勢いよく飛び出したはいいけど薄着であったことを後悔し、不本意ながら、まことに不本意ながら5分もしないうちに帰宅することにした。

 ・・・はあ。本当に素直じゃないなアタシは。

 仕事も私生活も、この頃は良かれと思ってやったことが裏目に出てしまう。自分への癒しも込めて作ったスープが、結果的にはシンジとのけんかを呼び寄せた。

 エレベーターを降り部屋の前に行くと、シンジがでてきたところだった。鍵もかけず、薄着で。でも、その左手にはアタシのコートがかけられていた。

スパイスA-side

written by 霜月 梓

「あ、アスカ・・・」

「なによ、死人を見たような顔してさ。」

 違う、アタシは言いたいはずだ。ゴメンね、寒い中心配してくれたんでしょ?アリガト・・・。そんなありふれた言葉すら、あたしの口はつむいでくれない。

 シンジの瞳に映るあたしの顔はふくれ顔だ。

「早くどいてよ。家に入りたいんだから。」

「ご、ゴメン!!」

 謝らなきゃいけないのはアタシよ!!そう言いたいのに、声に出せない。捨てたと思っていたプライドが、こんなところでよみがえるなんて自己嫌悪だ。まったく、アタシと言う女はつくづく想いと言葉が食い違う女なのだと言うことを理解した。

 家に入ると、シンジは台所へ向かった。やだ!オレ○ジページ出しっぱなしだ。見られた?想いが頭の中を錯綜する。

 リビングのテーブルにはもうスープは置いてなかったけど、明らかにさっきのケンカの痕跡が感じられる。空気の端々にあたしたちのコトバの残骸がちらほら。

 台所からは、なにやら甘みを帯びたいいにおい。この感じは・・・、チョコレート系統だ。

 10分ぐらいして、シンジがお揃いのマグカップを持ってくる。ミサトが出て行った翌日に買ったものだ。

 中身は、ココアだった。

 すぐに日向さんの顔が思い浮かぶ。最後の戦いの後、日向さんも激務に追われていたはずなのに、ミサトなんかよりずっとあたしたちに気を配ってくれていた。ある日の午後、オペレーターの3人とリツコを交えてのお茶の席で、日向さんはお手製のココアをご馳走してくれた。

「自分の中で納得できないことがあったり、落ち着いていないなと思うと飲むようにしているんだ。このほろ苦さは、効果を数値で表すことはできないけど気持ちが安らぐよ?」

 と言ってたように思う。現実、リツコはブラックから砂糖少なめのココアに鞍替えした。マヤも青葉さんも、お揃いのカップで飲んでいる。この馬鹿のことだ、きっと意識したんだろう。

「ずいぶんと雰囲気にこるのね?そんなんでアタシの気を治めているつもり?」

 まただ。まったくこのバカアスカ。自分を誰よりも愛してくれる、世界中の誰より懐の深いこの男が、そんな俗な考えだけで動かないことぐらいわかっているはずなのに。

「いや、前に日向さんの言ってたことを思い出してさ。僕も、その・・・」

 アンタは謝らなくていい。それに、アンタの瞳はもうさっきとは違ってずいぶん柔らかいわよ?

「ゴメンね?アスカも僕も残業で疲れているのに、辛辣な言葉をかけて。僕のことを思って、スープまで作ってくれたのに・・・」

「自惚れないでよ、絶対に許さない・・・。許さないんだから・・・」

 そう言ってはいるものの、アタシは席を移動してシンジの隣に座った。顔が緩んでいるのが自分でもわかる。

 そっと目を閉じる。重なる唇。どこかほろ苦いキスは、ココアの味がした。

 それにしても、このココアは手が込んでいると思う。ただのココアじゃない。どこか隠し味のようなものが・・・

!バニラだ。

「シンジ?」

 アタシの顔はシンジの胸に隠れて見えないはず。初心に帰る必要性を感じないアタシたちは、いつも真っ赤だ。

「どうしたの?どこか変?」

「このココアさ、バニラつかったでしょ?」

「アスカにはかなわないな・・・」

 シンジの話だと、わずかに一滴垂らしただけだそうだ。う〜ん、まさに隠し味。

 そのとき、このココアがあたしたちの関係に見えた。

 スープと一緒だ、スパイスは刺激じゃなくて隠し味でいい。そう、今あたしたちに必要なスパイスはやさしさだろう。

 シンジにそうささやくと、

「・・・しか・・ない」

「え?」

「僕に合う人は、やっぱり君しかいないなあって。」

「な、何言ってるのよ!!」

「スパイスのくだり、僕も思ってたもの。」

 そっか、そうなんだ。もうアタシたちは人生のパートナーを見つけてしまっている。この人でなければ、この先も想いを通すこともできないだろう。そう思うと、アタシはシンジを抱く手に力を込める。それは、アタシの女としてのサイン。

 シンジはあたしの顔を覗き込む。

(いいの?)

(よくなきゃ、こんなことしてないわよ)

 目を見てお互いの思いを確かめる。もう一度唇を合わせると、アタシたちは寝室へ向かった・・・。






 カーテンの隙間から差し込む日差しであたしは目を覚ました。

 やはり冬場は何も着ないで寝るのは寒い。ソレも独り寝となると・・・、独り?

「あれ、シンジは?」

 脱ぎ散らかしたはずの衣類は消え、たたまれた新しい着替えが置いてある。

「先に起きたなら言ってくれればいいのに・・・」

 ずいぶんと長い時間おいてあったのか、服を着るとその冷たさが直接肌を駆け抜ける。時計を見ると、午前11時半。

(あきらかにサボりだな・・・、シンジは?)

 元ミサトの部屋のふすまを開けると、シンジが台所に立ってフライパンを振るっていた。

 火を止めてお皿にご飯をよそっている。ピラフやチャーハンの類だろうか。

 アタシの視線に気づくと、女人殺しの笑顔を浮かべてきた。

「おそよう、アスカ。ちょうどブランチができたんだ。お風呂も沸かしてあるから、入ってきたら?」

 言われるがままにする。寝ぼけていて反論する気にもならない。

 首だけで軽く振り向くと、シンジは冷蔵庫の野菜室を漁っていた。サラダでも作るのかな?

 ちょうどいいお湯につかり、シンジのために体を清め、あたしは風呂を出て着替えた。

 テーブルに行くと、まだ湯気の消えていないご飯と二人分のサラダ。

 ご飯はやはりピラフだった。

「・・・!何これ!!新味?おいしい・・・」

 シンジのほうを向くと、なにやらにやにやしている。

「おいしい。本当に?」

「本当よ!スパイスの加減がいいわね、特に。」

 シンジは笑い出した。アタシはむっとして理由を聞いてみると、アタシも笑ってしまった。

「これさ、昨日のスープを炊き込むときに使ってるんだよね。」

「つまり、アタシとシンジの合作なわけだ。」

「そういうことさ・・・」

 シンジの目から笑いが消える。いつもの手を開いたり閉じたりする癖をすると、意を決したようにアタシの目を見つめた。強い目だった。

「アスカ。」

「な、何?」

「受け取ってくれないか?」

 黒い小箱。その中身のデザインはわからずとも、シンジの込める意味はわかる。

「ただし、条件付でね。」

「条件?」

「昨日、あの後一人で考えていたんだけど・・・。僕はNervを抜けて、喫茶店を開こうと思うんだ。」

「!!」

「もう、キミに辛い思いをさせたくないんだ。それで、その・・・」

「一緒にやって欲しいってこと?」

「うん。お店の運転資金なら、これまでの貯蓄で余裕だし。軽食の野菜については、加持さんとやってる休日菜園の野菜を使おうって思っているんだ。・・・どうかな?」

 シンジの目は真剣だ。あくまでアタシの意思を尊重しようとしている、こいつの優しさが心の名残雪をも溶かしていく。

「断る理由が見つからないわ。アンタしか捕まえられそうにないし・・・」

 いい加減素直にならないと。・・・とくに、今だけは。行くわよアスカ!

「結婚してください、アンタのいいところをまだまだ知りたいからね・・・」

「僕がお願いしてるんだよ。アリガトウ・・・」

 リングは決して飾らないダイヤのリング。アタシがシンジの唯一無二であることを示している。

 気がつくと、あたしは涙を流していた。

 気がつくと、シンジに包まれていた・・・。

 

貴方がアタシをあたためてくれた。

君が僕を強くしてくれた

やっぱり、君でよかった・・・


あとがき

どうも、霜月 梓です。

甘さを極力抑えて作ったS-sideに比べ、いくらか開放したつもりの作品でしたが、いかがでしたでしょうか?

ミサト以外のキャラが美化されてますね。特に日向さん。彼は結構お気に入りのキャラクターです。

一人称のほうが書きやすいのは、僕がまだ未熟だからでしょうか?

最後まで僕の駄文に付き合ってくださり、誠にありがとうございます!!

では!


霜月さんから前作の続きをいただきました。

スパイシーというより、スウィーティな後編でしたね(笑

良いお話をくださった霜月さんに読み終えた後の感想メールをお願いします。

寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる