償却期間

 拙作「冷却期間」「忘却期間」「脱却期間」の設定を引きずっております。
 そちらからお読み頂けると幸いです。


「アンタは、バカよ。ホント、大バカだわ」
 夕焼けにシルエットを落としながら、一人の美少女が、湖畔でつぶやいた。
「見てご覧なさい。第三新東京は、使徒との戦いが終わったこの2年で元の姿に戻ったわ」
 少女が振り向いた向こうには、夕日に照らされて赤々と燃えあがるように、ビルたちが
立ち並んでいる。
「エヴァも解体されたわ。ネルフも研究機関になった。アタシもファーストもパイロット
を解任された」
 少女が、視線を落とした。花を供えられた小さな墓標が一つあった。
 そこには
 『エヴァンゲリオン初号機専属パイロット。ジャック、バードランド。
      2001−2015。享年14歳。
                    世界人類と一人の少女を救うために死す』 
  と刻まれていた。
「でもね、アンタが居ないと、アタシは普通の少女に戻れないのよ。アンタが居なくなっ
た時から、アタシの時間は止まったまま。アタシの心に住み着いておいて、なに勝手に自
爆なんかしてるの。アタシを護るためって、そんなの、アンタが生きていなければ意味無
いじゃない。ねえ、これからアタシは誰に護って貰うの? 誰がアタシと歩いてくれるの?
ねえ、ジャック。返事をしてよ」
 少女が、一筋の涙を流した。
「やっとアタシの本当の姿を見てくれる。セカンドチルドレンではなく、惣流・アスカ・
ラングレーと一緒にいてくれる相手を見つけたのに……なにが、エヴァンゲリオンよ、福
音を伝えしものよ。アタシには、悪夢でしかなかった。母さんに、ジャック。アタシの大
事な人を二人も奪ったじゃない。ジャック、寂しいよ。もう一度、アスカって呼んでよ。
ねえ、起きなさいよ、バカジャック」
 少女の嗚咽が、静かな湖面をざわめかせていく。
 カメラが少女を徐々に遠景にしていき、やがて、少女の姿は点になる。それでもカメラ
は上昇を続け、日本列島の俯瞰を越えて、まだまだ視点は拡がっていく。
 地球が大写しになった。その地球をロンギヌスの槍が貫き、流れ出た血を聖盃が受ける。
聖杯から溢れた血が、宇宙空間を赤く染めていき、地球がその中に沈んでいく。
 
 エンドロールが、ピアノソロをバックに流れだした。
 
 会場を埋め尽くした人々から、惜しみない拍手が送られ、ハリウッド映画「紅と蒼の戦
乙女」のジオフロント特別試写会は終わった。

 しばらく暗転した後、明るくなった試写会場は、正面のスクリーンが引きあげられ、舞
台の上には、いくつかの席が用意されている。テーブルにはマイクが置かれ、席の前には
名前を書いた紙がぶら下がっていた。
 左から、綾波レイ、惣流・アスカ・ラングレー。一つあけて、映画でアスカを演じたキ
ャサリン・ハインツ、サードチルドレン役のジャック・ボマー、そして右端がレイに配さ
れたミツエ・バーグリットである。
 試写会の後、チルドレンたちと出演者たちの記者会見が行われる予定になっていた。
 予定時間になっても、記者会見は始まらなかった。
 使徒戦役の後、エヴァンゲリオンテクノロジーの監視機構として生き残ったネルフ、そ
の広報部長に就任したかつてのオペレーター、青葉シゲル一尉が、マイクの前に立った。
「遅れまして申しわけありません。チルドレンたちの到着が、遅れております。今しばら
くお待ちください」
 会場がざわついた。
「チルドレンが、会場に来てないとは、どういうことです? どこに居るんですか? 」
「彼女たちは試写会を見ていないのですか? 」
 口々に出される質問に、青葉は答えず、
「まもなく到着します。お待ちください」
 を繰り返した。

「はあ、つまんない映画だったわ」
 第二新東京から第三新東京へ向かうヘリの中でアスカが、ぼやく。
「こんなきれい事なわけないじゃない。ミサトたち大人の汚さとか、アタシとシンジの葛
藤とか、全然描かれてない」
 シンジを迎えに行ったために、試写会に間に合わなくなったアスカとレイは、機内で映
画を見せられていた。
「そうね。なにより弐号機パイロットと碇くん役が、恋仲というのは、事実に反している
わ」
 レイが、微妙にアスカと違う不満を口にした。
「ふん、なに言っているのよ。シンジの恋人は、ア・タ・シ。それ以外は認めないわ」
「碇くんを捨てて、ドイツに逃げた弐号機パイロットに、その資格はないわ」
 二人に挟まれて座っているシンジは、生きた心地がしない。
「あれは、ちょっとしたすれ違いよ。恋人同士にはよくあることじゃない。日本ではどう
言うんだっけ? そうそう、チワワの喧嘩というやつよ」
 それを言われるとアスカは弱い。
「アスカ、それ違うよ。痴話げんかだよ」
 シンジが、聞こえるかどうかの小声で注意する。だが、ヒートアップしていくアスカと
レイには聞こえなかった。いや、どうでもよかった。
「弐号機パイロットには、ドイツ司令の息子がお似合い。碇くんは、わたしが護るから。
安心してドイツで変わった家庭を作って、無駄に子供を産んで、意味無く幸せに」
「はん、なんでアタシが、あんな外面だけの男と居なきゃなんないのよ。ファーストこそ、
熱狂的なファンにはことかかないそうじゃない。適当にその辺のを見繕ったら。シンジよ
り見栄えの良いのは、いくらでも居るわよ」
「酷いよ、アスカ」
 シンジが泣き言を言うが、二人とも気にしていない。
 機内に凄まじい殺気が籠もる。
「あの、二人とも、ちょっと大人しく座っていないと、ヘリがね、揺れるんだけど」
 シンジが仲介に乗りだしたが、逆効果になった。
「アンタは、どっちのシンジなの? 」
「碇くん、それとも筏くん? 」
 二人に詰め寄られてシンジは、口をつぐむしかなかった。

 開始予定時刻より2時間遅れて、記者会見が始まった。
「お待たせ致しました。ただいまより、チルドレンと出演者の合同記者会見を行います。
まずは、出席者のご紹介をさせていただきます」
 青葉が舞台の袖に向けて手を出した。
「映画でファーストチルドレンを好演しました、ミツエ・バーグリットさん」
 盛大な拍手にむかえられて、日系二世、16歳の美少女が笑顔で入ってきた。
「続いて、サードチルドレンを熱演しましたジャック・ボマーさん」
 黒髪碧眼という珍しい容貌の涼やかな青年が、にこやかに笑いながら登場した。
「出演者のトリは、セカンドチルドレンを見事に演じました、キャサリン・ハインツさん
です」
 青葉の声に載るように、金髪碧眼、アスカに劣らない美貌の少女が、手を振りながら席
に着いた。
「続いて、ネルフ所属のチルドレンたちです。ネルフ本部所属ファーストチルドレン、綾
波レイ」
 無表情なまま、レイがすたすたと歩いてきた。拍手が一層激しくなる。
「最後に、ネルフ、えっ」
 青葉が戸惑った。が、すぐに気を取り直して紹介をやり直す。
「ネルフ本部所属セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレー」
 アスカが、歓声と拍手の中、満面の笑みを浮かべながら、アスカが舞台に現れた。

「それでは、記者会見を始めます」
 会場から一斉に手が上がる。
 青葉が、誰にしようかと目を走らせているときに、アスカがマイクに手を伸ばした。
「記者会見を始める前に、アタシとレイから、一言。のちほど、アタシたちチルドレンの
プライベートな質問を受けますので、最初は映画のことだけにしてください。でなければ、
せっかく来てくださった出演者の方々に悪いから。約束を守れない報道機関とは、一切話
をしません」
 アスカの言葉に会場から不満のブーイングが上がったが、アスカとレイが椅子を蹴って
立ちあがったのを見て、沈静した。
「では、新東京放送さん」
 青葉が、一人の記者を指さして記者会見が始まった。
「まず、映画をご覧になられた感想を、チルドレンの方々にお伺いします」
 アスカが、最初に応える。
「そうね。良くできていたと思う。とくにファーストの無表情をあそこまで演じられたの
には感心したわ。サードは、違いすぎたから、違和感有ったわ。あと、アタシの役だけど、
アタシは、あんな殊勝な女じゃないからね。ラストだって、アタシだったら、サードを大
人しく死なせておかない。地獄に迎えに行くわ。嫌がっても引きずって帰ってくるから」
「赤鬼アスカ」
 レイが、ぼそっとつぶやく。
「うるさいわね、さあ、アンタの番よ。なんか言いなさい」
 アスカがレイをうながす。
「よくわからない。わたしは、4人目だから」
 レイが、いつもの口調で応える。
「この無感動女。アタシとシンジにしかわからないギャグ、かましてんじゃないの。面白
かったとか、つまんなかったとか、そう言うことを言うの」
 アスカがレイの耳元で注意する。
「そう。なら、おもしろかった」
 レイの感想は一言で終わった。
 記者たちもレイのコメントには慣れている。そのまま次の質問に移った。
「では、出演者の方々にお聞きします。本物のチルドレンと会ってみてどうですか」
 最初にファースト役のミツエが、マイクを持った。
「監督に綾波さんのイメージを聞いたときに、こんな人がいるはず無いと思ったんですが、
本当に不思議な方ですね。それで居て存在感がある。惣流さんは、テレビで見ていた以上
に元気でおきれいです。本当にお二人には憧れます」
 続いてサード役のボマーが、口を開いた。
「お二人ともテレビなどで見るのと違って、すごいオーラを感じます。美しさは、言うま
でもないですが、こう、全体から受ける迫力というか、言葉に出来ないですね。特にセカ
ンドチルドレンの惣流さんは、格別です。是非、プライベートでもおつきあいをお願いし
たいです」
 ジャック・ボマーが、アスカに向かって微笑む。数多くのファンの女性を虜にしてきた
さわやかな笑みという奴だ。
 アスカは露骨に嘲笑を浮かべた。ジャック・ボマーが、鼻白む。
 セカンド役のハインツが、マイクに顔を寄せた。
「映画でセカンドチルドレンをやらせて頂きましたが、わたしではとても惣流さんを演じ
きることはできません。先ほど惣流さんが、言われましたが、映画のエンディングでわた
しは観客の皆様を感動にお誘いしました。でも、本当の惣流さんは、衝撃をお与えになる。
とてもとても、及ぶところではありません。まねしたいとも思いませんが」
 ハインツが、嫌みを言葉に載せた。アスカのジャック・ボマーへの態度が気に入らなか
ったのだ。二人は、この映画を通じて親密な関係になったと噂されている。
「確かに、まねはまねでしかないものね。本物の持つ輝きの前には霞むしかないわ」
 売られた喧嘩を買わないアスカではない。雰囲気が険悪になりかけた。
「どうでしょう? もう、プライベートなお話を訊いてもよろしいでしょうか? 」
 雰囲気を察したネルフと親しい出版社が、声をあげた。
「いいわ」
 アスカもここで喧嘩をする気はない。さっさと目をハインツから離した。

 たちまち記者たちの関心が高まっていくのがわかる。
 ハリウッド期待の女優、俳優といえども、世界の救世主、紅と蒼の戦女神にはかなわな
い。
「いままで、バレンタインメモリアルに出席されなかったセカンドチルドレンですが、今
回、3年ぶりに日本の土を踏まれたのは、婚約を使徒戦役の慰霊碑に報告するためだとの
憶測が有りますが、いかがでしょうか? 」
 ワイドショーのアナウンサーが声を張りあげる。
「ファースト、アタシがしゃべって良い? 」
 アスカがレイに了解を求める。レイがこくんと頷いた。
「その通りよ。でも、アタシだけじゃないわ。このファーストもよ」
 アスカの答えに会場が沸騰した。
「ファーストチルドレンもですか? 」
 ワイドショーのアナウンサーも予定外のことに慌ててしまっている。
「新東京新聞です。セカンドチルドレンのお相手は、かねて噂のあったネルフドイツ司令
のご子息、アルベルト・フォン・ニーゲルデンさんでよろしいのでしょうか? 」
 アスカが、にやりと笑う。
「はん。なんであんなマヌケとアタシが一緒にならなきゃなんないのよ」
 会場の喧噪が、さらに拡がっていく。アスカの身の回りに他の男の影などなかったから
だ。いや、アルベルトが、まとわりついて、他の男を寄せ付けていなかったのだが。
「では、いったいどなたでしょうか? 」
 当然の質問である。
「そこからは、私が話をしよう」 
 冬月コウゾウネルフ総司令が壇上に上がってきた。

「まず、本日ネルフは、重大な発表を3つ行う」
 冬月が、会場をゆっくりと見回した。
「そのまえに、青葉君。俳優の方々に、お引き取り願ってくれたまえ」
 冬月に言われて、青葉が三人を、控え室へと返した。
 あらためて、冬月が、会場に顔を向けた。
「本日、ネルフ本部監察部は、ドイツ支部司令、ゲオルグ・フォン・ニーゲルデン一佐、
並びにドイツ支部外交部所属アルベルト・フォン・ニーゲルデン二尉の二人を拘束した。
罪状は、セカンドチルドレンに対する強姦教唆と強姦未遂だ」
 冬月の言葉の意味がわからなかったのか、会場が一瞬静まりかえった。
 その反動が一気に来た。会場は、大騒ぎになる。慌てて携帯電話で本社と連絡を取るも
のもいれば、会場からとびだして少しでも早く情報を社に送ろうとするものもいる。
「どういうことですか? 詳細を発表してください」
 我に返った記者の一人が、詰問した。
「告げたとおりだ。ドイツ支部司令は、息子に命じて、セカンドチルドレン、惣流・アス
カ・ラングレーを掌中にせんとして、その貞操を狙った。昨夜、セカンドチルドレンの宿
泊場所にアルベルトが侵入、強姦におよぼうとしたが、セカンドチルドレンが撃退、現行
犯で監察部が拘束した。その自白を受けて、ドイツ支部司令、ドイツ支部保安部長、外交
部長の関与が発覚、今朝、拘束した」
 冬月が事務的に答える。
「ドイツ支部は、かの使徒戦役最終でゼーレに与して、ネルフ本部に反旗を翻したことで、
世論の糾弾を受け、リンチ寸前にまで行ったのをセカンドチルドレンの復帰で救われた経
緯があるはずです。どうして、その命の恩人とも言うべきセカンドチルドレンをレイプし
ようなどと考えたのでしょう? 」
「世界の政治を左右するセカンドチルドレンの価値を我がものとしようとしたのだろう。
女性の人格をまったく認めない非道な行為に、憤慨する」
 冬月が、力強く糾弾する。
「なお、このような行為を行おうとした土壌を持ったことを懸念し、ドイツ支部を今月末
で解体する。職員は全員今回の一件について、ネルフ本部監察部によって取り調べを受け、
計画に加わった者は厳罰に処せられる。それ以外の者は、ネルフ各国支部への転籍となる」
 本部に近い実力を持つ支部の解体は、会場に衝撃を与えた。
 冬月が続けた。
「今回のようなことが二度と起こらないように、チルドレンはネルフ本部直轄とし、第三
新東京に居住させることとした」
 記者たちの動揺はおさまらない。私語が飛び交っている。それを気にもせず、冬月は、
マイクを口に近づけた。
「次に、ネルフ本部は、秘匿とされてきたサードチルドレンについて、公表することとし
た」
 会場から音が消えた。呆然としている。冬月の言葉に気を持って行かれていたのだ。
「戦死したサードチルドレンのプロフィールですか? 」
 やっと回復した記者たちの興味が、集中する。
「まずは、記者の方々を含めた全人類に、虚偽の情報を流したことをネルフは謝罪する。
サードチルドレンは、戦死していない」
「なんですって……」
 会場の昂奮が沸騰する。
「どういうことですか? 場合によっては、マスコミはネルフを許しませんよ」
「君たちに許して貰う必要はない。われわれが許しを請うのは、この3年間日陰に置かれ
るしかなかったサードチルドレンだ」
「しかし………」
「少し黙りたまえ。私の発表を聞いてから、質問事項を考えた方が、効率よいのではない
かね」
 冬月が、記者をたしなめた。
「では、続けよう。サードチルドレン、名前は碇シンジ。性別は、男。年齢は現在16歳」
「碇………碇だと」
「あの碇か。前司令の」
 会場がざわついている。
「名前からお分かりのように、彼は前ネルフ総司令碇ゲンドウの息子である。これで彼の
存在を隠さなければならなくなった理由がわかったと思う。彼は父親の意向に逆らって、
サードインパクトを防いだが、あの混乱期に碇の名前を持つ者が、チルドレンであったと
なると、真実を見極める前に、命を狙われた可能性があった。それだけではない、世間は
息子であったという理由だけで、父親の責任まで彼に押し被せたかもしれない」
 冬月に見つめられて、過激な論調で知られる雑誌の記者が顔を背けた。
「私たちは、それをさけるためにあえて、彼を戦死したことにして、隠した。だが、もう
世界も落ち着きを取り戻したと判断し、公表に踏みきった」
「本人は、どこなんです? 」
 写真誌の記者が叫ぶ。
「彼は、自分の個人情報をこれ以上オープンにすることを望んでいない」
 冬月が、告げる。
「それは問題ですよ。隠されたチルドレンですよ。本人が登場しないと世間は納得しませ
ん」
 記者が、強く言う。
「まあ、待ちたまえ。まだ発表は終わっていない。アスカくん」
 冬月がアスカを促した。
「はい」
 アスカがマイクを持った。
「司令の話の途中ですが、先ほどの婚約の話に戻ります」
 アスカがていねいな口調で始める。
「私の婚約者は、一般人ですので、プロフィールは一切公開しません」
「それは通らないんじゃないですか? チルドレンのお相手というだけで、公人扱いされ
て当然だと思いますが」
 記者からクレームが出る。
 アスカはそれを無視した。
「ファーストチルドレン、綾波レイの婚約者は、皆さんが今知られたサードチルドレンの
碇シンジです」
 アスカの言葉が浸透するなり、会場が、わきたった。
「使徒戦役が結んだ恋。隠されたサードチルドレンとファーストチルドレンの熱愛。いけ
る」
 スポーツ新聞の記者が、叫んでいる。
「だが、セカンドの相手がわからないでは、話にならないぞ」
 再び記者の関心はアスカの相手に向かう。
「せめて名前と年齢ぐらいは、公表してください」
「司令、お願いします」
 アスカは、マイクを置く。
「うむ。アスカ君の事も碇シンジ君のこととも関わりが有る。しっかり聞いてくれたまえ
よ」
 冬月が、大きく息を吸った

「3つ目の事だが、これが本日一番の重大発表となる」
 冬月の表情が、締まる。記者たちも固唾をのんで冬月の話を待っている。
「ネルフ総本部は、本日付を持って、ファーストチルドレン綾波レイ、セカンドチルドレ
ン惣流・アスカ・ラングレー、サードチルドレン碇シンジの3名を解任する」
 冬月が宣言した。
 たちまち会場は、混乱の渦となった。
「なんですか、それ」
「理由を聞かせてください」
 口々に記者たちが、声をあげる。統率のとれた記者会見のスタイルは崩れ去った。
 冬月は、黙って見ている。
「セカンドチルドレン、あなたは、首になることに関してなにか意見はないんですか?」
 問いかけられたアスカも無言である。
 なにも言わないネルフ関係者にいらだちを隠さない記者たちだったが、沈黙を守ってい
る冬月らを見ているうちに、一人二人と口を閉じ始める。
 5分ほどしてようやく、会場が落ち着きを取り戻した。
「もう、自由にさせてやっていいのではないかな」
 冬月が、小さな声で言った。
「3人のチルドレンたちは、まだ16歳の少年少女なのだ。彼らは、3年前人類の存亡を
かけた戦いに駆りだされ、何度も死ぬ思いをした。終わってからも大人たちの都合で、政
治的に利用されてきた。少年少女として当たり前の生活をずっと失い続けている。このま
ま、一生彼らを飼い殺しにするつもりかね? 」
「それは、ネルフがしたことでしょう」
 会場から抗議の声が出た。
「ああ。サードインパクトを防ぐために、私たちは、彼らを使役した。他に方法がなかっ
たとはいえ、許されることではない。だからこそ、我々はその償いをしなければならない」
 冬月が応える。
「それが、チルドレンの解任ですか。それは、単なる使い捨てではないのですか? 」
 辛辣な意見が出た。
「そうとられても仕方ない。だが、縛り続けているよりは、良いのではないかな。確かに
サードインパクトは、完全には防げなかった。失われた人命も多く、破壊された町もあっ
た。人は還ってこなかったが、町は元通りになり、人類は再び未来に向かって歩きだした」
「彼女たちチルドレンは、その希望なのですよ」
 記者から発言が相次ぐ。
「そうかもしれん。では、彼や彼女たちの希望はどこにあるのだ? まさか、チルドレン
は人類ではないなどというつもりでは無かろう」
「うっ。でも、彼女たちのおかげで人類は復興出来たのは事実です。それに世界にはまだ、
復興できていない国も多い」
「では、逆に問おう。いつになったら、終われるのだ? 」
 冬月の質問に誰も答えることは出来ない。
「子供たちは、宗教的象徴ではない。ましてや肉体を持たない神ではない。まだ精神的に
も未熟な子供に過ぎないのだ」
 冬月が、一旦、口をつぐんだ。二息ほど吸うと、おもむろに話を再開した。
「そろそろ子供に縋るのを止めにして良いのではないかな。人類は、子供たちがいなくて
も立派にやっていけるはずだ。そうではないかな、諸君。もし、やっていけないと言うな
ら、人類のステージを高めるためとの理由でゼーレが遂行しようとしていた人類補完計画
は、的を射ていたことになる」
 冬月が、言葉を切って、意味がしみ通るのを待った。
「チルドレンたちに、他の16歳の少年少女のように、友人と遊んだり、勉学に励んだり、
恋に悩んだり、今しかできないことをさせてやろうではないか。もう、救世主という名の
鎖は、外してやろうではないか」
 会場は水を打ったように静かになった。
「唯一の理解者の復活を夢見て、ゼーレに与した男が、口にした言葉を、私は今こそ人類
に送りたいと思う」
 冬月が目を閉じる。
「すべては胸の中にある。今はそれでいい」
 最初は数名だった拍手が、会場全体に拡がっていった。
「ありがとう、諸君。では、最後にもう一つ。ドイツ支部の解散処理を最後に私は、ネル
フ総司令を辞職する。次期総司令には副司令の葛城ミサトが就任する。また、ネルフの全
職員は、過去のチルドレンに対する非人道的な対応について謝罪し、階級と身分に応じた
処罰を受ける」
 冬月は厳かに告げるとマイクを青葉に返した。

 一人の記者が手を挙げた。
「今日が最後の記者会見ということになると思いますが、お二人にチルドレンをやめられ
ることについてお話を伺えませんか? 」
 青葉が、アスカとレイを見る。二人が小さく頷いた。
「では、アタシから」
 アスカがマイクを手にした。
「チルドレンを辞めることに寂しさがないといえば嘘になるわ。アタシの場合4歳からず
っとそう呼ばれてきたから。エヴァに載ることが、アタシのアイデンティティだったころ
もあったし。嫌なこともいっぱいあったわ。死にかかったし、アタシの存在を脅かすやつ
にも出会った。心も壊した。人も殺した。一番見て欲しいやつに裏切られたこともあった。
もっとも、これはアタシにもちょっと、ほんのちょっとだけ原因はあるんだけどね。だか
ら、それは許したわ。2年かかったけど」
 アスカが、ふっと小さく笑う。
「チルドレンをやっていて良かったと思うの。アタシの今までのすべてだもの。一時期は、
本当に嫌だった。死にたかった。なんでアタシだけがこんな辛い目に遭うのかって、すべ
てを呪ったりもした。今でも納得できていないところもある。だけど、認めなきゃ仕方な
いじゃない。有ったことだもの。忘れてしまえば楽かも知れない。でも、そんなことをし
たら、嫌な思い出と同時に、手に入れたすばらしいものまで失うわ。それは、チルドレン
をしていなければ、絶対手に出来なかった。だから、チルドレンだったアタシを誇りに思
う。たった12年ほどの犠牲で、今後の人生ずっとバラ色決定だもの」
 アスカが誇らしげに胸を張った。
「ただ、それはチルドレンを続けながら、片手間に維持できるものじゃないわ。アタシの
全身全霊をかけて逃がさないようにしなければならないの。なんせ、強力なライバルがい
るからね。そのためにならチルドレンという称号など、ティシュペーパーほどの値打ちも
ない。わかった? アタシは喜んでチルドレンを辞めるの。そして普通の可愛い天才美少
女に戻るの」
 アスカが婉然と微笑んだ。その微笑みは、会場にいた記者だけでなく、衛星中継で映像
を見ていた全世界の人間をも虜にした。
「はい、アンタの番よ」
 アスカがレイにマイクを渡す。

「なにをいえばいいの? 」
 レイが助けを求めるようにアスカを見る。
「なんでも良いのよ。今のアンタの気持ちを言えばいいの」
 アスカがレイにアドバイスした。
「そう。わたしの気持ちを言えばいいのね。碇くん、好き」
 レイが、とんでも無いことを言ってポッと頬を染めた。
 アスカが真っ赤になって怒った。
「このウルトラ常識無し娘。なに言ってんのよ」
「じゃ弐号機パイロットは、嫌いなの? 」
「大好きにきまってんじゃ……って、なに言わせるのよ」
 アスカは、大声で叫んだ。
「チルドレンを辞めることについて、どう思うかって、訊いているのよ」
 アスカの声が、殺気をふくむ。
「そう。よかったわね。わたしにはなにも無いから」
 レイが無表情に応える。
「ファースト、アンタ、それでごまかそうって言う気。そう、なにもないのね。じゃ、シ
ンジも要らないんだ」
 アスカが、小悪魔のような表情で言った。
「それは駄目。絆だもの」
「その絆と出会えたのは、エヴァがあったからでしょうが」
「ええ。だから、わたしは嬉しいの。これからずっと一緒にいられる。碇くんが、わたし
を受け入れてくれた」
 レイが、涙を浮かべながらアスカを見る。その涙は、世界中を魅了した。
「お互い、因果な男に惚れたわね」
 アスカが、晴れ晴れと笑った。
「その辺の話をもう少し聞かせてもらいたいんですがね」
 ワイドショーのアナウンサーが声をあげる。
 レイとアスカは、顔を見合わせて言った。
「ダ・メ」
 記者会見は、爆笑の内に幕を閉じた。

 記者会見場を降りた二人を、一人の若い女性がむかえる。ネルフ技術部部長補佐伊吹マ
ヤ一尉である。
「お疲れ、レイちゃん、アスカちゃん」
 にこやかに笑ったマヤは、手にしていた手のひらよりちょっと大きめの箱を差しだした。
「こっちの赤いリボンが、アスカちゃんの分。で、蒼いリボンがレイちゃんのよ。中身は
まったく同じにしておいたから」
「サンキュ、マヤ」
「ありがとう。それは感謝の言葉」
 二人は受け取った箱を、愛おしそうに胸に抱く。
「それって、二人ともシンジ君にあげるんでしょ? 」
 マヤがうらやましそうに訊く。
「アタシは、シンジにあげるの」
「わたしは碇くんにあげるの」
 アスカとレイが、いたずらっ子のように笑う。
「はいはい。シンジ君は、大変ね。世界最強の女の子二人の相手をしなきゃいけないんだ
から」
 マヤが、あきれたようなため息をつく。
「それにしても、シンジ君、かっこよくなっていたわね。背も高くなって、体格も立派に
なっていたけど。なにより、自分を磨いたのが格好いいわ。シンジ君と私って、そんなに歳の差ないのね」
 マヤが、胸の前で手を組んでうっとりとする。
「マヤ、コロスわよ」
「伊吹一尉を敵と認定」
 二人の戦乙女から凄まじい殺気が、溢れていく。
「や、やだ。じ、冗談だってば。お姉さんショタの趣味はないから。ね。ね。じゃ、私、
仕事が残っているから。頑張ってね」
 マヤが慌てて去っていった。
「油断できないわね」
 アスカがマヤの背中を、殺人光線でも出そうな目つきで追う。
「敵は、高校の同級生だけだと思っていたのに。碇くんの浮気性」
 レイの赤い瞳が、紅く変わる。
「行くわよ」
「ええ」
 アスカとレイは、チルドレン控え室に向かった。

 控え室でシンジは、会見の様子をモニターで見ていた。
「一生涯安泰って、アスカ、僕にずっと家事させるつもり? 」
 シンジが、ため息をつく。
「綾波、もうちょっと普通の会話をしようよ」
 好きと言われて誰もいないのに真っ赤になったシンジである。
「でも、二人とも婚約って、どういう意味なんだろ? 」
 シンジが首をかしげる。
 がちゃりと戸が開いて、控え室に加持リョウジが入ってきた。
「よう、退屈そうだな」
 加持が、男臭い微笑みを見せた。
「そんなことはないです。加持さんこそ、忙しいのではないんですか? 」
 ネルフ本部監察部は、ドイツ支部の取り調べで猫の手も借りたいはずである。加持はそ
の監察部の責任者だ。
「なあに、頭っていうのはな。責任を取るときだけ居れば良いんだ」
「そんなもんですか」
「そうさ。どうせ、アルベルトがべらべら喋ってくれているからな。親父がだんまりを決
め込んでも無駄だしな」
「ドイツ支部司令とその息子さんは、どうなるんですか? 」
「ネルフはまだ軍事組織だ。軍事法廷で、そうだな。親父が禁固100年、息子が、15
0年というところじゃないか。なんせ、世界の救世主、人類文明暁の女神を襲ったんだ。
なまじ中途半端な刑期で、釈放する方がまずいさ。世間が許さないぜ」
 加持が右手の親指をたてて、首の前に筋を引いて見せる。
「さて、シンジくん」
 加持が表情を引き締めた。
「君はどっちにするか、決めたのか? 」
「えっ? 」
 いきなりの話にシンジが戸惑う。
「アスカか、レイちゃんか、どっちを恋人に、いや嫁さんにするつもりだい? 」
「そ、そんな。僕には……」
 シンジの言葉を加持が遮った。
「価値がないと、言うなよ。たとえ話をしようか。そうだな。たとえば、ここに一枚の絵
がある。この絵の価値は誰が決める? 絵かい? それとも画家かい? 違うだろ。その
絵をいいと思う人が価値を決めるんだ。シンジ君の価値も同じだ。悪いけどな、君は、自
分の価値を自分で決めることは出来ないのさ。アスカにとってのシンジ君の価値、レイち
ゃんにとってのシンジ君の価値に、君が文句をつけることは許されない。それは、彼女た
ちの人を見る眼をけなすことになる」
 加持が、厳しい顔で言う。
「逆もそうなんだ。アスカの価値、レイちゃんの価値、どっちが高いかを決めるのはシン
ジ君、君だ。彼女たちの答えはもう出ているんだぜ。それに応えるのが、男というものだ」
「でも、いきなりすぎますよ。昨日まで僕はただの高校生だったんですよ。それに、僕に
とっては、アスカも綾波も大切な存在なんです。優劣をつけることなんて出来ません」
 シンジは、泣きそうな顔をした。
「わかっている。そこでだ」
 加持が、にやりと笑った。
「冬月司令の宣言で、今日日本政府は、碇シンジの戸籍を回復させた」
 加持が、懐から一枚の書類を出す。
「そして、ここには、筏シンジの戸籍がある」
 もう一枚の書類が出てくる。
「碇シンジと、筏シンジは、別人として存在しているわけだ」
「ま、まさか。加持さん、僕にアスカと綾波の両方と。無理です。僕にはそんなことでき
ません」
 シンジの顔色が変わる。
「じゃ、アンタは選べるの? 」
 いつの間にかアスカとレイが、部屋に入ってきていた。
「出来ないでしょ。だから、アタシたちが、アンタを選んであげたの」
 アスカが、右人差し指でシンジを示した。
「アタシ、惣流・アスカ・ラングレーが、筏シンジを」
「わたし、綾波レイは、碇シンジを」
 二人が揃って手にしていたチョコレートをシンジに押しつけた。
「断ったら、泣きわめいてやるから。あと、一生つきまとって、アンタの人生無茶苦茶に
してやる」
「フォースインパクト……」

 2018年2月14日、人類の歴史を護った3人の子供たちの新たな日々の始まりであ
った。



 後書き

 お読み頂き感謝します。そして、こんなつたないシリーズを掲載してくださった怪作さ
まに心より感謝します。
 期間シリーズの最終話でございます。レイの脱却期間で終わりにしようかなと思ったん
ですが、蛇足でした。


タヌキさんから「〜〜期間」シリーズ最終作をいただきました。

シンジ君、両手に花のハーレム生活に突入ですかw

選べないからって無茶ですなぁ。三人がそれで良ければいいのでしょうが(笑

素敵なお話を執筆してくださったタヌキさんにぜひ感想メールをお願いします。

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