NO.2



長い

シュウト




 「弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーのパイロットの権利を全て一時剥奪。 初号機パイロット、サードチルドレン、碇シンジとカップルにする」
 ゲンドウは指令室で、いつものポーズをとりながら言った。
 指令室にいる、残りの2人は戸惑った。
「碇、何を言っているんだ?ただでさえ計画は遅れをとっているんだぞ?」
 冬月は言ったが、もはや何も言っても覆ることはない、と分かっていた。
 「問題ない」
 「何かあったのですか?」
 リツコは訊いてみた。しかし、どうせ満足する答えは返ってはこないと分かっていた。
 「何もない。問題ない」


 「弐号機専属パイロット、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーのパイロットの権利を全て一時剥奪。初号機パイロット、サードチルドレン、碇シンジ君の彼女にします」
 リツコはその2人を自分の部屋に集めて、ゲンドウに言われた通り、話した。
 「なんで?!どーして?!」
 アスカはリツコの予想に反し、叫んだ。
 少し顔を赤め、しかし、エヴァを降ろされることに対しての悲しみで、顔を歪ませながら。
 「あなた、まだシンクロ率が上がらないでしょう。  今のネルフにはエヴァを動かすことのできないパイロットは不要なの。  今の状態で弐号機を戦闘に出してみなさい。あっという間に戦闘離脱よ。  それに損傷なんてあったらその修理費だってばかにならないの。  もっと突き詰めて言えばあなたの食費だって―――」
 「分かったわよ!」
 アスカはリツコの部屋を飛び出していった。シンジには、チラッと彼女が泣いているのが見えた。
 「じゃ、シンジ君。頼んだわよ」
 「頼んだわよじゃないですよ、リツコさん!なんでそんなことになるんですか?!」
 シンジも顔を赤くして叫んだ。
 「この命令を実行することで、あなたのシンクロ率が上がるかもしれないのよ。  エヴァとのシンクロで一番大事なのは、心のゆとりや余裕。あなたも分かっているでしょう?」
 リツコはコーヒーカップを口に近づけながら言い、言い終わると、飲んだ。
 「だからって、僕のためにアスカを……そんなのひどいですよ」
 「じゃあ聞くけど、シンジ君は嫌じゃない?」
 「どういう意味ですか?」
 「アスカが彼女になるのは嫌じゃない?」
 シンジはさらに顔を赤らめた。
 「……嫌じゃないですけど、っていうかむしろ……」消え入りそうな声でシンジが言った。「でも、アスカは―――」
 「ならいいじゃない。この際、アスカがどう思っているとか考えてはだめよ」
 リツコが遮って言った。
 「この命令には、アスカのシンクロ率アップも目的としています」
 シンジは驚いた。
 「アスカの……?」
 「言ったでしょう?一時剥奪って」
 「じゃあ……」
 「やってくれるわね?」
 リツコは強い目でシンジを見て言った。
 「でも、そうだったら、アスカはアスカの好きな人と付き合った方が―――」
 「話は以上。じゃあ、今日から早速始めるわよ」
 リツコはシンジを置いて部屋を出て行った。


 「ただいまー」
 シンジはいつものように玄関に入って、いつものように言った。
 出来る限りいつも通りにしようと決めていたからだ。
 しかし、いつもとは違う。
 リビングから漂ってくる匂い。
 「カレー?」
 呟いてすぐに靴を脱ぎ、リビングに向かう。
 「お帰りなさい」
 アスカは何かを包丁で切りながらシンジの方を見ずに言った。
 「た、ただいま」
 沈黙。
 当たり前か、とシンジは思った。
 アスカは切っていたニンジンをカレーに入れる。
 「アスカって料理できたんだね」
 「……ドイツじゃ誰も作ってくれなかったのよ」アスカが不機嫌そうに言った。
 いつものシンジならここでしまった、何か変なことを言っちゃった、と思ってとどまるが、今日は違った。
 「で、でも、ドイツのおかあさんから時々電話がかかってくるじゃない。ご飯作ってくれなかったの?」
 「うるさいわね」
 「……ごめん」
 「それより、どういうこと?アタシとアンタが付き合うって」
 「……分からないよ」
 「それに……。あ、アンタとアタシが付き合ったとして、何をすればいいワケ?」
 「……分からないよ。アスカは知ってるんじゃないの?」
 「はぁ?」
 「だって、この前だって委員長のお姉さんの友達と遊びに行ったじゃない」
 「そんなことあったかしらね?」
 シンジは溜め息をついた。
 「なに溜め息なんてついてんのよ!だいたい、そういうのは男がエスコートするものでしょ?!」
 「そう……なの?」
 「当り前よ!それより、アンタって本当に彼女いたことなかったわけ?」
 「うん……」
 「ま、とーぜんよね」
 「……うん……」
 「なに縮こまってんのよ!アンタはアタシの彼氏になるんでしょ?!だったらもっとシャキッとしなさいよ!」
 「……アスカ、さ」シンジが改まったように言った。
 「僕と付き合うの、嫌じゃないの?」
 「……嫌に決まってるでしょ。アタシはアンタなんか好きじゃないし、タイプでもないんだから」アスカは俯いて言う。
 「………なら、こんなのやめようよ」
 「―――ダメよ。だってネルフの命令だもん」
 「でも、アスカは僕のことを好きじゃないし、タイプでもないんだろ!?」
 「あ、当たり前じゃない」
 「ならお互いに嫌なことしかないじゃないか!やめよう!こんなこと!」シンジが興奮気味に言う。
 「アンタのその言い方だと、アンタはアタシと付き合うのが嫌みたいね」アスカは沈んだ声で言った。
 「……誰もそんなこと言ってないよ」
 「じゃあ、アタシのこと、どう思ってるの?」
 「どう、って……」
 「どうなのよ?」強めの声で訊く。
 「………おやすみ」シンジはくるりと綺麗にターンして部屋へ向かった。
 取り残されたアスカは、震えていた。


 「ねえ、リツコ。どーすんのよ?これ」
 ミサトとリツコはリツコの部屋で、葛城家に仕掛けられた監視カメラを見ていた。そして、今のこの状況を見て焦りを感じたミサトが言った。
 「私はこの件に関してはノータッチ」
 「はぁ?」ミサトは呆れた声で言った。
 「アンタが2人に命令したんでしょ?」
 「だからと言って、それだけで私が今回の件の首謀者だなんて思うのは間違っているわ」
 「いや、そーかも知れないけど―――」
 「私は伝令者。いえ、ある意味使徒ね」
 ミサトは溜め息をついた。どうやらこの天才の友人は働き過ぎで馬鹿になってしまったらしい。
 「じゃあ、私たちの敵ね」
 「その使徒じゃないわ。キリストの使徒よ」
 「じゃあ、アンタは神によって遣わされたのね」
 「その通り」
 「アンタ、しっかり文化的な最低限度の生活してる?今度ご飯の美味しいところに連れて行ってやろうか?奢ってあげるわよ」
 「あら、ありがとう」
 「…冗談よ?」
 「でも、あなたは私に奢ってあげるわよ、と言ったわ」
 「だから、それが冗談なんだって」
 「私、その冗談だっていうのが信じられないわ」
 ミサトはまたため息をついた。
 「分かったわよ〜。奢りますよ。奢りますよ……。それにしても、アスカもシンちゃんも初々しいわね〜。聞いた?『それより、アンタって本当に彼女いたことなかったわけ?』くうぅぅぅ!シンちゃんも鈍いわね〜」
 「その鈍さはもしかしたら父親譲りなのかもしれないわね」
 「父親って、あの司令が?」
 「そう」
 「あんた……まさ―――」
 「そんなわけないでしょう?」
 「そ、そうよねー。あはははは……」
 ミサトもダメね、とリツコは思った。


 「碇。本当に良かったのだな?」
 そのころ、司令室では、冬月とゲンドウが話していた。
 冬月は将棋を指し、ゲンドウは腕を組み、不気味に微笑んでいた。
 「ああ」
 「その紙になにか詳細が書いてあるのか?」
 「ああ」
 「見せてみろ」
 「どうぞ、先生」
 「………これは…!」
 「既に子供の名前、血液型、生年月日、寿命、モテキの時期まで決まっている」
 「……ユイ君に似ると良いな」
 「ああ」
 「しかし、セカンドチルドレンの血を引くのだから、なかなか気の強そうな孫ができそうだな」
 「問題ないですよ。ユイもなかなかああ見えて気が強かった」
 「そんなことは分かっている。しかし、ユイ君は何というか、目に見えて気の強い感じではなかっただろう?」
 ゲンドウは頷く。
 「俺が危惧しているのは、セカンドチルドレンのように、目に見えて気が強くなることだ」
 「先生。セカンドチルドレンはああ見えておしとやかなところもあるそうです」
 「そのソースは何だ?」
 「例のカセットテープですよ」
 「……ああ、あれか。ネルフのイメージアップのために作られたボイスカセットだな。セカンド・サードチルドレンを出演させた、広報部の自信作。全く、2015年も終わりに近づいているというのになんであんな旧世紀のものを作るのかと思ったぞ。あれの需要はあったのか?」
 「ええ。先生はご存じではないと思いますが、シンジらが通う第壱中学校には『惣流・アスカ・ラングレーファンクラブ』というのがあります。彼女のラブコールはかなり好評でしたよ」
 冬月は溜め息をついた。
 「最近の子どもは古い習慣を真似するのが流行りなのか……?ファンクラブとは……」
 「いえ、なるべくしてなったのですよ、先生」
 「と、言うと?」
 「あれだけのルックスやスタイルがあれば、そんなのができるのも当然というわけです」
 「碇。お前はそういう趣味が―――」
 「ない」
 「しかし―――」
 「ない」
 「……悪かった」
 「あんなのが身近にいて、告白の一つや二つしないのは、相当なヘタレですよ」
 「それはお前の息子のことを言っているのか?」
 「ええ。私とユイの息子があんなのじゃ、ユイに頭が上がらないのでね」
 「3年間も放っておいた時点で、既に頭は下がりすぎて地面を掘っていると思うのだがな」
 ゲンドウは沈黙した。それ以外に彼は出来なかった。そして願った。
 ユイが復活するときには、どうか折檻が早く終わるように、と。


 「で、どうするんだよ」
 「アンタバカァ?このまま続けるに決まってるでしょ」
 「でも、なんだかやりにくいんだよなぁ。ほら、今だって尾行されてるんでしょ」
 「ったく。誰の仕業なのかしらね」
 「リツコさんが考えたんじゃないの?」
 「赤木博士があんなことを命令すると思う?」
 「でも、シンクロ率アップのためって……」
 「でも、あの人ならもっといい方法を思いつくわよきっと」
 「そうかなぁ」
 「ミサト辺りが怪しいんじゃない?アタシたちと住んでいるんだからイライラが溜まって。その証拠に最近全然家に帰らないじゃない」
 「ミサトさんの提案にリツコさんが乗るかなぁ」
 「……それもそうね。ってアンタ、何気に悪口言うのね」
 「へ?僕なんか言った?」
 「赤木博士がミサトなんかの提案に乗るかなぁ、って言ったじゃない」
 「そんな言い方じゃなかっただろ?!」
 「つい本音が出ちゃったんじゃないの?ハハハ!」
 「違うって!」
 「いや〜。アンタがミサトをそんなふうに見てたとはねー」
 「だから違うって!」
 「人は見かけによらないわよねー。ハハハハハッ!」
 「もう……。先に学校に行くからね」
 「先に、ってどうやって?」
 「……走って」
 「アンタが?走って?」
 「……そうだよ」
 「誰から逃げるの?」
 「逃げるって言うか―――」
 「誰から?」
 「…………アスカから」
 「アタシとアンタ、どっちが脚が速かったっけ?」
 「……」
 「まぁ、逃げるだけ逃げればいいわ。でも、あのとき言った通りだからね」
 「あの時…?」
 「この鈍感男!」
 「へ…?………あー!」
 「何よ。顔真っ赤にしちゃって。あの時アタシは言ったわよね。『アタシからは逃れられないわよ』って」
 「……言いました」
 「後悔してる?」
 「まさか!」
 「じゃあ、どうするの?アタシから逃げるの?アタシにあんなことしておいて!」
 「アスカ!声大きいよ!みんなに聞かれちゃうよ!」
 「だってアタシとアンタは彼氏と彼女なんでしょ?ネルフ公認の」
 「そうだけど……」
 「キモチイイことたくさんしたでしょ。昨日も」
 「そうだけど!」
 「事実を言って何が悪いの?誰も傷つくわけでもあるまいし」
 「いや、傷つく人はいると思うよ……」
 「へ?アンタ、そんなにメンタル弱かったっけ?」
 「違うよ!アスカのファンクラブの人たちだよ」
 「なに?それ」
 「知らなかったの?」
 「知ってるはずないでしょ!」
 「……まぁ、アスカが好きな人たちの集まりだよ」
 「そこで、何してるの?」
 「し、知らないよ!僕はそんなのには入ってないんだし」
 「へぇ、アンタから告白してきたのに、そんなのに入るほどの思いじゃなかったのね?」
 「そんなわけないだろ!……あ」
 「アンタ顔真っ赤……」
 「アスカこそ……」
 「で、そのファンクラブでは何をしているの?」
 「アスカの写真を売ったり、交換したりしてるらしい。中には絵を描いてそれを売って……あ!」
 「アタシは写真を撮られた覚えはないわねー。ねぇ、その写真を撮ったのは誰?」
 「し、知らないよ」
 「あっそ。ならもうアレ、してあげな―――」
 「ケンスケだよっ!」
 「フフ。口止めされてたんでしょ?」
 「うん」
 「シンジは友情より、アタシへの愛情を取ったのね」
 「当り前だよ!特にケンスケなんか!」
 「あら、何か他にもあるの?」
 「だってあいつ、僕のアスカを隠し撮りしてるんだよ!ゲームではアスカのことを、アスカ、って呼ぶんだよ。アスカをアスカって呼ぶのは僕だけの特権だっていうのに。それに進め方次第では、僕は耐えきれなくなって途中でやめたけど―――アスカとあいつが……くっつくみたいなストーリーがあるみたいだし!それにアスカだって、あいつのことをケンスケ、とかケンちゃんとか呼んでるし。僕は綾波が好き、みたいな流れになってるし。他のゲームではなんか知らない女の子が出てきて、その子とアスカを選べ、みたいな感じになって、なんだかその子を選ばなきゃならないみたいな風潮?が流れてるし!あいつも『アスカを選んだらシンジを見下す』みたいなこと言ってたし!何を言ってんだあいつは!それに漫画では、アスカが初登場の時、一目惚れみたいなのしてたし!大体、僕は綾波は好きだけど、家族、みたいな好き、で、英語で言うとlikeなんだよ!」
 「はいはい。落ち着いて。で、アタシへの好きは英語でどういう好きなの?」
 「……あのときと同じじゃない」
 「あのとき?いつかしらねー?」
  「……love」
 「へ?聞こえなかったな〜」
 「あーもう!love!の好きだよ!」
 「あっそ。それにしても、なんだか意味の分からないこと叫んでたわね」
 「いいんだ。こっちの話だから」
 「こっちってどっちよ?」
 「?」
 「アタシは、シンジのことで知らないことがあるのは嫌なの!」
 「いや、僕と作者の話ってこと……」
 「あ、そういうこと。どーでもいいわ」
 「うん。どーでもいいや。さあ、早く行こうよ」
 「あれ?アタシから逃げるんじゃなかったの?」
 「……逆にさ、アスカは僕から逃げないの?」
 「?」
 「僕はアスカの言う通り、足がアスカより遅いから、アスカに逃げられたら追いかけても追いつかない……」
 「シンジ……」
 「もっと早く走れるようにならなきゃ」
 「……でも、アタシはアンタの方が早くなるの、ヤだな」
 「なんで?」
 「だって……そうなったらシンジに逃げられちゃうんだもん」
 「アスカ……」
 「そーだ!良いこと考えた!アンタとアタシの走るスピードが全く同じだったら良いのよ!」
 「でも、それじゃあ逃げられないけど、追いつくこともないんじゃ―――」
 「うっさいわねー!いい?シンジ。アンタ、頑張ってアタシと同じ足の速さにするのよ」
 「…分かった。でも、僕がそのくらいに速くなるまで、逃げないでよ」
 「はん!せいぜい頑張りなさいよ!」
 「お願いしてるのは僕なんだけど……」
 「アンタバカァ?」
 通学路での、大きな声の、会話。
 当然、近くにいた生徒たちは学校でこの会話を広め、シンジは何度か襲撃を受けそうになったが、一緒に彼の恋人がいたため、それはいつまでたっても受けそうになった、であった。


 「碇司令。これをご覧ください」
 「……で?」
 「は?」
 「これが、なんだというのだ?」
 ゲンドウの前には手を繋いで登校するシンジとアスカがいた。
 「お言葉ですが、司令が私に写真を添付した『チルドレンカップルレポート』を書けとおっしゃっいました」
 「そうか。………ご苦労」
 黒服男が出て行くと、ゲンドウは悩んだ。
 いくらなんでも早すぎる。
 人はこんなにも早く恋に落ちるとでもいうのか。
 いや、違う。そんなことはない。シンジに限ってそんなことはない。
 ならば、いったい何が起こっているというのだ?
 こんなのは計画にはなかった。
 ……。もうしばらく様子を見てみるか。


 「アスカ。どうする?」
 「……いっそのこと、大人たちをだましてみる?」
 「どうやって?」
 「アタシたちは付き合っていない、という設定でさっきの命令に話を合わせるの。アタシたちが付き合っていなかったら、自分はこう言うだろう、って想像して」
 「できるかなぁ?」
 「できるわよ。アタシとアンタなら。その気になったら、地球のを宇宙の始まりの場所へ動かすことだってできるわ」
 「そうだね。……そうだよ」
 「さ、頑張るわよ。きっとそのうち尾行もつくでしょうね」
 「ええーー!じゃあ、一緒に登校できないんじゃ……?」
 「アンタバカァ?アタシたちはネルフ公認の恋人なんだから、堂々とすればいいじゃない。まぁ、みんなにはネルフの命令で、って言えば良いでしょ」
 アスカは笑った。
 「じゃあ、アタシが先に帰るわね。アタシは走って出て行ったんだから、アタシが先に家についてなきゃおかしいでしょ。どーせ、ネルフのことだから監視カメラも着いているだろうしね。
 シンジは肯いた。
 「じゃあ、早速喧嘩をして、アタシたちが付き合ってないってことを再確認させてあげましょ」
 「うん。なんだか楽しそうだ」
 「ふふ。それにしても、赤木博士もあからさまにやりすぎ」
 「何を?」
 「自分がこの命令をしているわけじゃない、って」
 「そうだった?」
 「だってシンクロテストなんて最近全然やってないじゃない」
 「あ、そっか」
 「博士の言う通り、使徒はもう来ないのかしらねー」
 リツコに命令を言い渡された日の、ネルフから家へ帰るまでのことである。


 「ねぇ、アスカ。アレ、やろうよ」
 「……ええ」
 二人はアスカの部屋のベッドに座る。
 二人は早い鼓動を抑えようとなんかせずに、見つめあう。
 そして、アスカからいつも通りに紡がれる言葉にシンジはいつもドキッっとする。

「アタシのこと、好き?」

「世界中の誰よりも好き?」

「アタシのそばにいてくれる?」

「アタシといても退屈しない?」

「アタシの匂い、好き?」

「アタシに触るの、好き?」

「アタシのこと、欲しい?」

「アタシを抱いてくれる?」

 シンジは強くアスカを抱きしめる。
 お互いの胸の鼓動を、お互いが感じ合う。
 恥ずかしいなんて思わない。

「ありがと」

「………でも…ねぇ、本当に……本当に、アタシのこと、好き?」

 何回も繰り返されてきたこの行為。
 それでも、それでも2人は慣れることなんてなかった。
 いつまでも。




 そもそも、2人が付き合うようになったのは、カセットテープを録音した日の帰りのことである。
 慣れないことをして、疲れていたが、シンジは『アスカのラブコール』を聞いてから、もう頭からそれが離れなくなった。
 収録では『アスカには甘えちゃっているのかもしれない』と言った。
 いつもそばにいるからだ。
 でも、違う。
 シンジは、自分がアスカを好きであることを理解した。
 いや、理解はしていたのだが、それをまだ認めていなかったのかもしれない、とシンジは思った。
 そして、アスカに褒められた、『碇シンジのラブラブコールメッセージ』を、彼の隣に第3新東京市の夜景を見ながら歩くアスカに伝えたのだ。

 そうして、2人はめでたく恋人になった。
 それに気づかない者は少なかったが、いたのが気づいた者の頭に引っかかるのである。
 『なんでこいつらは気が付かないんだ』、と思うのである。
 アスカファンクラブのほとんどだって気づいているが、ただそれを認めていないだけだ。
 それなのに気が付かない、と言うのはやはり、その父や母、そのまた父や母の血によるものであろう。
 碇シンジは鈍いのである。
 それはもう、鈍いのである。
 とすると、その父親か母親は鈍いのである。
 碇シンジの場合、それは間違いなく父親の方であろう。


 違う。何かが俺の知らないところで動いている。いや、動いていた。何が起きたんだ?ゲンドウは頭を抱えた。
 私はリツコに電話をかけ、君とどうしても話がしたいんだ。話し潰すことがたくさんある。話さなければならないことがたくさんある。君が必要なんだ。君と会って計画を練りたい。何もかもを、最初から始め、終わりまで終えたい、と言った。
 リツコはずっと黙っていた。
 まるで海辺の錆びきった廃工場にいるような沈黙が続いた。
 私はずっと背中をとてもゆっくりと滑っていく冷や汗を感じていた。
 それが腰のあたりに来たところで、リツコは口を開いた。「あなた、今どこで何してるの?」と、彼女は持ち前の冷ややかな声で言った。
 俺は今どこにいるのだ?
 俺は電話を持ったまま、周りをぐるりと見回した。
 しかし、俺にはここがどこなのか、全く分からなかった。
 想像すらできなかった。
 俺はどこで何をしているのだ?
 俺は無意識に手のひらを見たが、そこには何もなかった。
 何を思い、何を感じているのだ?
 俺は全く知らない場所で彼女の名前を呼び続けた。










END





あとがき


 ええっと、これでおしまいです。
 前作、BAD COMMUNICATIONとはえらく変わって別人かと思えたかもしれません。
 正真正銘、シュウトです。

 ボイスカセット……。あれを聞いた方は結構いると思います。ヤバいですね、あれ。初めて聞いてから、3回もリピート再生しました。
 特に、「アスカのラブコール」…………。
 はぁ。
 LASを想像したり、書いたりしてるといつも思うのですが。
 アスカみたいな彼女欲しい!
 はぁ。
 シンジが羨ましすぎ!
 もういいです。現実と鏡を見ましょうかね……。
 あと、途中のケンスケ叩きはですね、僕の個人的なものなので、さらっとスル―してくださいお願いします。
 でもエヴァ2でしたっけ?ゲームの。あれやったことないですけど、絶対やりませんよ。やったとしても絶対LASエンドに持っていきますからね!
 ちなみに、僕がエヴァ2の動画を見るのを耐えきれなくなったのは、ケンスケの『アスカを俺にくれ』発言です。すぐにパソコンをシャットダウンしました。
 ケンスケファンの方には申し訳ないのですが、ケンスケは嫌いだ、と心に刻みました。
 ケンスケのあの発言は庵野監督が考えたのですかね?調べる気にもなれない。
 本当にケンスケファンの方には申し訳ないです。ごめんなさい。
 今回もB’zさんの曲から題名をいただきました。いい曲です。でもカラオケでは歌えません。稲葉さん声高すぎ……。


2014年1月4日シュウト.




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