200万ヒットお祝い競作SS
しふぉんさま設定の世界『〜遺書 -ノコスコトノハノカミ- 〜』後日談

 お手数とは存じますが、しふぉんさまの作品を先にお読みください。
 なお、あのすばらしい設定をこうしたのは、すべてわたくしの責任です。
 怒らないでください。お願いします。

「輪廻転生−1回目」


作者:タヌキさん

 
 二人は、引き離されることを恐れた。
 その功績に世界は、二人が共に居ることを恐れた。
 「アスカ、僕らは生まれ変わってもずっと一緒だよ、」
 「決まってるじゃないっ!アンタ以外でアタシの隣に立つ資格のある男がいると思って
るの?」
「無いって、信じたいよ」
「じゃぁ、答えはひとつでしょ? 生まれ変わっても、アンタはアタシの隣だけよ」
「うん、僕の隣もアスカだけだよ」
 世界の英雄はこの会話を最後に世を去る。
 彼らの死は、世界を揺るがした。
 そして彼らの幸せを祈る世界に人々は、新たに生まれくる命に彼らの名を与えた。
 世界に多くのシンジという名の少年と、アスカという名の少女が生まれた。
 大人達は全ての二人に幸あれと祈りを捧げる 。




 哀悼の意を違った形で表したのが、サードインパクトの後、シンジの望みで復活した綾
波レイ、渚カヲルであった。
 第二使徒リリス、第十七使徒ダブリスの異名を持つ二人は、シンジとアスカを追いつめ
た日本政府とネルフドイツを許さなかった。
 両者は結託してシンジとアスカを引き離そうとした。ドイツと日本で世界の覇権を分け
るために、より多くの適格者を残させる。シンジには女性を、アスカには男性を無理に与
えようとした。

「シンジ君にとって惣流さんは、半身だったのだよ。それを引き裂いて、惣流さんに男を
あてがおうなどと。美しくないね、リリン」
 ドイツ支部の頭上10000メートルに滞空したカヲルが、冷たい声で言った。
「二人を死に追いやった罪は、存在を失うことで償ってもらうよ」
 カヲルは冷笑と共にATフィールドの筒でドイツ支部を世界から隔離した。
「輪廻転生もさせないよ」
 現実と分離された空間は、吸いこまれるようにと黒い海の中へ消えた。

「碇くんが、弐号機パイロットを望んだから人は復活した。全ての代わりに手にした者を
奪われる不条理を、碇くんに与えたことを、私は許さない」
 議場に集まっている政治家たちの前に現れたレイは、紅い瞳を爛々と光らせた。
「さようなら」
 別れを告げたレイはその場でATフィールドを反転させる。
 たちまち、議場は紅い海になった。

 復讐を済ませた、レイとカヲルは太平洋の上で邂逅した。
「これからどうするんだい? 」
「…………」
 カヲルの問いにレイは沈黙で応える。
「僕と一緒になってフォースインパクトを起こすかい? 」
「それは嫌。私がひとつになるのは、碇くんだけ」
「そうだね。僕もシンジ君がいいな」
 二人の意見は一致した。
「では、輪廻転生しよう」
「そうね。新しい人ととしての生。そこで私と碇くんは幼なじみとして出会うの。弐号機
パイロットは、遠く異国の空の下でむなしく一人生きていくの」
「甘いよ。リリス。シンジ君と幼なじみになるのは、この僕さ」
「だめ、碇くんを変態の道には進ませない。私がまもるもの」
「ふふふ。僕が女に転生すればいいだけさ。そうすれば、僕とシンジ君は結婚も出来るし、
二人の間に子供を作ることも出来るんだよ。出産、リリンが産み出した生殖の極みだとは
思わないかい? 」
「……先に逝くわ」
 話にならないとばかりにレイが光の粒子になって消える。
「気が早いね。リリス。では、僕も。今逝くよ、シンジ君」
 カヲルも光の中へ溶けていった。

 西暦2016年。人類は世界を救った英雄二人と二柱の守護神を失った。

 至高の存在の興味をひくほど、人類という種は貴重でも勤勉でもない。サードインパク
トの影響で、急激に増えた輪廻転生の魂たちの動きを見守ると言うより、見過ごしていた
至高の存在が、ふと耳を澄ました。
「アスカ、アスカ、アスカ」
 至高の存在は、漂う魂の中でひときわ大きな声をあげているものに気づいた。そこから
あふれてくるのは、アスカという名前への執着。手を差し伸べた神は、その魂が望むもの
が、ドイツ半分、アメリカ四分の一、日本四分の一という複雑な血統と赤茶色の髪に碧眼
の女の子だと理解した。
「ふむ。このものは前世で、我が存在に近いところまで来ていたのか。よくぞ、己の欲望
を抑えられたものだ。人などという強欲な存在とは思えぬな。よかろう、その小さな望み、
かなえてやろう」
 至高の存在は、順番待ちをしている魂たちを後回しにして、この魂を現世へと送った。
「あら、あなた、この子動きましたよ」
 ドイツベルリンの片隅で日系ドイツ人の女性がふくらんだお腹を撫でる。
「そうか。もう少しだな。私たちの子供が生まれるのは」
 隣の夫がほほえむ。
「ねえ、名前は決まったんですか? 」
「ああ。女の子だと聞いたときから決めていた。この子はアスカだ。そう、あの世界を救
った英雄の一人。美しく気高き少女名前を貰う」
「そうですね。あの可哀想な女の子の分まで、幸せに成って貰いましょ」
 
 2016年6月6日、一人の少女が産声を上げた。 アスカ・ボードレーの誕生であっ
た。

「おや、珍しいな。ダブリスではないか。我に近き存在が輪廻転生とはどういうことか?」
 至高の存在が、近づいてきた魂に問う。
「今、送り出した魂のすぐ隣で女として生まれたいんだよ。頼めないかな? 」
「先ほどの白きものか。なるほど、あのものならダブリスが、好意を抱くのも当然かも知
れぬな。あれほど純粋な魂は最近にない。よいとも任せておけ」
 こうしてダブリスは、ドイツで少女としての生を受けた。カヲル・リードビッヒの誕生
であった。

「あれは、また激しい色の魂だな」
 至高の存在は、燃えるような赤の魂に手を伸ばした。
「シンジ、シンジ、シンジ」
 魂から出る叫びはその名前だけ。
「ほう、日本人の男の子が望みか。それをかなえるだけの功績を前世で積んだか」
 至高の存在は、赤い魂を日本に送った。

 2016年12月4日、第二新東京市に一人の元気な男の子が産声を上げた。猪狩シン
ジの誕生であった。

「碇くんの近くに生まれさせて」
「これはリリスではないか。おまえもか。分かった。猪狩だな」
 至高の存在は、リリスの魂を第二新東京に向けた。
 彩並レイの誕生であった。

「まったく、失敗してしまったねえ、男に転生しておけば好かった。シンジ君があんな可
愛い女の子に成るとは思わなかったよ」
 渚カヲルこと転生したフリードリッヒ・カヲルは、朝からため息をついた。
 カヲルの視線の先には、紅茶色した髪を腰まで伸ばし、その先を赤いリボンでまとめた
碧眼の少女が、人待ちをしているのが見える。
  アスカ・ボードレー。ニーベンブルグギムナジウム中等科2年A組、カヲルの同級生
であり、一番の親友である。
 西洋と言う名のメインディッシュに東洋というソースをかけた完璧な美貌、それに足し
て日本人の特質である奥ゆかしさと穴のない家事能力。ベルリンどころか、全ドイツ結婚
したい女の子NO1に選ばれるほどの美少女。
 牽制し有っているからか、直接声をかけているものは居ないが、熱い視線を送っている
男子学生が360度どこを見てもいる。その視線に耐えかねたのか、俯いている『アスカ』
(以後シンジ転生アスカをこう表記します)の背後からカヲルが忍びより、両手を脇の下
から回して『アスカ』の胸を掴んだ。
「きゃっ」
 『アスカ』が驚いて身体を跳ねさせるのを押さえて、カヲルはたっぷりとその感触を楽
しむ。
「アスカ君、また一回り育ったようだね。ああ、この柔らかさの中に秘めた弾力性、好意
に値するね」
「カ、カヲルさん。止めて下さい。女の子同士でこれはおかしいです」
 『アスカ』が身もだえする。その頬が紅潮していく。
 カヲルも『アスカ』ほどではないが、アッシュブロンドの髪に処女雪のような白い肌、
そして赤みがかった鳶色の瞳を持つ相当な美少女なのだ。ベルリンを代表する美少女二人
の戯れは、嘆美としか言いようがない。実際『アスカ』を見ていた男たち全員が、前屈み
になってしまっていた。
「アスカ君。何度も言うように僕にとっては男と女など同一のものでしかないのだよ」
 うごめくカヲルの手に、『アスカ』は涙を浮かべる。
「恥ずかしいから止めてください。でないとカヲルさんのこと……」
「相変わらず他人との一時的接触を極端に怖がるんだね」
「人前で胸をもまれるのを喜ぶ女の子なんて、居ません」
「おっと、悪かったね。アスカ君に嫌われては、僕が生まれてきた理由が無くなってしま
う」
 カヲルが名残惜しそうに手を離した。カヲルは自分のことを僕と、『アスカ』のことを
アスカ君と呼んでいた。
「さて、そろそろ学校に行かないと間に合わなくなるよ」
 まだ荒い息をついている『アスカ』の手をカヲルが引いて歩きだす。
 『アスカ』とカヲルは保育園からの幼なじみである。家はそう近くはないが、両親が同
じ会社に勤めていることもあってほとんど一緒に育ってきた。
「今世でも一緒にお風呂に入れるとは、やっぱり僕らの間には絆があるんだね」
 初めてカヲルが、『アスカ』の家にお泊まりしたとき、一緒にお風呂に入りながら言っ
た言葉である。とても3歳児とは思えない科白であったが、『アスカ』には何のことか分
からなかった。
 二人は保育園、小学校、中学校とずっと一緒であり、一度たりとても別のクラスになっ
たこともない。
「僕たちの間には切ることの出来ない絆があるということだよ」
 新学年が始まるたびにカヲルはそう言って、喜んだ。

「相変わらず、凄いね、アスカ君」
 登校した『アスカ』の机の上には、何十通とも知れないラブレターが積み上げられてい
る。
「いつものように、僕が預かるよ」
 ため息をついている『アスカ』を横目に、カヲルがラブレターを持ってきていたサブバ
ックの中に入れていく。このまま持って帰って焼却するのだ。
 かつては、一通一通『アスカ』が読んで返事を書いていたのだが、あまりの数に『アス
カ』が徹夜をしなければならなくなり、体をこわしそうになったことから、無理矢理カヲ
ルが取り上げて処分することになった。
「はあ、よく書けるものだね。しゃべったことさえない相手に愛を綴るなど僕には出来な
いよ。まったく好意に値しないね」
 『アスカ』ほどではないが、カヲルの机の上ににも数通の手紙が置かれている。カヲル
はそれを無造作にゴミ箱に捨てた。
 『アスカ』に告白しようとする男子も多いのだが、そのほとんどをカヲルが撃退してい
る。
「僕とアスカ君の仲に割り込もうと言うんだね。リリン、君の考えていることは無謀と
しか言いようがないよ」
 じろりと赤い瞳で睨まれたら、誰もが腰をひく。カヲルの居ない時を狙って来る男子た
ちも居たが、
「ごめんなさい。私、誰ともおつきあいするつもりはないんです」
 真摯に頭を下げる『アスカ』に断られる。
 一番異性に興味を持つ14歳という思春期を、『アスカ』は潔癖に過ごしている。確か
に他人との接触を嫌う所はあるが、それにしても身持ちが堅すぎる。同級生やクラスメー
トといえども、まず男子とは話さないのだ。無理に近づくと逃げだす。
 それには理由があった。
 物心着いたときから時々夢に見る少女、自分とまったくそっくりな少女に、『アスカ』
は囚われていたのだ。
「冴えないわね」
「見物料よ」
「開け開け開け」
「傷つけられたプライドは10倍にして返すんだから」
「無理しちゃって」
「無敵のシンジ様」
「アンタなんてだいいっ嫌い」
「抱きしめてもくれないくせに」
「アンタとだけは死んでも嫌」
「キモチワルイ」
 その日によって見る夢は違う。蒼々とした大海原に浮かぶ船の上であったり、灼熱のマ
グマの中であったり、夕焼けに染まる街だったり、紅い海と黒い月だけの世界だったりす
る。
 楽しいときもあるが、そのほとんどが心を切り開かれるように辛い。
「なんなの、これ」
 真夜中に寝汗をいっぱいかいて飛び起きる『アスカ』の唯一の希望が、最後に必ず現れ
る自分とまったく同じ姿の少女が、側に寄り添いながら、満面の笑みで言ってくれる一言。
「アンタ以外でアタシの隣に立つ資格のある男が、いると思ってるの? 」
 私は男じゃ無いという反発など起こらない。それこそ、分かれたもう一つの身体を求め
るが程、その少女への愛しい気持ちでいっぱいになる。
「はあ」
 『アスカ』は夢の中のアスカに恋していた。だからといって、鏡に映る自分の姿に見ほ
れたり、キスしたりすることはない。なぜか、自分とはまったく別の存在だと認識してい
るからだ。

「いやああ……」 
 今宵も『アスカ』は悲鳴をあげて起きた。
 見た夢は、二人で飛び降りるものだった。お互いに死んでも離れまいと強く抱き合った
まま、小高い丘の公園にある展望台から飛んだ。抱きついた相手の身体の温もり、匂い、
息づかいまで感じられたリアルな夢。
「初めて見た夢……でも、わたし、あの公園を知っている」
 『アスカ』の脳裏にいろいろな風景が蘇る。
 サイレンと共に生えてくるビル群。
 ブランコに座って俯いているあこがれの少女。
 そして、追いつめられて逃げこんだ展望台。

「わたし、おかしくなったのかなあ? 」
 『アスカ』はベッドから立ちあがると、濡れたパジャマを脱いだ。ふと枕元の時計を見
ると、『アスカ』14歳の誕生日、6月6日になっていた。

「お誕生日おめでとう。バースデーは、リリンが産み出した祝福の極みだね。プレゼント
は、僕の熱いベーゼだよ」
 カヲルは会うなり慶びを口にした。
「ありがとう」
 『アスカ』は元気がない。カヲルの冗談にも反応しなかった。
「アスカ君、またあの夢を見たんだね」
 いつものように通学途中で有ったカヲルが『アスカ』の顔を覗きこんだ。
「うん」
 『アスカ』が寝不足のぼうっとした表情でうなずく。夢の話を語った。
「妙な話だね、行ったことのない光景が出てくるなんて。前世の記憶なのかもしれないね」
「前世? そうなのかしら? 」
「ふう、やはり僕では駄目なんだね」
 カヲルがついたため息は悩んでいる『アスカ』には届かなかった。

「でも大丈夫かい? もうすぐネルフ基金の試験だけど、受けるんだろ? アスカ君も」
「うん」
 ネルフ基金とは、自殺した二人のチルドレンに支払われるべき賃金、危険手当、退職金、
年金を基礎としてネルフが作りあげたもので、14歳の少年少女に最先端の教育を施すこ
とを目的としている。この選抜試験に合格したものは、ジオフロントに集められ、学費、
生活費一切の心配をすることなく、学問に打ち込める。さらに合格者はネルフに仮採用と
なり、士官候補生として毎月既定の給与も支払われるのだ。
 サードインパクトの傷跡はかなり癒えたとはいえ、経済的には18世紀に戻った世界で
は、まだ生きていくので精一杯で、子供に十分な教育を与えるだけの余裕がないという人
が多い。ネルフ基金は向学心に燃える子供たちをバックアップするものであった。
「一年に20人しか選ばれない。厳しいことは判っているの。でも、わたしはどうしても
第三新東京に行きたい。いえ、行かなければならないの」
 『アスカ』が力強く言う。ちょっと声が大きくなった。ぞろぞろと二人の美少女を囲ん
で移動している男子学生たちが、驚いた顔をした。
「夢に出てくるあの風景は、第三新東京市のもの。一度テレビで見たことがある」
 純粋な少年少女の終焉の地、人類の存亡を掛けた戦いの場。今や世界的な聖地となった
第三新東京市を特集した番組は、毎日のようにテレビでやっている。
「やはり、宿命というのは避けられないんだね」
 カヲルが、すこし寂しそうな表情をした。
「宿命? 」
 『アスカ』が怪訝そうに首をかしげる。
 傾けられた首を、腰近くまで伸ばされた髪が覆うように流れる。小首をかしげたその仕
草は可憐の一言では表しきれない。
「あああ、なんて可愛いんだ」
 カヲルが立ち止まって『アスカ』の顔を胸に押しつけるように抱く。
「カ、カヲルさん……」
 『アスカ』が抱擁から逃れようと蠢く。
「あっ、あん。アスカ君、そんなに動いたら、僕の敏感なところに、アスカ君の唇が……
…し、刺激が……。こんな所で、そんなことをしては、あん。我慢できなくなってしまう
よ」
 カヲルが悩ましい声をあげて身もだえした。
 その声に、あちこちで男子生徒が股間を押さえている。中には鼻を押さえて上を向いて
いる奴もいた。
「ああ、もう駄目だよ。さあ、アスカ君、今からめくるめく官能の世界に二人で旅立とう
じゃないか。心配しないでも良いよ。君はなにもしなくて良いから。この僕に任してくれ
れば……」
「カヲルさん」
 『アスカ』が強い口調で呼んだ。
「ああああ……はあ、はあ、はあ」
 ひときわ高い声をあげてカヲルが荒い息をついた。
「もう、恥ずかしい」
 力の抜けたカヲルを置いて、真っ赤になった『アスカ』は足を速めて校門を目指した。

「なぜ、シンジ君の中身がわがまま女なの? 」
 幼稚園で『シンジ』と同級になったレイはすぐに気がついた。
「今度会ったら只じゃ置かないわ。至高神の役立たず」
 間違いなく、輪廻転生からはずされそうな文句を天に向かって吐きながらも、レイは『シ
ンジ』と幼なじみになった。(転生シンジを以降『シンジ』と表記します)
 日本人として転生したアスカは、前世から引きずる負けず嫌いの性格で、幼稚園で既に
頭角を現していた。公立の小学校、中学校と過去の記録を全て塗り替えて進んできた『シ
ンジ』は、中性的な顔立ちの仲に男らしい瞳の強さを見せて、同級生はもちろん下級生か
ら上級生、はては主婦から学校の先生に至るまで女性という女性を魅了していた。
 第三新東京市立第一中学校に登校した『シンジ』を待っていたのは、靴箱に入りきらな
いラブレターであった。
「容姿だけ、噂だけでよくもこれだけ熱意のこもった文章を書けるよな」
 『シンジ』は雪崩のごとく落ちてきたラブレターを手にとって嘆息した。
「貸して」
 レイが『シンジ』の手からラブレターを取りあげた。
「悪いな」
「気にしないで。あなたは私が護るもの」
 レイはラブレターを準備していた紙袋に入れた。持って帰って中身を確認し、後日懇々
と諭すつもりなのだ。なぜか、レイの説得を受けた女性たちは、二度と『シンジ』に近づ
かなくなるのだが。それは別の話。
 幼稚園からずっと一緒にいる二人は、公認のカップル扱いをされている。人気ナンバー
ワンの『シンジ』に釣り合うのは、レイぐらいしか居ない。わずかに色の薄い髪と光の反
射によって紅くも見える鳶色の瞳は、見るものを惹きつけてやまない。
 前世でアスカに及ばなかった凹凸も好き嫌いのない育ち方をした今は、十分にある。バ
ストは学年一大きく、ウエストは学年一細い。
「つきあって下さい」
「一緒に映画に行きませんか」
 レイにも多くの男子生徒から声がかかるが、
「私と一つになれるのは、碇くんだけ」
 きっぱりとした拒絶にあえなく撃破される。
 碇くんと猪狩くん。漢字にしないと分からない差など、誰も気づかない。校内では既に
『シンジ』とレイは行き着くところまで言っていると噂になっていた。
「もうちょっと違う断り方をしろよ」
 『シンジ』があきれた。レイの思わせぶりな断り方のとばっちりは、いつも『シンジ』
に来る。嫉妬した男に闇討ちされたこともある。誤解した生活指導に呼びだされたことも
あった。
「私は嘘はついていない」
 レイは『シンジ』に張り付いているが、決して恋愛感情を持っているわけではなかった。
もちろん『シンジ』もである。
「猪狩くんの側にいれば、必ず碇くんと出会える」
「訳分からないことを言うなよ。なんなんだよ、それ」
「分からないわ。私はたぶん4人目だから」

 第三新東京一の不思議少女と天下御免の優良物件少年は、今日も一緒に行動していた。
「まだ、あの夢は見ているの? 」
 レイが問うた。
 『シンジ』は、いつも同じ夢を見る。幼稚園からずっと続いている。内容も変わらない。
そのことを幼馴染みのレイだけが知っていた。
「たまにね」
 『シンジ』が応える。
 彼が見ている夢には、まったく同じ顔の少年が出てくる。
「逃げちゃ駄目だ、逃げちゃ駄目だ」
「開け、開け、開け」
「もっと肩の力を抜いて」
「そんなことだろうと思っていた」
「誰もやめろって言わなかったから」
「よかったね、アスカ」
「誰か僕に優しくしてよ」
「最低だ、僕って」
「ああああああああああ」
 最後はいつも首を絞められている夢で目が覚める。

「相変わらず嫌な夢なのね」
 レイが問うた。
「最近は良い夢のときも有るんだ」
 『シンジ』が小さく笑った。
「アスカ、僕らは生まれ変わってもずっと一緒だよ、」
「うん、僕の隣もアスカだけだよ」
 自分と同じ顔の少年が見せる微笑み。全てを超越したそれは、『シンジ』の心を優しく
包み、ささくれだった精神を優しく撫でてくれる。
「猪狩くんと同じ顔の少年に覚えはないのね」
「うん」
 『シンジ』が寂しそうにうなずいた。

 そしてクリスマス。『シンジ』は初めて見た夢に飛び起きた。
 見た夢は、二人で飛び降りるものだった。お互いに死んでも離れまいと強く抱き合った
まま、小高い丘の公園にある展望台から飛んだ。抱きついた相手の身体の温もり、匂い、
息づかいまで感じられたリアルな夢。
「初めて見た夢……でも、僕は、あの公園を知っている」
 『シンジ』の脳裏にいろいろな風景が蘇る。
 マンションの最上階の部屋とペンギン。
 ベンチの前に立って話しかけてくれる少年。
 そして、追いつめられて逃げこんだ展望台。
 
「僕は狂ったのか? 」
 『シンジ』は背中いっぱいに嫌な汗を掻いていた。
 時計は、12月4日、『シンジ』14歳の誕生日を報せていた。

「猪狩くん、今日は目の周りが黒いわ。誕生日だというのに……いくら思春期だからって
やりすぎは良くないわ」
 翌朝、会うなりレイに言われた『シンジ』は、疲れ切った表情を見せた。
「なにをやりすぎるって言うんだよ。まったく」
 『シンジ』が苦笑する。
「また、あの夢? 」
 レイが真顔になった。
「いつもと違うんだよ。初めて見る夢だったけど、凄く嫌な夢だった」
 『シンジ』は、レイに内容を話した。
「間違いなく、あのチルドレン記念公園だと思うんだけど。あそこは、チルドレンの二人
が飛び降りてから、後追い自殺が続いて封鎖された。誰も入ることが出来ない。そんなと
ころをどうして僕は知っているんだろ? 」
 不安そうな『シンジ』の背中をそっと支えながらレイがつぶやいた。
「絆なのね」
「どういうこと? 」
 聞きとがめた『シンジ』が尋ねた。
「なんでもないわ」
 寂しそうに笑ったレイが、突飛な行動に出た。
 学校へ向かっていく途中の坂道、レイは一歩前に出ると『シンジ』と向き合った。成長
途上の『シンジ』は、ちょうどレイの胸の辺りに顔が来る。
 レイがシンジの頭に両手をかけると、中学生にふさわしくない凶悪なふくらみに押し当
てた。
「な、なにするんだよ」
 狼狽する『シンジ』。
「だめ、動いては駄目」
「恥ずかしいじゃないか」
 通学路のまっただ中で美少女と美少年の抱き合う姿は、周囲の興味を惹いた。あっとい
うまに人だかりが出来た。
「なにが、恥ずかしいの? 私たちは幼馴染み。幼馴染みといえば、一緒にお風呂。一緒
のお布団、お医者さんごっこ」
「いくつのときの話をしているんだよ」
「お医者さんごっこは、小学校で止めたけど、お風呂は、去年まで一緒に入っていたわ」
 レイの発言は、物珍しそうに二人を見ていた男子生徒の目つきをかえるに十分であった。
「おい、レイ」
 『シンジ』が焦るが、レイはがっしりと頭を抱え込んでいる。
「猪狩くんは、お風呂で何度もわたしの胸を触ったわ。まるで失ったものを取り返そうと
するかのように」
 周囲から炎があがった。嫉妬という炎が燃え上がった。
「仕方ないだろ、本当に懐かしかったんだから」
 『シンジ』がつぶやく。
「あなたが失ったものは、大きい。でも得たものもあるわ」
 レイが『シンジ』を解放してじっと股間に目をやった。
「こうなると分かっていたら、わたしも望めば良かった」
 レイはシンジの魂がアスカの転生であると気づいている。当然、ドイツにいるはずのア
スカの魂がシンジだと分かっていた。
「碇くんと一つになれるモノ。それはとても気持ちの良いもの」
 レイの目が妄想に染まる。
「あちゃ、始まったか」
 こうなったレイは、数時間元にもどらない。『シンジ』は天を仰いでため息をついた。

「で、どうするの? 」
 レイの発言は脈絡がない。さすがに長いつきあいの『シンジ』には、わかる。
「ネルフ基金の試験だろ。もちろん受ける」
「なぜ? 」
「僕の才能を、世に知らしめるために決まっている」
「嘘をつかないで」
 レイがまっすぐに『シンジ』を見つめた。
「ごまかせないな。レイは」
 『シンジ』が、肩をすくめた。
「どうしても行かなければならない気がするんだ。第三新東京に」
 『シンジ』は、遠い目をした。

 2030年1月、各国でネルフ基金第一次選抜試験が行われた。
 全世界共通問題で、数学、英語、ドイツ語、日本語、物理、化学、生物、政治経済、世
界史の7科目が必須である。マークシート方式を採用し、二日にわたる試験はその日の内
に採点され、上位100名が、第三新東京市への切符を手にする。
 だが、成績だけで選ばれるわけではない。思想信条、家族親戚関係の調査がある。テロ
リズムを警戒しているのだ。
 新世紀の有る意味象徴となったネルフだけに、宗教がらみ、政治がらみ、あるいは利権
がらみで敵対するものも多い。特にネルフの象徴である二機のエヴァンゲリオンを安置し
てあるジオフロントのゲージを見学することの出来る基金研修生に魔手が伸びることは当
然であった。すでに過去数回、洗脳あるいは、身内を人質に取られたり、知らない間に身
体に爆薬を埋め込まれたりした研修生が発見されていた。
 各地のネルフ支部で徹底的に行われた調査の結果、一次試験合格者が発表になったのは
2月14日、結果は、厳重なプロテクトを掛けた電子メールで個人宛に送付され、受験時
に渡された解凍ソフトがないかぎり見ることも出来ない。

「どうだったかい? アスカ君」
 発表当日、カヲルは自転車で『アスカ』の家までやってきた。
「うん」
 『アスカ』は、あまり嬉しそうではない。
「やれやれ、相変わらずアスカくんは優しいね。僕の結果を聞くまで喜ぶのを待ってくれ
ているんだね。好意に値するよ」
 おむつの頃から付き合っているカヲルに見抜かれた。
「喜んでくれて良いよ。僕も通ったからね」
「本当。良かった。またカヲルさんと一緒だね」
 『アスカ』が花の開いたように微笑んだ。
「ああ、その笑顔を僕だけモノに出来ないなんて、至高神、あなたを恨むよ」
 カオルが天空に目をやった。

「当然の結果だな」
 ネルフから届いたメールを解凍して『シンジ』が胸を張った。
「そうね。わたしも合格したわ」
 隣でレイが笑っている。
「でも、猪狩くんは、トップ。凄い」
「まあな。でも、僕と同点が一人いるじゃないか、ドイツのアスカ・ボードレーとかいう
の」
「そう。よかったわね」
 レイの素っ気なさに比して、『シンジ』は楽しそうである。
「どんなやつか、楽しみだな」

 この年、ネルフ基金研修に合格したのは、全世界で18名であった。成績だけなら20
名選ばれたのだが、そのうち二名に不穏な動きが見受けられた。一人は、反ネルフを旗印
にしている宗教の本部に連絡を取っているのがばれ、もう一人は、合格前日の抜き打ち身
体検査で脳内にインプラントが確認されたのだ。
 こうして危険な芽を摘んで選ばれた18名は、2030年4月1日、第三新東京市のジ
オフロントに集められた。
 ジオフロント中央、サードインパクト記念碑の前に研修生が勢揃いした。その前に葛城
ミサト統轄本部長、赤木リツコ技術本部長が立っていた。
「まずは、おめでとうを言わせて貰うわ」
 よく通る声でミサトが研修生たちを歓迎した。
「全世界数十万人から勝ち抜いた優秀な頭脳と、そのやる気をネルフのために使ってちょ
うだいわ」
 リツコが感情のこもらない口調で言った。
「早速だけど、研修生についての説明にはいるわ」
 ミサトが書類を開いた。
「まず、ここにいる全員はジオフロント内に個室を与えられます。もちろん、男女で別ブ
ロックになっているわ。各自の部屋割りは手渡した資料の中にあります。ここに入るとき
に渡されたIDが、部屋の鍵も兼ねます。無くさないこと」
 がさがさ音がして何人かの研修生が資料をあさる。
「あなた達の身分は、准尉扱いとなります。正式な階級ではないので、階級が下だからと
いって整備班や運営班のメンバーや国連軍の兵士に命令することは出来ません。ただし、
給与が支払われるので、ネルフの命令には従って貰います。反ネルフの行為は、軍法会議
によって厳罰の処分されますので注意するように」
 細々とした説明が1時間ほど続いた。
「では、このあとジオフロントの見学をします。各自、自室に荷物を置いて30分後に再
集合しなさい。いいこと、あなた達のIDでは入れないところまで見学することになるか
らね、遅れてきたら連れて行かない。では、解散」
「はい」
 ミサトの号令で研修生たちが駆け足で散っていった。
「1204号室か」
 『シンジ』は、与えられた個室に入った。
 10畳ほどのワンルームである。風呂は大浴場が完備されているのでない。トイレと一
緒になった洗面所にシャワーが着いている程度。家具と電化製品は一応完備されている。
「食事は大食堂でとるか、コンビニで買うかだな」
 『シンジ』は、荷物を手際よく片付けだした。

「2004号室が、私の部屋。ここだわ。じゃ、またあとでね、カヲルさん」
 男子たちの部屋の二階、自分の名前の書かれた部屋に『アスカ』が消えた。
「さて、僕の部屋は2003なんだけど、寄っていくかい? リリス」
 女子棟の廊下でカヲルがレイを誘う。
「その名前で呼ばれるのは、嫌。ダブリス」
「僕もだよ。まあ、入りたまえ。やれやれ、僕の部屋に最初に招待するのは、シンジ君と
決めていたのだけど」
 カヲルが苦笑しながら、レイを部屋に招き入れた。
「さて、もう分かっていると思うけど、シンジ君はアスカさんになっている」
「ええ。そして弐号機パイロットは、猪狩くんになっているわ」
 レイとカヲルは重なるようにため息をついた。
「二人が、強烈に相手を望んだ結果だろうね」
「ええ。二人にはそれしかないもの」
 命さえ、供にいる時間に比べれば軽い。シンジとアスカは、あのとき手に入れた名声、
財、そして未来を捨ててさえ、二人は共に居ることを望んだ。
「君も僕も無駄な努力をしたことになったね。限りある命の人になってまで共に居たいと
思ったのにね」
「あなたは女にまでなったのに、哀れね」
 レイがふっと口をゆがめる。
「ちっちっちっち」
 カヲルが顔の前で人差し指を左右に振った。
「わかってないね。僕が男だったら、たぶん彼女の側には居れなかったよ。彼女にとって
異性はアスカくんだけだからね。同性だったから、あんなことやこんなことも……ふふふ、
柔らかくて、すべすべで、良い香りが……」
 カヲルの目がうっとりと細められる。
「変態殲滅」
 レイの一撃がカオルの脳天に突き刺さった。

 再び記念碑の前に集まった研修生たちは、葛城ミサト、赤木リツコの案内でネルフ見学
に出発した。
「まず、ここが指揮所。かつては発令所と呼称していたけれど、使徒戦役が終わってから、
名称が変更になってます。ジオフロント全域のコントロールを行うところよ。そしてあそ
こにいる三人が、ここのメインスタッフ。右から青葉シゲル一尉、日向マコト先任一尉、
伊吹マヤ技術一等技官」
「よろしく」「よろしくお願いします」「よろしくね」
 三人がにこやかに手を振った。
 振り返ったミサトが、目線を上に上げた。研修生たちも吊られて見る。
「あの上にあるのが、かつての司令室。今は使われていないわ。知っての通り、研究期間
となったネルフに司令は必要ないから」
 ようやく戦いから離れることの出来たチルドレンたちを護るべき、最高幹部は、LCL
の海で妻と巡り会った思い出に浸り続け、世間に帰ってこなかった。
「では、次に行きます」
 ミサトとリツコに続いて研修生がぞろぞろと歩いていく。
「ねえ、リツコ」
「なに? 」
「今年は酷いわね」
「なにが? 」
 リツコにはミサトの言いたいことがわからない。
「シンジ君とアスカが死んでから生まれた最初の14歳だからでしょうけど、18人中1
6人までが、シンジとアスカだもの。呼ぶとき困るじゃない」
「ああ、そのこと。ファーストネームじゃなくてファミリーネームで呼べば済むことじゃ
ない」
「そうなんだけどね。それと気がついた? 」
「1番の猪狩シンジ君と、2番のアスカ・ボードレーさんね」
「そっくりじゃない。あの二人が生き返ったかと思ったわ」
「非科学的なことを」
 リツコがあきれた顔をする。
「でも、その割には落ち着いていたわね。ミサトなら、シンジくん、アスカって、抱きつ
くとばっかりおもっていたから」
「もう43歳なのよ。そんな真似できるわけないじゃない。でも、リツコ冷静ね。あたし
なんか、あの二人を見たときは、息が止まりそうだったのに」
 ミサトが感心した顔を見せる。
「はあ。相変わらずね。写真付き合格者身上書、10日前に送ったはずだけど」
「ごみん。ちょっち忙しくて見てなかったのよ」
「また全部日向君にやらせたわね。どおりで指揮所の三人が静かだったわ。不意にあの二
人を見たら、マヤなんか悲鳴あげそうだものね」
「えへへへ」
「いい加減にしなさいね。旦那を過労死させるつもり? 」
 リツコがミサトを睨む。
「まさか。マコトは、あたしのためにやることなら疲れないって言ってくれているもん」
「男と女はロジックじゃないけど、日向君の好みは、MAGIでも解析不可能ね。でも、
がさつなミサトが結婚できて、どうして私は独身なの? 」
 リツコが大きなため息をついた。

 馬鹿話をしている間に研修生たちは、ジオフロントの中核、ゲージについた。
「さて、ここがメインイベントよ。言わないでもわかると思うけど、この中にはエヴァン
ゲリオン初号機と弐号機が永久凍結されています」
 ミサトが言葉を切って研修生一人一人の顔を見る。
「知っての通り、かつてチルドレンたちが載って世界を救った人造人間。世界継続の象徴
として破棄することなく、ここに保管されている。ネルフは、そのために存続していると
言っていい。いいこと、あなた達がここに入れるのは、今日だけ。次にここに足を踏み入
れることが出来るのは、本部長以上に出世してから。こころして頂戴」
 ミサトがリツコに合図を送った。
 思い鉄製の扉がゆっくりと開いていく。
「真っ暗だね、アスカ君」
「そうね、カヲルさん」
「震えているのかい? 繊細だね」
「ええ。わたしはここに来るために生まれてきたのかも知れない」
 『アスカ』が不安げに応える。
「ふふふ、やはり君は僕と同じで、仕組まれた子供なんだね」
 カヲルの一言は小さすぎて誰にも聞こえなかった。

「猪狩くん、震えているの? 」
 レイが『シンジ』の手に触れた。
「武者震いさ。あのエヴァンゲリオンを目の前に出来るんだ。ああ、僕があのとき生まれ
ていたら、きっとパイロットになって世界を救ったのに」
「あなたには、それをしたのよ」
 レイの声も興奮した『シンジ』には届かなかった。

 真っ暗だったゲージにリツコが灯を入れた。
「うおおおおお」
 研修生たちが叫んだ。
「これが、人造人間エヴァンゲリオン。私たち人類の切り札だったものよ」
 リツコが研修生たちに語りかけたが、誰も聞いていない。
「無理よ、リツコ。興奮が治まるまで、あたしたちの声なんて耳に入らないわ」
 ミサトが苦笑いしながらリツコの背中に手を添えた。

「どうかしたのかい? 」
 カヲルが『アスカ』を気遣う。
「わたし、この機体を知っている……」
 『アスカ』が初号機を見上げる。
「母さん……」
 『アスカ』のつぶやきがカヲルの顔をゆがませた。

「猪狩くん、顔色が悪いわ」
「なんなんだ、このイメージは。弐号機が……」
 『シンジ』が、弐号機から目を離せなくなっていた。
「ママ……」
 『シンジ』の言葉がレイの表情を失わせた。

「凄い、凄いなあ」
「この紅い機体に惣流・アスカ・ラングレーが載ったんだよなあ。ああ、憧れる」
 研修生たちの私語はおさまらない。
 リツコとミサトが、あきらめたように肩をすくめ、研修生たちから目を離した瞬間、研
修生の一人が、ゲージ入り口にあるコンソールパネルにとりついた。
「な、なにを」
 ミサトも中年を迎えて、身体の動きが遅くなっていた。そのわずかな遅れが、致命傷と
なった。
 警報音と紅いランプがゲージを浸食した。
「パスワード確認。ゲージ内全ての扉をロック。10分後にゲージ内に硬化テクタイトを
放出します。中止はできません」
 感情のない機械の発言が、ゲージを沈黙に落とした。
 途端にコンソールを操っていた研修生の身体が崩れた。
「しまった」
 倒れた研修生にミサトが、コンソールにリツコが駆け寄った。
「くっ、どうしようもないわ」
 リツコが唇を噛んだ。
「死んでいるわ。毒を歯に仕掛けていたのね」
 ミサトが立ちあがった。
「後催眠の一種ね。強力な暗示がかけられていたのよ。おそらく、エヴァンゲリオンの実
物を見たら発動するようにされていたのね」
 リツコが冷たい顔で言った。
「でも、調査したはずよ? 」
「おそらく、生まれた産院で施されたんでしょうね。さすがにそこまで遡れないもの」
「アスカ・フレンドリッヒ。スイス出身か。ゼーレね」
「たぶんね。このコンソールのことを知っている人間は、ゲージを作ったときに関わった
連中だけだから」
 ゼーレは、チルドレン二人の自殺後、世間の指弾で解体されていた。その先頭に立った
のがミサト、そしてMAGIを使って世論を誘導したのがリツコ。二人はゼーレの放つ刺
客に何度と無く襲われていた。

「駄目なの? 」
 ミサトの問いにリツコが黙って首を振る。
「エヴァンゲリオンを奪われないために作ったロックよ。そう簡単に解除できないわ。ネ
ルフは出来た頃からずっと戦略自衛隊と仲悪かったからね。強奪されることを危惧したの
よ」
「戦自もそういえば、チルドレン候補生を育てていたわね」
 ミサトがため息をつく。
「あとどのくらい? 」
「8分という所かしら」
 リツコが腕時計に目をやった。
 ミサトは、呆然としている研修生に向かう。
「大筋のことは理解していると思う。誠に残念ながら私たちは、ここからでることが出来
なくなったわ。そして、あと7分とちょっとで、硬化テクタイトがここを満たす」
「テロですか? 」
 カヲルが問うた。
「ええ。狙いは、あたしとリツコ。恨まれる覚えが有りすぎて困るくらい。ネルフの本部
長なんてそんな因果なモノよ」
「つまり、僕たちは巻きこまれたと」
「そう言うことになるわね」
「やれやれ、謝罪の言葉も無いんですか。好意に値しませんよ」
「謝って済む問題じゃないからね。さて、あと6分ぐらいになったけど、自由行動を認め
ます。外部との連絡は無理だけどね」
 ミサトは、そう言うと研修生たちからさっさと背中を向けた。研修生たちは、まだ事態
を把握できていないのか、呆然と立ちすくんでいる。

「アスカくん」
「猪狩くん」
 カヲルとレイは『シンジ』と『アスカ』の二人が微動だにしないことに気がついた。
「リリス」
「ダブリス」
 カヲルとレイが本性で呼びあう。
「どうやら、時が来たようだね。比翼の鳥が飛び立つよ」
「封印が解けるわ」
 『シンジ』と『アスカ』が、ふらふらとエヴァンゲリオンに向かって歩きだした。
 その足下まで来たとき、二人は初めてお互いに気づいたかのように顔を向け合う。
「アスカだよね」
 『アスカ』が問い、
「馬鹿シンジ、久しぶりね」
 『シンジ』が笑いかけた。
 ゆっくりと二人が近づこうとするのを、カヲルが止めた。
「つもる話はあとにしてくれないかな。さすがに時間がないんだよ」
「カヲルくんなんだね」
「そうだよ。久しぶりだね、シンジ君」
 カヲルがにこやかに笑った。
「げっ、アンタ、シンジを誘惑したナルシスね」
 『シンジ』が露骨に嫌な顔をした。
「私もカヲルの顔は嫌い。でも、今はそう言う場合じゃないわ。弐号機パイロット」
 レイが口出ししてきた。
「ファースト、アンタあたしの側にずうっと潜んでいたと言うことは……シンジを狙って
いたわね」
「綾波、元気そうでよかった」
「碇くん……」
 レイが頬を染めた。
「悪いけど、本当に時間がないんだよ。僕もレイも、もう只の人間だから、なにもできな
いんだよ。君たちに頼むしかないのさ」
 カヲルにうながされて、『アスカ』と『シンジ』は顔を見合わせた。
「いくわよ」
「うん。62秒で片を付ける」
 二人はエヴァンゲリオンのエントリープラグに身体を沈めた。

「あなたたち、何をやっているの? 降りなさい」
 気づいたリツコが叫んだ。
「赤木博士、シンジ君がやってくれます」
「ええ。碇くんなら」
 カヲルとレイがリツコを抑える。
「あなたたちは? 」
「お久しぶりです。フィフスチルドレン、渚カヲルです」
「赤木博士、ばあさんになったけど用済みではないわ。綾波レイなの」
「どういうこと? 」
 さりげない悪口にもリツコは気がつかない。
「詳細は助かってからにしませんか? 」
 カヲルが振り返ってエヴァンゲリオンを見た。

「LCL注水、起動プロセススキップ。緊急始動。ママ、アタシに力を貸して」
 『シンジ』が弐号機の中で母を呼んだ。
「血の味がする。母さん、手伝って。もう、なにも失いたくないんだ」
 初号機の中で『アスカ』が真剣な眼差しを向けた。

「なにをやっているの? やけになってこの世の思い出にエヴァに載ってみたいと思った
の? 駄目よ、それはあなた達では動かないんだから。第一男女が逆よ」
 ミサトが叫び声をあげる。
「残り2分です」
 機械の声が無情に時を刻む。
「降りなさい……えっ」
 ミサトが絶句した。
 電源さえも供給されていない、エヴァンゲリオン二機の目が光ったのだ。
 神に等しい力を解放し、二機の人造神が吠えた。
「エヴァが、動く……そんなわけない。この二機はシンジ君とアスカを失ってから一度も機動に達したことはないわ」
 リツコが呆然とした。
「まさか……あの二人、シンジ君とアスカだとでもいうの? リーインカーネーションな
んて有るわけないじゃない」
 リツコが腰を抜かした。

「ゲージにトラブル。えっ、エヴァが起動しています」
 伊吹マヤが指揮所で驚愕の叫びをあげた。
「馬鹿な」
 日向マコトが、椅子から跳び上がった。
「起動指数を突破、エヴァンゲリオン初号機、シンクロ率99.8%、ハーモニクス誤差
0.1%。エヴァンゲリオン弐号機起動指数突破、シンクロ率89.9%、ハーモニクス
正常」
「電源も無しに動く……暴走」
 指揮所がパニックになった。

 ゲージではエヴァンゲリオン二機が拘束具を自力で排除していた。 
「シンジ、アンタはゲージ入り口の扉を開けて。アタシはATフィールドで硬化テクタイ
トの注入口をふさぐから」
「わかったよ、アスカ」
 少年が女言葉で少女に命じ、少女が少年の顔つきで応える。
 14年前の再現。息のあった二人の働きで、研修生たちは生き残った。

「ミサト、アンタとの話は、後々。シンジ、ついてきなさい」
 エヴァンゲリオンから降りてきた『シンジ』は、駆け寄ってきたミサトの機先を制した。
「うん。ミサトさん、あとでゆっくりとお話しします。待ってよ、アスカ」
 さっさとゲージの外へ出て行く『シンジ』を『アスカ』が追う。
「なんか、調子狂うわねえ。シンちゃんの顔したアスカに、アスカの顔したシンちゃんか。
ま、いいか、これで当分えびちゅの肴には困らないわね」
 ミサトは、にこやかに笑う。
 リツコはまだ放心したままだった。

「さて、シンジ」
 物陰に『アスカ』を連れ込んだ『シンジ』が、剣呑な声を出す。
「な、なにかな、アスカ」
 『アスカ』は腰が引けている。
「この14年に何があったか、白状しなさい」
「何もないよ」
「嘘ついたら、ためにならないわよ。さあ、今でも過去でもいいから、つきあった男は何
人? 何処まで行った? キス……まさか、それ以上? 」
「馬鹿言わないでよ。僕がアスカ以外の誰とつきあうって言うのさ。それより、アスカこ
そ、レイと何かあったんじゃないだろうね」
「はん、アンタはたった14年で、アタシのことを信用できなくなったのね。あの時、抱
き合って飛ぶまえに誓った言葉は、嘘だったのね」
「最初に言い出したのは、アスカじゃないかぁ」
「うるさい。シンジは、シンジは、やっぱりアタシのことなんて忘れていたんだ。生まれ
変わっても好きでいてくれなかったんだ」
 『シンジ』が涙を流す。
「違うよ。僕が好きなのは、昔も、今も、そして来世もアスカだけだから」
「本当? 」
「誓うよ」
「じゃ、証拠見せて」
 『シンジ』が目をつぶって口を突きだす。
「わかったよ」
 『アスカ』は、そっと『シンジ』の背中に手を伸ばして抱き寄せるとキスをした。男女
が逆転したキス。それは、14年の時間を無くし、そして14年の重みを感じさせるもの
であった。
「柔らかい、良い匂い、シンジ、アンタいい女になったわねえ」
 『アスカ』をぐっと抱きしめた『シンジ』が、囁いた。
「えっ」
 『アスカ』は、『シンジ』の口調に背筋が寒くなった。
「うふふふ、今夜は寝かさないわよ」
「ちょ、ちょっと待って。僕にも心の準備が……」
「アタシとじゃいや? 」
「嫌じゃないけど……」
「だったらいいじゃない」
 『シンジ』が、強引に『アスカ』の唇を奪う。
「シンジの初めてをアタシに頂戴」
「うっ……痛くしないでね」
 『アスカ』が身を縮める。

 その夜
「アスカの嘘つき、痛くしないって言ったのに」
 ベッドの上でさめざめと泣く『アスカ』の隣で『シンジ』が気の抜けた顔をしていた。
「男って得よねえ。最初から気持ちいいだけだもの」
 『シンジ』が、手を伸ばして泣いている『アスカ』の髪を撫でる。
「女って損だ。毎月一回、辛い思いをした上に、こんなに痛いなんて」
「あら、前世では、アンタがアタシに同じ思いをさせたわよ」
 『シンジ』がにやりと笑った。
 そう、二人は死を選ぶ直前、最後の思い出にと身体を重ねていた。
「ううっ、でもアスカは一回しか、させてくれなかったじゃないかあ。それなのに、今、僕が痛いって言うのに、三回もやった」
 『アスカ』が、しくしく泣いた。
「男のくせに細かいことを言わないの」
「女だよ、今は」
 『アスカ』が恨めしそうな目で『シンジ』を見る。
「わかったわよ。ちゃんと責任とってあげるからね」
「本当だよ。ちゃんと僕をアスカの奥さんにしてよね」
「じゃ、結婚の誓いとして、もう一回」
 『シンジ』が、『アスカ』の胸に触れる。
「もうやだよ。明日歩けないじゃないか」
 『アスカ』が悲鳴をあげた。
「もう一回だけ。その代わり、来世では、アタシが女になるから。ね」
 『シンジ』が、恥ずかしそうに頬を染めた。

    引き離された魂は、再び出会い結ばれた。





「レイ、どうするかな、僕たちは」
「わたしたちには、なにもないから」
「次の輪廻転生を狙おうじゃないか。人の一生など使徒であった僕たちから見れば、そう長い時間ではないからね」
「今度こそ、碇くんと一つになるわ」
 あきらめの悪い二人であった。





 後書き

 怪作さま。200万ヒットオーバーおめでとうございます。
 いつもお世話になっておりながら、こんなものを送りつけましたことをお詫びします。
 また、しふぉんさまには、貴重な作品世界を崩してしまいご迷惑をおかけしました。
 お読み頂いた皆様にも陳謝します。
 私の作品と違ってしふぉんさまの原案はすばらしいものです。是非ご覧になってください。
 


タヌキさまから素敵な200万ヒット記念作をいただきました。

アスカとシンジの性別逆転ですか‥‥二人の性格が逆のほうが男女しっくりするような気がしてしまうのはなぜでしょうか(笑

それはきっとタヌキさまの筆力が優れているからですね〜。

素晴らしいお話でした。読み終えたあとにはぜひタヌキさまへの感想メールをお願いします。

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