NO.7



くるみ

シュウト



第十五話:告白





「父さん。僕たち、付き合い始めたんだ!」

 そう言って、僕の心にはスッと恐怖が浮かび上がってきた。
 父さんは口をゆっくりと開いた。

「そうか。」

「うん……そうなんだ」

「で?」

「……え」

「だからどうしたというのだ?」

 分かった。もう分かった。
 父さんは先生が言っていたように「僕とアスカを恋人にするため」に幽霊になって出てきたワケではなかったんだ。
 だから父さんは消えてないし、父さんの口から「だからどうしたというのだ?」なんていう言葉が出てくるんだ。
 脳裏にに先生のニヤニヤした顔が浮かんでくる。
 くっそ……。やっぱりあの人を信じるべきじゃなかったんだ。
 根拠はあるにはあったけど、そんなの無理矢理つくった根拠だった。
 アスカは手を離して、腕も抜いて僕から離れた。
 俯いていて顔が良く見えない。けど、肩が震えているのが分かった。
 僕が「アスカ、どうしたの」と言う前に彼女は自分の部屋に入ってしまった。

☆彡



 その後、父さんはいつものように指をパチンと鳴らして消えた。
 ひとりぼっちになった僕は、アスカとの関係のことで頭がいっぱいだった。
 とりあえず父さんが消えるなんていうことは起こらなかったから。
 もう一度言うけど、父さんは「僕とアスカを恋人にするため」に幽霊になって出てきたワケではなかった。
 なら、「僕とアスカを恋人にするため」に幽霊となって現れた父さんを成仏させるために、義理の恋人になった僕たちはそれを続ける理由がなくなってしまった。
 アスカが部屋に入ってしまったのは、恥ずかしかったからだと思う。
 僕とアスカがつきあう理由なんてなかったのに、義理で僕なんかとつきあってしまって、さらに義理の彼氏である僕の父親に義理だということを言わずに、つきあっているという告白をしたのだから。
 このまま、この義理の関係は終わってしまうのだろうか?
 いや、そんなものは終わって良いんだ。
 終わらせなくちゃいけないんだ。僕の手で。
 この関係を終わらせて、そして真の恋人になるんだ。
 僕はアスカが好きなのだから。

「アスカ。ちょっといいかな?」

 僕はアスカの部屋のドアをノックしながら言った。
 心臓はバクバクだし、体は熱いし、緊張で声が出にくいし、コンディションは最悪だ。
 でも、告白するんだ。
 僕はアスカが好きなのだから。
 だからまず、僕はアスカを振らなければならない。
 おかしな状況だ。
 好きな人を振った後すぐに告白するんだよ?
 こんな人、僕の他にいないよ。きっと。
 ところでアスカは全然出てこない。耳をすませても物音一つしない。

「寝ちゃったのかな?」

 思ったことが口に出てしまった。
 まずいよ。緊張で自分をコントロールできてない。
 でも寝ちゃったならしょうがない。後にしようかな……。
 と、僕がアスカの部屋の前から移動しようとした瞬間、ドアが開いた。
 ドアと正面衝突する僕。

「……何の用?」

 涙目で鼻を押さえている僕を横目で見るアスカ。
 うわっ、機嫌悪そうだ……。
 でも、ここで引くワケにはいかない!

「あの……さ、僕たちのことなんだけど「別れないわよ」

「へ?」

 別れない?
 別れないって義理の恋人をやめないってこと?
 どうして?

「どうしてって顔してるわね。確かに、司令が幽霊になってあたしたちの前に現れたのは『あたしとあんたを恋人にするため』じゃないかもしれない。でも、先生はなんて言ってた?」

 先生……?
 たしか―――

『今度先輩が現れたらキスでもすればいいんじゃないか?『父さん!今から僕たちキスするからちゃんと見ててよ!』って言ってさ!ハッハッハ!で、キスした後にシンジが『これで安心して成仏できるでしょ』って言うんだよ。これこそ親孝行じゃないか?』

 ま、まさか……!

「アスカ、僕とキ、キ、キキキキスしたいの?!」

 彼女は顔を真っ赤にして、僕に制裁を下した。

☆彡



「だからあたしが言いたいのは、つきあっているっていう事実を報告するだけじゃ司令の成仏には足りないってこと!」

「つ、つまり……どういうこと?」

「本当にバカぁ?この鈍感!ニブチン!察しが悪い!」

「だって本当に分からないんだよ」

「だか……ら、ね。あたしとシンジが、恋人がするようなことをすればいいんじゃない?ってこと!」

 とにかく、僕たちは別れないんだよね。
 アスカからそう言われて嬉しいのか、嬉しくないのか……。
 そして僕は考えた。
 アスカが僕を嫌っていたらこの機会に別れようとするはず。
 なら、チャンスはあるんだ。

「例えば?」

「例えばって……そんなことあたしに言わせる気?そういうのは男がエスコートするもんでしょ―――と言いたいところだけれど、あたしたちは義理でつきあっているんだから、シンジにそこまでやらせるのは可哀想だからあたしも考えてあげる」

「本当?!…………でも、いいよ。僕だって一応男なんだし」

 正直ありがたい話だ。
 でも、言った通り、僕だって男だ。
 それにいずれアスカに義理なんかでなく本気で告白するんだから、これくらいのことはできるようにしなくちゃ。

「ふーん。見栄張っちゃって」

 からかうような口調で言ってくる。

「そんなんじゃないよ」

「でも、あたしも考えるわよ。あたしだって司令の成仏には協力したいし。それに、そういうエスコートとかは『本当の彼氏』にやってもらうから」

 なんだって?
 本当の彼氏?
 絶望が心の中で巣をつくった。

「……?ああ、『本当の彼氏』っていうのは、そのうちできるであろう本当の彼氏っていう意味よ?なになに?あたしに彼氏がいると思ってショックだった?」

 とりあえずホッとした。
 そのすぐあとに図星をつかれて恥ずかしくなった。

「そっかそっか。シンジにとってあたしは妹なんだっけ?アハハ!」

「ああ!それはもう忘れてよ!」

「イ・ヤ・よ」

 あの祭りの日以来言ってくることがなかったから忘れたと思ってたのにやっぱり覚えてたか。
 あれはもう黒歴史だ。
 本気でアスカのことを妹みたいな存在だと考えてたんだもの。
 あのときの僕に考え直してもらいたいよ。
 そのおかげで祭りのときは大変だったんだから。
 どう見たって僕たちは兄妹には見えないから、アスカが僕に向かって「おにいちゃん」なんて言うたびに周りの人が変な目で見てきたんだ。
 僕をそういうことが好きな人として見るような目で。
 言っているのはアスカだけで、僕はちゃんと嫌がっていたのに。
 不平等だ。
 でもね、本当のことを正直に言うとちょっぴり、ほんのちょっぴりこういうのも良いなって思った。
 妹のアスカが良いっていう意味じゃなくて、まるで妹のようにあまえてくる(?)アスカもいいなって言う意味。
 強気で乱暴な口調で「あれ買って」って言われるのと、あまえた口調(あのときはからかいも混じっていた、というよりからかいの純度が100パーセントだったけど)で「あれ買って」って言われるのはかなり違う。
 そのアスカは眩しい笑顔で僕を覗き込むように見て、笑っていた。
 思わず見とれてしまうくらい、可愛いらしく、そしてきれいな笑顔だった。

☆彡



 僕は帰りの電車の中で、僕たちが家に着くのがお昼過ぎで、それからミサトさんが散らかした部屋の掃除をしていたらきっと6時ごろまでかかるから、それから夕食を作って―――と計画していた。
 だけど、その掃除が何故か必要なくなったからかなり時間を持て余すことになった。
 僕はその時間を有効に夏休みの課題に献上することに決めた。
 くるみ荘にいた使徒戦前は、夏休みでお客さんがたくさん来たおかげで先生にこき使われて僕の夏休みは休みなんかじゃなかった。
 課題も最終日に徹夜して終わらせた。
 あんな苦労は二度とごめんだ。
 だけど、普通の夏休みってこんなに暇なんだね。
 これまで夏休みと言ったら仕事だったから、なんだか時間を無駄にしているような感覚になってくる。
 宿題も、今日の目標だった読書感想文を書き終っちゃったし。
 部活に入っている人なら部活で忙しくて暇なんてないんだろうけど、僕は使徒と戦っているときに部活をやっている余裕なんてなかったから入らなくてそのままだ。
 そこで僕は掃除を始めた。
 僕は普通の中学生じゃないのは重々理解している。
 誰に言われなくとも自分から喜んで掃除をする中学生はかなり珍しいと思ってる。
 でも、ダメなんだ。
 そわそわして、なにか仕事をやらないと気が済まない。
 掃除機をかける。
 もともとあまり埃も溜まっていなかったし、すぐに終わってしまった。

「ねえシンジ。暑いしさ、暇ならプールでも行かない?」

 いつの間にか部屋から出てきたアスカが言った。

「プ、プール?」

「どーせ掃除を始めるくらい暇なんだからいいでしょ?」

「確かに、暇は暇だけど……」

「よし。なら、行こう」

「嫌だ」

「え?このあたしの美しいボディを堂々と見れるのよ?それともなに、あたしのボディを見たくないっての?」

「い、いや、そうじゃなくて」

 見たい!見たいよ!
 見たいに決まってるじゃないか!
 だけど、見るためにはプールに行かなくちゃいけないじゃないか!

「そうじゃなくて、なによ?」

「……泳げないんだ。僕」

「え、本当に?だってこの島国日本に住んでいるのよ?」

「島国日本に暮らしていても、僕は海なしの第二東京に住んでいたんだよ……」

「でも!でもでも!海がなくても川はあるでしょ?万が一川がなくてもプールはあるでしょ?」

 あーもう!
 なんでこんなことを追及してくるんだよ!

「あるけど……。泳げないものは泳げないんだ。第一、人間の身体は浮くようにできていないんだよ」

「シンジはそうやって嫌なことから逃げ出して良いの?」

 うっ。
 僕に逃げ出すという言葉はとても強い意味を持つということを彼女は知っている。
 知っていて言ってくるのだからタチが悪い。

「嫌なことっていうか、必要のないことだよ。僕はもう一生プールにも川にも入らないし、海にも入らないから」

「ふーん。じゃああんたが大人になって、だ、誰かとケッコンして子どもが、できて、『お父さんプール行こう』って言われてもあんたはそう言って断るのね」

 な、なんにも言えない。
 というか、アスカに結婚とか、子供ができてとか言われると嫌でもアスカを意識してしまってそれどころじゃない。
 なにも言わない僕にアスカは言った。

「な、なら行きましょ。それに、夏にプールへ行くなんて恋人なら必須イベントでしょ?」

☆彡



 そんなことがあって、今、僕はプールへ入ろうとしている。
 呼吸はできないし、動きにくいし、寒いときには寒いし、こんな地獄の中にどうして入らなくちゃいけないんだろう?
 僕たちが来たのは最近第三新東京にできた、かなり新しいプールだ。
 ウォータースライダーや流れるプール、波のプール、子供用プール、学校にあるような25メートルプール、温水プール、サウナなど、たくさんある。
 中央には海賊船なんかもあって、大砲から水が出てくる。
 時間になると、大雨が降ってきたりするらしい。
 室内プールだから、湿気がむんむんして気持ち悪い。
 アスカが言っていたように、プールは恋人たちの必須イベントなんだろう、たくさんのカップルらしき男女がいた。
 中には波のプールで一つの浮き輪に二人で入って抱き合って波に揺られている男女もいた。
 そういう人たちを横目に顔を赤くしながら、赤いビキニを着たアスカの後をついて行って着いた先が流れるプールだ。
 アスカにその赤いビキニは非常によく似合っていたけど、僕には刺激が強すぎる。
 更衣室からビキニに着替えて出てきたアスカを見た瞬間、息を呑んで呼吸するのも忘れたくらいだ。
 これでボディータッチなんかされたら鼻血が間違いなく出るであろう。
 「お待たせ」なんて言って僕の方へ向かってくるアスカから視線を逸らすしかなかった。
 顔を見ようとすると、視界に14歳にしては大きい(のではないかと思う)胸が見えるし、だからといって俯いていてもすらっとして柔らかそうできれいな脚が視界に入る。
 そんな僕を「なーに恥ずかしがってんのよ」なんて言って笑いながら僕の視界に入ってくるアスカに僕の頭はくらっとした。
 神様、仏様、アスカ様。僕はもう十分です。だからこれ以上はやめてください。
 僕の善良な心が決壊してしまいます。
 話を今に戻そう。
 アスカは先にプールの中に入って、端の壁に捕まっている。
 なかなか水流が強そうだ。

「ほらっ、早く入りなさいよ」

 せかしてくるアスカ。
 僕は意を決して階段を一段一段ゆっくりと慎重に降りていく。
 なんで階段から来るのよ!こっから入れば楽じゃない!とアスカは言う。
 でも、そこから入って足を滑らしたら僕は死ぬよ、間違いなく。
 足が水につかり、そのうちへそが水につかり、肩が水に浸かったところで階段はなくなった。
 やはり水流は強く、階段の手すりから手を離すのが怖い。
 でも、勇気を振り絞って、水に流されないように壁に捕まりながら慎重にアスカの元へ行く。
 しかし、流れるプールが流れるのは、大抵僕が今捕まっているような壁のどこかにある穴から出る水流によるものだ。
 その穴の付近は水流が異常に強く、小学生くらいの子供などの面白い人にはそこで加速するのが面白いのだろう。
 でも、僕みたいな泳げない人からすれば迷惑極まりないことだ。
 そう。大変迷惑だ。
 その穴の存在に気が付かなかった僕は、脚全体にくる強い水流によって後ろに倒れた。
 顔が不意に水の中に入ったから僕は焦って立ち上がろうとするけど、水流に流され、立てる状態になれない。
 壁に捕まろうにも水の中の壁は滑って掴めない。
 ああ、僕はこのまま死ぬんだな。
 こんなことになるんだったらアスカにちゃんと告白すれば良かったな……。
 だんだん下りてくる瞼。
 その中で僕は人魚を見た。
 赤いビキニを着た、金髪の人魚だ。
 彼女は僕を抱きかかえて浮上した。

「ぶはっ……ごほっ、ごほっごほっ」

 なんとか助かった。
 飲みかけていた水がのどに詰まってむせてしまう。
 喉が正常になって、息を整えて落ち着いてみると、僕はその人魚さんに抱きしめられたままだったことに気が付いた。
 僕の左肩に置かれたあごや、背中に回されている柔らかい腕と手、僕の頬に張り付く金色の髪とそれから香るシャンプーの匂い、それから胸に感じる柔らかい感触………。
 僕の手も、彼女の腰に回されている。
 つまり僕たちはプールの中で抱き合っている状態なんだ!
 鬼ごっこしている小学生たちや、僕たちと同じくらいの年と思われるカップルたちが冷やかすように見ている。
 僕の向きからだとそれが見えるけど、アスカの向きからはそれが見えない。
 僕は慌ててアスカから離れようとした。
 でも、彼女は僕を離さなかった。
 必然的に押し付けられるアスカの胸。
 ヤバい……鼻血が出そう。そして……ヤバい!  このままじゃとても恥ずかしい状況になってしまう!

「ねぇシンジ」

 耳元で囁かれてくすぐったい。
 ヤバい!ヤバいって!

「あたしのこと、好き?」

 瞬間、今まで僕の頭を支配していた迷いは消え去った。
 それだけじゃない。彼女が僕に与える全ての刺激が僕の頭の中から消えた。
 なんでアスカはそんなことを今聞くんだろう?
 ……そんなことはどうでもいいじゃないか。
 僕は正直に言えばいいんだ。
 胸を伝って、この心臓のドキドキが伝わってしまうかもしれない。

「うん、好き……です。きっと、初めて会ったときから、世界で一番、好きです……」



くるみ 第十五話 ――― 終 ―――



 シンジの泳げないという気持ちはとても共感できます。私も泳げないので。
 さて、シンジの告白の結果、2人の関係は義理の関係から本物になるのでしょうか。
 次回も読んでみて下さいませ。

2014927 シュウト.




シュウトさんの「くるみ」第(十四話と)十五話更新です。
ゲンドウはいったい何でこの世に現れたのか。そしてシンジとアスカの二人の関係は?
続きを楽しみに待ちましょう。