもさっぱり。今朝いきなり家に押しかけて『10分で用意しろ』よ。まいっちゃったわ」
「何をしている?」
 ゲンドウがむっつりと顔を出していた。二人は慌ててリビングへといった。
 アスカがリビングへといくと、シンジとゲンドウが向かい合って座っていた。アスカはお茶の用意をする。
「それで話って?」
「アスカ君が来てからだ」
 アスカはお盆に人数分のお茶を入れて持っていくとガラスの机に並べ、そしてシンジの隣に腰を下ろした。
 アスカが腰を下ろすのを見計らって、ゲンドウは口を開いた。
「婚約したそうだな」
 シンジとアスカは驚きに目を見開く。ミサトたちも同様だ。
「ど、どうしてそれを?」
「おまえたちのことは同棲をはじめたときからMAGIでモニタしていた」
「と、盗聴してたんですか!?」
 アスカが真っ赤になってゲンドウに食って掛かった。あのときのあんな声やこんな声が聞かれたかと思うと恥ずかしくてたまらない。
「人間は一切関与していない。君たちのプライバシーを知るものはいない。MAGIのデータもすぐに破棄している。安心したまえ」
「安心しろって言われても」
 アスカとシンジは顔を見合わせた。
「この家にあるマイクは音声をデジタル化して暗号化してから直接MAGIに送信するようになっている。量子暗号を使っているので盗聴は不可能だ。MAGIのデータも私以外の人間は見れないようになっているし、そのデータも解析が終わったら破棄している」
「じゃあ司令はそのデータを見たんですか?」
「私はそれほどひまではない。解析の結果君たちに子供が出来るか、婚約ないし結婚をした場合に私に知らせるようになっていた。データそのものは見ていない」
「あたしたちのプライバシーは守られているんですね?」
「無論だ」
 ゲンドウはいったんお茶をすすった。
「時間がない。本題に入る。おまえたちの結婚式はネルフが主催する。そのつもりでいろ。仲人は加持、葛城の両名に任せる。以上だ」
「ちょっ、父さん!」
「司令!」
 慌てるシンジとアスカ。ゲンドウは浮かしかけた腰を再び下ろした。
「なんだ?」
 ゲンドウが二人を見下ろす。アスカがシンジを突っついている。
「僕たちの結婚式のことは僕たちで決めるよ!」
「そうです司令! あたしたちの結婚式なんですから!」
 ゲンドウはにやりと笑った。
「おまえたちは勘違いしている。結婚そのものはおまえたちのものかもしれないが、結婚式はそうではない」
 立ち上がって二人を見下ろしながら続けた。
「親のものだ。今日は二人とも休暇をやる。加持、葛城の両名としっかり話し合っておけ。葛城三佐、この中に式の概要が入っている。後は任せたぞ」
 ゲンドウはミサトに書類ケースを渡すと出て行ってしまった。4人はそれを呆然と見送るのだった。
「とりあえずおめでとう、シンジ君、アスカ」
 最初に我に帰った加持が二人を祝福した。
「おめでとう、シンちゃん、アスカ」
 ミサトはシンジとアスカの頭を抱き寄せ、涙をにじませた。
「ありがとうございます」
「ありがとう、加持さん、ミサト」
「しかし碇司令もあれで意外と親ばかなんだな」
 加持が無精ひげの生えたあごをこすりながらしみじみといった。
「どういうことですか? 僕には僕に対する嫌がらせにも思えるんですけど」
「あの人は不器用な人だからね。こんな風にしか愛情を表現できないのさ」
「そうね。見て、これ」
 書類ケースの中身を見ていたミサトが一枚の紙を差し出した。
「会場のところを見て」
 そこには予定の会場として日本で最も格式の高い最高級ホテルの名前が書いてあった。
「うそ!? ここってあれでしょ!? なんとかの宮とか言うのがイギリスのお姫様と結婚した!!」
「そうよ! それに見て、このパンフレット!」
 ミサトはウエディングドレスの見本のパンフレットを開いた。なんとハードカバーのちょっとした本みたいな代物で、いかにも高級そうだ。
 アスカはページをめくるたびにため息をつく。女性陣のテンションはどんどんと上がっていっていた。
 シンジは招待客のリストを見ながらため息をついていた。リストには国連常任理事国の代表と日本の皇室関係者、日独米の財界人などがひしめいている。
「加持さん、本当にこんな人たちを呼ばなきゃいけないんですか?」
 シンジはリストを加持に見せた。
「ふ〜む。いや、これでも少ないほうだと思うぞ。見たところ超がつくほどのVIPしかいないみたいだし。なんてったって君たちは人類を救った英雄だからな」
 ため息をつくシンジ。ふとリストの末尾に備考欄が空白の名前を見つけた。
「この、読子・リードマンって誰ですか?」
「ん? ああ、大英図書館のエージェントだよ。紙を操る特殊能力を持っていてね、昔碇司令の命を救ったことがあるんだ」
「超能力者ってことですか?」
「まあ、そんなところかな。なかなかの美人だったが、確か今年で50のはずだ」
「美人がどうしたって?」
 いつのまにかミサトが来てて加持の耳を引っ張った。シンジがアスカを見ると、アスカもシンジのことをにらんでいた。
「ちゃんとあんたも考えてよ! あたしたちの結婚式なんだから!」
「わ、わかってるよ」
 こっそりため息をつくシンジ。本当はもっとゆっくり考えてじっくり話し合い、慎ましやかな結婚式をするつもりだったが、きゃいきゃいとはしゃぐ幸せそうなアスカを見てると、これでよかったのだろうと思うシンジだった。
 おしまい


 
いつも感想を送ってくれる怪作さんにお礼の超SS(^^)。なんか当初とだいぶ変わってしまったんですけど、ま、いいか(^^;。感想メールまってます(^^)/。

 銀狼王さんから投稿小説をいただきました。

 やや、なんとらぶらぶなことでしょう‥‥冒頭、いきなりシンジがボケかましてますが(^^;;
 他に好きな娘がいるだなんて‥‥シンジも罪な男ですね(^^;;

 さっそく結婚したがるアスカさんと形にこだわるシンジ君。この二人はこういう感じの関係が似合います‥‥。

 さっそく介入してくるゲンドウ、こういうのを可愛いっていうんでしょうか?

 いいLASでしたな〜。

 皆様も是非、銀狼王さんに感想をお願いします〜

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