「はぁっ?」

 俺が、親友である加持の話を聞き終えて、最初の感想がこれだった。
 純愛っていうのだろうか?
 こいつが、こんな選択をするとはな…。

 「これって…大人になったってことなのか? それとも、ガキ戻っちまったのか?」

 この時にはまだ、奴の決意の重さも知らなかった。
 そして、俺が如何に自分を理解してなかったのか、知らなかった。






固ゆで卵の薦め〜加持氏とその友人の場合〜

書イタ人:しふぉん







 友人たちが、忙しく走り回る季節に、卒論をさっさと終え、就職も既に大手に属するゼネコンに内定を貰ってる俺は、生活費と遊興費を稼ぐことに躍起になっていた。

 遊興費とは、親友である加持リョウジと共に軟派に精を出すことために使うお金だ。
 いい女を口説くにはそれなりに資金が必要だ。
 半年ほど前から奴と組んで軟派をすることは無くなったのだが、身についた習性はそう簡単に落ちるものではない。
 一人になっても、ヤルことは欠かさなかった。
 だから、俺は今日も稼ぎの良いバイトを、勤勉にこなす。

 噂では、加持は学内屈指の才媛である『葛城ミサト』嬢と、同棲中であるとのこと。
 まぁ、俺と違い、頭の出来の良い奴には、釣り合いが取れているのだろ。
 確かに、あのスタイル、男なら涎モノである。
 張り出した胸に、くびれた腰、西洋の血が混じってるのではないかと思われるような腰…。
 思い出すだけで、奴に対する羨ましさが心の底から湧き出してくる。
 とは言ったものの、俺には彼女のようなタイプははっきり言って、乗りこなせない。
 自分と相性はかなり悪いのだろう。
 現実、彼女に思い切り拳で殴りつけられた事があるのだから、止むを得まい。
 理由に関しては、聞かないで頂たい。
 それに、どちらかと言えば、同じ才媛でも『赤木リツコ』嬢の方が好みだ。
 胸も大きいし、なにより、大人しそうだ。
 大人しい子ほど、夜は凄いって良くある話しだし、なにより自分の好みに染められるし。
 奴はこちらとも親しいって話だ。
 いずれ紹介してもらうとしよう、いや、是非紹介してもらわねばなるまい。

 ある夜、バイトを終えて行きつけのshotBARに立ち寄り、可愛い女の子二人に声をかけていたところで…
 奴からの無粋な電話に、思いっきり邪魔をされた。

 今日もお勤め中だよ。だから、また今度にしてくれ、という俺に、
 奴は珍しく、というか、初めてではないのかというほど、憔悴した声で、
 相談したいことがある と、一言だけ呟いた。
 流石にそこまで疲れた声を聞かされて、放って置くことも出来ず、
 俺は、奴のアパートに酒という手土産を店から強奪し、持参していくことにした。
 できれば、女の子たちも持参(お持ち帰り)していきたいところだが、
 持参して行った先で、修羅場などではこちらの気も萎えるというもの。
 やむなく、それは諦め、再会の約束だけをとりつけて、その場をあとにした。

 奴の家に着いた俺は、普段なら押すことの無い、
 たとえ押したとしても、反応の無いそして、多分、今まで一度も無かったであろう呼鈴を押した。
 噂が真実ならは、『葛城ミサト』が中にいるのだ、まかり間違って最中などに出くわしたくも無い。
 だが、返ってきたのは、奴のだるそうな、
 「開いてる、入ってこいよ…」の一言だけだった。
 まぁ、ここに彼女がいるのなら、あんな電話もしてこなかったであろう。

 久しぶりに訪れた、ホテル加持は、今までのその雰囲気とはまるっきり様変わりしており、
 なんというか、生活臭あふれる家に変貌を遂げていた。
 まぁ、汚いというわけではなく、以前の状態がただその使用目的に、特化しすぎていただけであろう。
 どこの一人暮らしの家に、大型鏡面(浴室壁の半分)(浴槽はジャグジー付)があったり、キングダブルが大きく鎮座していて、ピン クライト(赤い白熱球)(光量調節器付)で部屋が照らされていたりして、その上に防音措置が行き届いた普通があるのだろうか。
 そんな普通の蛍光灯の明りの下、普段の飄々とした態度を見せかけに作りながら、タバコを咥え窓際に佇む奴を見た。
 奴にしてみれば、ハードボイルドの心算らしいが、俺には『固ゆで卵』にしか見えない。

 奴の為に、持参してきた『Very very old Fitzgerald』をテーブルの上に無造作に置き、
 グラスを捕獲し、再び、奴のそばに戻る。
 この酒自体、セカンドインパクト以前のレアモノだけに、かなり高価なものだ。
 親友を名乗る以上、こういう時くらいいい酒を用意してやろうと思ってなのだが、
 今の奴には、それさえも理解することができないのだろう。
 その酒のラベルを見ても、何の反応も示さない。
 つまらん・・・・・。

 自分のグラスに氷と酒を満たし、何も言わずに、手近な壁に背を預け座ることにした。

 奴の『固ゆで卵』の世界に入り込むには、まず自分も形だけでも、その世界に入るしかない。
 一口、酒を含み、奴のことなどをとりあえず考えるふりをして、奴が語り始めるのを待つとする。

 幾許か、刻が進みカランっと、氷が解ける音がした時、唐突に奴が語り始めた。
 映画の見すぎだ… という、俺の心の声は、この際無視しておこう。

 「嵌っちまったようだ…」

 奴の一言めはこれだった。

 簡単に言えば、『葛城ミサト』を、本気で好きになってしまったのだろう。
 一応、確認の為に、噂の彼女か?と、きいてみたところ、

 「あぁ・・・」

 とだけ、答えた。

 そこから、奴は、ポツリポツリと、語り始めた。

 やはり、噂どうり、彼女と同棲生活を満喫していたらしい。
 苦笑いを浮かべながら、同棲当初の一週間ほどは引きこもって、ただあの上等の肢体を貪っていたとも語る。

 なんつう、羨ましい奴だ…

 だが、そんな冷やかしの感想さえも吹き飛ばすような一言が、次の瞬間…奴の口から飛び出した。

 「セカンドインパクトの葛城調査隊って、知ってるよな?」

 この話題は間違いなくシリアスだ。
 沈黙で、俺は肯定を示した。

 「葛城は… それの唯一の生き残り、……あのセカンドインパクトの時、南極にいたんだと……」

 そこから、語りだされたものは、自分が知っていたあの大災害とは、大きく異なることだった。

 『葛城ミサト』はあの、葛城調査隊長の娘であり、その真実を見ていたのだと。
 何かを調査していた、父親、そして、その何かを調査中に突然起こった爆発。
 自分を見てくれない、家庭不和の原因たる父が、自分を救うため血にまみれながら、彼女を救おうとしていたこと。
 気がつくと、救命ポッドに寝ていたこと。
 そして、光り輝く4本の光の柱。

 隕石の落下によるものでは、なかったのか?
 少なくとも、俺はそう信じてきた。
 なんで、隕石の落下で、光の柱? 四本?
 わからない、それともあれは、嘘だったのでも言うのか?
 だがそう納得しなければ、やりきれない事実もあった。
 あの7年前の惨劇を、そして、一番大事なものを失ったあの哀劇を…。

 自分の前で、瓦礫に挟まれ温もりを徐々に失っていく大好きな女の子の瞳が…。

 「だから、彼女は… 葛城は…     」

 俺の夢想は奴の言葉で、今という現実に引き戻された。

 「俺に、父親を重ねているだけなのかもしれない…」

 この言葉に、ふと気付いた、その彼女はどこへ?

 俺の疑問に、俯きながら、やりきれない笑顔を浮かべ…、
 奴の口から、僅かに聞こえた。

 「出て行った…、ふられちまったよ…。」

 本気の時の失恋はかなり痛い、俺には振られたという経験は無い。
 あの時から、本気には全くなれないのだから。

 「本気になったから…、アイツが、葛城がこっちを向いてくれなくても良い…。」

 そこには、

 「父親に縛られてる…。」

 これが、正しいのか?

 「多分、葛城の言うとことが、真実だろう…、今までの俺たちが知らなかったことが…。」

 正しいとして、それを自分が行っても、良いのか?

 「アイツが、その呪縛から抜け出せるように…、真実が知りたい…教えてやりたい。」

 これには、俺も答えられない。

 「やっぱり、愛してしまったからなのかもしれない…、何か少しでも、助けてやりたいんだ…。」

 ・・・・・・

 「はぁっ?」

 をいをい… それを、俺にきいて、どうする気だ?

 あぁ… そっか、コイツはまだ、愛してるってどういうものなのか、わかってないのか…。

 汚れたふりしてて… 純粋な奴だ…。
 純愛って、こういうのをいうのかもな。
 今までの、こいつからは想像できないな。

 すれたふりしてた今までのコイツが、飾り物だったんだな…。

 だけど、現実はかなり厳しいだろう、いくら知りたがっても、
 世界中を巻き込んだ、大嘘。
 それを暴くというのだから、今の世界に喧嘩を売るということに、間違いないだろう。
 命なんか、紙切れ以下の価値しかない世界に踏み込むことになる。
 それが、わからずに言ってるわけではないだろう。

 「やっとわかった気がするんだ… 愛するって…、 これって…大人になったってことなのか? それとも、ガキに戻っちまったのか?」

 ガキの恋愛、言いたい事は分かる。
 自己犠牲なんか、何とも思ってない。
 それによってたどり着く未来にある結末は、ハッピーエンドじゃない。
 それが、良くないとは言わないが、最善を目指さないんだから結果も、たかが知れてる。
 こういう俺も正直に言えば、わからない。
 ただ、一つ思うことがある。
 正直に、口にしてやるほうが、こいつの為だろう。

 「人生悟った振りしてるお前には、まだわからねぇよ。 悩んで、色々試してみればいいんだよ。」

 そう、人生を悟るには、俺達はまだ未熟だ。

 「愛なんてさ、俺らの歳で完全に理解しようなんて、おこがましい事だろ。
 第一、そういうお前の考え方は、エゴって言うんだぞ? 自己満足って言うんだ。
 どうせ、わからねぇんだから、やりたい様にやれよ。」

 いくら悲しい経験をしても、それを割り切れるほど、成熟してもいない。

 「愛してるからなんて、言い訳の前に、
 好きな人のためにってだけで、それだけで動機には十分だと思うぞ」

 それが、命がけなら『愛』って言っても、おかしくはない… そう思う。
 最後の言葉は、言えなかったが…。

 結局飲み明かした俺は、翌日の明け方に奴の家を出た。
 家を出るとき、奴は酔いつぶれて床にうつぶせて寝ていたから放置だ。
 しまった…『赤木リツコ』嬢を紹介しろと、言い忘れたな。
 まぁ、次回で良いな。

 だが、次回はなかった。
 その日を境に、奴は姿を消した。
 なにやら、危ないバイトをしてるらしい。
 あれ以来、連絡はこない。
 俺からすることもないだろう。





 8年の月日が流れたある日、
 俺は、相変わらずの生活を続けていた。
 仕事と酒と女と。
 最近は鬼畜などと、陰で言われているらしい。
 まぁ、どうでもいい。

 加持には、あの日から会っていない。
 アイツの様に、本気になれる相手には、出会えないのだろう。

 そんな中、奴から一通の手紙が届いた。
 文面は、全く無い。
 ただ、一枚のDISKとメモがあっただけ。
 何となくだが、わかる。
 いや、確信してる。
 『固ゆで卵』は、ハードボイルドになれたんだろう。
 奴は、真実に辿り着いたのだ。
 そう、これをあの『葛城ミサト』に、届けて欲しいと。

 彼女は今、その才能を遺憾なく発揮し、『NERV』といわれる国連特務機関の上級幹部であるらしい。
 そこに届けることができれば…。
 真実は、世界にばら撒かれることになるだろう。

 奴は世界を相手に喧嘩を売ったのだから、まず間違いなく…生きてはいないだろう。
 だからこそ、何年も会っていない俺に送ってきたのだろう。
 ガキ臭く、報われない愛の為に殉じた。
 そんなこと俺に出来るかな?

 昔は、腕っ節にも自信があった。
 だが、今はだらけていたツケがたまって、どうしようもない。
 世界が相手だ… 無理ってもんだろ…。
 でも…、やらなきゃだめだろ…。
 死んでもな、
 そう思ったとき…、何故、自分が死を覚悟しながら、それを行おうとしてるのか?
 そんな疑問が、頭の中を駆け巡った。
 なんでだろう?
 自分でも、よく分からない。
 まして、もう何年も会ってない友人と、そいつが愛した女性の為に?
 ちがう、何かが…。
 そんな時、奴との最後の会話が思い出された。
 最後にいえなかった一言が…。






 自分に当て嵌めてみる。
 あの時に失った、大好きだった女の子…。
 復讐になるのかな?
 命がけだろ…
 これって、やっぱ… 愛してたってことなのかな?
 多分、だろうな。
 いまだに、あの子の顔が、瞼の裏に焼きついてる。
 悲しそうな顔、笑ってる顔、怒ってる顔。
 そして、泣きながら「大好きだよ…」と、言ってる最後の姿が。

 愛してるんだな…。いまだに引き摺っているって事か…。


 俺も、三十過ぎた今頃になって気付くとは。
 あれから、十五年も過ぎている。
 奴より恋愛に関しても馬鹿だったというわけか…。
 あ〜ぁ… 勝ってるところは一つもないのか、少し悔しいな。





 「さて、私財の整理くらいしとくか…、ろくに無いけど、」
 独り言を呟きながら、帰ってこれないだろう第三東京市への最後の旅の覚悟を決めた。
 ついでに、『赤木リツコ』嬢に会えたらいいなぁ…







 〜あとがき〜

 自分的な渋い“加持リョウジ”のイメージはこれです。

 っで、ホントは加持が学生時代に軟派に精をだす姿を… 書きたかったんですが…
 なのに!? なぜか、シリアス… 渋くない加持は、また別の機会に…
 ん〜、自分的“葛城ミサト”を搭乗させようとしたら、ミサトが加持の前ではシリアス系という認識のせいでしょうか…
 シリアス化しちゃったんです。 色ボケミサトって、イメージが出てこないんですよね…

 最後に…感想をお送りくださいました方々に、感謝を。
 ありがとう御座いました。 頑張りますので、よろしくお願いいたします。


しふぉんさんからハードボイルドな加持の話をいただきました。
私は加持はハードボイルドにはなり切れない男だと思っていたので、なんというか

こういう加持はいいですね。どこかシリアスでも「なり切らない」ところを残したような。

素敵なお話でありました。
しふぉんさんに感想メールを送って、今度は渋くない加持を書いていただきましょう〜。

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