「僕にとってアスカは……妹みたいなものなんだあああああああ!!!!」

 僕の声は、部屋から見える壮大な山中にこだましたような気がした。
 やり切ったように目を開け、三人の方を僕は見た。

「「「はあああああああああああああああああああああ????」」」

 彼らの声も、その山中に僕より大きな音でこだました。

NO.7



くるみ

シュウト



第九話:兄妹で夏祭り!





 騒動の結果、僕の左頬には痣が、僕の心には深い傷ができた。
 アスカには頬をビンタされ、トウジからは「この弱虫!ヘタレ!なんでそこまで言って逃げるんや!」と怒鳴られ、委員長からは「意気地なし!」と怒られた。
 僕が何をしたっていうんだよ。
 僕はただ、質問に正直に答えただけなのに。
 言うのはすごく勇気が必要だったんだよ?恥ずかしさに打ち勝って言ったんだから、褒められてもおかしくないよ。
 別に恋愛の意味では好きでもないのに、アスカが誰かと付き合うのは嫌で、誰よりもアスカを大切にしていて、同居人っていう立場の人のイメージに近いなんて条件に当てはまるのは父親か兄か弟しかないじゃないか。
 それで、父親か兄か弟かどれかといったら、まず年で考えて父親は却下。
 次に兄か弟で考えたら、兄だろうという結論に至ったんだ。つまり、僕にとってアスカは妹みたいなもの。相当わがままな、ね。
 だって、弟に家事をやらせる姉なんていないもの(多分)。
 僕が兄だということは、アスカは妹だ。

「あたしはあんたの妹なんかじゃないわよ!このバカ!それとも何?『おにいちゃん』なぁ〜んて言って欲しいのあんたは!?」

「そ、そんなわけないだろ?でも、妹みたいな立ち位置なんだよ、僕にとってのアスカは!」

「あんたの感性はどうなってるのよ?まったく。もうちょっと気の利いたことがことが言えないワケぇ?」

 じゃあ、なんて言えば良かったんだよ。
 誰でもいいから教えてよ。

「ま、まぁ、この話はここまでにしてはよお祭り行こうや」

「この話の原因はヒカリとあんたでしょ?なに無責任なこと言ってんのよ!あんたらのせいであたしがどれだけ―――」

「どれだけ、その後はなんや?」

「………!いいから、お祭り行くわよ!ほーらっ!」

 そう言いながらアスカは僕の耳を掴んで部屋を出た。

「痛い!痛いよアスカ!離してよ!」

 と僕が言うとなんとあっさりアスカは僕の耳から手を離した。
 僕はなんとなく違和感を抱いた。
 僕の記憶上、アスカが僕に対して悪戯な暴力(?)をしていて僕がやめてと言って素直にやめた事例はない。
 関節技をかけられても、プロレス技をかけられても、押されると痛い手のツボを思いっきり押されてもその事例の例外ではない。
 胸ぐらを掴まれて、もう二度と着れないほどシャツの襟が伸びてしまったこともあった。
 ああ、僕のお気に入りの平常心シャツ。
 あれに二度と首を通すことはないんだ(あまりにも襟が伸びすぎて、すこし努力すれば首だけではなく肩も通ってしまう。つまり、僕の身体が通ってしまうことになる)。
 そんなことがあったからだろう。この違和感は。
 それにしても最近のアスカはおかしい。
 まず毎回僕と一緒に登下校することになった。
 まあ、僕とアスカはなるべく一緒にいるという義務をミサトさんによって課せられているから義務だからと言われたらどうしようもないんだけれどね。
 でもそんな義務があったのに、アスカはときどき僕より早く家を出たり、僕より遅く家を出たり、委員長と一緒に帰ったりして一緒に帰らないことは少なくなかったんだ。
 次に、学校でお弁当を渡すと「ありがと」と言うようになった。
 それまでは、当然でしょといった様子で僕が差し出したお弁当をひったくっていたのに、だ。
 他にも、毎朝僕に起こされなくても自分から起きて(しかも部屋から出るときにはすでに色々な支度を終わらせている)、僕が言う前にミサトさんを起こしに行ったり(アスカが起こしに行くと、ミサトさんはすぐ起きてくるんだ。アスカ曰く、コツがあるそうだ)、食器洗いを手伝ってくれたり、お風呂の順番を譲ってくれたり、と色々とおかしい。
 僕は、このアスカの奇行は父さんの出現とタイミングがあっているから、そのせいなのではないかと睨んでいる。
 しかし、父さんの幽霊が現れたからといってアスカがあんな奇行に走るだろうか?
 幽霊が苦手だから、という理由では説明がつかない。
 結局、アスカの変化については今のところその原因は分かっていない。
 そうそう。父さんの幽霊といえば、あの森で会って以来一回も出てきていない。
 きっと例の母さんとの約束を宣言通り思い出してくれているのだろう。
 ちょっと寂しい……のかもしれない。

「あんた、あたしを大切にしてくれるんでしょ?」

 ギクッ。

「どうして、それを……?そのときはアスカはまだ部屋にいなかったじゃないか」

「あんなに大きな声で叫ばれちゃねぇ〜」

 自分の浴衣を見ながらからかうような口調で言うアスカ。
 そんなに大声で言ってたの、僕?

「どこから聞いてたの……?」

「『トウジ以外のどんな男でも僕がアスカを大切にする以上にアスカを大切にするなんてできないんだ!』ってとこからかしら?」

 一番の山場じゃないか!
 それを本人に聞かれてたなんて恥ずかしいなんてもんじゃないよ!
 僕はがっくりきてしまった。力が抜けて、頭が下がってくる。

「で、具体的にどういうふうに大切にしてくれるの?『い・も・う・と』に」

「妹を強調しないでよ……」

「だってあたしはあんたの脳内では妹なんでしょ?おにいちゃん」

「だからやめてってば!恥ずかしいんだよ……」

「ふーん」と、アスカは訝しそうな目つきで僕を見る。

「で、おにいちゃんは妹のあたしをどうやって大切にしてくれるの?」

 僕はイラッともこなかった。あきらめていた。
 アスカにおにいちゃんと言われると、からかっているというのは分かるし、なによりこっぱずかしいし、心臓に悪い。
 だけどこうなると、いいおもちゃを手に入れたアスカはなかなかそれを手放さない。
 僕は大きな溜め息をついて言った。

「……アスカが困っていたら相談に乗ってあげたり……?」

「他には?」

 他!?そんなにパッパと浮かんでこないよ……。

「えーっと、朝ご飯やお弁当や夕ご飯を作ってあげる……?」

「そんなの今までと同じじゃない。他!」

「じゃあ、アスカの言うことをなんでも聞いてあげる……?」

「あのねぇ、この世界のどこに妹の言うことをなんでも聞いてくれる兄がいるのよ?いるかもしれないけど、あたしは別に奴隷が欲しいワケじゃないの!」

「だから妹とか兄とかやめてってば!」

「決めたわ。今日だけ、あたしシンジの妹になってあげる。感謝しなさいよね」

「なんだよそれ……。全然嬉しくないよ」

 これは妹っていう立場を利用して僕を振り回そうっていう魂胆だよ、きっと。いや、間違いなく。

「で、他には?それだけじゃ、あたし、大切にされてるなんて思えないわよ?」

 くっそ……。
 なんて言えばアスカは満足するんだ?
 困っているときに相談に乗ってあげる以外で、ご飯をつくってあげる以外で、なんでもいうことを聞いてあげる以外で、アスカを大切にする方法。
 誰かに襲われた時に助けてあげる?
 いや、アスカなら僕が助けるまでもなく自分で何とかしてしまうだろう。
 泣いているときに慰めてあげる?
 いや、アスカが泣くなんてことはないんじゃないかな?僕の前で泣くなんて。
 あーもう!わかんないよ!

「まあいいわ。このお祭り中にあたしを大切にしてくれたら許してあげる。おにいちゃん」

 許してあげるって、アスカ別に怒ってなかったよね!?
 そして許してくれなかったら何が起こるの?

「だからおにいちゃんはやめてってば!」

 そんなことを話しながら僕とアスカ、その後ろからトウジと委員長は先生にお小遣いをもらってからくるみ荘を出た。
 そのときアスカは、先生に浴衣、ありがとうございますと委員長と一緒にお礼をしていた。
 へぇ、あの浴衣先生が用意したんだ。
「からまれたりするなよ」、「女の子をお前らは助けてやるんだぞ」、と先生は珍しく真面目なことを言って僕たちを送り出した。
 あれ?なにか僕、忘れてないかな?―――まぁ、いっか。

☆彡


 第二東京のはずれの街に、くるみ荘はある。
 はずれといっても、一応首都のはずれなのでそこまで田舎ではないんだ。
 遠くには山こそあれど、盆地には背の高いビルやタワーなんかもある。
 その街の一番の大通りは歩行者天国となり、多くの人で賑わっている。
 実は、僕がこの祭りに来るのは初めてなんだ。
 なぜかというと、この祭りをねらってくるみ荘に宿泊するお客さんが毎年大勢いたからだ。毎年ほぼ満室になるんだ。
 くるみ荘では先生と僕に加え、コックさんや仲居さんなどの10人の計12人でやりくりしていた。
 そこまで大きな旅館ではないけれど、12人は流石に少ない。
 コックさんが仲居さんの仕事をすることもあったんだ(その逆は流石にすることはなかったけどね)。
 ちなみに、僕の仕事は仲居さんの手伝いと、従業員のみんなのご飯作りだった。
 そこで僕は料理の腕や掃除の腕をあげたんだ。
 とにかく、少ない人数でたくさんの仕事をしなくちゃならなかったからお祭りなんて行っている暇はなかったんだ。
 今年はなぜか、定休日にしてお客さんが泊まれないように先生がしたらしい。
 この一年で一番お金が入る時期に定休日を入れるのはありえないことだ。先生は何を考えているのだろう?


 僕たち四人は、僕とアスカ、トウジと委員長に分かれた。
 それはアスカの提案によるもので、トウジと委員長をふたりきりにさせてやりたかったそうだ。
 その成り行きで僕たちもふたりきりになっちゃったんだけどね。
 でも、アスカとふたりきりなんて場面は結構あるから慣れてしまった。
 以下、僕とアスカの夏祭りの様子

「ねえ、シン―――おにいちゃん!お好み焼きってなに?」「言い直さなくていいよ!」

「綿あめってなに?」「綿みたいな飴だよ」「ふーん。買って」

「それとあの子供がバンバンやってる丸い小さい風船なに?」「水風船って言って、中に水が「買って」

「扇子と団扇の違いってなに?おにいちゃん」「…………。扇子は折りたためるけど、団扇は折りたため「実物見た方が早いからあの綺麗な扇子買って。百聞は一見に如かず、でしょ?」

「射的場があるけど日本で銃持ってて大丈夫なの?」「射的場じゃなくて射的屋さんだよ…」

「この浴衣っていう服、綺麗だけど動きにくくて嫌。ほら、シンジ。歩きにくいから手、寄越しなさいよ」「う、うん(今、おにいちゃんって言いそびれたな)」

「金魚すくいってあれ詐欺じゃないの?あんなの(ポイのこと)で金魚をすくえるわけがないじゃない!」「やってみれば?」「当然!」「ああっ、そんな水の中で高速移動させたら破れやすくなるに決まってるじゃないか!」「先に言いなさいよ!」「お嬢ちゃん、残念賞で一匹あげるよ」「自分で捕ったの以外なんか要らないわよ!」

「ねぇ、ブルーハワイってどういう味なの?」「えっと、ブルーハワイの味」

「焼きそば食べたい!あっ、でもリンゴ飴も捨てがたいなぁ……」「どっちも買おうよ。お金ならあるんだし(焼きそばかリンゴ飴かで迷うの?)」

「シンジ!じゃなかった、おにいちゃん!このお面つけなさい!」「ひょっとこじゃないか!嫌だよ!それにそんな口調の妹ってどういう関係なんだよ」「妹のお願いが聞けないっての?」「………わかりましたよ、つければいいんでしょ、つければ」「ははははは!あんた似合ってるわよ!ははは!」

「ね、あの型抜きってなに?」「アスカは……やめといた方が良いと思うよ」

「うわっ!ヒカリたち手を繋いでるわよ!」「ほ、ホントだ(僕たちも繋いでいるじゃないか)」

「そういえば、あのメガネは?」「あ゛」


 こんな感じで、僕はずっと初めての日本の祭りに大はしゃぎのアスカに振り回されっぱなしだった。けど、楽しかった。
 アスカと手を繋いで歩いている僕を睨む視線が痛かったけど、アスカと話しているとそんなのは忘れられたんだ。アスカがおにいちゃんって言ってくるのさえ、初めこそ恥ずかしかったけど、そのうち楽しくなった。
 アスカが無駄なものをたくさん買うから僕の片手は荷物でいっぱいだけどね。駄菓子の屋台のおじさんが大きな袋をくれたから良かったものの、それがなかったら大変なことになってたよ。
 もらったお小遣いが駄菓子や、扇子や、綿あめやかき氷なんかに変わっていき、所持金が六千円を切ったところで僕たちは帰路についた。
 なぜかって?それは、明日もこのお祭りがあるからさ!しかも今日よりもっと規模が大きくなるんだ!
 今日のお祭りはいわゆる前夜祭で、明日が本番なんだ。
 明日はサーカス団や、歌手なんかも来るらしいし、花火もあるし、踊りもあるらしい(その踊りは誰でも構わず強制参加させられ、1時間暑い中ぶっ通しで踊らされる恐怖の踊りだ。熱中症のような症状が出て救急車で搬送される人も少なくないし、くるみ荘のお客さんが踊った後部屋で倒れているなんてことも少なくない)。
 だから今日は早めに切り上げて(といってももう九時を回っているんだけどね)、体を十分に休めようとの事なんだ。

☆彡


 僕たちはくるみ荘に帰っている途中、暗く草の生い茂った小道に入っていく男をを見つけた。
 暗くてよく見えないけど、あのシルエットを見る限り先生のようだった。

「あんなところに何しに行くのかしら?シンジ……おにいちゃんは知ってる?」

 言い直すくらいならやめればいいのに。

「……知らない。ちょっとついて行ってみようか」

「イヤ」

「どうして?」

「毒蛇とか出そうじゃない?」

 ははん。怖いんだな。
 毒蛇ではなくて、この暗い小道が。幽霊が出そうで。
 加持さんのツリーハウスへ行くまでの森と同じパターンじゃないか。
 確かに少し不気味な道だし、幽霊が出そうだ。井戸なんかあったらあの人が這っていそうな道だ。ここを歩いているときに父さんの幽霊が出てきたら絶対に怖い。幽霊嫌いの人でなくても怖い。
 でも、僕は好奇心の方が勝ってしまった。
 今までさんざんコキ使われたんだからここで弱みでも握れれば、先生をぎゃふんと言わせることができるかもしれないという期待もあった。

「なら、アスカは先に帰っていてよ。僕は尾行するから」

 そう言って僕が小道へ進もうとすると、僕の右手をアスカに捕まえられた。

「あんたね、女の子をこんな夜道に一人で帰らせようっての?!しょうがないから一緒に尾行してあげるわよ。でも、浴衣で歩きにくいから手は離さないでよね」

「うん。分かったよ」

 先生は懐中電灯を持っていたから、その光が見えている限り見失うことはなかった。  僕たちは携帯のカメラでムービー撮影モードにして、さらにライトを自動からオンに設定した。
 そうすることによって、カメラのライトが懐中電灯代わりになるんだ。
 そのおかげで、多少はアスカの気も楽になったみたいだ。
 でも、手は繋いだままだけどね。
 柔らかくて、小さくて、僕の手を自分から握ってくれるアスカの手。
 案の定、体が熱くなってしまった。
 思った以上に先生の目的地は遠くなかった。
 僕たちは携帯のライトを消して、先生から5メートルくらい離れたところの木の陰に隠れて先生の様子を見た。
 どうやらお墓みたいだ。
 先生はそのお墓に懐中電灯を向け、花を添えている。
 母さんの十字架の墓とは違って、日本風の石のお墓。
 結構立派なお墓で、180センチくらいある先生の背と同じくらいの高さだ。
 誰のお墓だろう?

「アスカ、あのお墓になんて刻まれてあるか読める?」

「角度が悪くてよく見えないわ」

 先生は花を添え終えると手を合わせた。そして、こう言ったんだ。

「ユイとは仲良くやっているかい、先輩。あんたの息子が久しぶりに俺のところに来たよ。友達と、ガールフレンドを連れて。あんたの所へ行って成長したみたいだな。でも、先輩のことだからシンジには親としてはなにもしてあげられなかったんだろ?むしろ、ひどいことをしちまったんだろ?だからあんたは戻ってこないんだ。本当に不器用だな。冬月先生に同じこと言われたことないか?」



くるみ 第九話 ――― 終 ―――


2014815 シュウト.




寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる