マスターとマナとカクテルと

 

  筆者:URIELさん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  東京ディズニーランド、略してTDL。

 創られた時から日本最大だったが、今もなお日本最大である。

 大災害で一旦壊滅の憂き目を見たが、日本が誇る数少ない施設だけにさっさと復旧が始められ、今ではかつて以上の人気と繁栄を誇っている。

 さてその近くに、最近密かな人気となっているバーが出来た。

 店の名前はD・F。

 洋風の洒落た店だが、人気の一番の理由はマスターにある。

 名前が怪である、とだけしか知られていない。

 その私生活は全てベールに包まれており、殆どが謎である。

 そんなミステリアスな部分も、その人情の機微を知り尽くしたような語り口と相まって、マニアックな人気の一端となっている。

 デートスポットであれば、誕生もあるし終焉もある−すなわち恋愛模様の。

 そのため心の傷を癒しに、はるばる遠方から訪れる者も少なくはない。

 さて今夜は何を求めて?

 

 

 

 

 

 「ねえマスター・・・ねえってばあ」

 ショートカットの娘がぶらぶら揺らしたのは、既に十二杯目を開けたグラスである。

 彼女が今飲んだのはインディアンサマー。

 それ自体はアップル風味の軽いカクテルだが、その前にマティーニやら楊貴妃やら、しかもカプリまで数杯傾けている。

 上がった顔が赤いのはそのせいだろうが、目元まで赤いのはその為ではあるまい。

 「今日は随分とペースが速い。何かいい事でも?」

 こんな言い方を、しかも初対面の客にしても客が引かないのは、ひとえに怪の持つ雰囲気にあるともっぱらの噂である。

 「なんかさあ、不安なのよ」

 「何が?」

 グラスを丹念に手入れしながら怪が訊ねた。

 「シンジね、私に飽きたんじゃないかって」

 「恋人?」

 「そっ、このマナちゃんの恋人。とーっても浮気なやつよ」

 どん、とグラスを置くと、

 「マスター、次のちょうだい」

 「次は何を?」

 「・・・ブラックパッション」

 「ほう」

 マナが注文したカクテルは、すなわち処方の要請である。

 黒い激情を意味するそれが注文(オーダー)された時、激情に取り込まれたかけた心の救済を怪に求めるのだ。

 いつからそうなったのかは知らない。

 あるいは、もしかしたら怪も覚えていないのかもしれない。

 とまれマナのオーダーを訊いた時、一瞬怪の視線が鋭くなった。

 「少し待ちたまえ」

 一転した口調で告げると、奥にすっと姿を消した。

 ある人物からこのカクテルを教わったマナだが、怪の一変した表情に酔いがすっと消えていくような気がしていた。

 (失敗だったかしら)

 訳もなく不安になったせいで、怪が出てきたときにはほっとした。

 「これを」

 すっと差し出されたのは、二枚に折り畳まれた紙。

 「なにこれ」

 受け取って開くと、中には住所が書いてある。

 「占術の結果だ、そこへ行くといい」

 書いてあったのはマンションの一室らしき住所。

 話が見えずに怪の顔を見たが、その時にはもう普段の顔に戻ってグラスの手入れを始めていた。

 

 

 

 マナが、書かれていた住所を訪れたのは三日後の事であった。

 最近では珍しい、中世のヨーロッパ風に作られた建物を、マナは下から見上げた。

 「本当にここ?何があるのかしら」

 指定されたのは303号室。

 「怪さんの言うことに間違いはないんだから」

 そう言われたから来てはみたものの、いきなるこんな部屋を訪れる羽目になるとは思わなかった。

 だがそこはマナである。

 修羅場も死線も場数は踏んでいるだけあって、

 「行くよ、マナ」

 自分を促すように呟くと、マンションの中へ入っていった。

 マナが部屋の前へ着いたのは数分後であり、そしてそれから数十秒経った時、中からくぐもったような悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 「え?合コン?」

 シンジの元にケンスケから電話があったのは、マナがマンションに消えてから三日目の事だった。

 「悪いんだけどさ、俺は行かれそうにないんだよ。数合わせしてあるから、男の人数が欠ける訳に行かないし」

 「でもそれだったらトウジの方が」

 「あのなあ、妻帯者を呼んでどうするんだよ」

 「え!?トウジが?」

 「三日前に入籍したばっかりだよ。偶然俺が市役所に行った時見たんだ。しかも洞木がトウジの腕にしがみついてるんだぜ」

 「う、嘘」

 普段尻の下のイメージしかないだけに、シンジの驚きはひとしおであった。

 「嘘じゃないって、本当だよ。でもこれ、本人達が言うまで内緒な」

 一瞬蚊帳の外に置かれたかと思ったが、偶然だと知って安心したシンジは、

 「分かってる、ばらしはしないよ」

 「そういうこと。ってな訳でシンジ、代役頼むぜ」

 「ちょ、ちょっと待てよなんで僕が」

 「だからさあ、お前じゃないと駄目なんだよ」

 ケンスケはどうしても、シンジを代役(ピンチヒッター)にしたいらしい。

 「なんで僕なんだよ」

 「話術だよ、話術」

 「話術?」

 「他のやつが来たって、自分の自慢話するばかりですぐ場が壊れるだけだよ。女なんてのは話聞いてやらなきゃ満足しない生き物なんだから」

 「ケ、ケンスケ・・・」

 こうあっさり言われると、反攻の糸口も無くしてしまう。

 「一次会だけでもいいからさ、とりあえず頼むよ」

 「で、でもマナが・・・」

 「霧島?ここんとこ連絡取ってないんだろ」

 「な、なんで知ってるんだよっ」

 「のろけないからな」

 「え?」

 「何時も電話するたびにやれマナがどうしたこうしたって、うるさいだろ。今日はそれがなかったからな、きっと会ってないと思ったのさ」

 「マ、マナ家に帰って無いんだよ、ケンスケどうしよう」

 「あのなあ、碇」

 ケンスケは受話器の向こうでため息をつくと、

 「お前、もし誰かと結婚したら毎日毎日縛られたいか?少しは霧島の身にもなって考えてやれよ。女なんて、どれもこれもシッポと羽をはやした生き物なんだから」

 「し、シッポと羽?」

 「悪魔的って事だよ。だから合コン行けって言うんだよ」

 「なんで?」

 「少しは他の女達見て、男の勉強してこいよ。霧島に嫌われたくないんだろ」

 「い、嫌だよそんなのっ」

 「じゃ、行ってきな。一次会だけなら浮気にもならないよ。それにこれは単なる合コンじゃない、碇の社会勉強なんだからな」

 「社会勉強?」

 「そうだ、社会勉強だ」

 どこぞの教官のような口調で言うと、

 「彼女持ちとは言え女心が分からなければ勉強が必要だ、そうだろう?」

 「う、うん・・・」

 「そこでこの俺が友人として、二人がスムーズな恋人生活を送れるように設定したんだからな。碇、行くな?」

 「分かった、行って来るよ。ケンスケ、ありがとう」

 「友人だからな、当然だろ」

 こんな台詞を平然と言えるのがケンスケらしさと言えるが、ケンスケはその時電話の向こうで笑いを必死に抑えていたのだ。

 電話を切った瞬間、ケンスケは堰を切ったように笑い出した。挙げ句の果てには、目に涙まで浮かんでいる。

 さんざん大笑いした後、ケンスケは再度受話器を取った。

 「俺だ。第二段階は成功したぞ、じゃあな」

 

 

 

 

 

 「んー、いい感じよマナちゃん」

 「こ、これが私?・・・」

 鏡の中の自分を見て、呆然としているのはマナである。

 ショートカットは肩過ぎまでのワンレンに変わり、目にはカラーコンタクトが入っている。

 同じ黒でも、微妙に色合いが変われば受ける印象はかなり変わって来る。

 殆ど別人のようになったマナは、自分で自分にびっくりしていた。

 「あんた、分かってなさすぎ」

 「え?」

 マナにメイクしたのは男だったが、自分に驚いているマナをじろりと見た。

 「素地もそうだけど、道具一つ変えたって結構イメージ違うのよ。あんたみたいに素材のいいのを生かさないなんて、罰が当たるわよ」

 「は、はあ・・・」

 「まったくあたしが代わりたいわよもう」

 素材を活かさないのはけしからんと、どこかの美食家のような事を言い出したが、やがてふうとため息一つ、

 「いい?このあたしを引っ張り出したんだからね、間違ってもばれたら承知しないわよ」

 「有難うございます」

 ぺこりと頭を下げたマナを、よしよしと撫でた。

 「じゃ、行ってらっしゃい」

 送り出されたマナだが、彼女を一目見て分かる者は極めて少なかったろう。

 

 

 

 

 

 「碇氏、だろ?相田から聞いてるよ」

 駅前に着いたシンジは、他のメンバーの事を聞き忘れたと思い出した。

 ケンスケの携帯は繋がらず、うろうろしていた所に三人組が声を掛けてきた。

 (ケンスケの友人だ・・・)

 一目で分かったほど、彼らは良く似ていた。眼鏡は一人だったが、雰囲気がケンスケのそれとそっくりだったのだ。

 とは言え、逆にトウジあたりに似ていたらシンジも困っただろう。

 「碇です、よろしく」

 挨拶してから、ふと気になって訊いた。

 「あの」

 「どうしたの?」

 こっちは早くも慣れた感じで応えてくる。

 「僕の特徴をケンスケは何て?」

 それを聞いて一番背の高い三人目が、にやっと笑った。

 「ばつが悪そうにうろちょろしてる・・・線の細い人だってさ」

 言葉の途中で途切れたのに、シンジが気付かなかったのは幸いだったろう。

 「いじいじして迷い犬みたいに彷徨ってる女顔のやつ」

 これが本当だったのだが、さすがにそこまでは言い得なかったらしい。シンジも言い友人を持ったものである。

 

 「初めまして」

 部屋に通された途端、少し高めの声がシンジ達を出迎えた。

 ケンスケもどこで調達したものか、いずれもハイレベルな娘たちばかりだったが、シンジの目は一番右側の娘に釘付けとなっていた。

 「こ、金剛マイと言います・・・」

 少し恥ずかしげに頭を下げた彼女は、わずかにシンジから視線を逸らしていた。

 「き、きれいだ・・・」

 赤面物の台詞を、恥ずかしげもなく呟いたシンジ。

 だがシンジは知らない−それを聞いたほかの者達が、視線を合わせてにやっと笑い合ったことを。

 何よりも、他の三人が隙など微塵も無い格好なのに対し、マイだけは惜しげもなく胸の開いたドレスを着ていることは。

 

 

 「碇さんは、恋人いらっしゃるんですか?」

 胸元を見せるようにして、シンジのそばにぴたりと座ったマイが、シンジのグラスにビールを注ぎながら訊いた。

 「え、えーと・・・」

 一瞬脳裏にマナの顔が過ぎったシンジ、ふと周りを見ると既にカップルが出来上がっているのに気が付いた。

 「い、いないよ別に」

 それを聞いた時、なぜかマイの顔が一瞬曇ったのには、シンジは気が付かなかった。

 「こ、金剛さんはこ、恋人は?」

 「私?いませんよそんなの」

 語尾を幾分強めに言うと、自分のではなくシンジのグラスをぐっと飲み干した。 

 「あ、そ、それ僕の・・・」

 シンジの言葉も聞こえなかったのか、グラスを置くとそのままシンジにしなだれかかって来た。

 「ねえ・・・シンジさん?」

 寄りかかってくると、そのまま胸が大きく露出される。

 視線が釘付けになったシンジに、

 「今日はお暇でしょ?」

 餡蜜に、グラニュー糖を放り込んだような声で訊ねた。

 う、うんと頷いたのは、谷間の魔力の影響が無かったとは言えまい。

 「じゃ、どこか行きません?」

 それが何を意味するのか、そこまで分からないシンジではない。

 「で、でもそれは・・・」

 と躊躇したシンジの顔に、マイの手がすっと掛かった。

 「皆なら大丈夫ですよ、ほら」

 「え?・・・あっ」

 思わず小さな声でシンジは叫んでいた。

 シンジの視界には、完全に出来上がっているカップルたちの姿が映ったのだ。

 さすがに胸を揉んだり、スカートの中に手を入れている者はいないが、いずれもべったりとくっついており、傍目には銃殺か轢殺の刑に処したくなる痴態である。

 「ね、行こう?」

 囁いたマイは大きく開いた胸元を、シンジにぴたりとくっつけていた。上半身を密着させた姿勢で、シンジの耳元に囁きかけたのである。

 こくりと頷いて、マイに曳かれるように出て行くシンジの姿は、どこか悪魔の生贄になった哀れな犠牲者のそれにも見えた。

 

 

 シンジ達が出て行くのと、残った者達が離れるのとがほぼ同時であった。しかもご丁寧に、全員男たちは手を引っぱたかれている。

 「演技はここまでっ、さっさと離れてよっ」

 「もう冷たいよなあ、いいじゃないか少しぐらい」

 「誰があんたなんかと!絶対にお断りよ」

 ふんとそっぽを向いたセミロングの娘を、もう一人が止めた。

 「店の中で止めなさいよ二人とも。そんな事より、あの娘(こ)大丈夫かしら」

 ショートカットの娘が気にしていたのは、大きく開いていた谷間であった。胸の谷間に小さな黒子があったのに気が付いていたのである。

 「いや、俺としては」

 のっぽの発言に、全員の視線が向いた。

 「碇氏の発言で、あの子が切れないかどうかの方が心配だぜ」

 今日集まったのは全員エキストラであり、そしてみな演劇部の出身であった。その彼らの視線は、シンジが恋人はいない発言をした時、眉間に皺が寄っていたのを見抜いていたのだ。

 「大丈夫だろうとは思うが・・・」

 こんな所でばれてはつまらない。残りの面々も、どこか不安そうに二人の出て行った出口に視線を向けていた。

 

 

 

 

 「綺麗な夜景ね、ここを私に?」

 店を出て二人だが、シンジがマイの手を取ったのだ。

 「いい所があるから行かない?」

 「いい所?」

 頷いたシンジは、マイの手を取るとさっさと歩き出した。その勢いに、まさかホテルと言い掛けて、慌てて口を押さえた。

 シンジの足は繁華街とは逆に向かっており、迂闊なことを口走らなかったのは正解だったろう。

 ただし。

 今街の夜景を眺めるマイの表情は、幾分複雑であった。

 (初めてシンジとキスしたとこ・・・)

 心中で呟いた通り、彼女にとっては思い出深い場所だったのだ。

 黙然と下を眺めるシンジに、なぜか腹立たしい物を感じて後ろから抱き付いた。

 「な、なに?」

 一瞬驚いたように身を硬くしたシンジに、

 「いか・・・シンジ君付き合ってる人いないんでしょう?」

 「え?」

 「じゃあさ・・・私と付き合ってよ」

 「ぼ、僕と?」

 「そう、あなたよ。最初に会った時からいいなって思ってたのよ」

 −シンジが自分の存在を否定した−それならば自分だって否定してやる−

 シンジが承諾した時点で、マイは変装を解いて別れてやる気でいた。

 マナに戻って思いっきり張り飛ばしてやるんだから。私と気付かないなんて、シンジなんて最低よ。

 とりあえず半分くらいはその気になっていたが、心の隅では異なる気持ちがあった。

 すなわち−お願いだから断って、と。

 恋人がいるからって言わなくてもいい、だけど“二股”掛けるのだけは止めて、と。

 

 

 「どうして僕がいいの?」

 シンジが訊いた−妙に静かな声で。

 「・・・え?」

 「初対面でそんな事言い出すほど、僕に魅力でもあるの?」

 「そ、それは・・・」

 「それに金剛さんも、いきなりこんな事する人には見えないんだけど」

 「・・・私が軽いって言うの?」

 「そうじゃないんだけど」

 「じゃ、いいじゃない。こんないい女が迫ってるのに、それを振るっての?」

 「うん」

 シンジの反応は、断って欲しいとの願いには合致していた。

 だが、妙な所で傷つくのがプライドである。

 「ふうん、あたしを振るって言うんだ」

 ぐいと胸を広げると、見せ付けるようにシンジに迫る。

 その顔が驚愕に見開かれたのは、次の瞬間であった。

 「な、なにをっ!?」

 シンジの指が、谷間の間にすっと差し込まれたのだ。

 「やっぱりね」

 シンジはにやっと笑った。

 慌てて手をどけようとするのへ、

 「谷間出しすぎだよ、マナ」

 「な、な、何を言うのよ」

 「胸をあんなに出さなかったら、僕も騙されたかもしれないけど」

 そう言うと、差し込んだ指を怪しく蠢かせる。

 「あ、あんん、シンジっ」

 「こんな変な格好して、僕の浮気調査でもしてたの?」

 シンジの顔から笑みが消えた。

 「そ、そうじゃないけど・・・」

 「じゃ何?」

 「シンジが・・・シンジがもしかしたら・・・」

 「僕がどうしたの?」

 「わ、私に飽きたんじゃないかって・・・んむっ」

 顔を持ち上げられてキス・・・ではなかった。確かに唇は合わせていたのだが、マナの鼻はシンジに摘まれていたのである。

 気道を塞がれて、だんだんマナの顔色が変わって来る。シンジが離したのは、一分近くも経ってからであった。

 同じ気道を塞がれるのでも、予期しているのと不意打ちされるのとでは、身体の反応がまるっきり変わって来るのだ。

 「まったくつまんないことを」

 シンジは咳き込んでいるマナの頬を、ぴんと弾いた。

 「だ、だってえ・・・」

 「だって何?」

 「あの、その・・・ご、ごめんねシンジ」

 まったくもう、とぼやいたシンジだが、その視線はマナの胸元に向けられている。

 シンジがマナだと見抜いた“物証”−胸の谷間にある黒子を眺めていたが、ふと気が付いたように訊いた。

 「ところでマナ」

 「え?」

 「もし僕がうんて言ったらどうしたの?」

 「な、何もしてないよ」

 「本当に?」

 「だってシンジを信じて・・・いたっ」

 「嘘つき」

 シンジが今度は、マナの頬を強く弾いた。

 「僕がうんて言ったら、正体ばらして引っ叩こうとか思ってたくせに」

 「な、何で分かったのっ」

 「・・・何だって?」

 シンジの視線に、誘導尋問を悟ったらしい−そしてそれに、自分があっさり引っかかった事も。

 「ず、ずるいわよそんなの」

 「殆ど分かるよ−マナの事なら」

 その一言で、マナの顔がふわーっと溶けていく。

 「シ、シンジ・・・」

 「そんな事より」

 「え?」

 「僕を疑った罰に・・・帰ったらおしおきだよ、マナ」

 「いっぱい・・・おしおきしてね?」

 何を思ったかは不明だが、マナはシンジの腕にきゅっとしがみ付いた。

 

 

 

 

 

 「ほう、それで?」

 グラスを拭きながら訊ねた怪に、 

 「マスター、ヴァージンロードちょうだい」 

 数日後、店に現れたマナはかなりご機嫌であった。

 「どうぞ」

 差し出されたグラスを取る手に、光る物があるのに気が付いた。

 と言うよりは、見てと言わんばかりであったのだが。

 「その指輪は?」

 訊かれるのを待っていたかのように、マナはにぱっと笑った。

 「婚約指輪よん」

 「三か月分?」

 「ううん、半年分」

 一瞬宙を仰いだ怪だが表情は変えぬまま、

 「おめでとうございます」

 わずかに口許を緩めて告げた。

 「ありがと」

 嬉しそうにグラスを傾けたマナが、ふと気付いたように訊ねた。

 「ねえマスター」

 「なにか?」

 「シンジがどう反応するか、分かってたの?」

 「カードは、変わらぬ愛を告げていましたから」

 「カード?」

 マナが訊き返そうとした時、ドアが開いて一人の若い女が入ってきた。

 「お客さんのようです」

 客にしか見えないじゃない、マナがそう言い掛けた時。

 「マスター、ブラックパッションを」

 カウンター席に座るなり、女は憔悴しきった声でそうオーダーしたのだ。

 「マスターも忙しいわね」

 ウインク一つ、マナはすっと立ち上がった。

 シンジにされたおしおきの感触が、まだ身体のあちこちに残っている。それを思うだけでマナの頬は赤く染まっていた。

 思い出しだけで、今夜は盃が進みそうだ。

 そう思いながらマナは立ち上がった。

 「ごゆっくりどうぞ」

 怪の声を聞きながら端のテーブルに移動する。座ってからカウンターを見ると、怪の長身がすっと消えるところであった。

 「変わらぬ愛、か・・・」

 そっと呟いた声には、紛れも無い嬉しさの響きがあった。

 

 

 

 

 

(了)

後書き:

URIELです。
一応内容は発注どおりのはず<ただし、LMSの部分だけ
ある掲示板で出した話を、そのままSSにしてみたりなど。
店名等については・・・あまり突っ込まないように願います(笑)


uriel@cool.email.ne.jp

 URIELさんから投稿作品をいただきました‥‥‥。
 オリジナルキャラクタの「怪」‥‥実に自然に登場してますね、‥‥そう思うでしょ?ね?ね?

 マナの正体を見破る‥‥シンジもなかなかやるものだなぁ‥‥。
 胸元が見えてたのが決め手‥‥そんなにマナ板が印象的だったのか‥‥
 そうじゃなくって、シンジ以外はほとんど知らない秘密の部分を知っていたのがポイントだったのですね

シンジ:マナのそんなとこに黒子があったんだ‥‥。
マナ:何を言ってるのシンジ♪そこもあそこも、全部見たじゃない♪
二人組:‥‥なんですって?(×2)

 そして、シンジからマナへのお仕置き‥‥。
 裸にしてお尻ぺんぺん‥‥とかかしら?<謎

シンジ:‥‥おしおきしてほしいの?
レイ:何を言うのよ(ぽっ)
アスカ:おしおきされてあげるわ!
シンジ:‥‥寝かして欲しいんですけど

 素晴らしいお話でありました。みなさんも是非URIELさんに感想を送ってください。

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