NO.7
くるみ
シュウト
第十一話:来る未
☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 ☆彡 くるみ 第十一話 ――― 終 ――― 2014816 シュウト. シュウトさんからの「くるみ」11話です。 続きも楽しみですね。
「先輩は本当に偶然、俺と同じ電車の同じ車両に乗っていた。
俺が電車に乗ると目の前に背の高い見覚えのある男が立っていたんだ。
俺はすぐに先輩だと気付いた。先輩も俺だと分かったのだろうが、表情一つ変えなかった。
久しぶりに会った先輩に対しての第一印象は、なにか悪いことでも企んでそうな奴、だった。目つきは悪く、痩せこけた頬をしていた。俺は昔と同じように一方的に話しかけた。
仕事は何をやっているのか。結婚はしたのか。母が心配している。
しかし、どれも答えは返ってこなかった。
流石にその歳で先輩を兄のように慕うことはできなかったから、俺は彼を先輩と呼び始めた。
先輩は『京都大学に入ったらしいな』と、言った。
俺がどうして知っているのか尋ねると、俺の母からの手紙で読んだ、と答えを返してきた。
『碇という学生を知っているか?』
先輩は言った。
俺は正直に答えるか嘘をつくか考える前に、どうして先輩が彼女のことを知っているのかを考えた。
いくら彼女が優秀だからと言って、彼女とは10歳も離れた先輩が知っているのはおかしい。
俺の頭にさっきまで彼女と、彼女の友達に勧誘されていた組織、ゼーレが浮かんだ。もしかしたらこの人は、ゼーレに入りたいのではないか。俺はそんなことを思った。
『知ってますよ。さっきまで一緒にいましたし』
俺はそう答えた。
正直に答えた。ゼーレだのなんだのって、深く考えすぎだと思ったんだ。
先輩は俺のアパートの住所や電話番号を知りたがった。嫌な予感がしたが、先輩の迫力に負けてどっちも教えた。
教え終えると、電車が駅に止まり、先輩はその駅で降りた。相変わらず挨拶もせずに」
「驚きだったのが、冬月先生が先輩のことを知っていたことだ。
嫌な噂の絶えない男だ、と先生は言った。俺はその嫌な噂を知りたかったから、俺と先輩との関係を話した。
先生は世間は広いようで狭いな、と言って教えてくれた。先輩はどうやら悪事ギリギリのことをして、この大学に入り、卒業し、当時も悪事ギリギリのことをしていたそうだ。柄の悪い連中とつるんだりもしているそうだった。
俺は、よくそのやり方で今まで生きていられたなと思った。だが、その時の俺は忘れていたが先輩は頭のいい人間だった。俺は複雑な気持ちになった。
それから数日後の休日、先輩は突然俺のアパートに来た。
なんのために電話番号を教えたのかと問い詰めたくなったが我慢した。先輩はいつもそういう人だったからだ。
俺が出したお茶も飲まず、あの人はずっと座布団の上に座っていた。
そのときばかりは、俺は自分から声をかけず、先輩から要件を言い出すのを待った。20分くらい沈黙が続くと、だんだんイライラが募った。
コイツは自分から話すことができない奴なんだと思った。少し軽蔑もした。
『で、何の用なんですか?』と俺が言っても、先輩は答えなかった。
どんどんイライラは積もった。
その日はユイと待ち合わせをしていて、だんだんその時間が近づいていたんだ。
考えてもみろよ。好きな人とのデート―――俺が一方的にそう思っていただけだが―――に、先輩みたいな人と話していたせいでそれに遅れそうだったんだぞ?怒りを爆発させて、出て行けと言おうとしたとき、先輩は口を開いた。
『この前話した、碇という学生に俺を紹介してほしい』
俺はすかさず理由を聞いた。すると先輩は『ゼーレ』と呟くように言った。
『彼女と何度も会っているなら知っているだろう?俺はそれに入りたいんだ』
先輩の言葉を聞いたとき、俺はやっぱりそうだったのかと思った。
そしてこれでユイに先輩を紹介したらどうなるのか、俺はよく分かっていた。よく分かっていながら俺は『良いですよ』『実はこれから彼女と会う約束をしているんです』『一緒に行きましょう』と言った」
「先輩の話によると、ゼーレは優秀な人材を集めているとのことだった。
俺はユイをゼーレのスカウトなのではないか、と勘ぐった。そして、その目に留まったのが、俺や冬月先生だったのではないか、と。
先輩よりも優秀でない俺がゼーレにスカウトされたのだから、先輩はユイにオーケーを貰うのは分かりきったことだった。
俺が先輩を引き連れて待ち合わせ場所に着くと、当然ながらユイは怪訝な表情をした。
それもそうだろう、ユイからしたら待ち合わせの約束をした先輩が背の高い不気味な男を連れてきたのだから。
俺たちはとりあえず近くの喫茶店に入って、俺が仲介人になって、自己紹介をした。先輩は美人を前にしても動じず、どこか一点を見ているようだった。その一点はゼーレだったワケだが。
自己紹介が終わった後、珍しく先輩が自分から口を開いた。
『俺を、ゼーレに入れて欲しい』って。
それを聞いたユイは俺を見て、この人にあなたが話したんですか、と訊いてきた。俺は違うよ、と言った。
『この先輩が君のことも、そのゼーレとやらも知っていたんだ』
俺が言うと、彼女は、『その口ぶりですと、先輩は入ってくれないんですね』と残念そうに言った。『どうしても入ってくれませんか』とも言った。
俺は不思議に思った。俺の立場を印象良く言い換えれば、好意を抱いている後輩が自分と同じグループに入らないかと誘ってきてくれたのを断ったにも関わらず、再度誘ってくれている。それは俺からすれば嬉しい状況のはずだ。
しかし、ユイからしてみたら俺はただの仲のいい先輩に過ぎない。さほど優秀ではない先輩に過ぎない。
その人をどうして自分の組織に誘いたがるのか不思議だった。
俺は彼女の問いに『君子危うきに近寄らず……と言うより、俺が臆病だから、やめておくよ』と言った。彼女は解せない様子だったが、『先輩が言うなら仕方ないですね』と言った。
その後、俺は1人でその喫茶店を出た。
入らないと決めた組織の内部事情の話をユイと先輩がしている隣に俺がいるというのはおかしい状況だろ?
席を離れる前、ユイは俺に『今までありがとうございました。私、大学もやめる予定なんです』と言った。つまり、俺とはもう会わない、もしくは会えないということを、ユイは言ってきた。
『こちらこそありがとう』と俺は言った。
その後に、君は良い人間だから幸せになってくれよと言おうとしたが、それは俺がユイのことを好きだと自白しているように思われたから言わなかった。
俺は喫茶店を後にし、アパートに着くと、泣いた」
「ユイとの関係が終わっても、先輩との関係は終わらなかった。
先輩はどんどんゼーレに深く関わっていった。俺たちは顔を合わせて話をしたが、その場所はいつも同じ居酒屋だった。
俺は酒に強い体質だったが、先輩は酒にかなり弱く、酔うとゼーレの内部事情を俺に教えてきたりもした。俺は今の今まで誰にもそれを話したことはない。
先輩の話を聞いて、ゼーレが、ユイと彼女の友人が言っていたような組織ではなかったことが分かった。もちろん、悪い意味だ。
先輩はそれを踏まえてゼーレに入ったと言っていた。
俺はそんなところに入らなくて良かったと安心する一方、ユイが心配になった。
先輩との話も、自然とユイの話になることが多々あった。相変わらずだ、と先輩から聞いて安心していたのは初めだけだった。俺はユイの表の部分しか知らなかった。つまり、大学にいるときや、デートのときのユイしか知らなかった。もしかしたらゼーレの時の彼女は悪い奴らに利用されていて、その状態が相変わらずなのではないかと思ったんだ。
俺がゼーレへ入るのを断った時の彼女の残念そうな顔は、俺への助けてくれというメッセージだったのではないかと考えたんだ。そうなると、ますます彼女が心配になった。
ある日、先輩と酒を飲んでいるときに突然先輩は『ユイは先生が好きだったそうだ』と言った。歯に枝豆が引っかかり、爪楊枝でそれを取っているときに聞いた俺は思わず口の中をその爪楊枝で切ってしまった。
とてつもない痛みと口の中が血の味で満たされていくのを感じていたが俺は訊かずにはいられなかった。彼女は冬月先生を好きだったんですか、と俺が訊くと、鼻で笑って『君のことだ』と言った。『なんで俺が先生なんですか?』という俺の質問に、先輩は答えなかった。
俺は、今度は『好きだったというのはユイ本人が言っていたんですか?』って訊いた。先輩は頷いた。
俺は惜しいことをしたなと思ったがすぐに思い直した。彼女は俺なんかにはもったいない高嶺の花だったんだと。ただ、そう言われると俺はもっとユイが心配になった。
俺は先輩に切り出した。
『ユイは、ゼーレに入っていて幸せなんでしょうかね』と。
先輩は『彼女が選んだ道だ、そうなのだろう』と言った。
ユイはそんな組織にいるべきじゃないと思うんです、と俺が言うと、先輩はどう言う意味だ?と聞いてきた。
『彼女は、先輩も分かるでしょう?良い人間じゃないですか。そんな人間がそんな怪しい組織でそんな怪しい研究しているなんておかしいっていう意味です』
俺が言うと、先輩は俺を睨むだけだった。
その後、俺たちは居酒屋の中で激しい口論をし、殴り合いの喧嘩をした。
俺も少し酔っていたから記憶が曖昧だが、とにかくユイをゼーレから縁を切らせたかった俺と、そんなことは認めない先輩で喧嘩をしたんだ。
俺たちが喧嘩をしたのはそれが最初で最後だった。
騒ぎを聞きつけた警官に俺と先輩は警察署に連れて行かれた。喧嘩の原因を訊かれたとき、俺はユイとゼーレの言葉を出さなかった。なんとなく、その方が良いと思ったからだ。
警察官に俺と先輩の関係を説明し、久しぶりに再会して居酒屋に入った俺たちは酔った勢いでお互いにお互いを挑発し、殴り合いの喧嘩になったとウソをついた。俺たちは無事に釈放された。
俺と先輩の関係を世間一般の人が知っているはずがないから、世間では俺は8歳年上の男性と殴り合いの喧嘩をした人という認識になっていた。
大学にも迷惑をかけてしまったから学校を辞めることにした。
冬月先生に挨拶に行くと、『六分儀に会ったよ。奴め、私を身元引き受け人にしたんだ』と話してくれた。そして、喧嘩の原因を訊いてきた。
俺は先生には正直に話した。先生は、俺の気持ちを分かってくれた。
『だが、彼女の選んだ道だ。我々にはどうすることもできんよ』と先生は言った。
そうだった。ユイは自分で選び、自分でその道を選んでいたのだった。
先生に言われると、俺はどうしようもなくなった。
俺はきっと二度とユイと先輩、そして先生にも会わないだろうな、と思った。
出会いの数だけ、別れは増える。希望の数だけ失望は増える。でも、失望の密度は希望の比じゃないほど大きい。希望を味わった後ならなおさらだ。
俺はそれをユイと出会って感じさせられた。学んだ。
俺は最後、先生に『あの二人のこと、よろしくお願いします』と頼んで、先生の元を去った」
「大学を辞めても俺はしばらく京都に残っていた。
色々な思い出がある場所を回ったりして、失望していた自分を慰めた。もういっそ、京都の適当な会社に就職でもしようかと考えていた。
しかし、母が病気で倒れたという手紙が届き、俺はここに帰らなくてはならなくなった。手紙に京都にあるものを全てまとめて家に発送しろと書いてあったから、その通りにし、久しぶりに家に帰ると、ピンピンした母が俺を出迎えた。
母は俺を騙したんだ。俺は旅館を継ぐことにした。
俺は実家に帰っても、冬月先生と手紙でやり取りをした。
先生から、『ユイ君が六分儀と交際している』という手紙を貰うと、返事に『俺たちは六分儀に負けたんですよ』と書いて出した。
本当にその通りだ。負けたという表現をしたそのときの自分を讃えてやりたい。
負けたんだ」
「翌年の2000年になると、セカンドインパクトが起こった。
うちの旅館は近所の人の避難所になったり、病院を失った医者が診療室として一室を使ったりと地獄が続いた。
何人もの人がこの旅館で死んだ。
俺の親戚の、君たちもよく知っているリョウジ君も、家と家族を喪い、この旅館で暮らしていた。
俺はセカンドインパクトの日の赤い空を見て、先輩とユイのことを不意に思い出した。そしてなんとなく、その2人はこの大災害に絡んでいるんだろうな、と直感した。
2002年となると少しずつ復興が進んで、止まっていた郵便が復活した。
郵便局にたまりにたまっていた手紙が一斉にきた。
ほとんどがセカンドインパクトについて俺の意見を求める先生からの手紙だったが、そのなかにユイと先輩が結婚したことを告げるはがきが入っていた。
しかも先輩は碇ゲンドウという名前になっていた。俺は、もう好きにしろよと思った。
また、セカンドインパクトは大質量隕石の落下によるものだと書かれた新聞の記事の写真の中に俺は先輩の顔を見つけた。
落ちぶれていく、兄のように慕っていた男と、好きだった女性を思うと俺は辛かった。
いっそのこと、この夫婦はセカンドインパクトで世界を滅亡させれば良かったんだとも思った。落ちぶれたまま生きていくのはさぞ苦しかろうと思っていた。
そしてこの年を境に、冬月先生からの手紙は来なくなった。
俺は先生もゼーレか何かに入ったのだろうと予想した。
俺の知り合いはみんなおかしな世界に入り、二度と出てくることはなくなった。
その年に俺はくるみという同い年の女性と結婚した」
「それから数年後、先輩がまだ幼い息子を連れて、くるみ荘にやってきた。
そして、息子を預かってくれと俺に頭を下げてきた。
俺はそのとき先輩と話して初めて、ユイが死んだことを知った。
先輩は、ある組織の司令となり子育ての暇などないから、息子を預けられるような人は俺しかいないため俺のところへ来たらしい。
『よろしくお願いします。先生』と先輩は泣きながら言った。
俺は先輩が泣いているのをそのとき初めて見た。
そんな先輩の姿に、俺は分かりましたと言うしかなかった。
先輩たちが来る前の年に母とくるみを喪っていたし、俺とくるみの間に子供は生まれなかったから、子育てなんてやったことがない俺は、一人きりで先輩の息子にどう接すればいいのか分からなかった。……今も分からない。
そしてシンジが育っていき、性格や顔つきが先輩に似ていくにつれて俺は罪悪感に囚われることになった。
この子は生まれてきて幸せなのだろうか、って思ったんだ。
俺があのとき、ユイに先輩を紹介しなければこの子は生まれてさえこなかったかも知れない。けど、こんなに辛いならその方がマシだったんじゃないかって考えた。
親がいない悲しみを、あの人は良く分かっていたはずなんだ。本当の親の代わりなんて気休めにもならないってよく分かっていたはずなんだ。
なのに、シンジを寂しい目にあわせる碇ゲンドウを、俺は憎んだりもした。正直に言うと、その気持ちには、なんとなくシンジにユイの面影を感じたからという要素もあったと思う。
しかし、あんな人でもきちんと父親をしていた時期もあったのだとも思う。
そうでなければ、あのユイが先輩のことを好きになることは多分ないと思うからね。
今頃あの世で『どうしてもっと父親としてシンジにしてあげられなかったんだ』って嘆いているかもしれない。
幽霊になって出てくるくらい、悩んでいるかもしれない。
これはシンジと10年以上過ごして俺が感じたことだが、子供の幸せが古今東西全ての親の願いだと思う。縄文人だって、アウストラロピテクスだって、先輩だってその例外じゃない。
サードインパクトで俺は先輩と会って話したからな。ユイのこととシンジのことを。分かるんだ。
だからシンジ。先輩がああいう人だから分かりにくいかもしれないけど、お前は両親から愛されていたんだよ」
「今の話を、俺はなるべく事実そのままを君たちに伝えたかったけど、ところどころに俺の感情が邪魔して盲目になっていたり、その逆に見えすぎていたところが多々あるはずだ。望遠鏡で見るように。
だから俺の話を全て鵜呑みにするのではなく、自分で考えて何かの参考にしてくれ。
そして心の中でそっと閉じ込めておいてほしい。俺や、先輩や、先生や、ユイの歴史を。俺たちが生きていたんだという証拠を」
先生はそう言うと、ソファから立ち上がり家を出て行った。
僕とアスカは立ち上がることもできなかった。
先生にゲンドウの過去を語ってもらいました。
……いかがでしょうか。
いろいろとつじつまを合わせようと奮闘しました。
21話『ネルフ、誕生』のときに冬月先生に「鴨川でビールでも」と誘っていた学生たちの一人が先生であり、ゲンドウとユイを会わせたのも先生であり、ゲンドウと飲んだ勢いで喧嘩したのも先生であり、加持が預けられた親戚(これは漫画版だけの設定だったかな?)というのも先生であるという無茶っぷりです。
改めて21話を見返すと、まずユイと冬月が初めて会ったとき、ユイが大学一年生っていうのはおかしいことが分かりました(おそらく)。
許してください。
また、「8歳も年下の男をゲンドウが先生と呼ぶか?」と思った方はたくさんいると思います。私は、ユイが「先生」のことを好きだったと知ったゲンドウは「先生」のようになりたいと思い、憧れて「先生」と呼んだということにしました(それがたとえ8歳年下でも!)。
あ、それとユイの友人の、日本人とドイツ人のハーフの女性は誰だか分かりますかね?きっと分かっていただけると思います!
次回では、シンジとアスカが先生にゲンドウの幽霊のことを相談します。
読んでいただけたら嬉しいです。
これは……斬新な解釈ですね!
「先生」にこんな過去や経緯があるとか実はTV版にチラチラ出演してたという背景は思いつきませんでした。