明日もし君が壊れても

written by 霜月 梓


「いやよ!ファーストの援護なんて。私を狙撃に回して!!」

「アスカ!」

「・・・いいでしょう。」

「あなた本気なの?」

「これが最後のチャンスよ、あの子にとっても。」




「シンクロ率低下、グラフ反転! ・・・、精神汚染始まっていきいます!」

「父さん、初号機を出してよ!!」

「ダメだ、凍結を解除するわけには行かない!」

「父さん!!」




僕はこのときほど、自分の無力を恨んだことはなかった。

僕はこのとき、自分の中にある、一つの仮定が真実に変わったのを感じた。

綾波ではなかった。

僕が心から好きと言える人物。初めて好きになれたヒト。

アスカだった。




「よ、よかったねアスカ・・・」

「うるさいわね!!いいはずないじゃない!! ・・・あんなやつに助けられた。あんなやつに・・・」

 僕が見ても見なくても、アスカはぼろぼろだった。触れるだけで崩れてしまいそうな、もろさを感じた。

 精神汚染を受けたにもかかわらず、ミサトさんは僕たちをそのまま帰宅させた。

 もうアスカは用済み。そう言われているのと同じだった。

 それでもアスカは僕のご飯を食べてくれた。ゆっくり、一言もしゃべらず。

 食事の最中に二回電話があった。ミサトさんと加持さんからだった。

 ミサトさんからはいつものごとく、仕事がたまっていて帰れないとのこと。

 自宅を避けているのが見え見えだった。

 加持さんは、何かあせっているようだった。でも、

「これは、俺からのおせっかいだ。シンジくん、アスカの真実は君の隣にある。君がどんな真実を見出したかはわからない。でも、あいつを救ってやれるのは、君だけなんだ。」

 後ろで車のブレーキ音がしたかと思うと、加持さん電話を切ってしまった。

 それがあの人との最後の会話になるとは、思いもしなかった。

 でも、勇気付けられたのは確かだった。

 僕は、結果がどうであれアスカに思いを伝えようと決心した。




 そこでしり込みしてしまうのが僕の悪い癖で、11時を過ぎても僕はアスカに告白できないでいた。アスカは、なんていうか無気力そのもので、お風呂に行ってしまった。

 風呂から出てきたアスカは、いったん自分の部屋で着替えて、それから今度はミサトさんの部屋に入った。ごそごそと何かを探しているようだった。

 出てきたアスカに手には、ミサトさんの予備のトカレフが握られていた。

「死んで、シンジ。」

「な、アスカ!?」

「あんたがいたから、アタシのすべてが狂った。アンタがシンクロ率を抜きさえしなければ、あたしはこんな惨めな姿にならなかった。だから、死んで。」

「・・・アスカ、僕は・・・」

「なんでアンタがいたのよ。あたしのすべてに劣っていて、同居してしばらくしたらアタシをオカズにして、なんで・・・」

 アスカの目からは、涙がこぼれ出ていた。

「そんなアンタが何でいたのよ!!」

「アスカ、いいよ。その銃で僕を撃ちなよ。」

「だからむかつくって言ってんのよ。その無気力なところがあたしの癪に触るの!!」

「でも殺せば、もう僕には二度と会わなくてすむ。そうだろ?」

「な・・・」

「ただ、何も言い残せずに行くのはいやだな。普通、死刑囚に対しては言い残すことがあるかないか、聞くものじゃない?」

「なに主導権握った気でいんのよ。あたしの人差し指に、あんたの人生がかけられているのよ!!」

「じゃあ、何でその引き金をそのままにしておくのさ!!後悔したくないから?無駄だと思っているから?」

「うるさいうるさいうるさーいっ!!いいわよ、そんなに死にたきゃ死になさいよ!最後にファーストへの想いでも残してさ。ほら、最後の言葉は何?」

 怒り、あせるアスカに、僕は言葉を紡いだ。

「好きだよアスカ。」

「あっそ、じゃあね!! ・・・え?」

「世界中の誰より、君が好きだ。」

「うそ・・・」

「僕が夜、君を使ったのもやはり好きだから。今日の戦闘で初号機で出られなくて、何よりも悔しかった。そのとき、僕はアスカが好きなんだって確信できたんだ。好きな人に殺されるんだ。本望だよ。」

「何バカ言ってんのよ!そんなんであたしを惑わす気!?」

「違う。」

 僕の声が、深く響く。

「この想いは本当だ。ホントは、アスカの隣にいたかったけど、でも、アスカに撃たれるのなら・・・。ほら、早く撃ってよ。」

「バカ!あんただって知ってたくせに!!あんたほどでないにしろ、アタシだってあんたをオカズにしてたって!!アンタと違って、友達にそれほど心を開いてなかったって!!バカ・・・。もう、遅いわよ。」

「さよなら、アスカ。僕の大好きな人・・・」

「さよなら、シンジ・・・」

 しかしその銃口は、僕からアスカの頭へと移った。アスカの、涙の流れる悲壮な笑顔が、凄く美しいと思った。

「アスカ?・・・やめろ!!」

パァアン!!

と乾いた音が部屋に響いた。それは銃声じゃなかった。

「なんで、なんでよ・・・。あんたを殺そうとしたのよ!?」

 僕の放ったATフィールドが、アスカの右手から銃を弾き飛ばした音だった。

「いい加減にしろよ!!好きな人が目の前で死ぬのなんか見たくないに決まってるだろ!!僕の安い命ならいくらでも捧げるさ、でもアスカは!?エヴァに乗るために得た知識は?並外れたプロポーションは?秀でた運動能力は?すべてが無駄になるんだ!!」 

 僕は、激情に駆られて叫んだ。アスカさえ幸せなら・・・。それしか頭になかった。

「バカ・・・。アンタといっしょよ。」

「え?」

「好きな人に死んで欲しい人がどこにいるのよ?好きでもない人をオカズにするやつがどこにいるのよ?好きな人が!!エヴァに取り込まれていたら、気が気でないに決まってるでしょ!?」

「アスカ・・・」

 僕は、アスカを包むように抱きしめた。アスカは、強く抱きしめ返した。

「シンジ、好き・・・」

「僕も好きだよ、アスカ・・・」

 始めて人を抱きしめた時のぬくもりは、二人分の温かさがあった。




 チュンチュンと、小鳥が囀っている。もう、朝だ。

「シンジ、起きた?」

 隣で寝ていたアスカが、やんわりと聞いてくる。

「うん。おはようアスカ。」

「おはよう、シンジ。ねぇ、シンジ・・・」

「なに?」

「アタシ、もう弐号機に乗れないね・・・」

「でも、アスカはアスカだよ?それに、手続き等の関係で・・・」

「そういうことじゃなくてさ、ミサトたちはもう、パイロットとしてみてないんだなって。」

 いつもみたいでなく、あくまでゆっくりと意見を返してくれるアスカ。

 アスカに言いたいこともわかる。作戦本部のみんなは、最後のチャンスと言っていた。なら、もうアスカは用済みだ。

「ミサトさんたちはそう思ってるだろうね。でも・・・」

「うん。昨日とは違って、なんか心が晴れてるわ。アンタのせいだからね、バカシンジ。」

「今日もシンクロテストだ。たぶん、アスカも駆り出されるよ?」

「シンクロ率は、心の深淵から巻き起こるもの。なら、今のアタシは満ち足りてるわ・・・」

「アスカ・・・」

「何、シンジ?」

「僕が、言おうと思ってた告白のセリフ、言ってもいい?」

 たぶん、僕の顔は真っ赤だろう。アスカがそうなんだから。

「いいよ。お願い・・・」

「明日もし君が壊れても、僕が君の隣にいたい。僕の隣に、君がいて欲しい。世界中の誰よりきっと、君のことが好きだから・・・」

「かっこいいじゃない?気障だけど・・・」

「そろそろ朝ごはんを・・・、なに?アスカ。」

「もう少しだけ、こうしていて。テストは3時からでしょ?」

 そういって、僕の指に自分の指を絡ませるアスカ・・・。その顔は、僕の胸の中に隠れていた。

 僕は、あいているもう一方の手をアスカの頭に置いた。

「そうだね・・・」

「シンジ・・・」

「ん?ん、んん〜」

 僕らの距離がゼロになり、また新たな今日が始まった。

<FIN>


[あとがき]

お初お目にかかります、霜月梓です。

アラエル戦のif-afterを書いてみました。

ハッピーエンド指向型なので、ストーリーも最後は救われるように仕向けました。

さいごまで、僕の駄文に付き合っていただき誠にありがとうございます。

烏賊すホウム初登場の霜月梓さんからLASなお話をいただきました。

シンジ君がもっともっと積極的にアスカらぶで、そのおかげでアスカの心も救われて良かったですね。

読み終えて良かった!と思った方はぜひ霜月さんのお話への感想を書き送りましょう〜。

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