烏賊した怪作のホウム
勝手にCM小説
ときに、2016年
第2新東京市(旧長野県松本市)
最高裁判所
出席裁判『電波裁判 〜いわゆる KA139事件 のこと〜』
筆者:高野広瀬さん
● 2016年10月10日(月) 午前9時13分
「『TI』の首謀者より早く、ここまでも大きな事件、人物が裁かれることを予測していた日本人は、いたのでしょうか」
『サード・インパクト』だろ、と私はほくそえんだ。『TI』などと、略してどうする。
エクスクラメーションマークか、クエスチョンマークか、文の最後に、どっちの符号をつけるべきかわからない。最高裁判所前のマイクを持ったあまたの、比較的若い人間達が、叫んでいた。
まだ、判決は出ていないのに、である。
ガナリ立てる、街宣車。カメラもモニターもない彼らには、自前のスピーカーを使わないと、声は届かない。
「われわれは・・・・法の遵守と・・・の撲滅は・・・・訴え・・・師の意思を継ぎ・・・怒涛、否、打倒・・・・」
「子供が主人公の世界であるのに、その理想と平和を・・・」
ハウリングのせいで、音は完全には聞き取れない。それがなかったとしても、どちらのスピーカーも、誰にも届かないだろう。話してる本人達ですら・・・私は少々シニカルになっていた。
傍聴席を求める先頭は、先週の土曜から、ここで寝泊りしていたという、新宇部の会社員だった。一番に並んだ彼のことを取り上げたニュース番組がいくつかあり、私は彼の名前は知っていた。
原告の車が向かってきているという情報で、カメラは全て門に向けられた。松代の第12・13機動隊の配備は、「今日」の日程が出た直後に決まった。だが昨日、京都の第10機動隊も、緊急に配備されることになった。だが、人人人で、機動隊の車すら身動きがとれない。
● 同日 午前10時07分
傍聴席は、200人もの人間が、隣の人間の肉感を感じるほどに、座っている。ラッシュの電車での座席は、こんなものだった。通路側の「136」の隣りは、背広を着た大学生にしか見えない男だった。この男も黙っている。
200人余の人間が、沈黙を命じられている。命じている人間は、外をあれほどまでの騒ぎにさせている。私は奇怪な妄想を受けてしまった。まさか、この裁判すら、彼の作品だったのではないだろうか、と。
ならば、どういう結果に終わろうとも、彼の「勝ち」なのではないか、と。
● 同日 午前10時50分
彼は、始まりを20分遅らせた。20分間の私は、ノートを開き、「1007」だけ書いただけで、愛用のシャープペンを振って、芯を確認した以外は、誰もいない前の席を見ていただけだ。隣りの大学生は、何度か深呼吸をした。
裁判官が入場した。2つのインパクト後も「裁き者」として生き残ったその顔には、強さとしてのエリートが見えた。
200人が立ち上がった。
KA139事件
終わりの、始まりだ。
● 同日 午前10時56分
着席の後も、傍聴席からは何も聞こえない。クラシックのコンサートならな、と私は思っていた。喧騒の前奏、そして、第一楽章へ。
「指揮者」が、法廷に姿を見せた。
彼を見るのは、初めてではない。新聞・雑誌・ウェブを除けば、3度目だ。法廷で。地裁と高裁の、やはりこの日に。
彼の顔は、会うたびごとに、自信に満ち溢れていくようだ。自信というものが、細胞レベルで、体内に取り込んでいて、それが顔に表出している、というくらい分かりやすい。
彼のオカした「作品」が、ウェブ上のアンダーグラウンドサイトに、今でも流れている。彼の「作品」を、好んでファイルに落とす若者が多い、その事実について多くの識者は徹底的に叫び続けた。
「被告人は、自らが述べる言葉に偽りがないことを宣誓する」
彼は、目の前の紙に書かれた文字を読んだ。自信は、声帯にまでは及ばなかったのか、それとも演技なのか。宣誓している顔の万分の一もない程の、声だった。
● 同日 午前11時05分
「被告の罪状は、10に余ります。」
原告、つまり検察側の、検察官らしくない男が、語りだす。30そこそこくらいだろうか。育ちの良かったのだろう。二度のインパクトを生き残れたんだから。男は、提出したMDの再生を、裁判長に求めた。
『私は、愛する人に、犯されました。彼は、そんなことをする人じゃないんです・・・。・・・でも、愛する人だったから、それは、まだ、いいんです・・・。一番、くやしかったのは、私が前にいたトコロでも、そんなコトをされていたふうに・・・・・』(*1)
MDの少女は、泣き出していた。
「14才の少女です」
原告側の、女性から「いい人」と言われただけで満足できそうな男が、述べた。
『アタシもねぇ、分かりやすいキャラクターでしたから、使われやすいんだってことは分かるんです。でもねえ、あれじゃあ、ただの色情狂じゃない。ああいう扱いは、許せないわ。もしかしてさあ、アンタ、アタシのこと、好きなの?』(*2)
「14才の、少女です」
男の声が上ずった。
「両親との別れ、異国での生活。そんな日々の少女をですよ」
『私は、同性愛じゃない』
『私は、不良じゃない』
『私は、巨大じゃない』
『私は、菌じゃない』
(*3)
「14才の少女です!」
男の法廷人としての理性は、まだ残っていた。
『オレは、いつもなんであんななんだよー』(*4)
「14才の少年です」
「なお、もう一人、供述を求めるべき少年がいます。ですが、この少年は現在、そのような供述に耐えられる状況にありません。この少年こそ、被告のそれをもっとも被ったことを、付け加え、原告の最終弁論を終わります」
● 同日 午前11時45分
「被告人、」
彼は、弁護士を立てなかった。高等裁判所の判決を出した直後、裁判長は被告人に発言を求めた。異例のことである。
「罰は、甘んじて受ける。が、罪は認めない」
彼は、こう続けた。
「私が行った、全ての結果は、私の意思ではない。私は、ただの行為者だ」
そして、こう付け加えた。
「好意者かもしれないが、ね」
これを聞いた私は、背筋に走る何かを感じた。ここが裁判所であることを忘れることができれば、私は叫んでいただろう。「歴史」に立ち会ったのだ。27年前、ベルリンにいた。15年前の2月、東京にいた。
彼は、自身の言葉でなく、彼自身を、作品にした。
高等裁判所の裁判長は、彼の言葉のあと、「では、誰の意思なのか」と聞いた。
彼は、目をつぶり、口許だけで笑った。これで、閉廷だった。
● 同日 午前11時58分
最高裁判所。裁判長に「被告人」と呼ばれ、彼は立ち上がった。膝に乗せた両のコブシを机につけ、その反動で立ち上がる。手を机から離す。口を開いた。彼以外の全ての人間が、息を呑んだ、ような錯覚を抱いた。全ての視線を浴びる。「それでも、足りないよ」と彼の目が、誰かに言う。
どれくらい、彼は沈黙していたであろうか。裁判所の記録を読むと、たったの30秒だった。彼にとっては30秒の沈黙の後、彼は首を横に二度往復させ、座った。
「判決を言い渡します」
一審、二審ともに、被告は無罪だった。原告、検察の上告による、最高裁。これが、ラストだ。
「被告人は、多くの『作品』を、なかばゲリラ的に公開させた。『ウェブ』という、公共の場におけるそれら行為には、何らの違法性は認められない。いわゆる『大量無差別発信』については、無罪とする」
これは、一・二審と同じだ。
「次に、『電波傍受』に移る。『電波』の受信、送信は、2005年制定の『盗聴法および電波法』第139項『電波の送受信は、監督省庁長官の承認を有す』とある。被告人の『電波』が、この第139項の『電波』と同義であるか、が一・二審での焦点であった。一・二審は、『広義においても、狭義においても、両「電波」は異なる』という見解を示した」
ここまで、一気に述べて、裁判長は息をついた。
「しかし、」
また、ここで言葉を止める。彼は、下を向いていた。ただ、頭をもたげていた。
「しかし、『受』けて、『送』れる、非物質であり、しかも、その送受信に『波』がある。受けるときは、必ずしも、電子的な『電波』ではないが、それを加工して送るときは、『電子』ネットを使用する。
これらを鑑みて、被告人の『電波』と『盗聴法および電波法』第139項の『電波』も、その広義において同義である。
よって、被告人は、『盗聴法および電波法』第139項『電波の送受信は、監督省庁長官の承認を有す』において、『監督省庁長官の承認なしに、電波を送受信した』件に関して、『電波法』違反とする」
傍聴席は、ようやく、ざわついた。
裁判長の言葉の意味が、分からなかった。分からない。裁判長が電波を受信したんじゃないか、いや、被告人が電波を送信したんじゃないか、そう感じざるをえなかった。
● 2017年 1月14日(土)
3度目の『インパクト』から、初めてのクリスマスもすぎた。『サードインパクトから初めての・・・』は、何にでも修飾語とすることができていたが、この言葉にも聞き飽きてきた。
10月の第2東京での裁判からは、3カ月が過ぎた。
彼は、執行猶予付きの有罪判決だった。
「発信する『電波』を統合させる場所を期限内に提供すること」
これが、最高裁の判決だった。
判決の瞬間、傍聴席の落ち着かない空気は、各々の人々と拮抗した。
傍聴席に背を向けていた彼の表情は見えない。背中も肩も、動かなかった。
退廷を命じられ、彼は傍聴席を正面に向いた。
立ち止まった。
左の胸に右の手を当て、頭を下げる。
かしこまりすぎた、敬礼を傍聴席に向けた。
ありがとうございました、という意味なのか。
記事よろしく、という意味なのか。
手を戻し、彼は笑みを浮かべた。
彼の ウェブサイト は、2016年の12月には、公開された。
混在する彼の電波を統合する、そんな名目だった。
年が明け、私は初めて、そのサイトにアクセスした。
そこにあるのは、彼の発信した電波だけではなかった。
彼の発信した電波を受けた、多くの人間達の電波も、そこにはあった。
完
参考
*1 愚伝・鋼鉄のガールフレンド
*2 おしゃぶり
*3 貧世紀ヤヲイゲリオン
*4 ケンスケ、その涙の向こうに
(掲載先は、『烏賊した怪作のホウム』内『駄作の補完室』参考のこと)
あとがき、っぽいもの
こんにちは。高野広瀬、です。
私は、怪作さんに(直接)お会いしたことはありません。
怪作さんの容姿の描写は、ウェブでのウワサに基づいた、想像です。
その、ウワサ、とは。
怪作さんは、優しげな声の美青年
・・・これは、まさしく、シンジくんじゃありませんか、みなさん!
私が今『会いたい人』は、手塚治虫先生、司馬遼太郎先生、そして、怪作さんなので す。
高野広瀬さんから投稿小説を頂きました。
これは‥‥あぁなんと私が裁判に!?
うぅ〜ん、‥‥そんなに酷いことシタかなぁ(しらじら)
よく読んでみると、CMになっているのですな!ふむふむ‥‥なるほどこういうわけで烏賊ホウムは出来たのですね(うんうん)
なかなか参考になりますなぁ。
とっても楽しめるお話だったです。
みなさんも高野さんに感想メールを送ってくださいね。