しらまささんから頂きました。


 

椅子

 

筆者:しらまささん

 

 ドスンッ!!

「っきゃーーー!!」

 朝の葛城家にそんな大きな音と声が響き渡った。

「ど、どうしたんですか?」

「も〜何よ、朝っぱらからうっさいわね〜」

 それに驚いた二人が様子を見に行く。

 朝御飯を作っていたシンジはフライパン片手で、

 起きたばかりのアスカは寝ぼけ眼で、

 その音のもとへ向かった。

 そこではテーブルの近くの床にミサトが座りこんで腰をさすっていた。

「だ、大丈夫ですか?ミサトさん」

 慌てて駆け寄り手を貸しミサトを立たせるシンジ。

「あ、ありがとシンちゃん…いててて…」

「まったく、どうせ酔っ払って座るとこ間違えたんでしょ…ン?

 冷たい視線を送っていたアスカだが、ある事に気付いて目を凝らした。

 するとミサトの足元には一本足の折れた椅子が転がっている。

「これ…どうしたんですか?」

 どうやらシンジも気付いたようである。

「まさか、ミサトそんなに重くなったの?」

「そ、そんなわけ無いでしょうがっ!」

 ミサトが一瞬言葉に詰まったのは、

 最近飲酒量が増えていたから自分でもそう思ってしまったのだ。

 しかし流石にそこまでは…と思い直し慌てて否定した。

「これじゃこの椅子もう使えませんね」

「そうね〜どうしようかしら」

 考え出した三人だったが、おもむろにアスカが声を出した。

「新しいの買いかえよう!うん、それがイイ!!」

「でも、椅子はまだ三つあるんだし新しいのにしなくても…」

 確かに葛城家のダイニングにはきちんと座れる物が三つ残っている。

 ここの住人は三人なのでちょうどいいはずだ。

 シンジの言葉はもっともなのである。

「何言ってんの!いつまたミサトが座って壊すかもしれないような椅子なんか用済みなのよっ!!」

 しかしアスカには通じなかった。

「私が座ったからって壊れるわけでは…」

「さあシンジ、買いに行くわよ!」

 ミサトの弁を遮って出かけようとするアスカ。

「ちょ、ちょっと待って、朝御飯まだだよ?」

「そんなら早く作りなさいっ!」

「わ、わかったよ」

 追いやられるようにキッチンに向かうシンジ。

 それを見送ったアスカの後ろではミサトが呟いていた。

「…私はそんなに太ってないよね…はっ!でももしかすると…いやそんな筈は…でもでも…

 

 

 

 

 そんなわけでシンジとアスカは家具屋さんに来ていた。

 ここは街一番の規模を誇るデパートの家具コーナーである。

 普通こんな所はシンジ達の若さで来る事は少ないので、

 二人とも物珍しそうにきょろきょろしている。

「あっ、あそこじゃないの?シンジ」

 少し歩くとキッチン、ダイニングの家具が展示してある場所をアスカが見つけた。

 彼女はそこに駆けていったが、シンジはそれに苦笑しながらゆっくり歩いて行った。

「ほら、早く来なさいよ」

 アスカが手招きをして呼んでいる。ちょっと恥ずかしい。

 そこのコーナーにはモダンな物から

 アンティークな物まで様々な家具がそろっていた。

 中でもシンジの気を引いたのは、やはりキッチン用品だった。

(…あぁ、夢のシステムキッチン…)

 シンジはそれを恍惚の眼差しで眺めていた。

(…この圧力鍋…欲しいなぁ…)

 しかし今日探しにきたのはダイニングの椅子である。

 気を取りなおして椅子を選び始めたのだが、近くにアスカの姿がない。

 首を巡らしてみると、ベッドとかソファーが置いてある所に彼女はいた。

 子供のように大きなダブルベッドに寝そべったり、

 ソファーに腰をかけてみたりと実に愛らしい。

 シンジはそこに歩み寄って行き、アスカに声をかける。

「今日は椅子を選びに来たんでしょ?」

「な〜によ、ちょっとくらいイイじゃないの」

「先に選んでから、ね?」

「ぶ〜〜〜」

 アスカは彼の言葉に少々ご不満のようだ。

 頬を膨らませて抗議するが、シンジはアスカの手を取ってソファーから立ちあがらせた。

 そのままその場を立ち去ろうとする。

 だが、途中アスカの目がくぎ付けになった物があった。

「ま、待って」

 そう言って彼の手を振り払い、それに向かって走って行く。

 シンジは半ば呆然としながらも後を追った。

 彼女が見詰めているのは、真っ赤なソファー。

 ちょうど二人分座れる大きさで、見るからに柔らかそうな感じ。

「シ、シンジ、これ買おう!これっ!

 アスカは何処が気に入ったのだろう。

 その色か、またはその大きさか、もしかしたら両方かもしれない。

 とにかく彼女はこれに一目で惹かれた。

 値段は…高い。

「駄目だよアスカ。これ買うとお金無くなっちゃうよ…

「いやだ、いやだぁ、これ買うのぉ!

 甘えた声で駄々をこねるアスカ。

「だ、駄目っていったら駄目!

「…ちっ…

 彼女の舌打ちはシンジにも聞こえた。

 一瞬「よし、買おう」と言ってしまいそうになったのだが、

 思いとどまってホントに良かったと胸をなでおろした。

「行くよ、アスカ」

「…うん…」

 アスカにも葛城家の家計の厳しさはよく分かっている。

 ある一人の出費がかさんで食費さえままならない状況なのだ、

 自分だけが我を通しても辛いだけであろう。

 何より目の前の少年が苦労する羽目になるのは、彼女も避けたい事である。

(…でも…)

 彼女の目がそのソファーから外される事はない。

 シンジは今とってもドナドナ気分。

 子牛はアスカ。

 連れて行くのはシンジ。

 見送っているのがソファー。

(…はぁ〜〜〜〜〜…)

 彼の溜息はひじょーに重かった。

 

 

 

 

「おっかえんなさ〜い」

 ミサトは帰って来た二人を軽快な声で玄関で出迎えた。

 そこに立っていたのは、

 満面の笑みを浮かべているアスカと、

 反対にどんより落ち込んでいるシンジだった。

「たっだいま〜」

「…ただいまです…」

 それは声にも如実に現れていた。

「どったの?シンちゃん」

「…何でもないんです。何でも…

「???」

 彼の落ち込み様がまったく分からないミサト。

 二人が喧嘩でもしたなら両方とも不機嫌なはずである。

 それにしてはアスカの機嫌が良過ぎるし、

 シンジの重い空気もどちらかと言えば彼自身と、ミサトに向けられているような気がする。

「な〜に暗い顔してんのよ!ほら、晩御飯、晩御飯!」

「う、うん…」

 ミサトが考えている間にアスカがシンジをキッチンまで引っ張って行く。

 二人の姿が見えなくなりそうになった時、シンジがこちらを向いて呟いた。

「…ごめんなさい、ミサトさん…」

 その時のシンジの顔は、先日ミサトに禁酒を告げたときの表情と同じだった。

 申し訳無さそうにしながらも、断固たる決意が秘められた顔。

(…まさか…)

 しかしそんなミサトの思考を遮るかのようにインターホンがなる。

ピンポーン

『ちわ――、お届物でーす』

 

 

 

 

 葛城家に若い男女の楽しげな声が響き渡る。

 だが、それに混じってクチャクチャという音が寂しく混ざっている。

 スルメ烏賊をかじっているミサトだ。その手にビールはない。

 彼女の剣呑な視線の先ではシンジとアスカが真っ赤なソファーに座って談笑している。

(…こ、こひつらは…)

 しかし彼女が怒りを覚えるのは筋違いと言う物である。

 元はといえばミサトがお酒を控えていれば、

 家計が圧迫される事は無くこの程度の買い物は出来るはずなのだ。

 禁酒令を出されても文句を言われる筋合いは無いのである。

 まさに自業自得。

(…烏賊烏賊烏賊烏賊烏賊…)

 ミサトの愚痴はもはや意味をなさない。

 ちなみに彼女が今腰掛けているのは、ダンボールを積み上げた物。

 てっきり新しいダイニングテーブル用の椅子を買ってくるとばかり思っていたので、

 前の椅子はすでにゴミとして出してしまった。

 シンジとアスカは買ってきたソファーで仲睦まじく食事を取っている。

 二人分のスペースしかないので、ミサトに割り込む余地はない。

 そんな訳で彼女は一人むなしくテーブルで晩御飯を平らげている。ダンボールに腰掛けて。

(…烏賊ッ!!…)

 親の敵のようにスルメ烏賊を食いちぎるミサト。

 もう一度言おう、

 自業自得だ。


 ましらの住処のしらまささんから投稿小説を頂きました。
 ひえええ、みさとしゃん。烏賊が悪うございました。
 そんなに怒らないで‥‥って、え?

 なんだ、烏賊な怪作を怒っていたんじゃなかったのか(笑)
 しかも自業自得だし。

 シンちゃんとアスカちゃん、らぶらぶで良かったね♪

 素晴らしい作品をくださったしらまささんにみなさんも感想を出してください。

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