打ち寄せる波の音と、その波が足を洗う感覚。
肌に軽く振れる風。
強く香る潮の匂い。
どこからか聞こえてくる海鳥の鳴き声。
そして…

「なあに?」

僕の隣に立つ彼女の声。
風に舞うプラチナ色の髪が日差しを浴びてきらきら輝いている。
少しはにかむように僕を見つめる瞳。
綺麗な真紅な瞳。
透き通るような白い肌。
彼女の足も波に洗われている。
僕は軽く首を振って答える。

「なんでもない。」

「そう…」

彼女は一瞬強くなった風に揺れたワンピースの裾を押さえてそう答えた。
誰もいない二人だけの浜辺。
真っ白な砂浜と澄んだ青色の海、そして濃い青色の空、そこに漂う雲。
雲から現れた、昇ったばかりの太陽が僕達の顔をまぶしく照らす。
ある夏の朝。
でも、僕はこの朝のことを忘れないと思う。
彼女と二人で見た朝日のことも。
きゅっと手が握り締められる。
僕は彼女の視線を戻す。

「そろそろ戻らない?みんなに見つかったら何言われるか。」

その言葉に僕は大きく頷いた。

「そうだね。まだみんなには内緒だものね。」

そして、僕達は踵を返して海から上がった。
 
 
 
 
 
 

「約束」

Written by TIME/2000


 
 
 
 
 
 

「ふう〜。極楽、極楽〜っと。」

シンジはデッキチェアを倒し、小さくため息をつく。
みんなで泊まっている旅館の目の前がすぐ海になっている。
ビーチパラソルの影にデッキチェアにシンジは横になっていた。
視線を波打ち際に向けるシンジ。
そこでは女の子が何人かはしゃいでいるのが見える。
一緒に遊びに来ているクラスの女の子達だ。
都合10人になってしまったが、もともとはシンジと彼女の二人で遊びに来るはずだった。
それが…

「お〜?もうシンジはダウンか?」

背後から聞こえてくるその声にシンジは苦笑気味に答える。
そう、ケンスケがこの旅行を企画して、結果二人はこの旅行に参加することにした。
なんといっても旅費が破格だったから。
なぜ、そんなに安くなっているのかは今もって不明だった。

「ちょっと休憩。朝から遊びっぱなしだし。」

「でも、来年の夏は遊べないしな。今のウチだぞ。」

ケンスケはにやりと微笑みながら、カメラを構える。
彼の目的は至極明快。
一緒に来た女の子達の写真を撮ること。

「まぁ、好きにするよ。」

視線をケンスケから浜辺に移したシンジ。
相変わらずはしゃいでいる女の子の中で、ふとある一人に目が止まる。
他の女の子達に水を浴びせている彼女。
薄いブルーのワンピースの水着が良く似合っている。
はぁ…
何かまだ信じられないな…
あの子と…
と、視界にいきなりケンスケの顔がアップで現れる。

「うわ!」

驚いたシンジににやにや笑いながらケンスケは告げる。

「で、シンジは誰がお好みなのかな?」

「へ?」

ケンスケはぐっとシンジに顔を近づける。
シンジはそれに合わせて顔を離そうとする。

「今、何かいやらしい目つきで女の子を見てたぞ。」

シンジはふるふる首を振って答える。
口元に苦笑を浮かべて。

「そんなことないよ。」

「もしかして綾波か?」

その言葉にどきりとするが、何とか平静を保とうとするシンジ。
しかし、ケンスケはしたり顔で言葉を続ける。

「彼女はガード固いぞ。それに、誰か好きな人がいるらしいしな。」

さらにシンジの鼓動は早くなる。
しかし、かろうじて表情をそのままに保つ。

「ふうん。そうなんだ。」

興味なさそうに答えたシンジ。
それを聞いてケンスケも自分の目的を思い出したのか、ひらひら手を振った。

「まぁ、いいか。じゃ、俺は当初の目的を果たすことにするよ。
シンジも気が向いたら来いよな。」

ケンスケは首を振りながら、浜辺に歩いて行った。

「はぁ〜…まずかった。今のはまずかった。」

そう呟いて、デッキチェアのもたれるシンジ。
まさか、あそこで綾波さんの名前が出るなんてね。
まいった。
顔に出さないようにしてたけど、
ケンスケにはバレてないよね。
まだみんなには内緒だし…
って、別に隠す必要は無いのだけど…
でも、堂々と付き合ってますって言うのも気が引けるし。
難しいな。
彼女ももう少しだけ待ってって言ってたし。

そうだよね。
お互いまだ、前のように名前で呼べないし。
僕もまだ「綾波さん」、綾波も「碇くん」だから。
以前のように「レイちゃん」、「シンちゃん」にならないと…

でも、そうなっても余計に困る気もするよね。

ふう。
デッキチェアに横になり頭上に視線を向ける。
半分ほどデッキチェアに隠れているが、青い空が見える。
どうだろう?
みんな、僕達のこと知ったら驚くかな?

そうだよね。
僕達が幼馴染だったなんて誰も知らないはずだし。
クラスでも、それほど仲良く話しているわけでもないし。
時々一緒に帰ったりしたけど、それも遅い時間だったりするし。
う〜ん。
やっぱり言いづらいよね。
まぁ、このまま気づかれないなら、それでも良いけど。


それにしても、気持ちいいな。
湿度も高くないし、影だと風も涼しいし。

ふう。
昨日あまり寝れなかったんだよね。
何か、眠くなってきちゃったよ…
いつの間にか、穏やかに吹く風につられて、シンジは眠り始めた。
 
 
 
 
 
 
 

それは梅雨のある日のこと。
僕はその日は週番の仕事を終わらせて帰ろうとしていた。

「はぁ、雨降ってるよ〜。今日は降水確率10%だって言ってたのに。」

僕はそうぼやき、廊下を一人出歩き、玄関に向かう。
雨はしとしとと降りつづけていた。
他に誰もいない廊下に僕の足音が響く。
その足音を聞いていると、何故か、寂しくなってしまう。

「やっぱり走るしかないかなぁ。」

下駄箱で靴を履き替え、ため息をつきながら、そう呟く。
自宅まで走れば10分ほどだ。
濡れるのは仕方ないか。
そう決心して走り出そうとした時、いきなり背後から声がかけられた。

「碇くん?」

その言葉にはっとして僕は振りかえった。
そして、そこに立っていたのは。

「綾波さん?」

少し驚いた表情を浮かべて綾波が立っていた。

「碇くんは、今帰り?」

「うん。綾波さんは?」

「私も今帰りよ。」

にっこりと綾波が微笑む。
なぜか恥ずかしくなって僕は顔を逸らす。
綾波がすたすたと僕のそばに歩いてきて訊ねる。

「ねぇ…碇くんは傘忘れたの?」

僕は視線を一度どんよりと曇った空に向けてから答えた。

「あ、うん。今日は降らないと思っていたから。」

「そう…」

そして、綾波は傘を僕に差し出した。
僕は戸惑って、綾波の顔をまじまじと見つめる。

「え?」

「じゃあ、一緒に帰ろ?」
 
 
 
 
 
 
 
 

どこか遠くから声が聞こえてくる。

「つんつん。起きないかな?」

頬に何かが触れる感触。

「ねぇ、碇くん、起きなさい。朝よ。」

くすくす笑いとそんな言葉が聞こえてくる。
この声は…
僕はゆっくりと瞼を開けた。
そこには一人の女の子の顔が。

「あ、綾波…さん…?」

普通の声を出したつもりだったが、ちょっとかすれた声になってしまう。
レイはいつもの笑顔を浮かべてシンジに微笑みかける。

「おはよう。碇くん。」

シンジはゆっくりと体を起こしてレイをまじまじと見つめる。

「僕、寝てたんだ?」

「そうよ、もうぐっすり。」

こくこく頷いて見せる。
陽もかなり翳ってきていた。
頭を振ってシンジは訊ねる。

「みんは?」

「もう、海から上がったわ。」

レイは軽く肩をすくめて見せる。

「そう…か。」

「碇くんも部屋に戻る?」

大きく背伸びをしてシンジはレイを見る。
レイは水着にぶかぶかのTシャツを身に着けていた。

「綾波さんは?」

「私?」

レイは少しはにかみながら、シンジをじっと見つめる。

「私は碇くんと一緒にいたいな…」

シンジの右手をきゅっと握るレイ。
見つめあう二人、お互いにまだ照れているのか、少し頬が赤く染まっている。
と、いきなりその二人の元に声が降ってくる。

「お〜い。シンジ。」

手をぱっと離す二人。
そこにケンスケがやってくる。
綾波は頬を真っ赤にしてうつむく。
そんな様子を見てケンスケが怪訝そうに綾波に声をかける。

「どうしたの?」

綾波はうつむいたまま首を振った。
慌ててシンジが話しかける。

「で、どうしたの?ケンスケ。なにか慌ててたけど。」

「あぁ、夜、みんなで花火をしようってことになったんだけど。
一緒に買い出しに行かないか?」

「あぁ、それだったら…」

ちらりとレイを見るシンジ。
レイは顔を伏せたままだった。

「別に良いけど。」

ぴくりとレイの身体が震える。
しかし、シンジはケンスケを見ていたので、それに気づかなかった。

「じゃあ、行こうか?」

「ちょっと待ってよ。せめて着替えさせて。」

「あぁ、そうだな。じゃあ、俺は玄関で待ってるから。」

「うん。」

去っていくケンスケの後姿を見て、シンジはため息をつく。
と、レイがじっとシンジを見ていることに気づく。

「どしたの?」

「なんでもない。」

それだけ告げて、レイも旅館に向かって歩いて行った。
 
 
 
 

傘に当たる雨音を聞きながら僕達は並んで歩いていた。
沈黙して顔を伏せ、彼女は僕の隣にいる。
そう、いつだったか、すごく昔にこんなことが…
と、綾波がくすくす笑い出す。

「どうしたの?」

その問いに綾波は首を振って僕を見上げる。
昔はよく似た背丈だったけど、今は僕のほうが高くなってしまった。
でも、僕は綾波のちょっと上目使いで僕を見る表情が好きだった。

「だって、幼稚園の時もこうして二人で帰ったよね…」

「幼稚園…」

その言葉でその時のことが思い出された。
二人で並んで帰ったとき。
長靴をはいて、水溜りにわざと入ったり、
どこから聞こえる蛙の声に耳を澄ませたあの時。
そうか、あれは幼稚園のことだったのか。
さっき、僕が感じていたのは、そんなに昔の話だったんだ。
でも、あの時は…

「あの時は私が傘を忘れて、碇くんの傘に入ったんだけど。」

「そうだね…そういうこともあったね。」

あの時はまだ僕も彼女も幼くて、
異性だってあまり意識してなかったような気がする。
ううん。そんなことはなかったか…
だって…

「約束。」

そう綾波が呟く。
その声に僕は思わずまじまじと綾波を見つめる。
僕が考えている事も綾波が考えていたと知って驚いたから。
綾波は視線をさ迷わせながら言葉を続ける。

「約束…覚えてる?」

僕は胸ふさがる感じに小さく息をついた。
あの時交わした約束。
でも、僕はその約束を守れないと思っていた。
だって、こんな僕なのに、どうして君に…

「うん。覚えてるよ。」

うつむいたままで綾波は小さく息をつく。
そして、また小さな声で訊ねる。

「その約束は、守ってはくれないの?」

その言葉。
僕は立ち止まってしまった。
その僕に、レイはやっと伏せていた顔を上げて見つめてくる。
頬が真っ赤になっていて、瞳も潤んでいる。
その瞳はずっと昔から知っているもの。
しかし、その瞳に込められた思いは…

「私、ずっと待ってたんだよ?」

聞こえるのは雨が傘に落ちる音だけだった。
綾波は言葉を続ける。

「なのに…どうして?」

僕はじっと綾波さんの瞳を見つめていた。
ずっと待っていてくれた。
あの時の約束を信じて。
どうしてなの?
あんな約束。
それにずっと、そんなそぶりを見せてくれなかったじゃない?


「私は碇くんのこと好きよ。ずっと好きだった。」

綾波の瞳から涙が零れる。
僕はその涙をすごく綺麗だと思った。

「もう碇くんは私に興味無い?
私のことはどうでもいいの?」

頬を伝った涙が、顎から落ちる。
僕は首を振った。
そんなことない。
ずっと綾波のことは好きだったんだ。
でも、僕は勇気が無くて。
そのことをちゃんと言葉にできなくて。
あの時の約束も守れないで。
ずっと、今まで…
ごめんね。
僕のせいで、すごく悲しませたのかな?
こんな僕のために。


待たせてごめんね、遅くなったけど言うよ。
あの時の約束を守るために。

「好きだよ。綾波さんを。ずっと好きだった。」

そう、まだレイちゃんって呼んでいたときから、
今までずっと、一番好きなのは君だったんだよ。
ずっと、君を見ていた。
桜が散る春も、
真っ白な雲に覆われた夏も、
木々が赤く染まる秋も、
雪が全てを包み込む冬も。
ずっと好きだったんだ。
だから。
だから。
 
 
 
 
 
 
 

花火が終わった後の砂浜。
片づけを済ませて旅館に戻って行こうとするクラスメートの後を追おうとするシンジ。
しかし、何かに気づいたのか、振りかえって砂浜の方を見る。

「どうしたのか?シンジ。」

「いや、ちょっと…先に戻ってて。」

シンジはそう答えて、砂浜の方に歩いていく。
灯りはなかったが、空に浮かんでいる月が、
銀色の光で辺りを照らし出しているので、歩くのに苦はなかった。
シンジはゆっくりと砂浜を波打ち際に向かって歩いていく。
砂を踏みしめる音が聞こえる。
そして、それを確かめ、声をかけた。
少しだけ海の中に入った所にぼんやりと光るその姿に。

「綾波さん…?」

そこには膝ぐらいまで海に浸かって立っているレイがいた。
シンジの声にゆっくりと振りかえるレイ。

「シン…ちゃん?」

その呼び方に少しどきりとしながら、ゆっくりと波打ち際に近づくシンジ。
そんな呼び方をされるのはもう久しくなかったから。
どうしたんだろう?
何か雰囲気が違う。
綾波も。
そして周りの景色も。
これじゃあまるで…

「どうしたの?」

シンジはとりあえず、そう声をかけてみた。
レイは空に視線を向けて答える。

「月…見ていたの。」

「月?」

シンジはそう聞き返しながら、空を見上げる。
半分ほどかけた月が銀色の光を放っている。

「そう…月を見ていたの。」

その月の光が彼女をぼんやりと輝かせる。
彼女のプラチナ色の髪が、今は自身で光を放っているように見える。
それに合わせるように波の波涛がきらきらと光る。
まるで、何かの夢の中にもぐりこんだような感覚。
そう…
まるで彼女がここからいなくなってしまうかのように…
なぜかすごく綾波が儚げに見える。
慌てて首を振って意識を引き戻すシンジ。
そんなことない…
綾波さんはここに居る。
決して幻なんかじゃない。
夢でもない。
それに僕は…

「ねぇ…シンちゃん?」

どこか現実味を帯びていない口調で、レイはシンジを呼ぶ。
シンジはまた首を振った。
なぜか、今、ここにいることを現実として認識できない。
どうしても、夢の中にいるみたいにそう思ってしまう。
そう、綾波の口調も、まるであの頃のように…
まだ、二人が壁を作る前の時のように…

「何?レイちゃん…」

ふとそう答えてしまう。
そして、シンジは苦笑を一瞬浮かべる。
もう、こんな風には呼べないと思っていたのに。
口に出してしまえば、なんでもないことのように感じる。
レイはにこりと微笑みながら、またシンジの方を振り向く。
しかし、その視線をシンジを通りぬけて、他の何かを見ているように感じられた。
シンジは思った。
そう…綾波はまるで夢を見てるみたいだ。

「シンちゃんは…ずっと傍に居てくれるよね?
何があっても、私の傍に居てくれるよね?」

その言葉にシンジは息を呑む。
あの時に交わした約束。
その時と同じようにレイはシンジに訊ねた。
彼女の母親を失った時、泣き明かす彼女を慰めようとしていた時のこと。
シンジは瞳を閉じる。
一度は諦めたが、今まで忘れた事もない、後悔もしたこともない。
だから、やっぱり答えは一つ。
シンジは力強く頷いて見せる。
彼女を勇気づけようとしたあの時と同じように。

「うん。そうだよ。ずっと傍に居る。
そう約束したじゃない。だから、ずっと傍にいるよ。」

レイはシンジのその答えにもう一度笑顔を浮かべてうなずくと、すっと瞳を閉じる。
その瞬間に月が雲に包まれる。
辺りが一瞬暗くなるが、すぐにまた月が出てくて辺りを照らす。
シンジはふうとため息をつき、レイに視線を移す。
とレイがまじまじとシンジを見つめている。
その視線は間違いなくシンジに向けられていた。
それに先ほどまでの夢見ているような感じはなくなっていた。
シンジ自身も夢から覚めたような気分を味わっていた。
こうしてみると、やっぱり全て夢だったように感じる。
さっきのは現実だったのだろうか?

でも、僕はもう一度約束した。
だから…
と、レイが不思議そうな表情を浮かべているのに気づき、シンジは声をかけてみる。

「どうしたの?」

そう首を傾げるシンジにレイはふるふると首を振って見せる。

「う、うん。何かすごく不思議な感じがして。
まるで夢から覚めたような。」

その言葉に少し驚きながら、シンジは答える。

「レイちゃんも?僕も何かさっきから変なんだ。」

「そう、シンちゃんもなんだ…」

そう告げて、レイは何か考え込むような表情を浮かべる。
と、そこで何かに気づいたのかレイはシンジを見る。

「どうしたの?」

シンジはもう一度レイに訊ねる。
しかし、レイは笑顔を浮かべたまま首を振る。

「ううん。なんでもない。」

そしてまじまじとシンジを見つめる。

「ねぇ…ずっと聞きたかったんだけど…」

「何?」

「どうして、あの時、いきなり綾波さんって呼ぶようになったの?」

あの時。
僕が綾波のことを異性として意識し始めた時。
そして、周りの男の子のことも気にし始めた時。
僕が犯した過ち。
シンジはちいさく首を振って答えた。

「別に今にしてみれば、大した理由じゃないよ。
ただ、周りの男の子達に冷やかされてね。」

レイはこくりと頷いた。

「苦労したよ。ついレイちゃんって呼びそうになるから…
だから…」

「そうね…だから声掛けてくれなくなったんだ…」

シンジはうつむいて足元を見つめる。
真っ白な砂浜は今は月の光で銀色に光っている。
そう…
いっそのこと慣れるまで名前を呼ばなければ良いって…
バカだよね。
それで君はどんなに傷ついたのだろう?

「そうだね…やっと綾波さんって呼べるようになった時、
『何?碇くん』って返されて。」

「どう思った?」

シンジは顔を上げた。

「すごく悲しくなった。
名前だけなのに、二人の距離が無限に遠くなった気がして。
でも、それは最初に僕がした事だから。
だから、受け入れないとって思った。」

そして小さくため息をつく。
通りぬけた風に強く潮の香りを感じた。

「それでもう約束は果たせないと思ったんだ。
もう君の傍にはいられないって。」

「そんな事ないのに。
名前の呼び方が変わっただけで、何も他は変わっていなかったのに。
私はそう思おうとしてたのに。
すぐに元の二人に戻れるって。」

「そうだね。今にして思えば、僕が勝手に壁を作ったのかもね。
レイちゃんのことを考えないで、自分で勝手に決めつけて。」

レイはふるふる首を振って告げた。

「ううん。でも、今は違う。そうでしょ?」

そのレイの問いにシンジは力強く頷いた。
レイはにっこり微笑み波打ち際まで歩いてくる。
それを迎えるシンジ。
レイの伸ばした手をシンジは掴んだ。
にっこりと微笑んだまま、レイはシンジの胸に飛び込んだ。
それを受け止めるシンジ。
シンジの胸の中でレイは嬉しそうに呟いた。

「やっと、ゴール…したよ。」

シンジは不思議そうに胸の中にいるレイを見る。
レイは顔を上げてにっこり微笑む。
沖から吹く風でレイの髪がふわりと舞う。
まるで流星雨のようなきらめきを残し髪が舞った。

「ここがずっと、探していた私の帰る場所だから。」

そして二人で手を繋いで歩き出す。
ふと、レイが何かを思いついたようにシンジを見る。

「ねぇ…シンちゃん。」

「うん?」

「みんなに言っちゃおうよ。私達付き合ってますって。」

そして、シンジに聞こえないような小さな声で呟いた。

「誰にもあなたを渡したくないから。」
 
 
 
 
 

FIN.
 
 
 
 
 



あとがき

どもTIMEです。

怪作さんの部屋への投稿第2弾の「約束」ですが、いかがでしたか?
アスカ、レイと書いてきたので、当然次はマナですね。
#怪作さんからの承認も降りてましたしね。

さて、この作品は私が今年書いた夏3部作の3本目にあたるお話です。
もともとLAS,LMS,LRSと、3本書いたうちのLRS編になります。
#他の2本は別サイトで公開中です。

幼馴染だったレイ、シンジのお話ですが、
回想とか入れたので、ちょっとわかりづらくなったかもしれません。
もう少しスマートに書きたいのですが、なかなかうまく書けませんねぇ。
#そこは作者の力不足ということでご勘弁の程を。

それでは、またお会いしましょう。


TIMEさんから投稿作品を頂いてしまいました。

しかも、サイトの(管理者の)発する烏賊クサイ臭気とはそぐわないほど綺麗なお話ではないでしょうか!(笑)

レイとシンジの秘密の関係‥‥それは、幼い恋心が生じたものなのですな。
そのまま恋人同士に‥‥ならずに気恥ずかしさから一度は秘密にしてしまったですが‥‥。

うむ、やはり、はっきり所有権を主張しておいたほうがいいですからね〜

やっと、シンジは『約束』を果たせたようです。

素晴らしいお話でした。読後にTIMEさんへの感想メールをお願いします。是非。

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