雪害対策 偽伝(笑)
著者:Su-37
『・・・・地方など、今降っている雨は夜半に雪へ変わる見込みです。積雪状態は滑り易く車の運転や歩行など十分に注意して下さい。また交通機関への影響も考えられ電車、バスなどの遅れも予想されます・・・』
瀟洒な煉瓦地の一軒家でリビングに響く、若い女性アナウンサーの声。それより大きく艶やかなのが女性へと急速に変貌を遂げている少女の喘ぎ。
『・・・通勤通学などで交通機関を御利用の方は十分時間の余裕を持って出掛けた方が良いでしょう・・・』
睦言を続けるシンジとアスカ。テレビの音など耳に入っていない。
「その格好、Hだね。」
「バ〜カ。アンタがスカートだけ残して脱がせたんじゃない。」
学校から帰ってくるなり始めたのだろう。二人の制服や鞄が散らかっている。
「靴下も残したよ。」
アスカはそれに答え・・・られる状態には無かった。再び艶やかな歓喜の声をあげている。
『・・・気象庁は、東海地方及び関東・中京には大雪に関する情報を出して注意を呼びかけています。また気温も下がる為、凍結にも注意が必要です・・・』
寒さなどこの二人には全く関係無い。アスカが美しく背を反らせ果てる頃には十分な汗すら浮かべていたのだから。
雨からあられ、みぞれと変化し、日付が変わる頃に降り始めた雪は瞬く間に第三新東京市を真っ白にした。積雪は約5センチ程度、これが言わゆる雪国なら問題も殆ど無かった。
「ねえ・・・シンジぃ。バスってまだなの?」
第三新東京市立芦ノ湖高等学校のスマートな制服にハーフコートを羽織り、首にはチェックのマフラーをしたアスカは呆然としながら待つ。長くないスカートからのぞく肌は赤くなっていた。
その声に反応するシンジ。お揃いで仕立てたハーフコートの袖を少しまくり、日本製有名メーカーのチタン地が美しい腕時計をチラリと見る。その後バス停の時刻表を指でなぞった。
「まだ、7時47分のがまだ来てないとすれば・・・20分は遅れてる。」
「げぇ〜!これじゃ遅れちゃうわよ。」
「歩いていれば、駅に着いてたかな。」
目の前に並ぶ車の列。バスが来る気配などない。
「歩こうか・・・」
「そうね。」
だがシンジは雪道に慣れていない。アスカも1年の大半を雪と氷で閉ざされていたドイツに10年以上もいたとは言え、水分を含んだシャーベット状の雪は不慣れだ。
そもそもバス停に来るまでも何度か転び掛けていたのだから。
かといってタクシーも望めない。雪で道路が渋滞している。ドライバー自体も雪に慣れているとは言えないから事故る可能性もあるだろう。
そこに見慣れた青いアルピーヌ・ルノーが走ってくる。路面状況を理解してるとは言い難い程の速度だ。
DGOOON!!
・・・・信号の電柱に突っ込んだ。
「あれって・・・ミサトさんの?」
裏道が空いているからと飛ばし過ぎ、雪道でのコーナリングやブレーキングを考えなかったミサトはただ無様な存在だ。
「あちゃ〜!全くツイてないわねぇ。」
完全に電柱へめり込み、変形したボンネットフードの隙間から白煙を上げている程の損傷。それでもピンピンして雪に向かって悪態をついている。
「他人のふりよ、他人の。」
「そ、そうだね。」
「見つからないうちに、とっとと行くわよ。」
だが、目立つ美男と美女のこと。
「あっ、シンちゃ〜ん。アスカ〜ぁ!」
あんな恥ずかしい人間と知り合いなどと思われたくない。完全に無視し、時々転び掛ける様な歩道を早足で逃げる。
「こら〜ぁ!シカトしないで助けてよぉぉぉ〜!」
交差点での事故で更に酷くなる渋滞。暫くして悪態をつく他のドライバーと喧嘩まで始めた。
「見ちゃ駄目。」
「わ、解ってるよ。でもNERVに行ったら何か言われそうだなぁ。」
「ミサトに不人情と言われる筋合いはないわ。」
「それもそうだけどね・・・っとアスカ、危ない!」
話に夢中で足下がおろそかになっていたアスカが転びそうになるのを慌てて支え、代わりにその場で背中から転んでしまう。
「バ、バカ!アンタが転んでどうするのよ!でも・・・・大丈夫?頭とか打ってない?」
足を少し広げ、力の入る様にしてからシンジに手を差し伸べる。
「はは。受け身をとったから大丈夫だよ。背中は少し痛いけど。」
「全く・・・無鉄砲なのは変わらないんだから。」
「アスカが怪我をしなければ僕は何度でも支えてみせる。」
真っ直ぐな意志を感じる黒い瞳。思わず蒼い瞳も緩もうというもの。
「見えない所に青痣なんて、どうってこと無いわ。それよりシンジが大怪我なんかする方が心配なんだから。」
「僕は男なんだよ。怪我の一つや二つ構わない。それにね・・・」
アスカの手を借りて起きあがったシンジは、口を彼女の耳元に寄せる。
「僕が見れないところなんて君にはないんだよ。」
大粒の雪がヒラヒラと舞う中、二人の周りだけそれが雨になっている様な感じだった。
いつもより30分以上余計に掛けて辿り着いた駅は、通勤通学の人々で溢れていた。自動改札も軒並み通行止めを表示している。
その上に下がる発車時刻表は1時間以上前の列車がまだ着かないことを示していた。
「7時11分、第三新東京駅行・・・到着未定?」
アスカがそう読めば、
「リニアモーター軌道着雪により上下線とも列車が立ち往生しております?運転再開は未定・・・か・・・。」
と、改札横に出たボードを彼女が解る様に読むシンジ。
「どうしよう。学校に行けないじゃない。」
そもそも、学校がやっているかは疑問だ。休校になっている可能性もある。
「・・・帰ろう。」
即、シンジは決断した。
「そうね。これじゃあどうしようもないもん。」
説明に出た駅員に喰って掛かる、頭の禿げた親爺を尻目に駅から出ていこうとした。
そこに鳴り始める携帯。仲良く二人同時で、更に着メロも全く一緒だ。そしてその着メロが割り当てられている『ダー○ベーダーのテーマ』はNERVからのもの。
代表(?)してシンジがそれをとった。
「はい。碇シンジです。認識番号165681070・・・」
交換が身分照合をして電話を転送すると、マヤの声が聞こえた。
<シンジくんですかぁ。伊吹でぇす。アスカちゃんも一緒ですぅ?>
「はい。アスカも一緒にいます。」
<今何処ですかぁ?>
とても20云歳とは思えない口調である。
「大杉町の駅です。」
<じゃあ、10分後迎えをよこしまぁす!>
「ちょ、ちょっと待って下さい。今、車はまともに動いていませ・・・」
切れてしまった。
「何だって?」
「NERVから迎えが来るんだけど、10分後だってさ。」
アスカも怪訝な顔をする。今までの渋滞を見ていればいくら近くにいても10分では無理だろう。何せ10分掛けて100メートルといったところだからだ。
「保安部の車かしら?」
確かにこうしている今でも通勤のサラリーマンに扮した保安要員がいる。だが今日の様な状態で車まで着いてこられるとは思えない。
仕方無いので、1時間は待つつもりになった。
「寒い・・・」
そう言ってアスカが足踏みし始めたのをシンジは見逃さない。
そっと彼女を自分の胸に抱き寄せた。
「これでどう?」
「ありがと。」
周りのサラリーマンやら学生やらが一斉に白けた顔をした。ただそのお陰で電車の遅れによる憤りはJRへ向けられることは少なくなったが。
迎えは意外な形で現れた。
駅前交番の警察官や、サラリーマン風の男女がタクシープールを空け始めたのである。営業妨害だと喰って掛かるドライバーを宥めながら雪の影響で余り待機していないタクシーを出すと、コート姿の中年男性が交番から借り出した誘導棒を二本持ちそこに一人残った。
「まさか、と思うけど・・・」
「やっぱり?アタシもそうだと思ってたんだ。」
空気を切り裂く独特な音が近づいてくる。
会社にも学校にも行けない人々が唖然として見守る中、シンジとアスカへ駆け寄る特徴の無い格好をした男女二人。
「碇二尉と惣流二尉ですね。こちらへ!」
以前の様に黒服も着ていなければ、サングラスも掛けていない保安部員が二人の腕を取った。
「何があったのですか?」
シンジの言葉に男性保安部員は肩をすくめて首を横に振ってみせた。
「自分達は、あなた方のガード。そして今はあなた方を本部に連れていくのが任務です。詳細は聞いておりません。」
その最後が聞き取れない程耳を聾する羽音と、掻き回された空気で強烈な吹雪の如き状態になる駅前広場。
降雪により視界の悪い中を飛んで来たのは、艶消しのダークグリーンを身に纏うNERV本部航空輸送班所属のシコルスキーUH−60Aブラックホークだった。
「これに乗っていけと?」
呆気にとられた様に保安部員によって誘導され着陸したヘリを見つめて呟くシンジ。
「ちょっとぉ。アタシ達、凄く目立ってるんだけど・・・」
アスカと言えば居心地悪そうに、駅から見つめる人々を見やっている。
だがそんな事はお構い無くスライドドアが開くと、グレーの航空用ヘルメットにモスグリーンのフライトスーツという出で立ちのクルーチーフが大きな身振りで手招きしていた。
「こちらです!!」
保安部員に連れられ上体を低くしながら、ヘリへと歩み寄った。
暫くしてブラックホークは羽音を再び大きくして空へと舞い上がる。またも猛吹雪となるが保安部員達は全く気にした風も無い。
「灰色鼠よりモグラ。灰色鼠よりモグラ。子犬と子猫は飛び立った。繰り返す、子犬と子猫は飛び立った!」
無線機に怒鳴る一人の男を白眼視しながら、電車に乗れず暴風で寒い思いをした人々は大いに迷惑を感じずにはいられなかった。
明らかに不機嫌なシンジとアスカが発令所に入ると、そこにはまたも防災服姿のゲンドウが何やら叫んでいるのが目に入る。
「碇司令。」
「む!私は忙しいのだ。詳しくは葛城君に聞きたまえ。」
相変わらずシンジに父親扱いされないゲンドウ。落ち込む様子を見せない為に敢えて粗野に振る舞う。
「その葛城二佐ですが、ここにはいない様ですけど?」
アスカの言う通りミサトの姿は見えない。恐らく未だ事故現場にいるのだろう。
「何処だ?葛城君は何処に行ったのだ!?」
その言葉に誰も応えない。やっかいな人間と関わり合いになりたくない様だ。
シンジは大きく溜息を付きながら、他に話の解りそうな人間を探した。
ああ、日向さんなら僕等を呼んだ理由を知ってるかな?
ゲンドウに何の感情も込めない敬礼をして離れると、実質指揮を行っていた日向の元へと歩み寄った。
「日向一尉!命令により碇二尉、惣流二尉出頭しました。」
シンジの言葉に首を捻る。
「え?ボクは聞いてないな。」
「へ?そうなんですか??」
「あんな他の人に迷惑な迎えを寄こしたのに?」
「君達が何を言っているのか解らない。」
そんな無責任な事があるだろうか。緊急呼び出しもいいところ、アスカなどてっきり最近NERVを快く思わない某大陸覇権国家が何かしらの行動を起こしたと推測していたのだ。
「ではこの騒ぎは何です?」
シンジは忙しく行き交う職員達に目をやった。
「もしかして・・・テロとか?」
アスカの真剣な顔を見て、思わず吹き出してしまった。
「いやいや、“今回”も災害派遣予備要請が市から来たんだよ。」
「は?災害派遣ですか。」
「そう。この雪に泡を喰ったみたいだ。」
確かに、都市機能麻痺は憂慮すべき事態だろう。だがそれだけで“准”が付こうが付くまいが軍隊を引っ張りだす事があるのか。
「平和ボケもいいとこね。」
「うん。それはあの髭も同じだよ。」
シンジは呆れを顔に出しながら、一人無駄に張り切るゲンドウを見やった。
そう言われてみれば、とアスカも考える。使徒戦でまともに働いたのは停電時くらいなもの。それも戦闘指揮では無く肉体労働だった。他は高見で勝手な事を口走っていたか、裏で悪巧みをしていたか・・・いっそフランスから経営家かサッカー監督でも連れて来た方が余程良い。
何もかも莫迦らしく思い掛けていたところで、日向は「取り敢えず待機していてくれないか」と言った。
「なら、帰っていいですか?」
期待を込めた目でアスカが向き合う。
「今日みたいな状態で何かあった時、また君達を迎えに行くのは時間も掛かるし大変だからな。悪いけど本部内にいてくれないか。」
「・・・解りましたぁ。」
脱力してシンジに体を預ける。家に帰れたなら一日中、シンジに甘えられたのにぃ。今現在それをやっている自覚はない様だった。
暇な待機時間を過ごし時計は午後1時をさす。
これくらい昼食時間からずらせばいいかとNERVの食堂に顔を見せた。
「おお、シンジ君にアスカちゃんじゃないの。」
食堂職員、解りやすく言えば“賄いのおばちゃん”が太り気味の体をカウンターに見せて豪快な笑みを見せてくれた。
「「今日は、おばちゃん」」
気のあった挨拶に、この中年女性のみならず他の食堂職員も微笑む。
「本日のお奨めは?」
「アスカちゃん、ゴメンねぇ〜。もうお奨めメニューは売り切れちゃったのよ。」
「あら、残念。」
「もう少し早く来れば残ってたんだけど、雪で購買のお弁当やらパンやら来ないせいでね。いつもより沢山人が来てたから、アッと言う間よ。」
アスカはお奨めのサンプルを見て本当に残念な様子だった。
「おばちゃんが作る『里芋の煮っ転がし』、アタシ好きなんだ。」
「そう?ありがとね。」
確かに仕方ないと思う。誰でも美味しくて安い『本日のお奨めメニュー』は魅力だ。
「では、僕はカツカレー丼にします。」
アスカとおばちゃんの会話の中、既に代わりのメニューに目を付けていた。
「あいよ!カツカレー丼ね。アスカちゃんはどうする?」
『里芋の煮っ転がし』に未練を残しながらも、アスカは写真付きのメニューに見入った。
ハンバーグ定食は先週食べたわね。鳥唐定食も一昨日。日替わりは売り切れと。『イギリス風カレー定食』はシンジがカツカレーならどうせカレーは食べられるから外しとこ。
ジッと目を落として悩むプラチナブロンドの女の子。シンジは急かすでもなく優しげな笑みを湛えて見守る。
「今、試しに作ってるのがあるんだけど、食べるかい?」
焦れた訳ではない。でも何とかしてやりたいとおばちゃんは口を開いた。
「おばちゃんの作るのなら何でも美味しいと思うけど・・・何?」
「丼物よ。御飯の上に一口サイズのステーキを載せてデミグラスソースを掛けるの。まだ賄い連中だけで食べただけど評判は悪くないわ。」
「じゃあアタシがお客で食べる第一号ね。」
「ええ♪アスカちゃんが一番よ。」
「ふふ。それってなんか嬉しい♪」
という訳で、『(仮称)デミステーキ丼』を頼むことになった。
その後に始まるいつもの甘〜い二人の食事タイム。
「あれを見てるだけで幸せになれるわ。」
「ですね。俺も彼女が欲しくなりますよ。」
「何だか胸の中がホンワカしてきます。」
おばちゃんを始めとした、職員は目を細くして人気のない食堂の真ん中で食べる二人を見ている。
そんな中、何処にでも姿を現すのがミサト。
「お、おばちゃん・・・何か食べさせて。」
「あらどうしたんです、葛城二佐?そんなボロボロの格好で?」
どう見てもずぶ濡れ、更に髪はボサボサ。制服もいくらか切れている所が見える。
「今朝事故ちゃってさぁ・・・車を移動するので一騒動。全くツイてないわぁ。」
「では朝御飯なんかは食べていないんですね。」
「そうよぉ・・・しかもシンちゃんとアスカには見捨てられちゃうし。もう最悪ぅ!」
二人がそんな不人情な事をするとは思えない。多分関わり合いになりたくない状況だったのだろう。
「では、『鍋焼きうどんとおにぎりセット』なんか如何ですか?」
「それ、頂くわ。」
へたりそうになる体を何とか立たせながら、ふと食堂を見回す。
「あぅ・・・シンちゃん、アスカぁ・・・」
今朝の仕打ち(?)に腹が立ちそうになるが、空腹でそれもままならない。しかも二人はミサトが入ってきたのを全く知らない様子だ。
ようやく彼女の待つ『鍋焼きうどんとおにぎりセット』が出来てくる。一人で食べるのも何なので、シンジとアスカの座る席に行こうとするが・・・空腹と疲労でどうにもならなかった。仕方無く一番カウンターの近くで食べる事にした。
「あら、ミサト?来てたの?」
声でも解ったが一応その方向に顔を向ける。そこには食事を終え二人腕を組みながら出ようとする少年と少女の姿。
「アスカぁ〜!シンちゃ〜ん!」
「お、お早う御座いますミサトさん。」
「お早う?・・・今朝助けに来てくれてればその時言えたのにねぇ〜。」
「な、何の事か解らないわ。」
「アンタ達、私を見捨てて行ったでしょ!」
「あはあは・・・シ、シンジ知ってた?」
「あれはアス・・・痛!」
口封じにシンジの足を踏む。
「そうかぁ。あそこで事故ってたのミサトだったんだ。」
「ははは・・・知らなかったなぁ。呼んで下されば助けに行ったんですけど。」
「呼んだわよ。恥ずかし気もなく大声でね!」
「ゆ、雪が積もってたからねぇ・・・声が雪に吸収されちゃったのよ。」
「そ、そうだね・・・あ、アスカ。リツコさんの部屋に行く時間だよ。」
「じゃ、じゃあねミサト。アタシ達急ぐから。」
「ミサトさん。失礼します。」
慌てた様にその場を辞する二人。ミサトは睨みつける様にうどんをかき込んで・・・
「熱!!み、水ぅ!!」
ここでも“自爆”していた。
当然の如く、リツコと約束などしていない。だがミサトがあれだけ怒っていたのだから、口裏合わせに必要と二人は顔を出した。
「あら、いらっしゃい。今日は何の用?」
挨拶もそこそこにアスカは事故から続くあらましを簡単に説明する。
「ぷっぷっぷっ・・・相変わらずねぇ。」
それだけ言うと、臆面もなく大笑いし始めた。家から連れてきている三毛猫がビックリしてソファーの下に隠れたのも頷ける程だ。
「でしょお?常々何も考えていないと思ってたけど、あれだけ詰めが甘いと呆れるやら情けなくなるやら。」
「ア、アスカァ。そんな本当の事、当人がいないからって言っちゃ駄目だよ。」
「・・・アンタのフォローになってないって。」
そんな二人の夫婦漫才もまた笑える。いや、今のリツコは箸が転んでも可笑しくなってしまうかもしれない。
「はははははは・・・はぁ〜。OK、私が貴方達を呼んだ事にしておくわ。」
「有り難う御座います、リツコさん。」
「ありがと、リツコ。」
「こんな面白い話を聞かせて貰ったお礼よ。今度飲みに行った時に奢らせられるわ。」
シンジもアスカも少しばかり罪悪感を感じる様な発言だ。
「何たってミサトのヤツ、私にいつも奢らせるのよ。これで少しは回収出来るってものだわ。」
前言撤回、お役に立てて嬉しい。
リツコの煎れたコロンビアで一息ついた。先ほどの三毛猫も静けさに安心したのか顔を見せる。
「おいで。」
アスカがそう言うと三毛猫は妙にサービス良く飛び乗ると膝の上で丸くなった。
「ところで、髭が何だか張り切っていたんですけど。」
「クスッ・・・そうね、あんなバカげた要請で張り切れる程暇ってことよ。」
ゲンドウとの関係を精算したからか、言葉に遠慮はない。
「最近ろくに顔も合わせていないので解りませんが、司令職ってそんなに暇なんですか。」
「この間見た時は副司令に全部押しつけて横で高鼾よ。本来、そんなに暇じゃない筈なんだけど・・・」
世界のパワーバランスを担うNERV司令ともなれば、やるべき事は山とある。
組織の行く末に思わず溜息を付くリツコとシンジ。それを横目にアスカもふと感じた疑問を口にした。
「ねえ、リツコ。レイって今日来てる?」
自分達と同じ扱いで呼ばれた筈なのに姿が全く見えない。
「昨日、風邪で入院したわ。」
「ええ!?そんなに酷い風邪をひいたの?」
確かに悪い風邪は命にすら関わる。元々体が強い方ではないレイなら余計だ。
「昨日の晩ね、レイから電話があったの。学校から帰って来たら熱っぽくて動けないってね。呼吸も苦しいって言って。」
「それって、危ないんじゃない?」
「肺炎も起こし掛けてたわ。」
「リ、リツコさん。僕等見舞いに行きますよ。何処の病院です?」
いつも通り優しいシンジ。前より目に見えて優しくなったアスカ。それがリツコには眩しい。
「うちの病院よ。大丈夫、二、三日で退院出来る。」
「でも・・・レイの顔を見てくる。」
この二人に愛おしさすら感じ慈母の様に微笑む。
「二号棟301号室。でも気を付けてね、レイがひいてるのは普通の風邪じゃない、インフルエンザだから。マスクはお奨めね。」
「いえ、そんなこと出来ませんよ。」
「そうよ、レイに失礼だもん。」
そんな事を言いながら部屋を後にした二人を見送ると、リツコはキャメルをパッケージから一本取り出してくわえた。
私も後でお見舞いに行こうかしら。当然マスクなしで・・・
廊下で再び文句を言うミサトに捕まるが、先を急ぐとばかりに振り切りNERV施設内にある総合病院に駆けつけた。
二号棟の三階にあるナースステーションで一応確認するとやはり301号室にいるとの事。一人の女性看護師に案内して貰う。
「綾波さん。お友達が来てますよ。」
テレビを見ながら眠っていたのか。だが女性看護師の声で目を開くとその方を見た。
「綾波・・・大丈夫?」
「レイ、インフルエンザですってね。酷いの?」
額にベルト式の冷却材を付けたまま起きあがる。
「ああ、もう!別に寝てていいわよ。」
「有り難う。でも折角碇君とアスカが来てくれたから・・・」
まだ、だるさがあるのだろう。でも嬉しそうにする。
「あなた達学校はどうしたの?」
高校の制服を着てはいるが、明らかにまだ授業のある時間。自分の為にサボったのかと心配してしまう。
「ニュース見てないの?今日は電車も車もまともに走ってないのよ。」
「どうして?もしかして・・・有事?」
「そうじゃないんだ。大雪で何にも動かなくなっちゃったからね。さっき学校に電話したら休校だって言っていたし。」
雪と聞くと、それを見れた二人が少し羨ましくなる。
「いいわね・・・白い雪。退院したら見えるかしら?」
「多分・・・無理ね。この程度だと2、3日で溶けちゃうんじゃない。」
「そう・・・残念。」
ガックリきたせいもあってか、体の力が抜ける。
「ねえシンジ。アンタ、外に行って雪とってきなさい!」
「とって、って・・・大した量にはならないよ。」
「いいから!」
「でも・・・逆に可哀想だよ。」
そう言われてみればそうかもしれない。確かに生殺しもいいところだろう。
「有り難う、アスカ。気持ちだけ貰っておくわ。」
その言葉に意地らしさを感じる。だから余計何とかしてやりたくなる。
そうだ!
「レイ。起きあがるくらいはそんなに辛くないの?」
「御飯を食べる時は起きあがってるわ。でも、大して食べられなくて・・・」
レイの視線は点滴瓶に向けられている。食べられない分の栄養補給の為だろう。
「車椅子なら?」
そう聞かれて・・・赤い顔でシンジを見る。その赤さには熱のものばかりではないというのをアスカは見抜いた。
「ちょっとシンジ離れててくれない?」
「うん。」
女の子同士の会話では聞いていけないものもある事を知っていた。
「・・・・だから、歩く事もあるわ。」
「そう?じゃ、車椅子くらい大丈夫ね。」
「ええ。」
なら決まりと、シンジに車椅子を頼み込む。
彼はアスカのやろうとしている事を解っていたから、ニッコリと微笑んで部屋の隅に折り畳まれてある車椅子を広げながら押してきた。
「有り難う、シンジ。」
「アスカ、君が益々好きになりそうだよ。」
「ああん♪これ以上愛されたらどうしましょ。」
レイもこの二人が自分の為に何かやろうとしているのが解ったが・・・色惚けっぷりを見せつけられて背筋に悪寒すらはしった。
「そう・・・これは風邪のせいではないのね。」
一応、女性看護師に確認を取ると「まあいいでしょう」との答えが返ってきた。こうして病院から大手を振って出られる事になる。まあアスカの計画では駄目でもこっそり抜け出すつもりであったが。
だが暖かくしてという良識的であり正鵠を得た助言もあったので、誰かがレイの為に置いていったガウンとダウンジャケットを着せ更に毛布で体を巻いての外出となった。
「何だか・・・私が雪だるまみたいね。」
「熱があるんだから、用心に越したことはないよ。」
シンジが車椅子を押し、アスカは行く先々の自動ドアを反応させたり手動ドアを押さえていたりする。レイは素直に羨ましく思った。やっぱり、この二人は私の知らないもので結ばれているのね。そうでなければ地球の裏側にいる異性同士が出会うなんて普通ないもの。
若干の嫉妬は感じたものの、それでもその居心地の良さにレイは暫し眠りに落ちた。
次に目覚めた時は寒さと冷たさを感じた。
「ほら着いたわよ。」
アスカの言葉通り一面の銀世界。外が見える所ではなく、正に外にいる。
「綺麗・・・」
全ては雪に覆われ、音もしない。
「雪・・・冷たい。」
手を目の前に差し出すと、ふんわりそこに落ちてきた。
そっと目の前にもってくる。六角形をした結晶が顕微鏡を使わなくても見えた。
その一方、唖然としているのはシンジとアスカだ。
「これじゃあ帰れないわ。」
「取り敢えず、火事になりそうなものは全部止めてきたからいいけど・・・これでNERVに泊まりなんていう事になったらやっぱり困るな。」
「でしょ。着替えなんか持ってきてないのよ。」
15センチはあろうかという積雪に溜息も出るというものだ。
「僕のトランクスは共済の売店に売ってると思うけど、アスカのはないよね。」
普段から触れてサイズを把握しているシンジは、気の毒そうにアスカを見た。
「だいたい、女性物のサイズは細かいから。ホント男が羨ましいわ。」
「それと晩御飯も考えないと。おばちゃん・・・檜山二尉には悪いけど夕飯くらいアスカの手料理が食べたいな。」
「う〜ん。嬉しい事言ってくれるじゃない♪今晩はサービスしたげる。」
そのサービスが出来る場所があるかどうかは疑問であるが。
ともあれ雪景色をそれぞれの見方で堪能すると、元来た道を戻ろうときびすを返す事にした。
と・・・地下駐車場から出てきた一台のメルセデスが目の前に停車する。
「な、何よ、これ〜!!」
「れ、霊柩車??」
メルセデス ベンツS800の後部ドアから後ろに怪しげな建物を付けた改造車。暖簾には『おでん・ラーメン』と書かれている。
「・・・・屋台?」
「ふっ・・・よく見破ったな、レイ!」
先ほどの防災服の上から長い前掛けをして捻り鉢巻きのゲンドウがゆっくりドライバーズシートから降りてきた。
「はぁ〜、何と無駄な車ねぇ。」
「いや、とことんバブリーなだけかも。」
そんな事に聞く耳持たず、ゲンドウは屋台の中に消えた。
「来るなら早くしろ。でなければ帰れ!」
まず商売に向いていない一言。
「なら帰るよ。アスカ、綾波行こう。」
「ああ!待て待て。ただにするから何か食っていけ。」
「僕等から金を取るつもりだったの!?」
「当然だ。ネタの材料代は掛かっている。」
NERV司令ともあろうものが何ともケチ臭いものだ。
「僕等、あんまり腹が空いていないんだ。」
「な、何故だぁ〜!!」
「怒鳴るなよ。だいたい、今何時だ?」
「午後・・・4時10分。それが何か問題あるか。小腹くらいすいているだろう。」
だが父の料理など食べたことの無いシンジは、どうにも嫌な予感がしてならない。
「さぁ行こうよ。」
「ぬ・・・碇二尉、命令だぞ。」
これには三人とも白けた様にゲンドウを見た。
「おでんを食べるのが仕事ですか?」
「そうだ、惣流二尉。」
「でも、レイ・・・綾波二尉は風邪でろくに食べれないんですよ。」
どうにもタイミングが悪過ぎたらしい。
「では・・・午後6時。ここに出頭しろ!」
既に此奴の頭では、おでんを食べる事が命令になっているらしい。
馬鹿馬鹿しいくらい酷い命令だが、取り敢えずその場を離れられるのならばと敬礼で命令を受諾した。
「でも、一時しのぎだね。」
「そ〜おう?別に行かなくてもいいじゃん。」
「私は遠慮するわ。お腹の具合も良くないし。」
「じゃ、行かない事で、けって〜え!」
薄情なのだろうか?いや、妥当かもしれない。
かくてゲンドウは寒空の中待ちつづけ、それでも強行軍で帰宅の途につく職員を相手にそれなりに商売をしたらしい。
おでんとラーメンが美味しかったかどうかは・・・家庭常備の胃薬がどれくらい消費されたかで解るだろう。
「あらぁ!司令、美味しいじゃないですか!今度また作って下さいね♪」
例外は何処にでもいる。
レイを病院に送り届けた後、シンジとアスカは結局自宅へは帰れなかった。
それもまた、仕事をせずにあちこちの部署でコーヒーやお茶を飲んで回っている作戦部長に代わり何故か発令所の責任を負わされた日向が指示したものだった。
「夜間はヘリが飛べない。だから迎えにも行けないんだ。悪いけど施設内にいてくれ。」
だが代価としてパイロット待機室以外に来客用の部屋を割り当てられたのは不幸中の幸いだ。
「無駄に豪華な部屋だな。」
シンジの言う通り、大きなダブルベットが二つ。年代物でアンティークの部類に入ると思われる応接セット。上にはシャンデリアすら掛かっている。
「見てみて、大きなお風呂♪」
ここは司令室だった。だが、今や発言力も限られ「仕事もしないのになんであんなに良い部屋使っているんだ」という職員の声も無視出来ず結局8畳ほどの部屋に引っ越しした後の再利用がこれだ。国連の高級幹部などがNERV視察の折りに使っている。
「見晴らしが良いのは嬉しいけどね。」
窓からはジオフロントが一望出来る。
「ちゃんと温泉までひいてあるんだぁ♪」
こんな高級スウィートみたいな所に泊まりなれていないシンジとは対照的にアスカははしゃいでいた。
「ね、ね。お風呂に入ろ?」
ニコニコしているアスカを見るとシンジも次第に気持ちが落ち着いてくる。
「いいよ、一緒に入ろう。」
ふと、監視装置の存在が気になったが・・・ここにいてはプライベートなど無きに等しい事を思いだし無視する事にした。
「じゃ、アタシが服を脱がせてあげるね。」
「僕も君の服を脱がせてあげる。」
ここまで来るともう止まらない。いつもの夜を迎える二人だった。
「加持君、もっと飲みたまえ。」
「い・・や、明日も仕事が・・・」
「私が許す。どうだ、鬼殺しなんて暖まるぞ。」
「し、司令。せめて地下駐車場まで降りてやりませんか?ほ、ほら星空まで出てもの凄く寒いんです」
「む。私の酒が飲めんと言うのか!」
「そんなこと言っていないじゃないですか!」
「ならいいじゃないか。ほら、大根が煮えたぞ。」
「ま、まあ大根ならまだまし・・・じゃなくて喜んで頂きます。」
「ところで相談がある。」
「何ですか?」
「息子と上手くいっていないのだ。どうしたらいい?」
「俺もミサト・・・葛城二佐と上手くいってないんですよ。こちらが相談したいくらいで。」
「それは君の浮気性が原因だろう。それ、もっと飲みたまえ。」
「おっとっとっとっ・・・失礼ですがそれについては司令も変わらないのでは?」
「私がいつ浮気をした?」
「亡くなった赤木ナオコさんに、リッちゃ・・・いえ、赤木リツコ博士。親子丼など俺でもやりませんよ。」
「君に言われたくなかったな!見境なしの君に!!下は高校1年生から上は40代の有閑マダムまで。下手をすればレイや、義娘になる筈のアスカ君まで危なかったということだろう?」
「ば、莫迦なこと言わないで下さい。お、俺はレイやアスカにまで手を出そうなど考えても見なかったんですから。」
「そうか?最近良くレイやアスカ君に話しかけているのを見るぞ。」
「な・・・レイについては司令の方が危ないじゃないですか。使徒戦役の最中からどうもおかしいと思っていたんです。」
「わ、私はロリコンじゃないぞ!ただ、レイはだなユイの・・・」
「それにしたってたった14・・・や、その時は13でしたか・・・13の少女にそんな感情を持つなんて異常ですよ。」
「貴様!それを言うならシンジと付き合う前のアスカ君とどうにか一晩デートしようと考えていたらしいじゃないか!お前も立派なロリコンだぞ!」
こんな具合で夜が白々と明けるまで髭と無精髭の言い争いは続いたという。
後書き
ギャグっぽく書けてるかどうか心配です(^^;
まあ何とかなっている気も・・・しないなぁ(爆)
Su-37さんから、投稿作品をいただきました。
NERVってちょっと調子の外れた人たちばかりなんでしょうか。そんなことはないですね。
なんだかトップがアレだからいけないような気がしますが(笑)
実は加持が危険人物だったのですね。一夜・・・死刑確定(笑)
立派にギャグでした。皆様もぜひSu-37さんに感想メールをお願いします。